18.音声再生魔術
翌日、レイリアナはヴァシーリと予定通り魔術具の試作品作りへとコルーンの街の背後にそびえる山地へと向かった。
シエルラキスとエアラムザは同行したが、いてもやる事はないですよとレイリアナに言われ、この付近の魔獣でも狩って来ると言って別行動をする事になった。
「マグリは音声を保存する媒体にも使えますね」
「あまり見た目が良くないから魔術にだけ使って、音を入れるのは別の宝石を使ったらどうかな?」
「あ……。そうですね! これは研究ではなく、商品でした」
レイリアナが探していた鉱石は、微弱な磁力を帯びた『マグリ』と言う鉱石である。この山地では比較的良く採れるものだが、薄汚れた様な黒い石なので、需要が殆どなく市場には出回らない。
マグリは音声の保存に有効なのだ。
「音を記憶する術式は一度だから、魔術具には書き込まなくていいか」
「はい。なので、魔術陣は多少冗長なものでも大丈夫です。ただ、音声を再生する式は魔術具に書き込むので、出来るだけ簡素化しなければいけませんね……」
「ああ。どのくらいまで小さくできるかで作れる物も変わるね。なかなか検討事項が多そうだな」
式の簡素化と最小化は持ち帰りですねとレイリアナは課題を書き記しておく。
今回の遠征で、最低限、音声保存と音声再生の試験を成功させなければならないとレイリアナは自身に課していたので、時間を無駄には出来なかった。
早速、音声保存魔術式の試験を始めるために魔術陣を描いていった。
作成したい魔術具の音声保存は一度きりの機能なので、レイリアナがよく行う自然物からの魔力抽出ではなく、魔力付与された鉱石から魔力抽出を行う事にしている。
レイリアナが試作したマグリを用いた音声保存の魔術式の手順は少なく、まず、使用する魔力を抽出しマグリへ魔力を与える。次に、魔力を与えたマグリに記録したい内容を話し、最後に、その音声を媒体とする鉱石に保存する。5秒程度の短時間の音声保存ならこれで十分だった。
「できた! では早速始めましょう。ヴァシーリが保存する内容を話してくれますか」
「ああ。いいよ」
2人はそれぞれ魔術陣の上に立ち、レイリアナが魔術陣を起動させた。描かれた魔術式を順に光がなぞっていく。マグリが光に包まれている間にヴァシーリは保存する為の言葉を放った。すると、声が光となり保存する為に準備された鉱石へと吸い込まれていった。
「――成功……?」
「再生しない事には何とも言えないね」
2人は音声が保存されたであろう鉱石を見つめ、首を傾げる。とりあえず、音声保存鉱石として記録した。
「実験用にいくつか音声保存した鉱石を作ろうと思います」
「ああ、そうだね」
「起動と発声はひとりでも出来そうなので、ヴァシーリは音声再生の魔術陣の描画をお願いしてもいいですか?」
「わかった」
ヴァシーリは少し離れたところで、既に設計していた魔術陣を描き始めた。
その間にレイリアナは既にある魔術陣を用いて、鉱石に音声をいくつも保存していった。
「ヴァシーリ、こちらは終わりました!」
「ああ、丁度私も描き終えたところだよ」
ヴァシーリは音声再生の魔術陣を描き終え、内容に間違いがないか確認していた。レイリアナもヴァシーリの隣へ行き、一緒に陣の確認をする。
音声再生の魔術式の手順は、まず、自然物から魔力抽出を行い、その魔力を用い保存された鉱石から音声を抽出する。最後に、抽出した音声を再生するための魔法を発動する。
魔術具に直接魔術陣を描くので、手順もなるべく簡素にしていた。今回は試験なので、地面に魔法陣を施してある。
「大丈夫そうですね! ヴァシーリ、早速やってみましょう!」
「ああ、これは楽しみだ」
レイリアナも実験が楽しみで仕方ないと言うように、目を輝かせて魔術陣の上へと進んだ。
「音声保存鉱石は最初にヴァシーリが録った物にしますね。――では行きます」
レイリアナは魔術陣を起動した。魔力抽出の為に光が波紋の様に走る。必要な魔力が集まると、音声保存した鉱石が淡く光る。そして――。
『――実験番号いち――』
鉱石とつながった魔術陣からヴァシーリの声が聞こえた――。
「できたーっ!!」
「これは……」
レイリアナはヴァシーリに飛び付き、喜びを露わにした。ヴァシーリもレイリアナを受け止めながら、関心したように目を輝かせた。
「あ! もう一度同じものが再生されるか調べないといけませんね!!」
レイリアナは高揚したまま、同じ音声保存鉱石から音声再生が再び発動するか確認する為、魔術陣を起動する。
『――実験番号いち――』
再び魔術陣から先程と同じ音声が再生された。レイリアナもまたヴァシーリに抱き着く。
「――!!! ヴァシーリです! ヴァシーリの声ですよーっ!」
「ああ、そうだね」
レイリアナは彼女に抱き着いたままぴょんぴょんと飛び跳ねた。
ヴァシーリはレイリアナの頭をポンポンと撫でると、くっついていたレイリアナをひょいっと持ち上げ、着地させる。
「次は、他の音声保存鉱石も再生されるか確認しようか」
彼女はニッコリと笑い、次の実験を促した。レイリアナはそうでしたと言って、すぐに次の鉱石を準備し始めた。
――あれ? ちょっとエアラムザみたい。
ニコニコしているヴァシーリを見ると、レイリアナはふふっと笑った。やはり、一緒にいる時間が長い分影響を受けるのだなと考えていた。
――エアラムザと言えば、そろそろ昼食に戻ってくる時間だわ。
気付けば太陽が頭上高く昇っていた。
「ヴァシーリ、ひとつお願いがあります」
「はい」
「これを――」
「――順調ですかー?」
レイリアナがヴァシーリに何かを手渡した時に、丁度エアラムザの声が聞こえた。素早くヴァシーリの耳元で要求を呟くと、レイリアナは帰ってきた2人を笑顔で迎えた。
シエルラキスとエアラムザは付近に馬を繋ぐと、実験をしていた2人と合流した。
「おかえりなさい! こちらは順調でびっくりですよ」
「それは良かった」
レイリアナが上機嫌で答えると、シエルラキスが目を細めて微笑んだ。
「ぼく達は結構奥地まで行ってきて、お腹が空きました……」
エアラムザが大袈裟にお腹を押さえる。まずは、食事にしようとヴァシーリに促され、4人は木陰に移動した。
エアラムザが今朝、ヴァシーリと市街で調達してきた昼食用のサンドイッチを頬張りながら、魔獣狩りに行っていた2人の話をし始めた。
「この辺りはほとんど魔獣がいなくて、山地のだいぶ上の方まで見てきたよ。コルーンも近いし、そんなにうじゃうじゃ魔獣がいても困るけど、こんなに少ないとは思ってなかったな」
「もう少し多かった記憶があるが、魔獣石の乱獲で数を減らしたのかもしれない」
魔獣石とは魔獣が持つことのある魔力が籠った石の事だ。魔獣を斃すと稀に出てくるアイテムで、これが市場ではなかなか高額でやり取りされているようだ。
お陰で遠出になってしまったとエアラムザは愚痴をこぼす。シエルラキスも魔力をあまり発散出来なかった様で、少し不満げだった。
「シエル様、大丈夫ですか……?」
「レイリアナがいれば、大丈夫だろう?」
シエルラキスはにっと笑うと、レイリアナの耳元で何かを告げる。それを聞いた彼女は顔を真っ赤にして俯く。
そのやり取りを見ていた2人は――。
「ヴァシーリ、これずっと続くのかな……」
「主達が仲睦まじいのは良いことだと思うけど?」
「いやまあ、そうだけど。――そっちは実験終わりそう?」
自分で話を振ったのにも関わらず、この話題は止めにしようとエアラムザが話を逸らした。
「ああ、予定していた最低限は終わっているから。あとはレイリアナがどこまでやりたいかによるね。それと、素材の回収かな」
「そしたら、午後はこの辺りにいようかな。ぼくが素材を集めておくよ」
「そう願いたい。――エアラムザ、少し不審な気配がしたから気にしてもらえるとありがたい。まあ、街を出る辺りだけだったから、そこまで気にする事じゃないかもしれないが――」
ヴァシーリはレイリアナには聞こえない様に、エアラムザに伝えた。せっかくここまで来たのだから、実験以外の事に気を回してほしくないのだ。
「わかった。気にしておく」
エアラムザは先程までの軽々しい態度を一変し、気を引き締めなおし真面目な顔で答えた。
その後、ヴァシーリの心配は杞憂に終わり、何事もなく4人は街へと戻った。
レイリアナが作ると効率を重視した簡素な魔術具になりそうです。エアラムザのサンドイッチは辛い系です。
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