23.鉱山の街・モルダ
「レイリアナ様。出発のお時間です」
翌日、明け方のまだ空が白んでいない時間帯、レイリアナの部屋の外で出発を告げる声がした。
レイリアナは既に準備を済ませており、その声を聞くや否や直ぐに扉を開けた。
「ヴァシーリ! 無事だったのですね!!」
レイリアナは声の主に駆け寄り、ぎゅっと抱き着いた。ヴァシーリはそれを素直に受け止め、抱き返した。そのまま真面目な顔でレイリアナに謝罪を告げた。
「レイリアナ様。私が付いていながら……申し訳ありませんでした」
「気にする事はありません。ヴァシーリとこうしてまた会えて嬉しいです」
「ありがとう存じます。――あの、そろそろ……」
ヴァシーリが抱き着いたまま離れないレイリアナを、どうやって離そうかと考えていると、ヴァシーリの後ろから声がした。
「私にもそれくらいの勢いで飛び込んで来てくれても構わないのにな」
「殿下……!? それはちょっと……」
シエルラキスが苦笑いをしながら、覗き込んできた。レイリアナが顔を赤らめ返事に困っていると、まだ別の声が届いた。
「はいはい。皆さんそれくらいにして出発しますよ」
ニコニコと笑うエアラムザが、早くしろと言わんばかりに身を乗り出してきた。
「そうです!出発しましょう」
4人は鉱山街モルダを目指し、再びコルーンを出発した。
ビドテーノ侯爵領地はコルーンの街から北に位置する。領地の最北に鉱山地帯があり、その麓に鉱山の街『モルダ』がある。
侯爵家はモルダの豊富な鉱物資源により安定して富を得て、国内はおろか近郊諸国内でも確固たる地位についている。その為に国政にはそれ程固執はなく、ビドテーノ侯爵は代々中立派を保っていた。
しかし、現ビドテーノ侯爵夫人が第3王妃についたとの情報が上がっていた。それに伴い、侯爵令嬢も第3王妃と少なからず接触がある。シエルラキスはここから第3王妃派を切り崩そうと画策していた。
レイリアナ達は、出発前のモルダ行きの別部隊へと合流し、半日ほどかけてモルダへと到着した。
「ここが、モルダですか……」
「モルダはコルーンとはだいぶ雰囲気が違う。無いとは思うが、決して離れないで欲しい」
「わかりました」
シエルラキスが念の為とレイリアナに釘を刺した。
モルダは『鉱山の街』と呼ばれるだけあって、鉱山夫が多く住む街である。その鉱山夫は各地から流れてきた者も多く、彼等が多く住む区画はかなり騒然としていた。また、鉱石等の売買を行う商人はかなりの富を得ているが、鉱山夫はそうではない。商人と鉱山夫の貧富の差は大きく、この街には中間層がほとんどいない。その為、その二層に険悪な雰囲気が流れているのである。
「これから侯爵令嬢との最後の取引に参ります。馬車では向かえませんので、手押し車に乗ってもらいます。レイリアナ様にはこれから全身拘束をお願いする事になりますが……よろしいですね?」
「はい」
エアラムザがこれからの作戦についてざっと確認する。
強盗を使い、侯爵令嬢へレイリアナの受け渡しを行う――その際、ヴァシーリも一緒に捕らわれたとして拘束し同行させる事になった――。そこで、強盗と人質や金銭のやり取りが行われた現場を押さえられれば、そのまま捕らえる事になる。
その後の第3王妃との関係や関与については王都へ戻ってからの調査や裁判次第だ。もし第3王妃が侯爵令嬢を切ったとしても、侯爵家の後ろ盾は無くなるので、無駄にはならない。
「恐らく代理人が来るでしょうし、何人かの護衛もいるとは思いますが、その場合はこちらで対応しますので。レイリアナ様はとにかくじっとしていて下さいね」
エアラムザは有無を言わせないとニッコリと微笑んだ。それを見たレイリアナは思わず姿勢を正してしまった。
「では、行くぞ」
シエルラキスは皆に号令を下す。それぞれが持ち場に着くのを確認し、最後にレイリアナを見つめる。彼女の手を握ると、祈る様にその手に口付けをする。
「頼んだ……」
「はい。シエル様」
レイリアナはヴァシーリと共に手押し車に横たわり、目的地へと出発した。
強盗が取り付けた約束の場所へとモルダの街を進んでいく。あまり舗装されていない道なので、荷台に横たわっているレイリアナには振動が直接響いた。レイリアナとヴァシーリが密接する様に荷台に横たわり、その上には布が被せられていた。その手押し車を強盗――の変装をした騎士――3名が引っ張っている。その後ろを本物の強盗と監視役の騎士3名が少し離れて歩いている。強盗の横にいる騎士の1人はエアラムザだった。騎士は全員変装し、ローブを頭に被っていた。
シエルラキスと他数人の騎士は目のつかない所へそれぞれ控えている。
――緊張してきた……。
レイリアナは沈黙に耐え切れず、ヴァシーリに話しかけた。
「ヴァシーリまで巻き込んでしまってごめんなさい」
「いえ。これなら近くでお守りできますので」
レイリアナもヴァシーリも手足等を拘束されているように見えるが、実際は直ぐに外れるようになっている。魔法封じの魔術具の枷も起動していないので、魔法も発動できる。
「よろしく頼みますね」
「承知致しました」
ヴァシーリは周りの物音を注意深く聞く。彼女は身体強化魔法が得意で、瞬発力や筋力、今回に至っては聴力の強化を施していた。
――ガタ……ッ――
小さく音を立て、手押し車が停車した。どうやら目的地に着いた様だった。そこは、モルダの鉱山夫居住区の一角だった。鉱山夫居住区は人が増える度に建物や道を適当に増やしていくので、迷路の様に入り組んだ道や袋小路が多い。今回も袋小路のひとつに案内されている。
「お嬢さん。連れてきましたよ」と強盗が誰もいない袋小路に声を掛ける。
「布を取れ。確認する」
建物の中から男のものと思われる声がした。強盗はもう一度声を掛ける。
「依頼したお嬢さんじゃなければ、見せないし、やらねぇよ」
「――そうか」
――ザシュ……ッ――!!!
「っ!!」
男が短く返事をすると同時に攻撃魔法が強盗目掛けて飛ばされた。その魔法に気が付いたエアラムザは強盗の男を自分の方へ引き寄せた。
「ぃだぁああっ!!」
少し間に合わなかったのか、強盗の右頬と耳が切れ血が溢れている。エアラムザが動かなければ確実に顔に切れ目が入っていた。
先程の魔法は風系の圧縮攻撃魔法だ。風を圧縮し、かまいたちの様に切れ味を増す。ここまで魔法が使えるという事は、確実に平民ではないとエアラムザは強盗の代わりに交渉を続けた。声は魔法で変えているのか、強盗に似た声色だった。
「おい! 随分手荒だな!! 元々報酬なんて出すつもりがなかったのか」
「素直に従えばいい」
「はっ! じゃあ、取引はこれまでだ。誰だかわかんねーやつに渡せるものじゃねーし、報酬の保証もないんじゃ、この女達とあんたらの情報売り飛ばした方がよほど金になるからな! お嬢ちゃんによろしく――」
「――待ちなさいよっ!!!!」
エアラムザが一気にまくし立てると、女の声がそれを制止した。向こうではそれを止める声が小さく聞こえたが、彼女は止まらなかったようだ。
「はっ! いるじゃねーかよ!」
「報酬ならここよ!」
建物の近くに麻の袋がジャラっと音を出し投げ付けられた。エアラムザが近付こうとするが、再び先程と同じ攻撃魔法が彼の足元目掛けて放たれる。それを間一髪当たらなかった様に見せかけ、怒鳴りつける。
「あぶねーな!!」
「依頼品が先だ」
「わかったよ。おい!」
エアラムザは同行していた強盗に変装した騎士に合図を送ると、荷台に被せていた布を剝ぎ取らせた。
「まぁ! すごいじゃない!!! 本当に連れてくるなんて」
「――お待ちくださいっ!」
周りの制止も聞かず、建物から満面の笑みを浮かべた女が飛び出してきた。フードをしているが間違いなく――。
この声は侯爵令嬢だ!
ここにいた全員に緊張が走った。ジョカリタが軽い足取りで手押し車に近付き、荷台を覗き込んだ。
「あら? 隣にいるの、あの研究室の伯爵令嬢じゃないの。これも連れてきちゃったの? ふふふ。いい気味ぃ」
ジョカリタはそう言うと、夜会の時よりもだいぶやつれた顔でにやぁと笑った。すると、荷台に手を伸ばし、レイリアナの髪を鷲掴みにしてグッと引っ張った。レイリアナは急な出来事に驚いたが、必死で痛みを我慢をする。
「ジョカリタ嬢、これで満足か? えっと……依頼は」
「ええ! このからっぽのサクリフォス公爵令嬢を誘拐することよ! しかもトゥルマリー伯爵令嬢付き! 完璧ねぇ。そこの報酬を持っていくといいわ」
「その前に、あんたの護衛を黙らせてくれよ。すーぐ魔法が飛んできて動けやしない」
エアラムザは念のためと言うように、ジョカリタに頼む。報酬の入った袋を拾うには、護衛のいる建物との距離が近すぎる。至近距離で魔法を発動されたら、こちらも魔法で応戦しなくてはならず、確実に強盗ではないとばれてしまう。
「ふふ。いいわよ。ボアネル止めなさい」
「ですが……」
「わたくし、気分がいいのよ」
「――はい」
ボアネルと呼ばれたジョカリタの護衛は、渋々了承した。エアラムザが報酬を受け取ろうと麻袋に近付き手を伸ばしたその時――。
「じゃあ、まずはぁ、このからっぽに魔力をあげましょう」
ジョカリタがレイリアナの頭を掴み、魔法を叩き込もうと魔力を込めた――。レイリアナは危険を察知し瞑っていた目を見開くと、目の前のジョカリタの形相に恐怖した。
「そこまでだ!」
制止の声と共に、シエルラキスがレイリアナの側に駆け寄った。
長くなったので分けます。
ヴァシーリとレイリーの再会を無理やり入れました。どうしても書きたかった!