第1話 ノリのいい神様
「ここは……どこだ?」
こんなテンプレ過ぎるセリフは、さすがに天変地異が起きようとも吐くことはないと思っていた。
しかしながら自分を取り巻く現状があまりにも突飛であると、テンプレというのはこれ以上なく非現実な光景に沿うようだ。
とりあえずここは、白い。上も横も下も、全てが白いモヤのようになっている。
分かりやすく言うと、視力が壊滅的に悪い人がメガネを奪われた時みたいな視界。
ここはつまりあれだ、死後の世界的な何かだ。
最後の記憶は、クラクション音と異常に眩いカーライトなのだからまず間違いない。
『あれ、やっと気づいた?』
「うおっ」
どこからともなく降ってきた声に、止まってるはずの心臓が跳ね上がる。
視界の中には誰も見えないから、もしや神様的な何かか?
『うん、神様的な何かだよ』
「あ、すみません………」
心の中が聞こえてるタイプなのか………。
『随分と冷静だね?死後の世界的な何かなのに』
「そのネタ引っ張るのはやめてください………」
というかそこから聞いてたんですか。
すると頭上からくすくすと笑いをこらえる声が聞こえた。
『ごめんごめん、最近退屈でね。さて、本題に移るんだけど、ここはまさに君が言うように死後の世界。ちなみに僕は神様だ』
うわ何その自己紹介。ちょっとやってみたい。
『ということで、君に一つ質問。君は不慮の事故で死んでしまった訳だが、何か悔いはあるかい?』
「悔い………?」
『そう。まあ君の答え次第で、これからの君の運命は大きく変わることになる、とだけは言っておこうかな』
え、それってもしかして、答えによって天国か地獄かどちらか決められるってことか!?
『どうとってくれても構わない。ただし僕は君の思考が読める。悔いとして真っ先に出てきたものを拾わせてもらうよ』
え、ちょ、神様チート手強い。
にしても、人生の悔い?
死んだ人は基本的に悔いしかないと思うが。
『悔いには、その人の人生の全てが見えるんだよ。何が一番大事だったのかがね』
俺が一番大事だったもの………。
三十路過ぎで独身の俺にとって、一番の楽しみは休みの日にするMMORPGオンラインゲームだ。
他に金を使うところもないから、俺はアバターに金をつぎ込みまくり、いつの間にか重課金ユーザーとして確固たる地位を築き上げていた。
何万円か…………なんて怖くて途中から計算をやめたけど、あの重課金アバターが消えるのは、結構きついな………。
『…………アバター?』
神様の若干引いた声で我に返る。
「い、いやいや!違います違います!俺にはもっと高尚な悔いがあるんです!」
人生で一番大事なものが重課金アバターとか嫌すぎる!
いやまあ事実ではあるんだけど!
『なるほど…………アバターね。それは良い案だ』
これは本気で地獄行きか………と半ば諦めていたが、何やら神様の様子がおかしい。
「あのー………アバターがどうかしました?」
一人で何かを納得している神様。
怖いからちゃんと説明して欲しい。
『いや、こっちの話だよ。さて、君の悔いもわかったところでそろそろ時間だ』
ゴーン、と鐘のような音が鳴り、ぼやけていた視界がさらに見えにくくなる。
「お、俺これからどうなるんです!?」
『目覚めたら全てがわかるよ。君ら日本人の得意分野だろう?』
じ、地獄での社畜労働ってことですか!?
と、声に出そうとしてももう何も出ない。
『まあ健闘を祈るよ、アルベルト・デュークエンド・シュバルツ君?』
うおぁぁぁぁ俺の黒歴史、厨二的ユーザーネームをぉぉぉ!
あの神様、性格がかなり悪いらしい。
しかしそれを境に神様の声すら聞こえなくなり、意識が段々闇に沈んで行く感覚を覚える。
ああ……最後に変更不可のシステムいじって名前変えてくれないかな…………。
厨二病を乗り越えた大人なら誰しも持つ、黒歴史抹消という切なる願いを最後に祈り、俺は完全に意識を手放した____
ぱたん。
本を閉じる、乾いた音が静かに響く。
『…………さて、僕ができることはここまでだ。これによって世界がどうなるかは、誰にもわからない』
もちろん、神であっても____