21.救出
レイリアナを追っていたシエルラキスが荷馬車を発見したのは、強盗達が荷馬車を乗り換えてからしばらく経ってからだった。日が傾き、辺りが夕焼け色に染まっていく。早くしなければ暗闇の中での捜索になっていたので、不幸中の幸いだった。
荷馬車は2台連なって走っており、更には幌付きの為、荷車の中は確認できない。
「ラムザ、間違いないか?」
「はい、恐らく」
「行こう……」
シエルラキスが騎乗したまま荷馬車に近付こうとしたその時、急に先行していた荷馬車が眩い光に包まれた、その光は少し離れたシエルラキス達まで目を眩ませる程だ。馬が怯み、急停止すると――。
――ドガンッ!!!!!
物凄い音を立てて何かが荷車の幌を突き破り吹き飛んできた。
「――人間……?」
「シエル様っ!」
エアラムザが咄嗟にシエルラキスの前方を守る様に飛び出した。
「先行します」
音と光と共に、荷馬車が2台とも止まった。エアラムザはシエルラキスに一言断りを入れると、動かない馬を置き去りにし、駆け出した。
シエルラキスとヴァシーリも彼に続き、走り出した。
謎の光が発せられた為に、後方を走っていた荷馬車の荷車から盗賊が数名出て来ていた。
「な……!なんだっ!!!」
エアラムザがそのうちの一人を捕らえ、後からやってきたヴァシーリがその顔を確認する。
「レイリアナ様を攫った者達で間違いありません」
ヴァシーリの証言を聞いたシエルラキスは無表情で魔法を放つ。
「ギャー―――――ッ!!!」
頭だけ残し、全身を氷漬けにされた男は恐怖に震えた。
「シエル様、コレは証拠です。生かして下さい」
「頭があれば数日くらいはもつだろう」
エアラムザが釘を刺すも、返ってきた言葉に容赦はない。この場で切り捨てなかっただけマシだとエアラムザは思ってしまった。
2人が話している間に、先程の男の悲鳴を聞きつけ、荷馬車に乗っていた強盗が全員向かってきた。
「な、なんだお前ら!!!!」
シエルラキスは強盗の言葉など聞こえていない様に、彼らを氷の剣の筵にする。悲痛な叫びや罵声が飛び交うも、冷たく一瞥をくれただけだ。
「ラムザ、ヴァシーリ。証拠を取れるようにしておけ」
「はっ」
2人にそう言い残すと、光が発せされた荷車に飛び込んでいった。
「レイリアナ!!!」
シエルラキスは蒼白した。
荷車で確認出来た人影は3人。日が暮れ始め、目視し難いが、全員気を失っているようだった。全身拘束された花売りの少女。荷車の監視をしていたらしい男。
そして荷車の最奥に、乱れた服をかろうじて身にまとっているが、肢体は露わになり、両手足には枷が嵌められ、口元は布で覆われ、銀色の髪が雑然と床に広がっている少女――。
「――レイリー……」
シエルラキスは放心したようにレイリアナに近付き、彼女の手に自身の手を伸ばすと――。
――バシィィッ……!!!
レイリアナはシエルラキスの纏っている魔力に弾かれた。シエルラキスは絶望した顔で自身の手を見る。
「っ……!?」
何故今弾かれるのかとシエルラキスは困惑するも、レイリアナの安否の確認を優先する。
「ヴァシーリ!!!」
「はい」
「レイリアナを頼む。私では触れられない……」
シエルラキスは真っ青な顔でヴァシーリに命令を下すと、苦渋の表情を浮かべ、レイリアナを見守る。
荷車に入ったヴァシーリはレイリアナの惨状に一瞬怯むも、急いで彼女に近付き、光を灯す魔法を発動すると直ぐに症状を確認する。淡い光に晒されると、彼女の惨状が更に生々しくシエルラキスの目に映る。
シエルラキスは怒りと絶望で感情の制御が効かなくなっていた。
「気を失っているだけです。外傷も軽いものを除けばほぼありません。……ただ、先程の光がレイリアナ様の魔法だとすれば、おそらく魔力不足なのでは……」
「そうか……」
とりあえずのレイリアナの安否が確認され、シエルラキスは少しほっとする。
しかしこの身なりは……。
ヴァシーリはレイリアナの服装を整え、彼女を拘束している口布や足枷、手枷を丁重に外すと、眉をひそめた。
「シエル様。この枷は魔術具です……」
「魔術具?」
「はい。詳細な効果は分かりかねますが、魔術陣の一部が確認出来ました。この魔術具の為にレイリアナ様の吸収が行われなかったのかもしれません」
「――わかった――」
シエルラキスは枷の魔術具と強盗達を証拠とする旨をヴァシーリに伝える。ヴァシーリは残っていた少女と男を拘束すると荷車から下ろし、別の荷馬車に連れていった。
2人きりになった車内で、シエルラキスはゆっくりと銀色の髪に手を伸ばした。ヴァシーリの言うように、枷が外れた為か、シエルラキスの魔力での反発は無いようで、ほっと息をつく。そして、レイリアナを震える手で抱き締めると、ゆるゆると魔力が吸い込まれていくのがわかった。
すると、微かに開いた瞼から淡いピンク色の瞳が覗いた。
「……シエル、さま……。お待ちしておりました――」
レイリアナはふっと微笑むと再び瞳を閉じた。
「遅くなってすまない……」
シエルラキスは耐え入る様な声で呟くと、レイリアナを抱き上げ荷車を降りた。
「ラムザ。報告を」
既に外は殆ど片付いた様で、シエルラキスを見付けたエアラムザが駆け寄ってきた。
「はい。荷馬車2台に乗っていた強盗らしき者は14名です。内2名はレイリアナ様が乗っていた荷車から吹き飛ばされた者でした」
エアラムザは一通りの報告をする。
強盗は全員息はあり、拘束され眠らされたまま荷馬車に乗せられている。花売りの少女も同様である。彼等は増援部隊によって王国で拘置されるよう手配は済んでいる。コルーンの露店区でシエルラキスとエアラムザを取り囲んだ者達も兵士を遣い、既に王国へ受け渡していた。証拠品はこちらで調査、保管する予定だ。
「強盗からの供述は全て私が確認する。魔術具の調査に関してはヴァシーリの研究室に依頼しよう。ただし、室長と君だけだ。これらは極秘扱いになる」
「承知致しました」
ヴァシーリはシエルラキスの前に跪き、騎士の礼をする。レイリアナの音声再生魔術によって、一度は失いかけた彼の信頼が取り戻せそうなのだ。
騎士としても研究員としてもレイリアナの為に尽くさなければ……。
彼女はシエルラキスが抱きかかえているレイリアナにも深い忠誠の意を込め礼をする。
「もう日が暮れる。今夜はコルーンの王家邸宅へ行く。まずは、レイリアナを休ませたい……」
「はい……」
エアラムザは増援部隊が到着するまでここに留まると告げ、シエルラキスとヴァシーリはレイリアナを連れコルーンへと向かった。
シエルは生け捕りには向きませんね。