第6話 王都へ
「痛てて………」
白い光が止むと、俺はいきなり地面に放り出されていた。どうやら思いっきり腰と頭を打ったらしい。レンガ調の地面に手を付き、痛みを抑えるために頭を擦る。
…………って待てよ………レンガ調?
さっきまでは石造りの迷宮の中だったような気がするんだが。
俺はその疑問点の答えを探すように辺りを見渡し、絶句した。
「ここ…………!」
中世ヨーロッパ風の建物がいくつも建っていて、中心には一際大きな宮殿が佇む。
間違いない。ここは____王都だ。
「そうだベル………ベル!?」
ベルのことを思い出して、咄嗟に辺りを見渡すが見当たらない。が、魔剣からベルの気配を感じる。光に覆われる直前に魔剣に避難したようだ。
「ちょっと出てきてくれ」
『わかった!』
ベルが魔剣から出た後、ずっと尻もちをついたままでは通りかかった人に不審がられるため、俺たち近くのベンチに座った。
「で、なんでこんなことになったんだ?」
魔晶迷宮に入ってハウンドを倒して薬草を探して壁のスイッチみたいなのを押したらいきなり王都とか、突飛すぎて俺の頭がついて来れない。
専属解説係のベルも困ったように首を捻る。
「多分だけど…………あの迷宮は『転移』の無属性魔法が封じられた魔晶迷宮なんだと思う」
「でも魔晶石は最深部にあるんだよな?」
「んー、それがわかんないとこなんだよね………」
「うーむ………」
腕を組んで二人して唸る。
目的通り王都に着いたから全く文句はないのだが、その偶然が妙に怖いというか。
やはりあの神様が何かやったのだろうか?その割に全く目的が知れない。
………………まあいっか。結果良ければ全て良しだ
「とりあえず、こうして悩んでても埒が明かないし、一旦図書館的なところ行ってもいいか?」
「図書館?なんで?」
「俺もちょっと魔法について知りたいなぁと…………」
ベルの役割を侵食しそうで言い難かったが、納得したようにベルは頷いた。
「なるほど。でも魔法覚えるなら本屋さんに行って魔導書を買った方がいいかも」
え、魔導書売ってるのか。そんな簡単に。
「魔法は火、水、風、地、光、闇の六大属性と無属性があるけど、魔法によって色々効果が違ってくるの。だから必ず魔導書を隅々まで読んで、代償や消費魔力量とか徹底的に頭に叩き込んで、戦況を読みつつ用途に応じて使う必要があるんだよ」
「うぇ…………」
思ったよりシビアだなぁ、この世界の魔法事情。
「無詠唱とかは出来ないのか?」
「んーとね、例えば私が水属性の魔法を使った時呪文の一節目に『水聖の民よ』って唱えたよね?
それは水属性魔法を作り出した創世の魔術師、水聖の魔女サフィーリアの力を借りますよって世界の理に働きかけるためなの。だからちゃんと詠唱しないと、魔法は使えないってこと!」
なるほど、そういうことか………って。
「創世の魔術師?」
「属性魔法を作り出した魔術師って話だけど、私もそこまで詳しくは分からないかな。確か今もこの世界のどこかで眠り続けているとかなんとか………」
うーむ、色々と分からないことが多くなってきたな。情報はある方がいいんだが。
俺は立ち上がって、近くにあった案内地図の看板を見上げた。
王都は五つの地区に分かれている。
北東に第一住民区、南東に商業区、北西に産業区、南西に第二住民区、そして中央にある宮殿。
第一住民区は貴族や騎士、神官、またその家族が住み、第二住民区にはその他平民が住んでいるようだ。
とりあえず俺たちは、魔導書専門店がありそうな商業区へ移動。
商業区は、その名の通り商業が盛んな地区である。
王国全土から様々な物が集められるため、手に入らない物はないという巨大な市場を保有しているようだ。
魔導書店は意外とすぐに見つかった。
「……………………いらっしゃいませ」
控えめでぶっきらぼうな挨拶を聞いて、さっそく棚へ向かう。
魔導書店は外観よりずっと広く、二階建ての吹き抜けになっていた。ちなみに客は俺とベルのみの様だ。
一階では六大属性ごとに棚が分かれている。まずどの属性から調べていくか悩んでいる時、ふと思う。
無属性って、どんな感じなんだろうか。
ベルは、無属性は禁忌だから魔晶石に封じられていると言っていた。
じゃあ結局無属性ってなんなんだ?
そう思った俺は、二階にある棚へ足を運んだ。無言でベルもついてくる。
「ベルって無属性魔法に詳しいか?」
「ううん。私は水属性を好んで使ってるから、他の属性はあまりわからないし、元々無属性魔法って情報が少ないんだよね」
「なるほど…………」
ならここで無属性について知るべきだな、と俺は再び棚を眺める。
『魔導学の歴史』『魔晶迷宮探検譚』などなど…………本がありすぎて、正直無属性についての本がどこにあるかわからない。
すると見かねたのか、無愛想な店員さんが下のカウンターから声をかけてきた。
「………………そこにある水晶に手を当てて調べたいことを念じてみな」
「え?これ?」
棚の側面に置いてあった透明な球体に触れ、言われた通りに無属性、と念じた。すると。
「わっ!?」
ベルが驚いたように声を上げたので見やると、三冊の本が俺の元に浮遊してやってきた。吹き抜けから、思わず店員さんに聞いてしまう。
「これどういう仕組みですか!?」
「…………………それは無属性魔法『検索』の魔晶石の魔力から出来た魔導具。魔力を込めただけでこの店にある本を持ってきてくれる。最近迷宮から取り出されたばかりだから知らなかったかもしれないけど」
それ以上は語ることはない、と言わんばかりに再び沈黙する店員。
つまり魔晶迷宮を完全攻略して魔晶石を取り出せば、その魔力を利用して色々魔導具が作れるのか。
ベルが驚いたのは多分ジェネレーションギャップだろう。最近できたばかりらしいし。
俺はテーブルに座り、『禁忌魔法全集』を開いた。ベルが後ろから覗き込む。
その本に書いてあった禁忌魔法、つまり無属性魔法についての概念をまとめると三つ。
・ただの一回の詠唱でも、人の命を奪うことも可能なこと。
・無属性であること。
・神への反逆を意味する効果を持つ魔法であること。
これらは世界的に信仰されている『帝光教会』が啓示する『禁忌目録』にも記されているような。
まあつまりは人の手に余る魔法。それが禁忌の理由らしい。
「………その割に無属性を使った魔導具とか普通にあるけど、その辺は大丈夫なのか?」
「んー、まあ禁忌にうるさいルミシア教国は徹底的に取り締まってるけど、正直各国では利便性が勝って黙認されてるところも多いみたいだね」
意外と認識ゆるゆるの禁忌だった。
俺は『禁忌魔法全集』を閉じ、水晶に触れて元の場所に戻す。
禁忌とか無属性とか、そういう単語が琴線に触れたのは否定しない。だがそれ以上に、何か引っかかる。
神への反逆を意味する、か____
それから俺たちは当初の予定通り、俺は火属性の初級魔法の魔導書を購入して店を出た。
水属性担当は譲れない!と言わんばかりにベルが火属性をゴリ押ししてきたからだ。
まあ火属性の方が俺も好きだけどね。厨二病感性的に一番気になるのは闇属性だけども。
どんっ
「あ、すみません」
と、そんなくだらないことを考えていたら、人とぶつかってしまった。
すぐに謝るのは国民性だ、仕方ない。
「………………」
ぶつかった相手は深くフードを被っていて顔はよく見えなかった。が、俺が謝ったら軽く会釈して走り去った。
なんか明らかに怪しげだったけど、一体なんだったんだ?
首をかしげながら歩きだそうとした時、ふと手が軽く感じた____と同時にあることに気づく。
「あ!魔導書がない!」
もしかして今のでスられたのか!?前世でも今世でも人生初スリだ。
ベルが人混みに消えそうなフードを指差した。
「追いかけよう!」
「わかった!」
俺とベルは踵を返して、フードのスリ犯を追いかけた。