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1LDKの姫君  作者: れんキュン
7/11

お姫様と違和感


 社員賑わう食堂で、姫美は社員達に囲まれながら歓談しつつ昼食を取っていた。

 上司への不満、恋人との惚気話、週末の予定。姫美を中心に皆それぞれ交友を深めつつ、賑やかに昼食の場を温める。

 

「お姫ちゃん、携帯無くしたんだって?」


 姫美を囲むようにテーブル席に座った一団の、姫美の目の前に座った姫美の上司、山本 寛二(かんじ)は遊び慣れてそうな雰囲気を纏わせながら、その整った顔に人の良い笑みを張り付け、気遣うような声音で目尻を下げつつ姫美に声駆ける。


「え?あぁ、ご迷惑おかけしてすいません。どっかで落としたみたいで」


 姫美は何故それを?と訝しんだが、昨晩彩女が山本から電話が来たと伝えられたことを思い出し、心配する周囲の人たちに頭を軽く下げる。

 周囲の人は姫美の携帯を、よからぬ輩が拾い何かあったら大変だ。と心配し、直ぐに警察に行った方が良いと口々に告げる。

 姫美は今日紛失届を出しに行くつもりです。と答え、それ以上その会話が続かない様自然な流れで話題を切り替える。


「高城さんこの間のドラマ見た?」

「姫美ちゃんそのマニキュア可愛いね」

「高城さん今度呑み行かね?」

「ばか、姫美ちゃんは彼氏持ちだろうがよ」


 姫美は自分に駆けられる言葉の全てを、人懐っこい笑みを浮かべながら、適切な回答で相手を喜ばせ場を回していく。

 そうしている内に、その場の話題が直前の彩女と春奈の事に切り替わる。


「そういえば、さっきの神崎さんヤバかったね」

「な、俺も神崎さんのあの笑顔でやられたわ」

「あの春奈さん?って人も凄かったし...悲しくなるから何がとは言わないけど」

「ああ、氷の美女を溶かす母性の女神。尊い...」


 あの仕事に真面目な神崎 彩女が子供の様な無邪気な笑みを浮かべ、朗らかな女性と抱擁した。彼女は誰だ!と場の熱は一層燃え上がる。

 そして姫美はその会話に自分から混ざる事は無く、心の中で直前の光景とそれに抱いた感情に目を向ける。


(先輩のあんな顔見たことないな。心から笑うとあんなに可愛いんだ......)


 姫美は半年程彩女と仕事をしてきたが、初めて見る彩女の表情に驚くと同時に、そんな笑顔を向けられる春奈を羨ましいと思っていた。


(ん?ていうかこれ嫉妬?......いやいやまさか。先輩は先輩で、なにより女だし?)


 自分が抱いた感情が嫉妬に近い物だと思ったが、すぐにそれをありえないと一蹴した。

 嫉妬とは恋心から発生する物と考える姫美。

 過去同性に対して恋慕したことなどなく、至って普通に異性に恋してきた姫美にとってそれはあり得ない事だと一蹴した。

 

(別に先輩を好きな訳じゃないけど、何となく取られた様な...独占欲?私そこまで傾倒していたかな)


 恋慕から来る嫉妬でもなく、独占欲なのだとしたら。どうしてそれを抱いてしまうのか、姫美にとって彩女と言う存在はどういう存在なのかを再確認する。


(恋愛対象ではない、女だし。これは間違いない。親友的な?いや、確かに仲は悪くないけどそこまで知り合ってるかと言われれば違うし......あれ?よく考えたら私と先輩ってちょっと仲の良い上司部下程度じゃない?)


 一つ一つ再確認していくと、姫美と彩女の関係は深いようで浅い関係だと思い至り、尚更姫美が彩女に独占欲を抱く理由が思い至らず泥沼に嵌る。


 実際、姫美と彩女はお互いにそこまでプライベートに干渉することも無く、時たま酒の席で愚痴を言いあう程度の交友関係で済ましていた。

 彩女も上司としての域を超えてまで姫美と仲良くなろうとはせず、姫美もそんな程よい距離感に心地よさを感じ過ごしていた為、客観的に見ても彩女と姫美の関係は仲の良い上司と部下の関係で収まっていた。


(わからない、確かに先輩は数少ない素でいられる人だけど。いや、だからか?)


 渡り鳥の止まり木の様な、姫美にとって気を抜いて接する事の出来る数少ない居場所の彩女に一番近い存在は姫美だと思っていた。

 故に、自分の居場所が、そんな居場所の一番が突然現れた春奈に取られ気を揉んでいると考え、違和感を感じつつもそれが答えだと無理やり落とし込んだ。


(でも先輩のあの笑顔、私には向けた事ないんだよな)


 だからこそ、彩女の笑顔を向けられているのが自分以外だとしても、それに対して黒いネバついた感情が胸に湧き上がっても、それをお気に入りを奪われた不満だと解釈し無意識の内に誤魔化した。


「お姫ちゃん?」

「あっはい!?」


 思考の海に沈んでいた姫美は、山本からの声掛けに驚き上ずった声を上がる。そんな姫美の珍しい態度に山本は目を丸くするも、すぐに笑みを浮かべる。


「なんか考え事してたっぽいけど、悩みごと?」

「いえ、まぁ。大したことではないですよ」


 悩みごとではあるが、山本に若干の苦手意識を持っている姫美がそれを山本に相談する訳もなく、言葉を濁す。

 山本はそれに気を悪くする素振りを見せることも無く、気遣うように目尻を下げる。


「そっか、何か困った事あったら言ってね。いつでも相談に乗るから」

「...はい」


 姫美は直ぐに笑顔を浮かべ返事する。それに満足したのか、山本は直ぐに議論に花咲かせる集団に混じり、茶化す様に砕けた言葉で更に油を注ぐ。

 姫美は結局、内心腑に落ちない気持ちのまま盛り上がりすぎた集団を窘める。



◇◇◇◇



「ねぇ。高城さんと彩女って仲いいの?」


 所変わって、会社近くの定食屋で彩女と春奈は昼食を取りつつ空いた時間を埋めるかのように談笑に花咲かせていた。

 そんな談笑の最中、春奈が突然会話の流れを切りそんな質問をした。

 

「んー、悪くないと思うよ」


 家に転がり込むくらいだし。と心の中で続けると、その反応に春奈は満足がいかないのか彩女と姫美の関係について楽しそうに質問を続ける。


「ふーん、良くないの?」

「良い...とは思うよ?呑みに誘われるし、この間は...この間も行ったし」


 泊まりに来たし、と思わず言ってしまいそうになり慌てて軌道修正を図ったが、春奈はその一瞬の隙を見て何かあったと悟るが、彩女の意思を尊重しそこをつつくのは辞めた。

 

「良かった、彩女初めての新人教育だし変に力入れすぎて嫌煙されてたらどうしよって心配だったのよ」


 春奈は長期の出張やらなにやらで忙しく、偶に出来た時間も彩女と被ることなかった為長い事彩女と顔を合わして話すことが出来ず、そんな中で彩女が新人教育に乗り出しと聞かされ仕事人間の彩女が新人と良好な関係を築けているかを心配していた。

 しかし春奈のそんな気苦労は彩女の表情を見て、問題ないと判断し安堵のため息を零した。


「なにそれ、確かに仕事人間なのは否定できないけど、新人潰すような事はしないわよ」

「分かってるよ、でもほら。彩女の基準で新人さんに仕事さしたらとてもじゃないけどパンクしちゃうから」

「それは予め恵比寿さんに言われてたから、恵比寿さんに相談に乗ってもらいつつ、無理のない範囲で仕事させてたわよ」

「うんうん、恵比寿ちゃんなら安心よね~」


 彩女はなんだかんだ言いつつ心配してれている春奈を嬉しく思い、頬を綻ばせながら完食する。


「そうだ、今日って何時ごろ上がれそう?」

「ん~、報告書とか色々あるから19時って所かな~」

「それじゃぁさ!今日呑み...に...」

「?どうしたの?」


 春奈は退勤時間を聞かれた辺りで、呑みに誘われる事に気付いたが、何故が尻すぼみ、やっちまったとばかりに顔を顰める彩女の様子を訝しむ。

 彩女は姫美の存在を完全に失念しており、自分が呑みに出かける場合姫美の事をどうするべきか頭を悩ませていた。


 友人と呑みには行きたい。

 が、傷心し自分を頼ってくれた姫美を一人にしておくのも申し訳が立たずかと言って自宅のカギを渡すのは問題ないとは思うが、些か憚られる。

 どうしたものかと悩ませたが、春奈ならば問題ないかと、まぁ良いかと思考を放棄した。


「あー、一人増えるかも知れないけど良いかな?」

「珍しいね、彩女がさし呑み以外を提案するなんて」


 春奈と彩女の関係は長く、気心知れている為わざわざ部外者を入れるのは酒が不味くなると言われた記憶のある春奈はそんな彩女の提案に心底驚きつつ、自分以外にも心開ける友人が出来たのかと一抹の寂しさと共に嬉しく思った。

 そんな春奈の心中を知る由もない彩女は、特に何も考えずにいる。


「さっき挨拶した高城さん。あの子も誘っても良いかな~って」

「うーん、条件があるかな~」

「条件?」

「そ、条件。折角久々のさし呑みなのに他の子呼んじゃうような、無粋な幼馴染への罰」

「それは...ちょっと事情が有って」


 優しい春奈なら、変なお願いはされないだろうが、それでも条件と言われ緊張と共に固唾を飲む。

 そんな彩女の様子を面白がりつつ春奈はその条件を付きつける。


「昔みたいにぃ、春ぇって呼んで欲しいな~」

「……いや、う~ん。でもほら?私ももういい大人だし」


 彩女は自分が、職場で春ねぇと呼ぶ光景を思い浮かばせ、良い大人が年上の女性を愛称で呼ぶ恥ずかしさに顔を赤くさせた。

 春奈はそんな彩女を十分からかい反応を楽しむ。


「まぁそう呼ぶのはプライベートの時だけで良いわよ。早速今晩から呼んでもらうけど」

「...それならいっか。それじゃ、高城さんが来るって言ったら連絡するね」


 春奈は、他人に深入りしない彩女が姫美の事を頼むことに疑問を感じたが、そこら辺の彩女の心情を聞くのは久しぶりの再会を果たした今日ではないと考え、純粋に楽しもうと了承する。

 彩女はそんな春奈の了承を得て、姫美が着いてきてくれるか疑問に思ったが、断られた時はその時だと楽観的に考えていた。


 二人は退店し、満たされたお腹を擦りながら、今晩の呑みを楽しみにどこの店で呑むかの話に花咲かせ会社に向かった。


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