28.魔術具の現状
レイリアナは、エアラムザの紹介のデザイナーとの打ち合わせの為に、王都の貴族街の商業区域へ向かった。打ち合わせはスラグディ家が設立したエアラーダ商会で行う予定になっていた。
シエルラキスは本当に息抜きの時間を取り、約束の時間までレイリアナと王都を散策する事にしていた。
「シエルラキス殿下。本日はご一緒出来て光栄です」
「かしこまらないでいいよ。息抜きに来たのだからね」
銀色の髪を優しく撫でると、シエルラキスは腕を差し出し彼女へエスコートを促す。レイリアナは、その腕にそっと手を添えた。その状況にレイリアナは頬を染めた。
――もしかして、この状況は……まさかデート……。
ようやくシエルラキスが同行したいと言った意図に気付き、レイリアナはいたたまれない気持ちになった。ヴァシーリにも後で謝罪しようと心に決め、とりあえずは目の前のシエルラキスと散策を楽しむことにした。
エアラムザとヴァシーリは、そんな2人と少し離れてついて行く。
コルーンの街での散策の様に、レイリアナは周りを見回しながら、目を輝かせている。彼女はエスコートされ、腕に手を添えているので、フラフラとどこかへ行ってしまうことはなかった。
「顔を隠さずに出歩くのは何だか新鮮です。今日はよろしいのでしょうか」
「この間はずっと隠していたからね――。王都では隠す必要なんてないよ。むしろ見せつけるくらいで丁度良い」
「え、と……。見せつけるのですか……」
「恥ずかしいなら、情報工作のひとつとでも思っていれば良いよ」
シエルラキスが目を細めて悪戯っぽく微笑んだ。
あの日と違って、今日はフードやマントで顔を隠す事なく堂々と歩いていた。時折驚いた様に2人を振り返る者もいたが、この辺りを歩いているのは貴族や上流階級の者達である。皆、見なかった振りをして通り過ぎていく。
婚約発表をした夜会以降、2人は公の場に立つことはなかったが、衝撃的なプロポーズだった為、その場にいた多くの者の記憶に強く残っていた。
「コルーンとはまた違って落ち着いた雰囲気ですね」
「区域の違いかもしれないな。コルーンも富裕層区域なら似たような雰囲気だろう。この間は行けなかったが――」
「また次の機会に案内して下さいね」
コルーンでは富裕層向けの商業区域に行く前に事件が起こり、結局行けずじまいだった。レイリアナは満面の笑みでシエルラキスに寄り添う。些細な約束を覚えていてくれたことが嬉しかったのだ。
「殿下。王都にも魔術具を取り扱うお店があるでしょうか。参考にしたいのです」
「レイリアナがそう言うと思って、調べておいたよ」
「うー……。見透かされていましたか……」
レイリアナが頬を少し膨らませ、むむっと小さく唸ると、シエルラキスが目を細めて微笑む。
「この先にあるから、少し寄ろうか」
「ありがとうございます!!」
レイリアナが早足になり、シエルラキスを先導する様に腕を引き、通りを進んで行った。
「ここですか?」
「そうだよ。入ろうか」
シエルラキスが案内した店は、武器や装備品を主に扱う店の様だった。店先のショーケースには剣が陳列されている。
早速入店しようと、シエルラキスが店の扉に手を伸ばした時――。
――――バン……ッ!!!
先に扉が開き、中から勢い良く出てきた人の右腕がシエルラキスの伸ばされた手に触れた。その瞬間、その腕は勢いよく弾かれた。レイリアナと居るためか、シエルラキスの体を取り巻く魔力はそこまで多くなく、腕を弾いた程度だ。
「――いっ……!!」
シエルラキスはしまったと言う顔で自分の手と腕を弾かれた男を見遣った。
騎士団の制服を身に纏っている男は痛そうに俯き、腕を抑えている。
「あの……っ!大丈夫ですか!?」
「い、いえ……。こちらこそ不注意で申し訳ない――」
直ぐにレイリアナが男に駆け寄り、それに答えようとした男は顔を上げると、目を見開き硬直した。
「――……王子、殿下――!」
男はシエルラキスに気付き、そう呟くと直ぐに足元へ跪いた。騎士の礼の為に咄嗟に右手を上げようとするが、痛みで上手くいかない様だった。
「――ご無礼をお許しください」
「礼は良い。ラムザ――」
「――――癒しを――――!」
シエルラキスがエアラムザを呼び付けようとした時、パァァと眩い光がレイリアナを包み、その光が男とシエルラキスに降り注いだ。
――あ……シエル様にまで掛かってしまった……。
男の腕を癒すため、回復魔法を発動したのだが、予想より広範囲に魔法が展開され、レイリアナは焦っていた。往代の魔術具の報告があった日から2度魔法制御の訓練をしてる。その時は上手くいっていると思ったのだが、咄嗟にはまだ難しい。
「レイリアナ……」
レイリアナの意図が分かったのか、シエルラキスが頭が痛いと言うようにため息をつき、片手で顔を覆った。レイリアナは失敗を誤魔化すように笑った。
――まったく、危なっかしい……。
「……過大な癒しを……恐れ入ります」
腕の痛みが引き、男はしっかりと右手を胸に当て礼をした。
シエルラキスは無表情で男を見下ろすと、短く退去を命じた。
「もう良い。下がれ」
「――失礼致します」
男はそう言って、店を後にした。
シエルラキスに呼ばれ近くに控えていたエアラムザがその姿に一瞬少し眉をひそめるも、直ぐに笑顔に戻った。
「殿下。念の為、所属を確認してきます。――ヴァシーリ、ここは任せる」
シエルラキスにひと言断ると、エアラムザはその男を追った。
「レイリアナ……時間を取らせてしまった」
「殿下が悪いわけではありません……。癒しも掛けましたし!」
穏やかな雰囲気に水を差されて少し沈んでいるシエルラキスに、レイリアナはにっこりと微笑む。
「それよりも、商品を見に行きましょう」
店先でずっと立ち話をしている事もないと、レイリアナは入店を促した。
折角のレイリアナとの時間を無駄にしたくないと、気持ちを切り替えたシエルラキスはそうだなと武器屋へと入っていった。
「魔具も魔術具も取り扱いは多くないのですね……」
「――魔具は貴族様達にはあまり必要がないですし、魔術具はそもそも需要も供給も少ないですからね」
レイリアナが呟くと、老年だが逞しい体付きの店主が声を掛けてきた。
「お客様は魔法は使えるようなので、魔術具を探しているのですか?」
「はい! お守りのようなものはありますか?」
店主は先程の店先でのやり取りを、一部見ていたのだ。会話内容は聞かれはしなかったが、レイリアナが回復魔法を発動する場面は一部始終見届けていた。
シエルラキスは腕を組み、無言のままやり取りを見守る。
「お守り……そう言ったものは取り扱いがございません……。当店で取り扱いがある魔術具は、防御魔法や補助魔法を発動するものや、水を供給する魔術具くらいでしょうか」
「んー……そうですか……」
目的の物はないと告げられ、レイリアナは少し肩を落とした。店主が告げた魔術具程度なら、彼女であれば直ぐに作成出来る。
値段も防御魔法を発動するものだけでおよそ銀貨1枚分である。以前、シエルラキスが言っていた露店商の1か月分の稼ぎと同等の金額だ。
――魔術具はこんなにも普及されていないのね……。
「――ただ、魔術具ではないですが、装飾品としてのお守りはございます」
先程の魔法の放出量から鑑みるに、恐らく上客だろうレイリアナを逃さない為、店主は間髪入れずに他の商品も勧める。こちらなどいかがでしょうと、彼が手にしたのは宝石がはめ込まれた2個の首飾りだった。シンプルなネックレスは、大きさは少し違うがほとんど同じデザインをしている。
「こちらは同じ宝石を分けた物を使用して作られた一対の物になります。ネックレスだけではなく、指輪や腕輪もございます。お若い方々には贈り物として人気がありますよ」
「一対ですか」
「お客様方の様な恋人同士でお召しになる方が多いです。大切な方と同じものを共有する事で、お守りとしての一層効果が得られるとか――」
少し反応があったので、店主は次々と能書きを並べた。しかし、レイリアナは購入者としてではなく、製作者としての目線でその付加価値に興味を示していた。
その代わり、隣で無言を決め込んでいたシエルラキスがその沈黙を破った。
「店主。これらと先程の魔術具を全て頂こう」
「シエルラキス殿下――?」
「――!!!」
店主は高価な魔術具を全てと言われた事にも驚いたが、レイリアナが彼を呼んだ名を聞いて、店主は耳を疑った。彼女が呼んだ名はこの国の王子の名だ。貴族街で商いをする商人であれば誰もが知っている名だった。
店主は血の気が引くのを感じるも、なんとか平静を装い取引を進めた。
「レイリアナ。こちらに」
「はい……」
購入したその場で、シエルラキス自らレイリアナにネックレスを着けた。そのネックレスには、青みがかった宝石が輝いている。レイリアナがしばらくそれに手を当てていると、シエルラキスにも着けるよう促された。少し苦戦しながらもそれを着けてくれるレイリアナを見て、シエルラキスは抱きしめたい衝動を必死に抑える。
――同じ物を身に着ける事はこんなにも特別な気持ちになるのね。
2つ揃ったネックレスを眺め、レイリアナは微笑んでシエルラキスを見つめる。
「ありがとうございます、殿下。とても嬉しいです」
「それは良かった」
シエルラキスはレイリアナの髪を優しく撫でた。
――『氷の騎士』が婚約したとは聞いていたが、これは……想像以上に……。
婚約発表があった日から、第2王子の婚約は貴族街にあっという間に広がり、特に商人達からはそれらの恩恵を期待する声が上がっていた。一方で、氷の騎士の異名を持つ第2王子の結婚は、冷たい政略結婚と噂されており、あまり商売には結びつかないだろうと落胆する声も多かった。
しかし、先程までの2人の仲睦まじいやり取りを目の当たりにした店主は、たとえ政略結婚だとしても、この2人なら商業区に悪い影響はないだろうと考えた。
今後、この国がどのように変わっていくのか、彼は老いゆく身ながらも少し楽しみになっていた。
シエルとレイリーのデート回でした。次回はラムザさんちのお店に行きます。