22.強情な2人
3人がコルーンの王家邸宅に着いたのは、既に日が落ち、夕闇が空を染め始めた頃だった。邸宅は塔の丘の立ち入り禁止区域内にあり、露店区と同じ街だとは思えない程の静けさだった。
急な訪問だったが、使用人達は直ぐに部屋を準備し、3人を部屋へと通した。
「ヴァシーリ、レイリアナの清めに立ち会え。そして、次は絶対に離れるな」
「はっ」
レイリアナの休む準備が整ったら伝えるように執事に指示し、シエルラキスは用意された自室に籠った。
シエルラキスが離れた事で、ヴァシーリは少しほっとした。彼の魔力の圧力がいつも以上に強かったのだ。あの失態から、いつ切り捨てられるかと彼女は内心恐れを抱いていた。
レイリアナといる時は非常に穏やかで忘れかけていたが、シエルラキスは氷の騎士と呼ばれる程冷酷な対応を取ってきた王子なのだ。その彼の最愛がいなくなったとしたら――考えるだけでも背筋がゾッとする……。
レイリアナの外傷はともかく内傷が心配だ……。
ヴァシーリはレイリアナの湯浴みに立ち会う前に、使用人と少し話をした。荷車では濁したが、傷以外の被害については調べていない。本来は本人に無許可で行う事は差し控えたいのだが、意識が戻らない為にそうは言ってられない。医者を早急に手配する様にと指示し、到着までの間、レイリアナの湯浴みに立ち会った。
衣服に隠れていた部分も特に目立った外傷は無かった。レイリアナは湯浴みの間も新しい夜着を着せられている間も医者に診てもらう間さえも、意識を取り戻すことなく眠ったままだった。
レイリアナは清められ、ベッドに横たわっている。彼女の身の回りが整った事を使用人がシエルラキスに伝えると彼は直ぐにやってきた。シエルラキスは使用人を下がらせ、ベッドの横の椅子に座った。
「ヴァシーリ。報告を」
「はい……。レイリアナ様のお体を確認させて頂きました。特に外傷はありません。その……」
「構わない。続けろ」
「――暴行を受けた可能性も低いと思われます」
ヴァシーリの言葉を最後に沈黙が流れる。
シエルラキスは片手で顔を覆い、安堵のため息を漏らす。
「――そうか」
一言呟くと、レイリアナの手をきつく握った。シエルラキスは視線をレイリアナに向けたまま話し始めた。
「しばらくは私が付いている。其方は少し休むと良い」
「ありがとう存じます……」
「王都へ戻ってからレイリアナは王城へ居住を移す。青の学園もしばらくは控えるように伝える。しばらくは行動を制限したい。其方はその間、例の魔術具について調べるように。王城ではラムザがレイリアナにつく」
「承知致しました」
ヴァシーリは頭を下げながら唇を嚙み締めた。護衛としては落第だろうかと悔しい思いをするも、シエルラキスから思いも寄らない言葉を掛けられた。
「其方の騎士としての能力は認めている。ただ、今回は研究者としての能力を期待しているのだ。理解してくれ、ヴァシーリ」
「……殿下。勿体ないお言葉です」
ヴァシーリは右手を胸に当て騎士の礼をすると、挨拶をし部屋を後にした。部屋の外にはエアラムザが立っていた。
「やあ、おつかれ」
「――エアラムザ。君の主は寛大だな」
ヴァシーリは少し目を細め、今出てきた扉に視線を送った。エアラムザはニコニコと笑うと、今更だなーと呟いた。
「――レイリアナ様を頼んだ」
「もちろん。ヴァシーリも殿下の期待に応えてくれよ?」
「そのつもりだよ」
ヴァシーリは少し自信を取り戻した様子で部屋へ戻っていった。
「殿下。手筈は整いました。よろしいでしょうか」
ヴァシーリと入れ替わるようにエアラムザはシエルラキスに謁見を申し出た。部屋に入って構わないとシエルラキスは入室を許可する。
「強盗のうち直接依頼を受けた者を伴って部隊を編成しビドテーノ領に向かわせました。やはり依頼主はビドテーノ侯爵令嬢の様です。鉱山街で取引の際に件の令嬢がいれば捕らえるのは容易です。コルーンからは馬車で2日は掛かる道程ですし、もう夜なので移動はしない予定です。私は明日の朝、馬車の出発に間に合うよう向かってあちらに合流します」
エアラムザとシエルラキスは捕縛した強盗を使い、そのまま彼等の行先だった鉱山街へと向かう事にした。そこで強盗と依頼人の最後の取引が行われるだろうと踏み、その場で捕らえる予定だ。
と言うのも、強盗だけの証言だと侯爵令嬢に逃げられる可能性がある為だった。侯爵令嬢側も王子までが動いているとは思わないだろうし、まだ誘拐の失敗も知らないのだ。逃げる前に捕らえたい。
「私も向かう」
「……分かりました。では時間になりましたらお迎えに上がります」
本当はシエルラキス自ら出向かなくても良いと思うのだが、王子の証言は非常に有効であるし、なによりやると言い出したらきかないのだ。そこで下手に抵抗するよりも、シエルラキスの納得する様に動いて欲しいと言うのがエアラムザの考えだ。
エアラムザは礼をして準備の為に部屋を出た。
「……シエル様、わたくしも連れて行ってください」
「――レイリアナ!?」
シエルラキスが振り返るとレイリアナが上半身を起こし、ベッドから降りようとしていた。シエルラキスは起きなくていいと、慌ててベッドに駆け寄った。そのまま2人はベッドの縁に座る。
「大丈夫なのか?」
「はい。特に痛みはありません。それよりもわたくしを鉱山街へ連れて行ってください」
レイリアナは真剣な顔でシエルラキスを見つめた。しかしシエルラキスは眉をひそめ、聞いていたのかとバツの悪そうな顔をするも、それを拒絶する。
「だめだ。貴方が行く理由がない」
「侯爵令嬢がわたくしを直接引き取る瞬間こそ最大の証拠となる筈です。替えを準備するよりも確実です」
レイリアナ本人でなかった場合、関係ない取引だと言い逃れる可能性も否定は出来なかった。
それでもシエルラキスは首を縦に振らない。
「これ以上レイリアナを危険な目に合わせたくない」
「……目的の為です……。わたくしが囮となる事でそれに近付けるのならば容易いです」
お互いに食い下がらずに話は平行線を辿った。
「どうしてもダメだと言うのなら、わたくしは別行動をとるしかありません!」
「私の側を離れるのは許さないと言っただろう!」
シエルラキスがレイリアナの両肩を掴むと、彼女はビクッと体を大きく震わせ、それを拒むようにその手を払おうとした。淡いピンク色の瞳が恐怖で滲んでいる。
「……っ!!」
「レイリー……?」
荷車で何があったのかとシエルラキスが問いただそうとするも、レイリアナの言葉に掻き消された。
「ならば、あなたがわたくしを守ってくださればいいでしょう!?」
シエルラキスは目を見開く。
レイリアナは涙が零れるのを必死で堪え、それでも視線を離さない。振り払ってしまった彼の両手をゆっくりと掴んだ。魔力が流れてくるこの手は、あの時のモノでは無いと確認する。
「鉱石に込められた貴方の言葉を聞いたよ。怖いと言っていただろう……」
「――怖いです……。でも、それでも、シエル様が助けに来て下さると信じています。先程だって来て下さったのでしょう?」
「――貴方の魔法の発動に間に合わなかったが……」
「そうです! わたくしだって身を守れるのです」
レイリアナは一歩も引かないと強い意志でシエルラキスを見つめる。シエルラキスは肩で溜息をし、説得を諦めた。
「……仕方ない。勝手に動かれた方が危険だからな……。だが、身の安全が最優先だ。いいね?」
「はい!」
レイリアナがよしと小さく気合を入れると、シエルラキスが銀色の髪をひと房掴んで唇を近づける。
「……荷馬車でレイリアナを見つけた時、目の前が真っ暗になった……。あの枷のせいで貴方に触れる事すら出来なかった。もうあんな思いはしたくない……」
鳥かごへ入れてしまいたい……。
「――わたくしは大丈夫です。ずっとシエル様の側にいると約束しましたから。どのような事があっても必ずお側へ戻ります」
レイリアナはそう言うと、シエルラキスの胸に寄りかかったが、彼は体を離した。
「……ちょっと、待ってくれ」
「シエル様?」
「その恰好でこれ以上近づかれると、正気を保てる保証がないのだが……」
「――え?」
レイリアナは目覚めてから初めて自身の服装を確認すると、みるみる顔が赤くなっていく。レイリアナは肩の出たキャミソール型の薄いシュミーズを身に付けているだけだった。
「――っ!!!!」
「私としては構わないのだけど?」
「す、すみませんっ! いや、あの……」
慌てふためいているレイリアナを見てシエルラキスはにっと悪戯っぽく笑うと、彼女を抱き上げた。レイリアナは目を白黒させて、彼を見る。
「し、シエル様っ!?」
シエルラキスはレイリアナをベッドに沈ませた。
レイリアナは目をぎゅと閉じて、胸の前で両手を握った。心臓が飛び出しそうな位早打っている。
「レイリー……」
愛しい名を呼び、シエルラキスはレイリアナの額にキスを落とす。彼はそのまま体を起こすと、ひと房掴んだ銀色の髪にも唇を落とす。
レイリアナがおずおずと目を開けると、少し頬を赤らめたシエルラキスが目を逸らして呟いた。
「食事を持たせるから、少し口に入れるといい。明日は早いからよく休むこと」
「は、はい……」
シエルラキスはベッドから降りると、扉に向かった。
ドキドキして直ぐには食べられそうにないなとレイリアナはベッドに潜り込んだ。
出戻りです。ちょっと長くなりました。