第3話 市販の魔剣
「あの、話って」
びくびくしながら連れてこられたのは、広場の近くにある酒場。
これまたテント式で、オープンスペースになっている店だ。
ちなみに目の前に座る少女は、端的に言ってかなり可愛かった。
毛先だけがピンク色の、灰色がかった銀髪に、それを低い位置で二つに結わえている。
頭にはいわゆる『魔女っ子帽子』みたいなのを被り、水色の宝石がついた杖を持っているから魔法使いらしいが、胸元は結構開いている____そして結構デカい____しスカートも短い。
まあつまり、俺のイメージする魔法使いに似合わず格好が随分と大胆だったのだ。
「ここに鍛冶屋はないし、わざわざ装飾目当てで買う酔狂な人はいない。だから君はこの剣がれっきとした剣であると『見えてる』んだよね?」
「…………ああ」
少女の見透かすような青色の瞳を見て、答えていいものか一瞬迷ったが、嘘をついても仕方ない。
それに、この人ならばこの世界について色々質問できそうだ。
「うーん、なるほどね」
納得にしたかのように頷く少女。
何がなるほどなんだ、と思ったが飲み込んだ。
この世界の人は、神様からすべからく勝手に納得するのが民性なのだろうか。
「あのさ、俺からも質問していい?」
「ん、いいよ」
「えっと俺は…………」
俺は転生、と言おうと思ってやめる。
いきなりそんなことを言われても頭おかしい人だと思われるに違いない。俺の状況をうまく説明するととなると…………。
「あー………俺、記憶を無くしてて、この世界のことが全くわからないんだ。だから色々と教えて欲しいんだ」
「き、記憶喪失?」
少しばかり驚いた様子の少女。
記憶喪失は嘘だが、限りなく近い現象だし構わないだろう。
最初は考え込むように唸っていた少女だったが、自分が引き止めたからか、快く受けてくれた。
「で、どこまで覚えてないの?」
「自分の名前以外全部」
堂々と胸を張って宣言すると、少女はちょっと引いていた。
「えー………よく生きてこれたね」
「今日あの森で目覚めたばかりだからな」
「なるほど」
東にある森を指差し答えると、少女は納得したように頷いた。
それから少女は、色んなことを説明してくれた。
「銅貨が一番安いお金で、それ十枚分が銀貨。そしてまた銀貨十枚分が金貨だよ。銀貨二枚ですごい安い宿なら一泊できるって考えてね。例えばスライム討伐のクエストがあるとしたら、だいたい一匹銅貨一枚ってとこかな」
なるほど。毎日スライム二十匹倒せば、一応体を休める場所には困らないみたいだ。
次は魔力についての話に移った。
「魔力は、全種族誰しも必ず体内に持ってる生命力みたいなものなの。普通に生活しているだけで魔素を吸うから、成長とともに一定量の魔力を持つことができるよ。で、魔獣とかを倒すと、彼らが持っている魔力をすべてもらえるの。魔力量が多いと強くなる。まあ簡単に死なないようになるの」
魔力が、HPや経験値みたいな役割をも担っているんだな。
単に分けるのが面倒だったのだろうか。あの大雑把な神ならやるかもしれないのが怖い。
「え、じゃあ老人が一番魔力量が多いのか?」
「ううん。老人になってくると、体を動かすだけでも魔力が必要になってくるの。そうすると一日の摂取魔素量と一日の消費魔素量が釣り合わなくなってくる。そして魔力が尽きたとき。それが死」
死、と聞いて少しばかり身震いする。なるほど、なんか魔法は使いたくなくなってきたぞ。
「まあ若者は、休めばすぐに魔力は回復するよ。もし魔力が枯渇しようものなら、体が優先的に魔素を取り込んでくれるし、魔力枯渇によって死亡なんて聞いたこと無いもの。それに、魔力量関係なしに致命傷を負えば死ぬしね」
俺の思考がわかりやすかったのか、その回答を即座に出す少女。
俺も段々この世界のことがわかってきた。
「それで、だいたいの説明は終わったけど、あとは何かある?」
「じゃあ最後に、この剣について教えてほしい」
腰のベルトから鞘ごと抜いてテーブルに置いた。
途端、彼女の顔が真剣味を増す。
やはり彼女はこの剣について何か知っているらしい。
「…………見えていて、なのに他人は見えてないことわかってるのに、気づかないなんておかしいと思ったよ。記憶喪失なんだもんね」
「気づかない?」
俺の疑問をスルーして、彼女は鞘から剣を抜いた。刃は、赤黒く輝いている。
「これはね、『魔剣』の一種なの」
「ま、魔剣!?」
いやいやいや!それ露店で銀貨一枚で買った剣だぞ!?
伝説の武器が普通に売ってるとか、二十一世紀のメディアに完全に喧嘩売ってるから!
「魔剣は、悪魔を封じてその力を使う剣のことを指すの。強力な悪魔から低級な悪魔までそれぞれいるし、熟練した退魔師なら作れないこともないよ…………って、記憶喪失なのに魔剣については知ってるんだね?」
「い、いや、そんなことはないよ。魔剣って凄そうな響きだから」
俺は前世のアニメやゲーム知識で魔剣がとりあえずすごい物だということは知ってる。
だが確かに記憶喪失なら、魔剣の存在に驚くのはおかしいかもしれないな。危ない危ない。
まあそれはさておき、この世界の魔剣は結構量産型の武器らしい。
伝説の武器ひゃっほう!とか一瞬だけど思ってしまった興奮を返せぇ…………。
「ふーん……あ、ちなみにこれは『透化の魔剣』。この魔剣の『適合者』以外には不可視の魔剣だよ。大丈夫、使い方によっては最強だから」
なぜかそこで胸を張る少女………って、適合者?
「魔剣は誰しも扱えるわけじゃないってことだよ。君も何か気になって剣に惹き付けられたんでしょ?だから適合者」
「なるほど確かに…………って、そういやこの際気になってたから聞くけどさ、君はなんでこの剣にそんなにくわしいんだ?」
とても何気ない質問だったが、彼女はとんでもない爆弾を吐き出した。
「なんでって、私がこの魔剣に封じられてる悪魔だからだよ?」
「…………………はい?」
彼女の言っている意味がわからず、固まる。
「えっと、だから悪魔!」
己を指さして悪魔と主張する少女。
俺は生暖かい目で見守る。
「わかった、わかった、大丈夫、人間みんなそういうこと言い出す時期あるから」
「え、そうなの?」
「子どもの時は誰しも主人公だけど、大人になるとそれは全くの幻想だったってことがわかるんだよ………」
俺も現に厨二病心の思うままに従った、痛々しいアバターがステータス欄の奥底に眠ってるんだから。
「いやいや違う違う!適合者である君が触ったから、君の魔力で私が外で具現化できるようになったの!」
少女が魔剣に触れて目を閉じると、その姿が一瞬にして消えた。
あまりに一瞬の出来事に、俺は理解が追いつかない。
「………………え、じゃあ本当に封印されし悪魔?」
「さっきからそう言ってるじゃんー」
今度は魔剣から直接声が聞こえてきた。
「うおっ」
俺が驚いてたじろぐと、剣の赤い宝石から水色の光が飛び出て、段々少女の体に成っていった。
「ね?」
「あはは……」
ちょっとムッとしながらそう言う少女に、俺は苦笑いした。
実を言うと俺の内心は、神への不信感でいっぱいだった。
たまたま購入した安い剣が、悪魔___ついでに可愛い____が封印されている魔剣だとか。
この転生は明らかに神に仕組まれているような____そんな気がしてならない。
さらにタチが悪いのは、現状取れる選択肢が提示された一択しかないということだ。
「…………それで、俺はどうすればいいんだ?」
「私としてはこの魔剣、ひいては私と契約して武器として使って欲しいってところかな」
出たよ。魔剣との契約。
実に厨二病チックな響きだ。
「一応聞くけどさ、その契約で得る互いのメリットは?」
「んー、君にとっての利益は戦力、私にとっての利益は魔力ってところかな」
「悪魔は魔力が食事なのか?」
「うーん、食事とは少し違うかな。魔剣に封じられてる悪魔は、自分の体で魔力を生成できなくなるの。その代わり消費されることもないんだけど…………まあつまり魔剣の外に出られない。だから宿主を見つけて、魔力を供給してもらう。それが魔剣の悪魔としての契約」
さっきの魔力の話からしても、魔力が尽きたら死、というのは全種族共通なのだろうな。悪魔も例外なく。
「じゃあ契約者側からすると、魔力を供給する代わりに自分の身を守ってもらうってこと?」
「そういうこと!」
キラキラとした期待のまなざしで俺を見つめる少女。いやまあ俺魔剣買っちゃったし、拒否権はないだろう。
「わかった、契約する」
腹を括ってそう言うと、少女はいたずらっぽく口元を上げた。
「了解!私は『透化の魔剣』に宿りし悪魔ベルフェゴール!これからよろしくね!」
彼女が名乗ると、魔剣の赤い宝石が赤黒く光ったと同時に、魔剣に魔力らしきものが纏い始めた。
どうやら名乗ることが契約の条件らしい。
「俺はアルベルト・デュークエンド・シュタイン。長いし呼びにくいからアルトで呼んでくれ」
そう名乗り、少女____ベルフェゴールと握手した。すると赤い宝石の光が強く輝き、蒼色に変化した。