26.事件の裏側
「お忙しい中、お時間を頂きありがとう存じます」
王城の最奥近くの上品な一室で、シエルラキスは毛並みの良い絨毯の上に跪き、右手を胸に当てた騎士の礼をする。
「ご機嫌よう、シエルラキス。久しぶりですね」
部屋の中心のソファに座り、シエルラキスを眺めているのが、ラフタラーナ第1王妃だ。レイリアナから事の真相を聞いたシエルラキスは、直ちにラフタラーナへの謁見を申し出た。王妃は謁見に快諾し、翌日には彼に赴く様伝えた。
シエルラキスは定型の挨拶を飛ばし、早々に要件を告げる。
「陛下にお伺いしたい事がいくつかございます」
「――サクリフォスの娘のことでしょう」
「はい――」
ラフタラーナは使用人達に下がるよう命じた。数名、護衛と側近と思われる者だけが部屋に残った。シエルラキスも子供の頃から見知った者達だ。
ラフタラーナはシエルラキスに席を勧めたが、シエルラキスは跪いたままだった。
「ビドテーノ侯爵令嬢に誘拐を薦めたのは陛下ですか?」
「――薦めてはいませんよ。ただ、手薄だと伝えさせただけです」
ラフタラーナは扇で半分顔を隠しているので、表情が読み取りにくい。
「……それだけで攫った後の行先まで分かるとは思えませんが……」
「あの娘は綿毛の様な口の持ち主だったのですよ。わたくしの内偵にまで詳細に話していましたから」
「では、サクリフォス公爵令嬢に王都を離れるよう命じた様ですが……誘拐後はどう扱うつもりだったのかお伺いしたい」
「どう……?」
ラフタラーナは言葉を切った。
「エアラムザが同行する事を耳にしましたので、放っておいても構わないと――」
「見殺しにするつもりだったのか!!!」
シエルラキスは顔を上げ、怒りを露わにして声を荒らげる。彼の足元から氷の剣が幾つも現れ、ラフタラーナの手前まで広がった。彼女の護衛騎士が剣に手を掛け、シエルラキスを警戒する。
しかし、ラフタラーナは動じる素振りを見せず、護衛達を制し、話を続けた。
「エアラムザは優秀な子ですから、どうとでも対処出来ると信頼していたのです。もし彼が同行しなかった場合は別の対応をする予定でした。あなたの言いたいことは分かります。ですが、サクリフォスの娘を決して無下には致しません――」
少し落ち着きなさいとラフタラーナは叱責をする。シエルラキスは彼女の言葉を飲み込むと、足元に広がった氷の剣を霧散させ、もう一度跪いた。
「――申し訳ございません……。取り乱しました……」
「あなたがレイリアナにそれ程固執しているとは思いませんでした」
「――――」
シエルラキスは瞳を伏せ、唇をきつく結ぶ。ラフタラーナの言葉に、返すべき答えが見つからなかった。王族は【万事に対し惑溺するべきではない】と教え込まれるのだ。
シエルラキスのレイリアナに対する寵愛は、誰から見ても度が過ぎている。
「――私はラフタラーナ陛下とアスティリード殿下に忠誠を誓った身。御二人を裏切る事は決してありません。それでも……これ以上レイリアナを危険な目に合わせたくないと思ってしまったのです……」
シエルラキスは俯いたまま、素直にそう告げた。
――わたくしたちの関係を忠誠などと……そんな風に考えているのね……。
ラフタラーナは少し困った様な笑みを浮かべた。それは子に対する母の表情なのだが、シエルラキスが気付く事はない。
「それ程大切なのね」
「――はい」
シエルラキスはラフタラーナを真っ直ぐに見つめ、確信を持って肯定の返事をする。
「わかりました。あなたの許可なしに彼女を矢面に立たせることは控えましょう」
「――ありがとう存じます」
シエルラキスは敬意を持って、騎士の礼をした。これで自分が知らないうちにレイリアナが事件に巻き込まれる事は無いだろうと、胸を撫で下ろした。
「その代わり、社交に関しては彼女に動いてもらいますよ。わたくしの後ろ盾があればある程度はやり易いでしょう」
「社交については私からもお願いする予定でした。私達は社交面で非常に劣っているのです……。陛下のお力添えがあればどれだけ心強いか」
「そうね。次のお茶会は気安くいらっしゃいとお伝えなさい」
先程までのピリピリした雰囲気はなくなり、ラフタラーナは少し安堵するも、別の不安が過ぎる。
小さな頃から国王陛下と第1王妃に忠実で何かを求める事の少なかった子が求めてきたのは、彼自身の事ではなく、彼の大切な者の事だった。
彼はいつも誰かの為に忠義を尽くす。その矛先が自分達に向かわなくなった時が――もし令嬢と王家が対立する事があるとすれば――恐ろしいとラフタラーナは思うのだった。
「陛下。もうひとつ伺いた事がございます。」
「何かしら」
「あの魔術具を用意されたのも陛下ですか? あれらは王家管理の物だと分かりました。その様な物を侯爵令嬢が持ち出せたとは考えにくいのです」
「……半分正解かしら」
レイリアナを拘束していた魔術具は、ジョカリタではなく第3王妃が持ち出したと告げた。正確には、ジョカリタに頼まれた第3王妃が持ち出したらしい。その情報をジョカリタに与えたのはラフタラーナなので、半分正解と言う事だった。
「あの魔術具は最近作られたものではなく、遥か昔に作られた『往代の魔術具』と呼ばれるもの。今の様に魔法が繁栄する前の時代、魔術全盛期の頃に作られたものが王家に残っているのです」
「そのような時代は聞いたことがありませんが……」
「一般に習う事ではありません」
王族教育でも必須事項となっていないその歴史は、魔術に関心の無い者にとっては気にするような話ではなかった。しかし――。
――レイリアナはきっと目を輝かせてその話を聞くのだろうな。
彼女の行動が手に取るようにわかり、シエルラキスは周りに分からない様にくすっと笑った。
「現在、その魔術具に関して魔術研究室で調査を行っております。陛下はどのような物かご存じでしょうか」
「多少は記録があります。それらの記録もあなた方へお伝えしましょう」
「ありがとう存じます」
その後も、シエルラキスはラフタラーナと今回の事件と犯罪者や関係者の処分について話を進めた。部屋を後にする頃には、険しかった表情が幾らか和らいでいた――。
シエルの抗議活動でした。次はレイリーが出てきます。