第零章…「第一国を目指して」3
ポークバーガーの店主のお兄さんが正気に戻ったのは、それから約10分経ってからだった。
その頃には、第一国から派遣されてきたお人形遣い2人と普通の人間3人が何かをアキラとサクノと話し込んでいた。
その側にはこさめと少女が辺りを警戒している状態だった。
「えっと……」
「あ、お兄さん…正気に戻ったみたいで何よりです」
「この子が女王陛下のお人形って知っただけで取り乱していたら、第一国に来たときは心肺停止を覚悟しなくちゃいけないわよ?」
お兄さんに優しく笑うアキラに、少し冷めた視線を向けるサクノは、グサッと刺さるような言葉を吐き捨てる。
しくしくと泣きつつも、お兄さんはアキラに近づいていく。
「で、いつぐらいに第一国に?」
「お兄さんがよろしければすぐにでも行けます……状況説明・引き継ぎ作業は滞りなく終わりましたので」
「そ、そうか……一旦帰っていいか?必要な物を取りに行きたい」
「わかりました……では、付いて行きます……サクノ姉さんは先に帰還を、我々はお兄さんの準備が出来しだい帰還します」
「わかったわ、さぁ帰るわよ」
「はい、御姉様」
サクノに呼ばれ、少女は肩を出す。
サクノは出された肩を掴むと、チラッと確認した後、少女は「行きます」と呟けば、一瞬で2人の姿は彼方上空にあった。
それを見届けた3人もまた移動を開始する。
「どうしますか?歩きますか?それとも先に少しでも慣れてもらうために建物を使って飛びますか?」
アキラがそう提案する。
お兄さんは少し考えるが、答えは既に出ていた。
「慣れるために飛んでほしい」
「わかりました、肩を貸してもいいですが背丈の問題で着地したとき、お兄さんの足が骨折する恐れがありますので、今から言う方法を1つだけ選んでください」
真剣な眼差しを向けつつ、アキラは右の指を1つ立てる。
「1つ、お姫様抱っこ」
「……は、恥ずかしくないのか?というか誰が俺を運ぶんだ?」
「もちろんボクです……あ、こさめがいいですか?」
「いや、アキラくんの方が精神的にまだ平気だ」
お兄さんの言葉に首を傾げるが、気を取りなおして指を二つ立たせ再び方法を上げて、続けて三つ指を立てる。
「2つ、おんぶ………3つ、担ぎ」
「………、担ぎとはまるで荷物のように担がれるのか」
「………はい、そうです」
一瞬置かれた間だが、すぐに素直に答えてくれる。
「そして最後に4つ、恥ずかしいの嫌だから全て却下して、結局のボクが肩を貸す方法です」
「……4は結果がわかりきってるし、かといって1と3も嫌だな………じゃあ2でお願いします」
ごくりと生唾を飲みつつ上げられた候補の中でも1番、まだ許せる範囲内をお兄さんは受け入れる。
アキラも「わかりました」とだけ返し、お兄さんに背を向けてしゃがむ。
「あ、なるべくなら安全なスピードで」
「わかってますよ……ボクを誰のお人形かわかってますよね?」
あははと笑いながら、しっかりとお兄さんの足を腕で固定し、お兄さんは少し恥ずかしそうにしている。
そこでこさめは、お兄さんが唯一持ち出せていたポークバーガーが3つ入った袋を「預かります」と言って、お兄さんから預かる。
が、何となく落ちが見えていたアキラは「はぁ」と盛大なため息を吐いた後、高い建物から別の建物へと飛び移り始めた。
「アキラくん、あっちの方向だよ」
「わかりました、少し大きく跳躍するので、舌を噛まないように口を閉じて、ちゃんと掴まっていてください」
アキラがそう注意勧告を出してから少ししてから、建物を何個も通りすぎるくらいの大きな跳躍をする。
数回大きな跳躍をすれば、目的地であるお兄さんの家に着く。
「必要な物は……通帳に印鑑に、商売道具に」
ぶつぶつ呟きながら作業をするお兄さんを見ていた2人は、膨れ上がっていくリックのMAX状態を始めて目撃する。
いつ弾けてもおかしくないくらいの量。
無言でパンパンのリックを見つめていると、最後にと部屋の一番奥の扉を開ければ、そこには数匹の豚がいた。
「この子たち……どうにかできないだろうか?」
「…………できる、ちゃあできるけど」
少し動揺気味のアキラに、お兄さんは輝きの弾けたような笑みを見せてくる。
そんな表情を見せられれば、アキラは断ることを躊躇ってしまう。
が、よくよく考えればここに来たのはお兄さんの第一国に向かうための準備をするため。
ならば、お兄さんが必要と言うのであれば持っていかねばならない………
しばしの格闘の後、出した答えを口にする。
「わ、わかった……その子たちはボクが連れて行きます」
「………何でそんなに、ぎこちないんだ?」
アキラの回答のしかたが疑問に感じ、お兄さんは素直な問いをする。
が、口ごもるアキラの変わりにずいっと前に出たこさめが説明する。
「お人形遣いには魔力と言うものが備わっております。なので、何もない場所から火を出せたり水を出したり、風を吹かせたりできるのです。
それと同様に、お人形遣いは配布される鞄以外に個人で所有する異空間が存在します。
その異空間には、生き物を入れることは不可ですが物などを入れることは可能です。」
「ほぅ」
「そのさらに上、上級の異空間には物以外に生き物を入れることも可能になります。
ですが、難点を上げれば感触があるそうです。
例えば、動物は呼吸をします。それが歩く地面などに触れれば、その刺激・振動が全て所有者に伝わるのです」
以上と言うように、こさめはある程度説明を終えると口を頑なに閉じる。
アキラのぎこちない言葉の意味を知ったお兄さんはチラッとアキラを確認すれば、ちょうど深呼吸を数回している途中だった。
いまさら止めたいとか無理しなくていいなんて言葉は言えるわけがなく、申し訳なさを感じつつ目を固く瞑る。
「では、やりましょう……お兄さん、この豚を収納すれば終わりですか?」
「あ、ああ……終わりだ」
「わかりました、こさめはその大荷物を持って外で待機、ボクらも終わり次第合流し、安全を考慮して第一国に帰還する」
「はい、マスター……すぐ上でお待ちしております」
ペコッと頭を下げた後、こさめはアキラの命令通りにぱんぱんになったリュックをいともたやすく背負い、窓から屋上に上がって行った。
それを見送ったアキラは、自分の仕事に取りかかる。
目を瞑り、ぶつぶつと何かを呟く。
そんな姿を後ろから見ていたお兄さんは、第一国に着いたときアキラとこさめにポークバーガーを食べさせることを決める。
少しするとさっきまで目の前にいた数匹の豚が光の粒子となり、どこかに消えていく。
「消えた……」
「はい、これで豚はボクが所有する異空間に入りました………なので、第一国に向かいましょう」
頬に汗を少し流しながらアキラはそう促す。
お兄さんも「あぁ」と答えた。
アキラは約束通り、お兄さんが選んだおんぶをするためにしゃがみこみ、お兄さんは「失礼します」と一言言ってからアキラに体を預けるように乗る。
お兄さんが乗ってきたことを感じとったアキラは、落ちないよう腕をお兄さんの足に絡ませ、深呼吸。
「では、行きますよ……痛いところや不安なところはありますか?」
「いや、こっちはないが……お、重くないか?」
不安気な声で訪ねてくるお兄さんに対し、アキラは笑顔を作りいつもの声音で言葉を口した。
「全く重くないです、寧ろ軽すぎるかと」
「そうか?結構食べてるぞ?」
「ならばもっと食べてください……そろそろ行きます、しっかりとボクを掴んでいてください」
アキラはそう告げれば素早く窓際にある微かな掴む場所を利用し、屋上へと飛び移る。
屋上では既にこさめが待っており、辺りを見渡していた。
どうやらアキラの変わりに、安全に登れそうな場所を探していたらしい。
「こさめ、登れそうな場所は?」
「はい、あちらから安全に登れるかと」
こさめの指差す方を見れば、凸凹した崖に頂上には上の国に行けそうな微かな瓦礫が宙に浮いている。確かに他よりも安全に登れそうだ。
こさめの道筋に賛同し、アキラは後ろに腕を回し、再び屋根と屋根を渡りつつ崖に近づいていく。
それもいつものことながら、お兄さんに負担が掛からない程のスピードで移動している。
お兄さんの家から普通の人間が歩けば、20分かかる場所を約5分で着いたアキラとこさめ。
「こさめ、先に行け」
「はい、マスター」
ペコッとお辞儀をした後、素早く崖を登っていく。
アキラは一度お兄さんの様子を窺うように振り向く。お兄さんも何となくで理解したのか、グッと親指をたてて平気アピールをする。
それを確認したアキラも素早く崖を登っていく。
崖を登っている間、支えることが不可能の為、お兄さんは必死でアキラの首に腕を、そして足は腰に回して堪えていた。
お兄さんの努力のおかげで、ノンストップで駆け上がることができ30分程で第三国に到着。
すぐ近くに登るための瓦礫が宙に備え付けられているが、少し休憩をすることにする。
「大丈夫ですか?」
「あ、あぁ…平気だ」
「そうですか……こさめも休憩しろ」
「はい、マスター」
アキラの命令を忠実に守るこさめは、背負っていた荷物を一旦下ろし、アキラの横にちょこんと座る。
まるでその姿は忠犬である。
「ぐふっ」
『??』
そう考えてしまったお兄さんは、こさめの頭に犬の耳と尻尾が見えてきてしまい。尚且つ尻尾はすごい勢いで振られている想像をしてしまい、つい吹いてしまう。
そんな考えをされていることに気づかない2人は、揃って首を傾げる。
「どうしました?」
「いや、ふふ……こさめちゃんが、くくっ…忠犬に見えてぐふふ」
「……確かに、他者からは忠犬に見えるのかもしれませんね、ですがそれがお人形です」
お兄さんの言葉になるほどと反応を示したアキラは、お人形と言う物を説明し始める。
「お人形、それは生きた人間を材料に作り出されています。
人間には三大欲と言うものが存在します。例えば、食欲・睡眠欲・性欲それ以外に痛覚などは全て不要なので、まずそれらを削ぎ落とします。
次にお人形は第五国にいる怪物たちと戦うために武器が必要です。
それらは、資格を求められます。
まずは武器を服従、次に武器を召喚する練習、普段武器は人目に付かせないためにお人形に作り替えられたとき、不思議と所有できる個人の異空間にしまわれています
…その異空間は、お人形遣いが使う異空間に似ていますが多少ことなります」
一旦そこで区切り、チラッとお兄さんを見ればギリギリ理解している状態であった。
それを確認したアキラは、実際に見せるために自分が所有する武器の1つを召喚する。
「例えばボクの場合ですと……
【コネクト】死奏月」
アキラの手に光の粒子が集結し、やがてそれは太刀へと姿を変える。
それを間近で見たお兄さんは唖然としていた。
「これが武器召喚です、武器の種類はそれぞれことなりますが……ボクが所有するのは【コネクト】シリーズ、全てで10種類の武器があり、お人形が使う武器の中で1・2を争うくらいの最強武器です。
こさめの武器は、ボクが仕様を許可した【コネクト】シリーズの太刀です。
ボクが仕様を許可すれば【コネクト】シリーズは一応誰でも仕様できます。
ですが当たり前ですが、仕様できるのは1人1つになります」
「アキラも1つしか使えないのか?同時に召喚とか、同時に使うとか」
疑問を動きと一緒に問うお兄さんに、アキラは表情を何一つ変えること無く、お兄さんの問いに答える。
「一応同時召喚はできます……が、消費魔力が半端ないですね、召喚する時だけに魔力を使いますが同時となれば、2つ召喚する時の魔力とは別の追加魔力を消費します」
「つまりは、1つの召喚にはそれだけの魔力が消費し、2つ同時となれば2つ分魔力含む別の理由が魔力を消費するのか」
「そう言うことですね」
やっと少し理解したがそろそろ進むのか、アキラは立ち上がり両手を伸ばしていた。その隣ではこさめが再びリュックを背負い始めていた。
「そろそろ登るのか?」
「そうしないとめんどくさいことになりますからね」
アキラの言葉の意味を理解できずに首を傾げた時だ。
地面に反響するように軍隊のような紀律のある足音が徐々に近づいていた。
バッと後ろを振り向けば、まだ遠くの方に綺麗に並び、ザッザッと寸分たがわずに歩いている。
目を凝らせば彼らが手にしている物が見えてくる。
「あれは…」
「銃だね、さぁ上に行きますよ」
そう言いながらアキラは背中を差し出す。
お兄さんはすぐにアキラの首に腕を回す。
「こさめ、先導しろ!このまま第一国に帰還する」
「はい、マスター」
「お兄さんしっかり捕まってて」
そう告げると後は口を開くことなく走り出す。
すると遠くの方で発砲音が聞こえてきたと思えば、アキラとお兄さんの横を数個の玉がチュンと音を立てて通りすぎていく。
当たり前にそういった争いごとのようなことに慣れていないお兄さんは青ざめ、恐怖からアキラにしっかりとしがみつく。
「____っ」
「…………【セツゾク】拳銃」
ボソッと呟いたアキラの手には、【コネクト】シリーズを召喚するときと同じように光の粒子が集結し、それは次第に黒い片手銃を召喚する。
召喚を終え、アキラは勢いよく踏み出した足に力を入れて跳躍。そして半回転している途中で、片手拳銃でできるだけ銃を壊す。
「あぁ、銃がぁ」
遠くの方で先頭にいたと思われる男が嘆いていた。
お兄さんはチラッと後ろを振り向いたが、アキラを止めることなくさらに上、第二国を目指して登り始めた。
アキラとこさめは、ノンストップで登り続けていた。
現在地点は、第二国を通り過ぎて少し上の方である。第二国に着くと、そこは楽園のごとく花たちが道を作り街並みは花に囲われ、風が吹けば花びらが空を舞っていた。
とても綺麗で幸せそうな国であったが、不思議とそこには住みたいとは感じなかった。
しばらく花は見えていたが、雲で塞がれ花びらも次第に見なくなった。
その変わりと言う具合に頭上からはカーンカーンと鐘の音が聞こえてくる。
第一国は目と鼻の先なのだとお兄さんはそこで認識することができたのである。
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