29.デザイン会議
武器屋を出ると、戻ってきたらしいエアラムザが店先で待っていた。そろそろ約束の時間だと告げると、4人は打ち合わせを行うエアラーダ商会の店舗へと向かった。
「シエルラキス王子殿下、サクリフォス様。ようこそお越し下さいました」
「本日はお時間を頂きありがとう存じます」
商会に到着し、打ち合わせの為の部屋に案内されると、2人の男が出迎えた。
彼等はエアラムザの兄に当たるニアネクロ・スラグディ伯爵子息と、スラグディ家専属デザイナーのギオとエアラムザが紹介する。ニアネクロはたまたま店舗に寄ったと言うが、どう考えても計画的だなとエアラムザは嘆息をもらした。
――兄上もレイリアナ様が気になるのか……。
「シエルラキス殿下。先日はご注文ありがとう存じます。また是非ご縁を……」
「そうしよう。彼女も大変気に入ってくれた」
シエルラキスは目を細め、あの日のドレス姿を思い出しながら、レイリアナの手を取った。
「ニアネクロ様。お初にお目に掛かります。わたくしサクリフォス公爵令嬢レイリアナ・サクリフォスと申します」
「初めまして、レイリアナ様。――実は先日の夜会でレイリアナ様を拝見しておりました。当家が手掛けたドレスですが、直接採寸をした訳ではないので、お気に召さなかったらと気になっておりました。ですが、夜空のドレスがあれ程に満天の星空の如く輝く物になるとは――光栄の極みでございました。次回のドレスは是非殿下とご一緒に仕立ててゆきましょう」
ニアネクロはニコニコとエアラムザに似た笑顔で、次の注文をさも受けているかの様に話をもっていった。エアラムザよりも流石に手慣れている。
「兄上。その辺りでご容赦願いたい。このままではドレスのデザイン決めになってしまいます」
エアラムザがニッコリとその場を制した。そうでしたねと無邪気を装い、ニアネクロはレイリアナに頭を下げ、ギオと紹介されたデザイナーを呼び寄せた。
「それではギオ。よろしく頼む。レイリアナ様の注文を受けなさい」
「了解致しました」
その場に留まろうとしていたシエルラキスは、私達はこちらでお話がございますと笑顔のエアラムザとニアネクロに無理やり連れられ、その部屋を後にした。
「ニアネクロ様はなんだかエアラムザに似ていますね」
レイリアナが3人が出て行った扉を見てくすくす笑うと、残されたデザイナーのギオも同じ様に笑った。
「お2人共、お年は離れておりますが、とても仲が良いです。白の学園通学中はニアネクロ様が親代わりとなっていましたから仕草や口調などは似てくるのでしょう」
ギオは商会の性質上、上流階級の者と話をする機会が多く、レイリアナ相手でも臆する事無く穏やかに返答していた。
ニアネクロとエアラムザは兄弟と言うよりも、親子と言っても不思議ではないくらい年が離れている。
彼等兄弟の父・スラグディ伯爵は自領にてその地を治めている。その為、エアラムザが白の学園へ入学し王都に住み始めた頃から、王都にいたニアネクロとその夫人が彼の親代わりとして世話をしてきたのだった。ギオはその頃既に奉公としてエアラーダ商会におり、彼等の関係を良く知っている。
「申し訳ありません。また横道に逸れてしまいましたね。そろそろお話をお伺いしても宜しいでしょうか?」
「はい。まず、こちらの試作品を見て頂きたいのです。」
レイリアナは自分が作ろうとしている魔術具の説明を行った。
魔術具の役割や目的、付与魔法、魔術式の量、鉱石の大きさや種類を伝え、どのくらいの大きさに出来るかを確認する。
「魔術式はどれだけ小さくても大丈夫ですが、鉱石は最小値が決まっています……。身に着けるものがいいかなと思うのですが、如何でしょうか」
「そうですね……。魔術式を書き込む為のスペースがどうしても必要なので、あまりに細い物は難しいかも知れません。太めのブレスレットやネックレス、ブローチなら出来そうです。指輪だと非常に細かい細工になるので、職人が限られますね……」
レイリアナは少し悩んだ後、後ろで控えていたヴァシーリに問いかける。
「ヴァシーリ。ブレスレットは騎士としての行動の妨げになりますか?」
「そうですね。ある程度固定されていれば、ガントレットと変わりないので違和感はないと思われます」
「それならば、ブレスレットにしましょう! ――それと、そのブレスレットの対になる物も一緒に作りたいのですが……」
レイリアナは先程シエルラキスに贈られたネックレスに手を置き、ギオに同じ宝石を分けて作る一対となるアクセサリーの提案をした。
――きっと、帰りを待つ方だって何かに無事を願いたくなるわ……。
「それは良いですね。恋人同士で同じものを持つことはそれだけで強い優越感を得られますし、独占欲を掻き立てられるでしょう」
ギオは目を輝かせて、紙にデザインを走り書く。
「お守りとして使う騎士側のデザインはなるべくシンプルに致しましょう。贈る側のブレスレットはデザインは同じ系統で、使う宝飾を増やすのはいかがでしょう? 女性が着ける事を想定し、少し華やかにしようと思います」
提示されたデザインは、指3本分くらいの太さのブレスレットだった。中心に鉱石を付ける台座があり、その台座に好きな宝石を入れる――腕時計の様な――形をしている。女性側のデザインはその台座の周りに小さな宝石を着けて華やかさを出している。ギオはそのようなデザインをいくつか書き出した。
「一対の物なら騎士から贈る事も出来ますね! 出征時に残す恋人への贈り物なんて素敵な響きです。贈った相手が自分のモノだと主張したい騎士にはピッタリです。独占欲の強い騎士が離れ離れになる恋人への愛を形にして残せるのです。しかも、お互いの声が入っているのでしょう? 夜な夜なその声を聞く事が出来るなんて、とても情緒的です――」
ギオは調子が出てきたのか、自分の世界を作って恍惚とした表情で妄想を口にしている。その間も手は止まっていない。
レイリアナもヴァシーリはその様子を見て呆気に取られていた。
「独占欲、ですか……」
レイリアナはギオの言う騎士とシエルラキスを重ね、顔を少し赤らめた。胸に輝くネックレスはまさに独占欲の強い騎士から贈られたペアのアクセサリーだ。
忙しなく動いていた手を止め、ギオがレイリアナにデザインを渡した。
「レイリアナ様。どちらに致しましょう?」
「んー。悩みますね……。何点か試作品を作る事は可能ですか?」
「勿論でございます! 商品もいくつか選択肢があると好みに合わせられるかもしれませんね」
提示されたデザインのうち、レイリアナは3組を選び試作を依頼する。
「実際に音声を入れた鉱石をお渡ししますので、参考にしてください。試作品にも音声の入っている宝石を使用したいので、石のカットが終わったら一度ご連絡をお願いしますね」
ギオはレイリアナの要求を確認し、注文にしたためた。魔術陣の扱いに関する注意事項や、鉱石の配置、期限など細かい部分の確認をして打ち合わせを終えた――。
――コンコン……ッ――
書類等の片付けをしていると、ノックと共に入室の断りを入れる声がした。既に話し合いは終わっているので、レイリアナがそれを許可する返答をすると、ひとりの女性が飛び込んできた。
「良かった。間に合ったわ!」
「チェシーダ様!? 本日はこちらにいらっしゃらないと伺っていましたが……」
「わたくしの店だもの。お得意様にはご挨拶をしなくてはならないでしょう?」
チェシーダと呼ばれた快活そうな女性がレイリアナの前に現れた。
――わたくしのお店……?
レイリアナが不安そうに成り行きを見守っていると、チェシーダが満面の笑みで近付いていく。
「初めまして、レイリアナ様。わたくしエアラーダ商会の代表を務めておりますチェシーダ・スラグディと申します。お会い出来て光栄です」
「――ニアネクロ様の奥様でございます」
チェシーダの勢いに呆気に取られているレイリアナに、ギオが説明を付け加えた。
レイリアナも続けて挨拶をする。チェシーダはギオに下がる様命じ、彼はレイリアナに丁寧に礼をすると部屋を後にした。
彼が部屋を出たのを見計らうと、チェシーダは更に距離を縮めて来る。
「エアラムザから話を伺いました。レイリアナ様の開発する魔術具の売買を、是非当商会に指名して頂きたくお願いに参りました」
「は、はい。そのつもりでおりました――」
「まあ! ありがとう存じます!」
チェシーダはパァっと明るい笑顔になり、ギュッとレイリアナの両手を握った。
「それと、第1王妃陛下のお茶会にわたくしも出席する予定ですので、その前にご挨拶をと思っておりました。少しでも知っている顔がいる方が緊張しないで済むでしょう?」
「チェシーダ様もお茶会にいらっしゃるのですね。――わたくしお茶会自体が初めてなもので……そう言って頂けると心強いです」
エアラムザに似た笑顔を見せるチェシーダに、レイリアナは少し心を開く。
「わたくしの娘も同席致します。レイリアナ様と同じ年頃ですので、是非話し相手になって下さいませ」
「はい。喜んで!」
――若い方もいらっしゃるのは少し安心できるかも……。しかも、今回の魔術具の購買層に近いから、是非見て頂きたいわ。
招待されたお茶会はてっきりラフタラーナと同じ位の年代の方ばかりだと想像していたレイリアナだったが、そうでもないらしい事を知り、安堵の息をついた。
チェシーダがニコニコしていると、再び扉が開き、待ち焦がれた様にシエルラキスが顔を覗かせた。
その後、チェシーダと短い挨拶を交わし、レイリアナを頼むと告げると、王城への帰路に就いた。
新しいキャラが何人か出てきました。私自身覚えが悪いので、なるべく一気に増やしたくなかったのですが……。なかなか難しいです。モットーは新しいキャラ(固有名詞)や久々に出てくるキャラはなるべくわかり易い表現を……です。覚えちゃう方には煩わしいかもしれません……。良さげな表現をするため、精進致します。