第2話 怠惰
「ここは……どこだ?」
目覚めると、本日二度目のテンプレセリフを吐いても仕方がない光景が広がっていた。
辺り一帯が、森。そこのちょっと開けた場所に、俺は倒れている。
地獄にも天国にも、正直言って見えない。
むしろ穏やかな鳥のさえずりが聞こえちゃってたりする。
目覚めたら全てがわかるとか神様は言ってたが、さらにややこしくなっている気がする。
「よいしょっと……」
まあ今考えても答えは出ない。
雲を数えるのにもいい加減飽きてきた俺は、仕方なく起き上がった。と、その時。
ペラッ
「ん?」
何か紙落ちてきた。
拾うと、そこには日本語の羅列が書かれていた。
『とりあえず異世界転生おめでとう!日本人の得意分野って言っただろう?あ、ちなみに君が悔いと言っていたアバター、すべてそのまま君に引き継いだからね。ステータス欄で確認すること』
……………君に引き継いだからね??
「っ!」
不穏な単語から嫌な予感が駆け巡った俺は、慌てて頭を摩ってみて____安堵した。
良かった、あの厨二病アバターではなかった。
俺はゲームで種族ごとに複数のアバターを持っていた。
ユーザーごとに基本となるステータスは変わらないのだが、種族ごとのアバターが作成でき、種族によってスキルや得意分野、バフやデバフなどが違ってくるのだ。
とりあえず、何も生えたり付いたりしてないからこれは今種族『人間』のアバターらしい。
人間は特別な種族スキルやバフデバフはないが、その代わり基本的にすべての武器をそこそこ使える種族だ。
俺は言われた通り、とりあえずステータス欄を開いてみた。
名前:アルベルト・デュークエンド・シュバルツ
種族:人間
固有スキル『二十面相』
種族ごとにアバターが作成できる。
《一覧》
・人間
・獣人
・エルフ
・悪魔
《現在のアバター:人間》
・固有スキル
・ステータス変化
『全武器適正』
ゲームより随分と簡潔なステータス表示だ。
どうやらゲーム特有のアバター作成のシステムが固有スキル扱いになっているらしい。なぜか無駄に名前がかっこいい。
神様、やっぱりノリが良かったらしい。
そして、黒歴史ネームの変更不可なことが神様の性格の悪さを表している。
仲間から「大丈夫、誰でも通る道だぜ……」と遠い目をされながら慰められたのは良い思い出だが、気を使ってか単純に呼びにくいのか、『アル』と呼ばれていた。
それだと愛称感が拭えないしなぁ。
とりあえず間を取って『アルト』とかどうだろうか。
よし、これからアルトと名乗ろう。
いつかこの呪われし名前から解放されるまで………。
いや厨二病じゃなくて本当にね。
「………………」
なんだかいたたまれなくなった俺はステータス欄を消して、持ち物をあさってみることにした。
結果、一応ポケットに金貨一枚。
武器の類は何もないんだけど、もしや敵と出会ったら素手で戦えということだろうか。
「まず武器を手に入れなきゃなぁ………」
脳内の最優先クエストに武器入手を掲げ、俺は森を抜けるべく歩き出した。
と、その時。
また紙が降ってきた。
例のあれだ、神からのやつ。紙だけに。
『ごめん!言い忘れてた!てへぺろ!これからの君のことだけど、ミレニス王国の王都にいるエーテルというハーフエルフを訪ねるといい。君の行く末を示してくれるだろう』
「…………なんでやねん」
何がしたいんだか言いたいんだか不明なノリの文章に軽くツッコミを入れて、俺は謎の紙をポケットにしまった。
_____今日もまた、変化のない時間を見つめた。
流れ星のような光が無数に流れ落ちる。
ガラス張りの床と、プラネタリウムのような半球から見えるのは、星の輝かしい夜空。
そんな神秘的な空間。
だが、それ以外には何も無かった。
彼女は退屈そうに星を数えては、蹲る。
この空間は朝も昼も夜もない。
ただ同じように、夜空が巡るだけ。
寝ることも起きることもない。
ただ、そこに存在し続けるのみ。
ここから一時的に抜け出す方法はある。
それは人間と契約すること。
とはいえ契約できる人間は限られている。
しかし彼女は、そんなことすらどうでもよかった。
彼女は人間が、多分嫌いだ。
推測なのは、嫌いになってから人間に会っていないから。
会いたくない、誰にも。
彼女はどこまでも怠惰だ。
____否、意図的な怠惰。
こうすることが、自分の贖罪だと信じていたから。
しかし。
ぴちゃん……
聞こえるはずない水音が聞こえ、彼女はふと顔をあげた。
「あ…………」
視線の先、そこにはいつの間にかガラスの扉が存在していた。
彼女は直感した。
契約可能な人間が近づいているのだ。
しかし彼女は、怠惰なのだ。
だから動かない。動かないはずだったのに。
どうしてだろう。
彼女自身説明が付けられなかった。
彼女は困惑した。
この揺らぎは一体なんだろう、と。
自分からは動かないのに、与えられたものには縋るのか。
だから彼女は自嘲気味に笑った。
やはり彼女は怠惰なのだ。
これはきっと、ただの気まぐれ。
悠久を生きる彼女ですら、手持ち無沙汰な時間を過ごしすぎたのだろう。
彼女は徐ろに立ち上がり、引き寄せられるようにそっと扉を押した____
森を抜けると、そこは小さな商業都市だった。
いや、都市とも言えるか微妙な小ささ。
さすがに神様チュートリアルはしっかりしているようで、森は奇跡的に何にも出会わず抜けることができた。
が、出た先が市場というのもなかなか出来すぎだ。
市場、といっても商人たちがテントを張って出店のようにしているだけの場所だが。
しかしここまでお膳立てして、神様は俺に何をさせたいんだかなぁ。
あーとりあえずここで装備を揃えればいいんだなー(棒)。
まあいずれにせよ武器は買わねば。
アバターで筋力強化されてるかは知らないが、俺には素手でクマ並みのモンスターを倒す方法なんてわからない。
それに俺愛用の剣が入るゲームのストレージまでは引き継いでくれなかったしな。
しかし市場を見渡してみて正直に言うと、あんまり良い剣がない。
分かるのは、まああからさまに地味でボロそうだからだ。
初期装備並のステータスなのに、そこそこ値が張る始末。
ぼったくりし過ぎなのか、これがこの世界の常識なのか。
「おっ?」
と、思いつつ一つの露店を通り過ぎようとした時、ふとある剣が目にとまった。
どうしても気になってしまったので、暇そうに新聞らしきものを読んでいる露店のおじさんに聞いてみることにした。
「すみません、この剣て………」
「あ?ああ、これかい?柄しかないから鍛冶屋に仕立ててもらう様だぞ。ほら、装飾はまあまあだしな」
「えっ………」
露店のおじさんの返答に、言葉を失った。柄しかない?そんな訳は………。
俺には見える。
確かに柄は漆黒、また赤の宝石が埋められていてとても綺麗だが、柄の先に赤黒く光る剣がちゃんとついている。
俺の厨二病琴線に結構くる見た目だ。
でもなぜおじさんに見えないんだ?そして、なぜ俺には見えるんだ?
「えっと、それいくらですか?」
「銀貨一枚だ」
銀貨一枚の価値はよくわからないが、金貨で足りるらしいのでその場で購入した。
剣がついていないと『勘違い』していたのだから、おそらくは大した値段じゃないと思うが。
誰にも見えない剣を腰にさしているのも間抜けなので、鞘も買った。
剣を鞘に収める姿が不思議だったらしく、おやじさんは首を傾げていた。
「不良品、買ってくれてありがとな」
そう言って鞘と剣の値段を引いたお釣り銀貨七枚を俺に手渡したおじさん。
「いえいえ………」
不良品ではないが、これはどうすればいいのだろう。
なぜか心惹かれてしまったが、真っ当な剣ではないのは明らかだ。
見た目はかっこいいんだけどなぁ。
まあとりあえず他の装備も探すか、と歩き出したその時。
「ねえ、今『あの剣』買ったよね?」
いきなり肩をつかまれ、驚いて振り向くと、そこには一人の女の子が立っていた。
「え?は、はい」
「ちょっと話したいんだけど、いいかな?」
戸惑う俺にそう言って、とても魅力的な笑みを浮かべる女の子。
…………いきなり変な人に、絡まれてしまった。