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17.夕暮れの丘

 


「――シエルさま……」



 シエルラキスが苦悶と葛藤を繰り返していると、ポツリと自分の名を呼ぶ声が聞こえた。


「レイリアナ! 起きたか……」

「わたくし……魔法を使っても、倒れてしまったのですか……」

「あのまま気を失っていたよ……」


 レイリアナは一度シエルラキスを見遣るも、ゆっくりと天井に視線を移動させ、自分の非力さを呪った。しかし、彼女は自分自身の新たな力を知る。少し懐かしいあの力――――。


  ――()()()()……?


「シエル様……わたくし、魔法を、使えたのです。あれだけ欲していたものを……!」

「――そうだね」

「――あれが……わたくしの()()()()()()()()――」


 レイリアナは天を仰いだままポロポロと涙を零した。シエルラキスは握っていた手を両手で包むように握り直し、ただただ彼女を見つめていた。





「お恥ずかしいところをお見せしてしまいました。もう大丈夫です!」

「――本当に大丈夫か?」

「はい! これはシエル様の魔力ですよね……。ありがとうございました」

「それは構わないが……」


「―――あの、ここの市街を見てみたいのです。……よろしければ、一緒に……」


 ひとしきり泣いたレイリアナは気が済んだ様子で体を起こすと、シエルラキスを散策に誘った。しかし、先の情報から彼は難色を示す様に眉をひそめた。


「わたくし、公爵領の邸宅と王都のごく僅かしか自由に出歩ける所がなかったので、他の街は初めてなのです」

「そうなのか……」


 レイリアナはキラキラとした目で訴えた。

 彼女は青の学園へ入学した12歳まで邸宅にて籠の鳥だった。公爵領地内すらまともに歩いた事がない。領地から王都までの移動で宿へ泊まる事はあるが、宿の部屋から出してもらった事はないのだ。


「それに、シエル様と少し外を歩きたい……です」

「レイリアナ……」


 レイリアナは頬を少し赤くしシエルラキスの服の袖をぎゅっと掴んだ。デートをせがんでいるようで恥ずかしくなってきたのだ。

 しかし、王都でずっと執務室に籠りきりだったシエルラキスがようやく外に出られたのに、レイリアナのせいで結局また部屋に籠りきりになってしまったのだ。どうにかして気分転換をさせたいと思う彼女は、なかなか退かない。


「――わかった。だが、市街は明日にしよう。その代わり、今日はこの近辺を散策しないか?」

「シエル様、ありがとうございます!」


 レイリアナは顔を綻ばせて微笑んだ。シエルラキスは彼女の笑顔(自由)を守る決意をした。


  また()()()にさせてしまうところだった……。


「そうだ。もうひとつ。街では『様』は付けてはいけないよ」

「……はい。――シ、エル……」


 名前だけでこんなに照れないで欲しいと思う程、レイリアナは顔を耳まで赤く染め、顔を伏せる。

 そんなレイリアナが可愛くて仕方ないといった様に、シエルラキスは彼女を覗き込み、合格と言ってレイリアナの顎を上げると額に口付けをする。淡いピンク色の瞳が先程の涙でいまだに潤んでいる。


 彼女の目が涙のせいで赤く腫れていたので、シエルラキスは回復魔法を施した。ビックリするので事前に言って下さいねと今度は本人に諌められていた。

 そうだったねとあまり反省する素振りもなく、シエルラキスはふっと悪戯っぽく笑い、手を差し伸べる。


「それでは、レイリアナ()、参りましょう」

「はい……!」





 宿場の近くに、頂上に塔が立っている小高い丘があった。

 レイリアナ達はその丘に向かった。しかし、ずっと上り坂だった為、レイリアナは直ぐに息が上がってしまい、途中からシエルラキスに抱きかかえられやってきたのだった。頂上付近で何とか降ろしてもらい、レイリアナは塔の下までシエルラキスの手を引いていった。

 この丘から街全体を見渡せるのだ。

 2人はその塔の扉の前にある10段程の階段を上り、扉を背にして並んで座りながら、眼下に拡がるコルーンの街を眺めていた。

 コルーンは王国直轄地である。2人の後ろにある塔も王家管理のもので、塔の辺り一帯は王族と塔管理関係者以外入ってこられない。塔自体は普段使用していないので、施錠されている。

 その為、周りには誰も居なかった。


「コルーンはこんな風になっていたのですね!」


 レイリアナは少し興奮気味にシエルラキスを見遣った。その無邪気な反応に、自然と笑みがこぼれる。


「確かに、コルーンは珍しい形の街ですね」


 コルーンは山地を背後に扇状地の様に半円に広がった街である。

 今いる丘は山地付近にあり、丘に近くなるほど建物が豪華になって行く。丘の周りの半円状に富裕層の住居と商業店舗が取り囲む。今回レイリアナ達が泊まる宿場はこの富裕層向け地区内にあった。

 更に周りに一般層の住宅や店舗がひしめき合っている。富裕層と一般層の区画の間には、名目上、防火の為としている水路と緑地帯があり、ふたつの区画を隔てている。丘から見ると緑色の虹が掛かっているようだ。

 そして、街の入口付近には露店がいくつも並ぶ露店区がある。ここには街の住民だけではなく、旅人も店を開くことが多いのでいつも人が多く騒然としている。


「レイリアナ様。もうすぐ日の入りをご覧になれます」

「……殿下。誰もいないので、レイリアナと呼んで下さい――」


 辺りには誰も居らず、二人きりだ。王子に様付けされ続けるのは非常にむず痒いと思い、レイリアナは訂正を申し出た。


「シエルと呼んでくれるならいいですよ。レイリアナ様」

「……わかりました。シエル……」


 頬を赤に染めながら自身の名を呼ぶレイリアナを見て、シエルラキスはふっと微笑んで、彼女の赤い頬に口付けをした。

 そして、レイリーと名を呼び、ゆっくりとその唇をレイリアナのそれに重ねようとした時――。



「は、話が……あります――!」



 レイリアナが俯きそれを(こば)むと、シエルラキスは目を見開き、話?と言って少し傷ついた顔で彼女を見た。

 意を決した様にレイリアナがクリアブルーの瞳を見つめ、話を続ける。


「わたくし達の婚約は、第1王子(アスティリード)殿下を時期国王とするための婚約です。その先の――目的が達成された後、わたくしは必要なのかと……その時が来たら身を引かねばならないと考えていました――」


 それは以前、シエルラキスがレイリアナに伝えられなかった事だった。


  ――その時、貴方は自由になっていい――


 シエルラキスは全身の血が引いていくのを感じた。指先が痺れた様に冷たくなっていく。名前を呼びたくても、喉が詰まって上手く声が出せない。溢れ出た魔力が全身に凍り付いてしまった様だ。


「シエル様に心を寄せてはならないと、ずっと、ずっと自分自身に言い聞かせてきました。ただの協力関係だと――」


 レイリアナはシエルラキスの両手を自身の両手で包み込み、その手をじっと見つめた。2人はそれ以上動かずに、ただ、シエルラキスの魔力がゆるゆると彼女の内に入っていく。傾いた太陽が2人を黄金色に照らした。

 短い沈黙の後、彼女は顔を上げると、ふっと緊張が抜けた様な情けない顔で苦笑した。


「――でも、無理でした」

「――レイリー」


 シエルラキスは擦れた声でようやく何かを伝えようとしたが、レイリアナの唇によって塞がれる。微かに震えたそれをゆっくりと離し、淡いピンクの瞳を柔らかく細めて微笑む。


「わたくしは、シエル様をお慕いしております」


 レイリアナはシエルラキスの背中に腕をそっと回し、彼の胸に顔を埋めながら続ける。


「たとえ離れる事が分かっていても、自分自身の心に嘘は付けませんでした……。今日はそれを――わたくしの気持ちをお伝えしたかったのです」


 ひと通り言いたい事を言ってすっきりしたのか、レイリアナはシエルラキスの胸の中で心地良さそうに目を閉じた。

 しかし、シエルラキスは安堵と少しの苛立ちを覚え、乱暴にレイリアナを抱きしめた。


  ()()()()()()()()()()()だと――?


「身など引かせない。誰が引かせるものか。貴方は私に必要なのだ。手放す気など最初からない……!!」

「――っ……」


 レイリアナによって溶かされた全身を覆っていた氷塊は、感情の洪水となって彼女になだれ込んだ。

 シエルラキスは彼女を押し倒し、両手首を捕らえて、呼吸が出来ない程荒々しく唇を貪る。歯列を裂き、搔き混ぜ、こぼれた吐息も食い尽くす。流れ込む魔力にさえも支配されそうになり、レイリアナはただ呼吸を欲する事しか出来なかった。

 ようやく唇を解放されたレイリアナの瞳に、今にも泣きそうなシエルラキスが映った。


  怖かった。彼女が自ら離れていくのではないかと。彼女の自由を守りたいに、それだけは叶えられない……。


「情勢がどうなろうと、どれだけ月日を重ねようと、私は貴方を離さない。離れる事は許さない……」


 傾いた太陽が地平線を掠め、塔の扉の前に広がった長く柔らかな銀糸が、黄金から朱に染まっていく。

 レイリアナが見上げたクリアブルーのふたつの空も夕焼け色となった。



「シエル……。わたくしも、ずっとあなたの側にいます」



 シエルラキスは柔らかく目を細め、再び唇を落とした。

 今度は慈しむように――――。


シエルとレイリーの葛藤でした。

次はようやく魔術具試作に入れます

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