32.新たな護衛騎士
部屋に残されたレイリアナは、シエルラキスに向き合った。
「――シエルラキス殿下は、わたくしの護衛が増える事に反対なのでしょうか……」
「いや……そういう訳ではないのだが……」
――他の男を近付けたくないだけだ、などとは言えない……。
シエルラキスの心情を読み取ったエアラムザがくくっと声を抑えて笑った。部屋にはいつもの4人だけなので、砕けた態度になっている。
シエルラキスはそんなエアラムザに気が付き、目を細め睨む。
「……わたくしは皆の負担が減るならば、どれだけ護衛が増えても構わないと思っております。エアラムザは殿下の側近ですし、ヴァシーリは研究員です。2人とも兼任で今まで本当によくやってくれていました」
レイリアナは後ろに控えているエアラムザとヴァシーリに向き、ありがとうございますと微笑む。ヴァシーリは騎士として当然のことですと涼しげに微笑んで答えた。
――第1王妃陛下に指摘される前にわたくしから申し出るべきだったわ……。
「護衛は、私やレイリアナの信頼の置ける者を――と思っていただけだ……」
シエルラキスは歯切れの悪い声で呟いた。
「それならば、今のビドテーノ家の者なら心配はいらないですね! ラフタラーナ王妃陛下のご提案ですし、メネセリーク様も誓いを立てて下さいました。ですから、わたくしはこの提案を受けようと思います!」
「そうか……」
レイリアナの強い主張に肯定の返答をするが、シエルラキスは依然として難色を示した。
「そういえば、ビドテーノ侯爵家が支援してくださるなら、魔術具用の鉱石の融通も利きますね」
「――!!!」
エアラムザの呟きにレイリアナは目を見張った。彼女はすっかり失念していたが、ビドテーノ侯爵領には国内有数の鉱山地帯があるのだ。
「素晴らしいです! 是非! 是非、この提案を受け入れましょう!」
「レイリアナ……」
少々興奮気味なレイリアナを見て、シエルラキスは呆れた顔をして渋々了承した。こうなってはレイリアナを止める事は難しい事を彼は良く知っている。
シエルラキスはわざとだなとエアラムザを睨みつけたが、にっこりとした笑顔で受け流された。
――コンコン……――
入室の断りを入れ、メネセリークが部屋に戻ってきた。
「――大変お待たせ致しました」
メネセリークが扉の外に声を掛け、護衛となる彼の弟が入室すると、部屋にいた4人が皆目を見張った。
「シエルラキス王子殿下、レイリアナ様。我が弟イオディアムでございます」
「あっ……!」
「――其方……あの時の……」
レイリアナが短く驚嘆の声を上げ、シエルラキスが声を掛けると、イオディアムと呼ばれた青年がきまりが悪そうな顔をしてその場に跪いた。
「王子殿下、サクリフォス様……。ビドテーノ侯爵子息イオディアム・ビドテーノと申します。先日は大変なご無礼を……!」
「あれは事故のようなものだ。気にするな」
メネセリークの弟と紹介されたのは、昨日貴族街の武器屋でシエルラキスと接触した騎士の青年だった。
――メネセリーク様の弟君だったのね……!
イオディアムとシエルラキスが初対面ではない事を知り、メネセリークが不審な顔を弟に向けた。
「どういうことだ、イオ」
「あー……。昨日、貴族街の店先で殿下と接触事故を……」
「何故、報告をしない!」
「昨日の今日だぞ?兄上は出ずっぱりで言う暇無かっただろ」
兄弟喧嘩が始まってしまったのを4人は呆気に取られたように見守っていると、レイリアナが立ち上がった。
「あの……。もう腕は痛みませんか?」
「あ、はい! 過分な程の回復魔法を賜りましたので。――この通りです」
イオディアムはにっと笑って、シエルラキスとぶつかった方の腕をぐるぐると回した。
レイリアナはその行動に驚き目をぱちぱちさせたが、直ぐに笑顔に戻った。
「お元気そうで良かったです。イオディアム様」
レイリアナがくすくすと笑うと、場が和んだ。
「――メネセリーク。昨日、其方の弟君と会ったが、報告するまでの事ではない。出会い頭に私と少し接触しただけだ。彼に非はない」
「そうでしたか……。大変お見苦しい所をお見せ致しました……」
「気にするな」
シエルラキスに弁明され、メネセリークはこれ以上言及する事をやめた。
――やはり、氷の騎士などという異名は似合わない程お優しい……。
シエルラキスとメネセリークの話の折を見て、レイリアナがイオディアムに真面目な顔をして向き直った。
「あの、大変言い難いとは思いますが正直に答えて頂きたい事がございます。イオディアム様はわたくしの護衛として就くことに不満はないのでしょうか……」
「ええ、勿論です! 何故その様な……?」
「もし、不満があるのならば、わたくしから辞退させて頂く事も出来ますので――」
――無理やり護衛に就いてもらいたくない……。
レイリアナの発言を聞き届け、膝を付いたままだったイオディアムが姿勢を正し、右手を胸に当て頭を下げた。
「恐れながら申し上げます。サクリフォス様の護衛任命につきまして、全く不満はございません。我が兄の積年の願いが叶いましたのも、貴方様のご協力の賜物です。感謝こそすれど、不満など抱く理由がありません」
「――それはお兄様の願いであり、あなたの願いではありません。それでも同じように思えるのでしょうか」
「――それは、まあ……共に辛酸を嘗めあった兄弟ですから……」
レイリアナの問いにイオディアムは顔を上げると、少し照れながら答えた。彼の兄は弟にそんな事を言われると思っていなかったのか、驚いた顔でイオディアムを見遣った。
――イオディアム様もわたくしと同じ……。お兄様の願いも、シエル様の願いも同じように自分自身の願いとして思うもの……。
「答えて下さってありがとうございました。すこし意地悪な事を言ってごめんなさい。本人の意に反する任命だったのなら心苦しいと思ったので……。本当はあなたが護衛に就いて下さると、とても嬉しいのです」
レイリアナは真面目な顔を一変させ、零れそうな笑顔をイオディアムに向ける。彼はその笑顔を瞬きもせず見つめた。
「わたくしの護衛になって頂けますか?」
レイリアナの問に、イオディアムはハッとして再び頭を下げる。
「改めまして……。イオディアム・ビドテーノがレイリアナ・サクリフォス公爵令嬢の護衛騎士として忠誠を誓う事をお許しください」
「主としてあなたの忠誠を受け入れ、わたくしの護衛騎士として迎えます」
レイリアナは微笑んだままイオディアムに手を差し伸べた。イオディアムは少し照れた様に微笑みその手を取ると、直ぐに立ち上がりレイリアナの後ろに控えた。
「――メネセリーク。最後にひとつ確認したい事がある。ジョカリタの事件当日の症状についてだ」
「はい……。私からもご報告をと準備しておりました」
「ならば話は早いな。アレは正常だったのか?」
シエルラキスは鉱山の街で見たジョカリタの魔法の放出量が気になっていた。あれ程までの放出量で魔法を発動する者はなかなかいない。
「ジョカリタは正常ではございませんでした。あの症状こそが、第3王妃に繋がる糸口でございます」
「薬か……」
「そこまでご存知でしたか――」
メネセリークは3年程前から、侯爵夫人の様子がおかしいと、王都のビドテーノ邸で働く使用人から相談を受けていた。その頃、彼はビドテーノ侯爵領地経営を任されたばかりで忙しく、夫人の様子など初めからおかしいと決めつけ、あまり気に留めずにいた。
しかし、それから1年経ってもその報告は止まず、更には公爵やジョカリタの異変までも報告される様になった事をきっかけに、調査を開始する。
そこで、ようやく薬の存在を知ることになった。
「あれは、一時的に魔力発生量と放出量が上昇するようです」
「それで、あのような魔力が暴走したような状況になったのか」
「はい……。本来はもう少し違う用途で使用するらしいですが――。副作用として、通常時の魔力減少や、精神状態が不安定になる等、様々な症状が出るようですね」
「――その薬の出処は知っているか?」
シエルラキスは顎に手を掛け、メネセリークを直視した。
「見当だけは……。薬は第3王妃が彼女の母国から取り寄せた物の可能性が高いです。最近、第3王妃の主催する会員制のお茶会での売買が確認されました」
「シークレットサロン……?」
シエルラキスは訝しげに眉をひそめた。メネセリークはレイリアナに視線を向け、直ぐに視線を戻すと、きまりが悪そうに答える。
「第3王妃を支援する者だけで構成される会員制の……夜の社交場です――。ここには諸令嬢がおりますので、詳細は伏せますが……」
シエルラキスはレイリアナとヴァシーリを見て目を細めた。
ヴァシーリは何かわかった様で苦々しい表情を浮かべたが、レイリアナは何のことかわからない表情をしている。
「――ああ、そういうことか……。詳細はいい。話すな」
「はい……」
――一夜限りの関係を愉しむ場所などと……あのように無垢なレイリアナに説明出来るものか……。
シエルラキスは片手で顔を覆い、深いため息をついた。サロンの内容はこの場でレイリアナに伝える必要はないと、話題を逸らす。
「ラフタラーナ王妃陛下はこの件について何か動いていらっしゃるのか?」
「詳細はお伝えしておりますが、私への具体的な指示は特にございません」
「――ならば、その薬の流通経路の調査をメネセリークに頼もう。私の側近にもわかっている範囲で、これまでの経緯と詳細を伝える様に。以降も進展があれば必ず報告してくれ。私は陛下に確認を取ろう」
「了承致しました――」
その後、シエルラキスとメネセリークの詳細な確認が続き、沈黙の塔での会合は終了した。
メネセリークとイオディアムのビドテーノ兄弟回でした。イオディアムが護衛になる事に1番乗り気なのはラムザです。ラムザはシエルの近くが1番好きなのです。
次回は、両家の顔合わせです。