19.市街地探索
「わあ! 人が思ったよりも多いですね!」
「ここは露店区だから、旅人が多いですね。夕暮れ前の時間になると、夜に向けて、物品の調達をする為にやってくる旅人で溢れるでしょう」
「そういうものなのですね」
予定より早く山地からコルーンに戻ったシエルラキスとレイリアナは、昨日の約束通りコルーンの市街地へやって来た。
まだ夕方より少し前なので人も店もそれほど多くなく、幾分歩きやすい。子供達が外で遊んでいる様子も見られる。
シエルラキスは貴族令嬢の護衛騎士として同行している形だ。念の為2人共ローブを纏い、頭にはフードを被っている。他にも似たようにフードを被った旅人がいるので、悪目立ちする事はなさそうだ。市街地は人が多い為、護衛のエアラムザとヴァシーリは2人からそう遠くない位置で控えている。
レイリアナは子供の様に好奇心で目を輝かせて、辺りをキョロキョロ見回している。放っておいたら、フラフラとどこかへ行ってしまいそうで、シエルラキスはレイリアナの手を掴んだ。
「はぐれないようにして下さいね」
「はい」
2人は手を繋ぎ、なるべく人の多い所を避けて歩いた。
食べ物を扱っている店が最も多かったが、旅人向けに武器や防具、消耗品、アクセサリーを売っている店もいくつか見て取れた。
レイリアナは鉱石を売っている露店の商品を見てうーんと唸っていた。
「魔具や魔術具を扱っている所はないんですね」
「露店で扱うほど安価な物ではありません。特に魔術具は取り扱いのある露店も店舗もほぼありませんね。魔具なら店を構えてる所なら取り扱いがあるでしょうが……。気になりますか?」
「はい。わたくしは物の相場を知らないので……」
「それなら戻る際に寄ってみましょうか」
「ありがとうございます!!」
レイリアナはここで少し鉱石を買ってもいいですかと言って、幾つか鉱石を見繕って露店商に銀貨を1枚渡そうと手を伸ばすが――。
「――店主、これで」
銀貨を持つレイリアナの手を隠す様に、シエルラキスは店先に銅貨を4・5枚置いた。店主は毎度ありと言って、銅貨を拾った。
「シエル?」
「私からプレゼントです。さぁ、別の場所も見ましょうか」
シエルラキスは促す様にレイリアナを先程の店先から遠ざけた。通りもだいぶ人が増えてきたため、露店区から宿へ戻る道へ進んだ。道すがら、シエルラキスはレイリアナに注意を促した。
「レイリアナ様。露店区では銀貨など出してはいけません。それ一枚で、彼らのひと月分の稼ぎに相当する場合もあります」
「ご、ごめんなさい……。わたくし、初めてで……」
レイリアナは青ざめた顔でそう告げると、シエルラキスは知らなかったら知ればいいよと慰めた。
ラトゥリーティア王国には貨幣が4種類流通している。価値の低いものから、鉄貨・銅貨・銀貨・金貨で、交換比率は単純で100対1で交換出来る。鉄貨100枚で銅貨1枚、銅貨100枚で銀貨1枚、銀貨100枚で金貨1枚だ。ちなみに、昼食用に食べたサンドイッチひとつで鉄貨30枚程だ。銀貨には遠く及ばない。
「見られていたら厄介なので、少し早いですが、宿側へ戻りましょう」
「はい……」
もう少しシエルラキスと一緒に街を歩きたかったなと、残念そうに俯いて歩いていると、可愛い声がレイリアナの足を止めた。
「お姉ちゃん。お花どう?元気でるよ」
人通りがだいぶ増えてきた街路で、籠いっぱいに花を持った10歳くらいの女の子とピンク色の花が、レイリアナの視界に入ってきた。差し出された一輪の花を、シエルラキスの静止よりも先に、彼女は思わず受け取ってしまった。
「あ、ありがとう……」
少女はニコニコとして手のひらをレイリアナに突き出した。レイリアナは少し首を傾げたが、そういうこと……と呟くと、貨幣を入れている巾着から鉄貨をいくつか拾い上げた。
これでいいのかしら?
レイリアナは少女の手に鉄貨を握らせた。少女はニコニコと笑い、もっとあるよとレイリアナを路地裏へ引っ張っていこうとする。シエルラキスがレイリアナの腰に腕を回し、強引な勧誘に抵抗する。
「ヴァシーリ!」
シエルラキスは少女に乱暴はできないと、ヴァシーリを呼び、少女からレイリアナを解放する様に仕向ける。すると、少女は自身の持っていた籠と鉄貨をレイリアナへ投げ付けた。
「――やっ――!!」
レイリアナはそれらを避けようと咄嗟に頭を抱えた。その拍子に巾着が地面に落ちる。シエルラキスが籠からレイリアナを守るが、鉄貨を拾いに来た孤児らしき子供と大量の花が宙を舞い視界を狭める。少女はその隙に巾着を奪い、狭い路地に走っていく。
あれには、シエル様からもらった鉱石が…!
気付くとレイリアナも少女を追いかけて走り出していた。それを見てヴァシーリが直ぐに後を追った。
シエルラキスも後を追いかけようとするが、何事かと集まってきた通行人に拒まれる。更に通行人に交じって何人かの害意がこちらに向けられているのに気付いた。
「――ラムザっ」
「いますよーっ!」
ここでは人通りが多すぎると、2人はレイリアナが走っていった路地へと向かった。
シエルラキス達が路地に入ると、前に5人、後ろに5人の男達に挟まれる形となった。にやにやしている彼らを見て――。
「ここは任せる」
「はい」
シエルラキスはラムザに一言告げると、さも興味なさげに彼らを素通りし、走り去ろうとした。
「おいおい。無視かよ!」
「うわっ――!!」
前方にいた男達が立ち塞ぐが、シエルラキスが近づいただけで、簡単に弾き飛ばされていった。
「――邪魔だ」
更にシエルラキスは吹き飛ばされた5人の前にそれぞれ氷の壁を作り出し、動けないよう閉じ込めた。
そして、男達を一瞥することもなく、ただただ走り抜けていった。
「あの方相手なら100人くらい連れて来ないとねぇ」
ラムザは、100人じゃ足りないかなと言って、ニコニコ笑いながら剣を取った。
「待って!お金はあげるからっ!」
少女を追い掛けていたレイリアナは、路地にすっかり迷い込んでしまった。
「しつこいなっ!」
少女がレイリアナを振り返って叫ぶと、前方に人影が現れ、あっという間に捕らえられてしまった。
レイリアナの後を追ってきたヴァシーリが、建物の上から降りてきたのだ。
「キャーーー!変なところ触らないでっ!」
少女は慣れているのか、女と言う武器をかざして来た。
「悪いが、私には関係ない」
「――……ちっ」
自分を捕らえたのが女だと知ると直ぐに態度を一変させた。レイリアナが追いつき、肩で息をしながら、少女に話し掛ける。ヴァシーリはあまり近付かないで下さいと注意を促した。
「……ヴァシーリ。その、袋の中の石だけでも……返して」
「これですか?」
ヴァシーリが少女からレイリアナの財布を取り返したその時――。
「――っ!!!」
――ガキィィン―――!
ヴァシーリは剣を引きながら後ろを振り返り、背後から来た強盗か何者かに剣を向けた。強盗も短剣を構え、ヴァシーリの剣を受けた。ヴァシーリはその反動でひらりと後方に回転し、間合いを取ると視線を前方へ向けたまま、レイリアナに近付こうとする、が―――。
やられた……!!
ヴァシーリが振り返ると既にレイリアナの姿はそこになく、路地の曲がり角を数名の男達に連れて行かれるのが見えた。追いかけようとするも、彼女たちは強盗の仲間らしき5人に囲まれ、行く手を阻まれてしまった。
「――ちょっと!!離しなさい……よお!!」
少し離れたところから花売りの少女の声がヴァシーリまで届いた。どうやら彼女も捕らえられたらしい。
花売りの仲間では無いのか……?
ヴァシーリは剣を構え、非常に冷たい視線で辺りを見回した。
「こっちも上玉じゃないか」
「この依頼はなかなかいいな!」
5対1、更に男と女と言う完全に優勢だと思っている油断だらけの相手に対して、ヴァシーリは身体強化の魔法を自身に施し、先手必勝と言うように立ち向かって行った。
一刻も早く殿下に伝えなければ……!!
ラムザは剣を持っててもニコニコですね。