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30.軽蔑と断罪

 

 エアラーダ商会から王城へ向かう馬車の中、シエルラキスと2人きりになったレイリアナは、向かいの席に座る彼を見つめ幸せそうに微笑む。


「シエルラキス殿下。本日はご一緒出来てとても嬉しかったです」

「それならば良かった」


 レイリアナはシエルラキスから贈られたお揃いのネックレスに手を当てる。


「――わたくし、その……デートのお誘いだと気が付かなくて……ヴァシーリにも気を遣わせてしまいました……」

「気が付いたの? 構わないよ。次があるからね。その時はふたりで出掛ければいい」


 シエルラキスは悪戯っぽく笑うと、レイリアナの隣に席を移した。ネックレスに当てていたレイリアナの手を自身の手で包み込み、そのまま軽く唇を重ねる。

 何度も交わされる行為なのに、レイリアナは未だに慣れずに、短く触れただけでも頬を赤く染め上げた。


 ――その姿がより一層愛おしい……。


「レイリアナが作っている魔術具(もの)は、騎士から贈られる事が多いかもしれないね」

「同じ様な事を、エアラーダ商会のデザイナーにも言われました。独占欲の強い騎士が気に入るだろうと……」

「独占欲……か」


 シエルラキスはレイリアナの言葉を繰り返すと、ふっと笑った。レイリアナは首を傾げてシエルラキスを見上げる。


 ――シエル様も同じなのかしら……。


 すると、レイリアナは不意に抱き寄せられ、先程とは比べられないくらい深く口付けされる。


「――ぅ……んっ」


 シエルラキスの片方の手はレイリアナの頭に、もう一方の手は腰に回されていて、彼女がもがいても全く動く気配がなかった。シエルラキスが歯列を割り舌を滑り込ませると、抑えられていた魔力が一気に放たれた様にレイリアナに流れ込む。レイリアナは頭が痺れる感覚に襲われ、抵抗していた体の力が抜けていった。それに気が付いたシエルラキスは名残惜しそうに唇を離し、レイリアナの頭を自身の胸に押し当てる様に抱きしめた。


「殿下――」

「レイリーの言う通りだよ……」


 レイリアナは肩で息をしながら、シエルラキスの胸にしがみついていた。シエルラキスは銀色の髪に顔を埋めると、懺悔する様に言葉を紡ぐ。


「店先で会った騎士に触れる貴方を見て、それだけでその男に嫉妬する様な――ね」

「……それを嬉しいと思うわたくしは、おかしいのでしょうか……」


 真っ赤な顔のレイリアナが少し体を離し、シエルラキスを見上げながら囁く。


「殿下から頂いたネックレスに触れていると、とても嬉しい気持ちになります。同じ気持ちを他の方にも届けたくて、制作中の魔術具はペアの物にしてしまいました」

「そうだったのか」


 歯がゆい様な苦しい気持ちを受け入れて貰えた安堵の様な感情がシエルラキスを包んだ。


 ――魔力だけではなく、醜い感情まで受け入れてくれるのか……。


「出来上がったらわたくしから贈ります。受け取って頂けますか?」

「勿論だよ」


 シエルラキスはクリアブルーの目を細めて、愛おしそうにレイリアナを見つめる。レイリアナも微笑み、2人は再び影を重ねた。




 王城に着き、馬車から降りるレイリアナをエスコートの為に手を握ると、シエルラキスが神妙な面持ちでレイリアナを見遣った。


「レイリアナ。明日、例の事件の正式な処分を彼らに言い渡す。貴方にも同席してもらいたいのだが……」

「――分かりました……」


 シエルラキスはレイリアナをエスコートし、その手を握ったまま離さない。


「今宵はその準備の為、食事は同席出来ないが、明日迎えに行く。今夜はお休み」

「はい。お休みなさいませ……」


 シエルラキスはレイリアナの頬にキスを落とすと、名残惜しそうに手を離した。2人はそれぞれの自室へと向かった。






 翌日、レイリアナはシエルラキスと護衛2人と共に、とある場所へと向かった。王城区域内の最北にある騎士棟の更に北に広がる森を少し進むとポツンと背の高い塔が姿を現す。そこは上流階級の罪人を監禁、留置する『沈黙の塔』と呼ばれる建物だった。来る途中、シエルラキスがレイリアナに目的の場所について簡単に説明をしていた。

 レイリアナはその塔の下まで辿り着き、塔を見上げる。


 ――コルーンの丘の塔に似ている……。


 塔の低層階は談話室や多目的に使用する部屋となっており、留置される者は3階以上、刑に服している者は5階以上に収監される。


「こんな所に収容所があったのですね……」

「騎士団に入っていた者なら知っているが、一般には知らされない場所ではあるね」


 シエルラキスがレイリアナの手を取り、塔へと足を踏み入れた。

 簡素な造りの入口を抜けると看守をしている騎士が現れ、直ぐに部屋に案内された。


 ――柵……!?


 レイリアナは部屋の構造に一瞬たじろいだ。通された部屋は、王城の談話室に似ていたが、装飾品はほとんど使われていなかった。大きな長テーブルが置かれ、その周りを数脚の椅子が取り囲んでいた。通常の部屋と大きく異なる点は、部屋の真ん中にある柵が部屋をふたつに隔てている事だ。柵を挟んだ向こうは簡素な椅子が数脚置かれているのみだった。


 シエルラキスが長テーブルの上座に当たる席を空け、その2つ隣の椅子に着くようレイリアナを勧める。彼は上座とレイリアナの間に腰を下ろした。


「この部屋は……。強盗と、顔を合わせなければならないのでしょうか。……あまり関わりたくありません……」

「ここは貴族用の施設だ。強盗(かれら)が来ることは無いよ」


 緊張した面持ちのレイリアナを心配し、シエルラキスは彼女の手を握った。その手はカタカタと震えていて、レイリアナの視線は目の前のテーブルを見つめたまま動かない。


「私がいるから安心して。レイリアナ……。ここは安全だから……。言い渡しが始まる前に、貴方に隠匿(いんとく)の魔法をかける。それで罪人からはわからなくなるはずだから……」

「殿下……」


 レイリアナはようやくシエルラキスに視線を向けるも、心配そうな瞳は変わらなかった。






「それでは、始める」


 部屋に立ち会い人や事務官が何人か入室し、騎士が準備が整った事をシエルラキスに伝えると、彼は開始を告げる。柵の向こうの扉が開き、4名が入室した。

 レイリアナはシエルラキスによって隠匿の魔法をかけられており、周りの意識から姿を消している。――隠匿の魔法は透明になる訳ではなく、魔法をかけた対象に意識を持てなくする精神系の魔法である。居るはずなのに、いないものとして脳が考えてしまうのだ――。


 シエルラキスの合図で入室したのは、ビドテーノ侯爵と侯爵夫人、そしてジョカリタと彼女の護衛をしていたボアネルだった。4人共拘束はされていないが、背後に2人ずつ騎士が付き、俯いたまま椅子に座らされる。


「まず、今回の事件は国王陛下の慈悲により、裁判での断罪はしない。公とならない事を陛下に感謝せよ。――これから陛下に代わり、処分を言い渡す。これらは王命である」

「……はい……」


 辛うじてビドテーノ侯爵が返答の言葉を発した。

 裁判を行わないという事は公にはならないが、弁明する機会を失う事でもあった。しかし、ジョカリタは現行犯であり、彼女の知りうる全ての事実を吐露したため、彼らはその機会を諦めた。そして、秘密裏での言い渡しとなった。


「主犯ジョカリタ・ビドテーノ。サクリフォス公爵子女誘拐罪及び傷害教唆(きょうさ)に係る傷害罪、並びに第2王子への傷害未遂に係る王族への反逆罪。ジャンドレー・ビドテーノ及びダニエラ・ビドテーノ。王家管理の魔術具の窃盗罪及びそれに係る反逆罪、並びに主犯ジョカリタへの共同正犯(きょうどうせいはん)――」


 シエルラキスが淡々とジョカリタ達の罪状を告げていく。侯爵夫人(ダニエラ)は釈然としない顔をするも、面を上げず俯いたままだった。


「これら罪状に対する刑を言い渡す。主犯ジョカリタ・ビドテーノ及び、ジャンドレー・ビドテーノ、ダニエラ・ビドテーノ以上3名は貴族籍からの除籍。また――」

「そんなぁ……っ!!!」

「リタ!! ()()()()のお言葉を遮るなど……っ!」


 シエルラキスの言葉を遮り、ジョカリタは椅子から崩れ落ちる。これ以上不敬を重ねるなと言わんばかりに、ビドテーノ侯爵(ジャンドレー)は焦って彼女を諫めた。貴族籍からの除籍は、平民として生きる事を意味する。

 そのやり取りをシエルラキスは表情を崩さずに見下ろし、言い渡しを続ける。


「――また、3名はビドテーノ領内の別荘に生涯幽閉とする。尚、幽閉の執行は本日より10日以内、貴族籍除籍の執行に関してのみ無期限の猶予を与える。――以上だ」

「……別荘に幽閉……?」


 ダニエラが不思議そうに言葉を繰り返した。ジョカリタは床に座り込んだまま放心した様に何かを呟いている。

 ジャンドレーは覚悟を決めていた様だが、最後の処遇に首を傾げる。


「恐れながら殿下……」

「――許す」


 ジャンドレーが困惑した顔で疑問を投げかける。


「別荘と仰いましたが、今回の件でビドテーノ家は――侯爵位は剥奪となるのでは……。そうなると別荘は……」

「お前が心配する事ではない。ビドテーノ侯爵位はメネセリーク・ビドテーノが継承する」

「――お兄様が……!?」


 ジョカリタが少し明るい声を上げた。しかし、ジャンドレーは大きく目を見開くも、何かに納得した様に了承致しましたと言うとそれきり言葉を閉じた。


「入れ」


 シエルラキスが部屋の外に声を掛けると、青年が1人柵の向こう側へ入室した。青年は3人に見向きもせず、沈黙を保ったままシエルラキスに向かって跪き右手を胸に当てる。


「お初にお目に掛かります。メネセリーク・ビドテーノと申します」

「――メネセリーク。刑の執行の協力を頼む」

「はい。殿下」


 メネセリークは立ち上がるとようやく3人に視線を向ける。しかし、3人を見下ろすその視線は厳しく、軽蔑の眼差しそのものだった。


「別荘での幽閉は、メネセリークの温情による案だ。不服の場合、ジャンドレーはここ『沈黙の塔』への収監、ジョカリタとダニエラは修道院での奉公となる」

「修道院……!?」


 ジョカリタがそれは嫌だと言う様に、頭を横に振った。ジャンドレーは俯いたまま他に分からないよう、歯軋りをする。


 ――何が温情だ……あいつは私達を心の底から……!


「ビドテーノ家に対する件は以上だ。3人を下がらせよ」


 シエルラキスの命令に従い、騎士たちがジョカリタ達を部屋の外へと連れ出した。メネセリークとジョカリタがすれ違う時にメネセリークに駆け寄ろうとし、騎士たちは慌ててそれを阻止する。


「おにいさまぁ!!! ありがとうございます! わたくしを助けてくれたのですね!」

「――退()け」


 ジョカリタがメネセリークに感謝の言葉を投げかけるも、彼は冷たい顔で一蹴する。その表情を見た彼女は笑顔を凍らせ、そのまま騎士達に連れていかれた。


ジョカリタ断罪の回でした。個人的にこう言った場面は好きで割りとしっかり書きたいのですが、シエルラキスがひたすら話しててすっかり長くなってしまいました。それとも冒頭のイチャイチャのせいか……!

そして、また新しいキャラが出てきました。多分次回も出てくる……

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