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1.公爵領のからっぽ公女

 

「やっぱりできない……」


 銀色の長い髪を床に広げ膝をつき、誰もいない部屋の片隅でもう何度口にしたかわからない言葉を呟きながら、殺風景な部屋の床に描かれた記号や文言を見渡す。


 わたくしひとりではこれが限界……。


 カーペットや装飾はなく、あるのは8人掛け程の大きな机のみ。その机も本や走り書きされた書類、いくつかの鉱石が無造作に散らばっていて、本来の美しさを半減させてしまっている。

 立ち上がり、机にある書類を睨みつけながら、広い部屋で一人むむぅと眉を寄せた。

 私には不釣り合いな程広いこの部屋は、更に広い邸宅の数ある部屋のひとつに過ぎない。


 ここはラトゥリーティア王国のサクリフォス公爵領の領主邸宅。


 使用人は居るものの、現在この邸宅を私ほぼ一人で使っている。

 公爵領主のお父様は王都で執務中。お兄様も不在だ。


 とある事情で領地に残されている私は、『魔術』の研究をする日々。先程もその研究中だったのだけれど、中々上手くいかない。

 そして、お母様は――。


 ――チリン……――


「――レイリアナ様。お食事のご用意ができました」


 ドアの向こうでベルが鳴り、使用人の声が聞こえる。


「ありがとう。すぐに行きます」


 辺りを軽く片付け、部屋を出ると初めて見る使用人がこちらを見て呟いている。新しい使用人だろう。


 ――あの方が()()()()の?


 聞こえてますよ。


 新人使用人が呟いたのは私の通り名。


 ――公爵邸の『からっぽ公女』――


 この国では、『魔力』を有している者が多い。特に上位貴族になればなるほどその力は強いらしい。上位だから強いのか、強いから上位になり得たのかは、鶏と卵の様な話だ。

 貴族(稀に大商人)の子供達は8歳になると王都にある白の学園と呼ばれる教育機関に入るのが通例。そんな中、幼児期に使える魔力がほとんど無いと判明した私は、お父様から入学許可が下りず、12歳の今に至るまで領地で過ごす事となった。

 魔力の少ない公爵令嬢など、覇権争いの為に簡単に攫われるか、政治利用されるだろうから、そんな危険を犯してまで学園に行かなくていいとお兄様が言っていた。


  それでも魔力を得る方法を見つけたい――!


 新人使用人を一瞥すると、傍にいた者が慌てて彼女を諌めた。気にする事はない。


「レイリアナ様。フェザリオン様からお手紙が届いておりますが――食後に致しますか?」


 気心の知れた私専属の侍女が少し早足で駆け寄ってきた。


「お兄様から? すぐに届けて。食事の前に見たいわ」

「承知致しました」


 お兄様からの久しぶりの手紙だった。

 以前は頻繁に届いていたけれど、王子の側近となった辺りから、随分頻度が減った。


 ふふ。楽しみ!


 お兄様からの手紙は少ない楽しみの1つだ。

 足取り軽く食堂へ向かい、誰もいない広いテーブルに着いた。食堂内は先程の部屋とは違い、豪華なカーペットや調度品で綺麗に整えられていた。

 上機嫌で手紙を開くが、内容は機嫌を損ねるものだった。


 ――詳しくは伝えられないが、しばらく王都を離れる。王国内にいるか分からない。状況によっては戦地へ赴くだろう。時間があれば顔を出したい。母上と息災に――


 手紙の文末はいつもの様に――愛しい妹――と書かれている。


 お兄様が戦地へ…?


「サラ」


 意を決して、近くに控えていた侍女を呼ぶ。


「わたくしは『青の学園』へ参ります。例の計画の通り進めて下さい」


 サラは少し目を見開くが、ニコリと笑い、承知致しましたと食堂を後にした。彼女には前々からこの計画を伝えていた。その為の人選も既に終わっている。

 元々お父様が付けて下さった教師もいるけれど、内容は最低限のものだ。それだけでは足りない。

 私は最短で白の学園の全ての講義を履修し、研究機関の青の学園へ入学する。

 ここ最近考えていた計画。それが少し前倒しになるだけだ。


 本来ならば自身の魔力を用い魔法を使うのに、私にはそれが出来ない。他の物質から魔力を得て魔法の代わりとする『魔術』なら、からっぽの私でも出来るのではないかと、ずっと前から研究してきた。

 私には時間があった。家族や社交に手間取られる事もなく得られたひとりだけの膨大な時間。

 魔術には計算や理論、物質、物理、図式、術式等様々な理解が必要となるので、その習得の為にかなり時間を要する。それ故に、魔力がある者はわざわざ手を出さない分野だ。

 予想通り、お父様が連れて来た教師は魔術には明るくなく、自分自身で邸内にある文献を読み漁り、試行錯誤を重ねるしかなかった。しかし、高度な魔術は独学では限界があったし、必要な材料もなかなか手に入らない。


 そこで研究機関『青の学園』の存在を知る。

 白の学園を13歳で卒業すると、騎士養成の『赤の学園』と魔法研究員養成の『青の学園』と言う選択肢が現れる。もちろん白の学園を卒業して各家に戻る者も多い。領地持ちの貴族の子は特にその傾向が強い。

 青の学園は魔法研究を主とするが、学園が許可すれば建築から芸術まで何を研究材料としても良い間口の広い機関だ。その学園なら魔術に特化した人員や資料、材料があるはず。これを利用しない手は無い。

 しかし、青の学園への入学は、白の学園の卒業()()の知識と入学試験が必要だ。()()と言うのは、その位の知識がないと試験には通れないと言う事だろう。つまりは、卒業しなくても――白の学園へ入っていなくても――入学試験のみ通過すればいい!

 そうは言っても白の学園の知識がどこで役立つか分からないので、一通り履修してから入学すると言うのが私のシナリオ(計画)の序章だ。これまでの学習と併せれば、取りこぼしを潰していく程度で済む。

 試験は自分の研究したい内容の発表が主なので、これまでの実験をまとめればきっと大丈夫。


 あとは、お父様を説得すればいい。12歳まで領地で大人しくしていたのだから、そろそろ我がままを言ってもいい頃だ。少しだけなら魔術で魔法も使える。基本は王都の公爵邸で過ごすと言えば良い。

 食事を手短に済ませ、席を立つ。やる事はたくさんある。これまでと違って時間は有限だ。

 機は熟した。ずっと留まっていた水は溢れだしたら止められない。


 リオン兄様!わたくしは必ず役に立つ妹になります!


よろしくお願いします!

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