15.旅路
レイリアナはシエルラキスの回答を参考に魔術具の追加機能に、音声保存と音声再生機能を持たせる事にした。音声再生機能自体は連絡用の魔法で既にあるものなので、目途は立っている。
試作品を作る為、回復魔法付与と音声再生魔法付与する為の魔術式と素材を検討し、足りないものを洗い出していた。回復魔法付与は試作品を作る為に特別足りない物はないが、音声再生魔法付与は追加で素材が必要だ。
音声を保存する際に魔術式漏洩を防ぐ為、ヴァシーリもしくはレイリアナ同伴で施術する事にしていた。
――これ、聞かれるのってかなり恥ずかしい気がするのだけど……。
音声機能に需要はあるのかしらとレイリアナは不安になるが、まずはやってみようと準備を進める。
レイリアナはヴァシーリに素材の場所を教えてもらい、彼女と一緒に数日後に採取へ出掛ける事に決めた。
そして、素材採集に出発する日になった。行き先は、近隣の山地の麓だ。馬で向かえば休憩をはさんでも2刻程で到着する距離だが、魔術の施術も含むので1日では帰って来られない。近くの街に宿泊しなければならなかった。
レイリアナはヴァシーリと2人で行くとシエルラキスに報せていたが、流石に2人では心許ないと言われてエアラムザも同行する事になっていた。
当日、公爵邸に現れたのは、ヴァシーリとエアラムザともう1人――。
「えーと……エアラムザは分かるのですが、なぜシエルラキス殿下が……」
「来ちゃったんですか……殿下」
「護衛要員だ」
「ちょっとよく分かりませんね」
軽口を言うエアラムザの声が少し弾んだ。研究員2人と数日一緒だなんてどんな勧誘をされるかわからないとゲンナリしていた所だった。
「シエルラキス殿下がいらっしゃったので安心して目的地へ向かえますね」
レイリアナがさり気なくフォローし、同行する事に賛成した。
ここのところ、ずっと王城に詰めている彼に久しぶりに私以外で魔力を発散させて欲しいとレイリアナは考えていた。
――いつもシエル様が近過ぎて……。手を握るだけでもいいのに――。
レイリアナはシエルラキスとの魔力のやり取りを思い出し、ひとり顔を赤らめていた。そんな彼女をシエルラキスはばっと持ち上げると自身の馬に乗せた。
「あ、あのっ! 殿下……! わたくしはヴァシーリと……」
「ここでいいだろう?」
ニッコリと微笑み、頑なにレイリアナとの同乗を譲らないシエルラキスを諫められるものはおらず、各自の馬へ乗馬する。シエルラキスはレイリアナを後ろから抱き締める体勢だ。
街に着くまでにわたくしの心臓は持つのかしら……。
「よ、よろしくお願いします。殿下」
「レイリアナ。ここからは『シエル』だよ。2人もそう呼ぶように。ここに居るのは、貴族令嬢とその護衛騎士だ」
「了解いたしました」
「仰せのままに」
「レイリアナもいいね?」
「はい……シエル、様……?」
レイリアナは慣れない呼び方に四苦八苦する。シエルラキスは惜しいなぁと呟きながら、王都を出るまでに何とかしようと考えていた。
ヴァシーリが先導し、4人は公爵邸を出発した。
「この辺りで休みましょう」
王都を出て1刻程走らせた後、暫し休憩を挟んだ。馬での移動に慣れないレイリアナを考慮してのものだ。王都に近い為か、魔獣の気配も殆どなく安心して休めるだろうとヴァシーリが伝える。
シエルラキスとレイリアナが木陰で休憩していると、エアラムザとヴァシーリは小川で給水していた馬を連れて戻ってきた。
休憩はせず、そのまま稽古だと言って2人は剣を合わせ始めた。エアラムザが一方的に攻めているように見えたが、ヴァシーリはその太刀を受け流しながら次々と躱していく。
「エアラムザは相当強い筈なのだが、剣技ならヴァシーリも素晴らしいな」
「ふふふ。そうですね!」
しばらく2人を見ていたシエルラキスがヴァシーリを褒めたので、レイリアナは自分の事のように誇らしくなる。
「シエル様はヴァシーリをご存知でわたくしの護衛騎士に付けて下さったのですか?」
「私は少し耳にした程度かな。エアラムザが彼女を推したのだよ」
「エアラムザが……? 2人は知り合いなのでしょうか」
「あの2人は同学年だから、よく知っていたのではないかな」
そこへ、エアラムザとヴァシーリが戻ってきた。
ぼくたちの話ですかとエアラムザがシエルラキスの横に座る。王都を出てからの彼は随分砕けた話し方になっていた。ヴァシーリはレイリアナの隣に座った。
「エアラムザとヴァシーリは同じ歳なのですね」
「はい。エアラムザとは赤の学園までずっと同じでした。実技や遠征でも同行した事があります」
エアラムザは、自分とヴァシーリがレイリアナより3つ上の学年で、シエルラキスはその1つ下の学年でレイリアナより2つ上だと付け足した。
シエル様の歳を初めて知ったわ……。
「エアラムザがヴァシーリを護衛に推したと聞いたのですが、ヴァシーリはそれ程強かったのですね」
「レイリアナ様。ヴァシーリは強いし有名でしたよ。『麗しの蝶騎士』と言われてましたね」
「蝶騎士……ですか!」
すごくわかる気がする――!
レイリアナが目を輝かせていると、ヴァシーリが怪訝な顔をしてエアラムザを見やった。
「……エアラムザ。何だそれは……」
「……え? 知らなかったの!?」
「知らない。呼ばれた事もないな」
いや、本人には言わないでしょとエアラムザが呆れる。
「シエルからレイリアナ様にはどうしても女騎士を付けて欲しいと言われまして、直ぐにヴァシーリを薦めました」
「おい。ラムザ……いい加減に――」
「……女性を……?」
「他の男は近寄せたくないという独占よ――ぅぐっ!」
みぞおちにシエルラキスの剣柄が入り、うぐぐとエアラムザは悶絶する。
「ヴァシーリがレイリアナと同じ研究室で驚いたが、気安い様で安心した。先ほど剣技も見たがラムザと同等だ」
「ありがとうございます」
ヴァシーリは平静を装うものの、氷の騎士に認められとても誇らしそうだった。
「レイリアナ様、お体は大丈夫ですか?」
「ええ。だいぶ良くなりました。ありがとう」
ヴァシーリはレイリアナの顔を覗いた。レイリアナが乗馬中、後ろにシエルラキスが居るせいか緊張して、体のあちこちに変な力が入ってしまっていた。
「――――」
突然、パァァァと淡い光がレイリアナを包み込み、全身の痛みを和らげていった。
「え……! これは!?」
「シエル……。それは先に断った方がいいと思うけど?」
「……そういうものか……?」
「ああ、そうだね……」
シエルラキスは回復魔法をレイリアナにいきなり施したのだ。しかし、エアラムザとヴァシーリに窘められ、シエルラキスはむむむと悩んだ。
回復魔法を受けたレイリアナは少し考えた後、身を乗り出して提案をする。
「この魔法、わたくしにも出来ますか?」
「――レイリアナ……!」
「ヴァシーリにはわたくしの魔力の事は伝えております。魔法を殆ど使った事がない事も……。エアラムザも知っているのでしょう?」
「……はい」
ここでなら魔法の練習をしてもいいかもしれないと、ちょっとやってみますねと言ってレイリアナは立ち上がった。魔法理論は履修済みだが、実技はこれが初めてだった。
シエルラキスは少し不安な顔でレイリアナを見つめる。
えーと……回復魔法は癒しの風。この3人に祈りを込めて――。
「――癒しを――」
レイリアナは瞳を閉じて自分の中の魔力を感じながら、3人を想って祈った。銀色の髪がゆらゆらと広がっていく。赤く光る瞳を開きその魔力を魔法に乗せる――。
――――ブワ……ッ――――!!!!
レイリアナから発せられた眩い程の光と心地よい風が、3人を包んだかと思うと、その光は更に見えない程広範囲に広がった。キラキラとした光が降り注ぎ、草は成長し、花は咲き乱れ、木々は青々と揺らめく。
エアラムザとヴァシーリは目を見開き、呆然とその光景を眺めていた。
シエルラキスはしまったというように直ぐに体を起こすと、レイリアナに駆け寄った。
光は余韻を少しだけ遺して消え去ったが、魔法が及んだ範囲の草木は鬱蒼と生い茂っている。
「レイリアナ!!」
「……ちょっと、力を……込めすぎました――」
「もう少し制御出来るように……」
小さく微笑みを残して瞳を閉じ、その場に崩れ落ちそうになるレイリアナをシエルラキスは支え、抱きかかえる。彼女は既に意識がなかった。
ちょっと所ではないなとシエルラキスは眉を寄せる。
「レイリアナ様は一体……」
「――彼女の回復はいつになるかわからない。まずは街へ向かおう」
エアラムザとヴァシーリは騎士の礼をし、出発の準備を始めた。
――レイリアナの器と放出量の限界はあるのか……?
いくつかの不安要素を残しながら、シエルラキスはレイリアナを抱きかかえながら騎乗し、手綱をさばいていった。
ヴァシーリを採用した経緯に触れてみました。シエルをからかうのが好きな年上のラムザです。同学年コンビは優秀だったので、お互い顔は知ってたようです。