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1LDKの姫君  作者: れんキュン
5/11

お姫様と入社


 時刻は零時を回っていた。

 5畳程度の部屋に置かれたシングルベッドに並ぶ二人の女性の陰。そんな二人の陰を優しく照らす常夜灯、方や早々に夢の世界に旅だった美麗な女性。そんな女性を眺める少女とも思える容姿ながら女として成長しきった女性。


 つい数十分前まで一つしかないベットの譲り会いをしていた二人は、面倒くさくなった姫美の鶴の一声「なら一緒に寝ますか」で、姫美に対して少なからず好意を抱いている彩女が断り切れる訳もなく、「まぁ、別に思春期男子高校生でもあるまいに同衾したくらいでなんだ」なんて根拠の無い自信で姫美に軍配が上がった。

 因みに姫美は既に閉じかけた瞼で、面倒くさい押し問答を続けるくらいなら、同性との同衾の一つや二つ構いやしないし、別に女同士で寝て何があるの?という至って普通の思考であった。

 

 彩女も溜まってるとはいえ、平時であれば劣情を抱く事は無いため冷静さを取り戻し制御していた。

 例え狭いシングルベットに背中越しに感じる姫美の柔らかい匂いと、心地よい人肌程度では振り返って抱き枕にしたら気持ち良いだろうなという気持ちしか湧かず、酔いも相まって早々に夢の世界に羽ばたいていた。


 姫美は早々に眠ってしまった彩女の健やかな寝息を聞きながら、どうして傷心中の筈の自分が上司の世話をしているのかと諦観の様な物を感じながら常夜灯を消しながら思い返していた。


 たった二日。

 一昨日は恋人の浮気現場に遭遇するという辛いことがあり、一人自宅で凄くのは寂しさのあまり潰れてしまいそうになって、ふと思い浮かんだ上司であり彩女の家に気付いたら歩き出していた。

 どうして彩女の家だったかは分からない。たまたま以前飲み会で介抱した時、彩女の自宅を知っていたからなのか、他に近場に気を許せる相手がいなかったからなのかは分からないが気づいたら彩女の自宅に脚を運びインターホンに指を掛けていた。


 一昨日は弱った所を優しくされて泣き寝入ってしまったが、朝起きて彩女の部屋を見た時、あまりの汚さに、出来る人然とした彩女とのギャップに思わず笑ってしまった。

 そしてそれを指摘された時の彩女の子供の様な顔を見て、彩女の世話をすることで寂しさが紛らわせるかもと思った。


「んっんぅ~」


 寝返りを打って向き合う彩女の美しい顔を眺める。


「羨ましい位顔が良いんだよな~」


 彩女を気遣い小声で呟く。冗談半分と言った声音だ。


「ま、系統は違えど私も美人だけどね」


 姫美は自分の事を良く理解している。自分がどうすれば相手が好感を持つか、自分の発言がどういう風に空気に馴染むか、自分の容姿の良さを十分理解したうえで長年かけて必死で磨き上げた人心掌握術で、決して陰の側に()()()()と決めていた。

 そしてそんな鬱屈した日々の中で、いつしか姫美は真に愛されたいと強く思う様になっていた。

 自分の汚い部分を曝け出しても愛してくれるような真の愛を。


「ふふっ、子供みたいに丸まって。か~わい~」


 丸まる彩女の姿に可愛らしさを感じつつ、姫美は彩女と出会った出会った当時の事を、入社した時の事を振り返った。


 

◇◇◇◇



「今日付けでこちらで働くことになりました、高城姫美と申します!若輩者ですがご指導ご鞭撻の程をお願いいたします!」


 半年程前、オフィスに集まった面々に深く頭を下げる姫美、そんな姫美に惜しみない拍手がオフィス中から贈られる。

 頭を上げた姫美はえへへと言いながら照れ笑いを受かべる、そのはにかんだような笑顔で既に何人もの男性社員はその笑顔に心撃ち抜かれていた。


「僕は恵比寿 忠正。ここの部長だから、よろしくね」

「はい!」


 恵比寿様の様な顔で、それに負けない邪気すら払えそうな柔らかい笑みを向けられ、姫美は緊張が少し解れる。

 まさに恵比寿様である。


「それじゃ、君の教育係には神崎君についてもらおうかな。神崎君、よろしくね」


 恵比寿部長の言葉の後に人の壁がモーゼの様に切り開かれ、一人の女性が7㎝のヒールを鳴らしながら歩みだす。その凛々しい立ち姿に、男性社員だけでなく女性社員も熱の籠った視線を投げかける。

 歩み寄られた姫美は、いかにも出来る人ですと言った雰囲気の彩女に若干気後れしつつも佇まいを直す。


「初めまして、神崎 彩女です。今日から貴女の教育係になったから、これからよろしくね」

「……あっ!はい!宜しくお願いします」


 緊張しているであろう新入社員を安心させる様に彩女が浮かべた微笑は、まさに氷が溶けると言った表現がしっくりきた。

 しかし姫美は、彩女が自分を見ている様で見ていない様な感じを抱き内心首を捻ったが、初仕事の緊張に追われ直ぐそれは追いだされた。

 

「それじゃ、高城さんは神崎さんの元で頑張ってね!皆も!高城さんが可愛いからって仕事サボっちゃダメだからね!」


 部長職の上司の言葉を皮切りにそれぞれ職務に励む大人に切り替わる。

 二人も背中合わせになる様に配置されたデスクに向かい、一日の仕事に入る。

 

「初日だし、ゆっくりやっていきましょう。解らない所があれば遠慮せず聞いてね」

「はい、よろしくお願いします」


 それから姫美は彩女の元で働き出した。

 元々器量は悪くない為、日々を過ごす中で着実に仕事を覚えていった。それと、彩女が姫美がパンクしない様にと振り分ける仕事を調節し姫美の様子を見ながら仕事に当たらせていたのも大きく、後にそれに気付いた姫美は彩女に感謝した。

 そんなある日。入社して3か月程経った頃、人手不足と経験を理由に姫美に大きな案件が回されることになった。

 彩女は厳しいと断ろうとしたが、当時順調に仕事をこなし調子に乗り出していた姫美はその話に食いついた。彩女は良い顔はしなかったが本人にやる気があるのを見て諦めた。そして彩女の代わりの上司と共に仕事を始めた。


 しかし姫美はそこでいかに彩女に気遣われていたかを知ることになった。

 彩女の代わりに付いた上司は、自分の事で手一杯なのか姫美にまで気を回す余力は無く、そして不運な事にその時彩女が熱を出して寝込んでいた。姫美は周囲の忙しい人に聞けば良かったのだが、気の立っている人に話しかけ悪感情を向けられる事を恐れ、誰にも相談することも出来ないまま誤魔化す様に過ごした。

 そして彩女が復社した日、姫美の誤魔化すような仕事で先鋒に多大な迷惑を掛け、怒頂点を突くように叱責された。職場の人達も対処や自分の仕事に忙しく姫美のケアに回れなかったが、新人だししょうがないと諦め混じりの視線を向けていた。

 姫美はそんな視線と叱責のストレス、そして初の失敗、調子に乗っていたという罪悪感で潰れそうになっていた。

 

「何してるの、行くわよ」


 そこを復社した彩女が消沈する姫美を引き上げ、責任者を無理やり連れだし怒れる取引相手に謝り倒し共に事後処理に励んだ。


 そして。


「仕事で失敗するのは仕方ないけど、分からないことがあればすぐに相談しなさい、それ位で嫌ったりしないから」


 当時から姫美が対人関係を、特に相手に悪感情を向けられる事を恐れるかのように過ごしているのを何となく理解していた彩女は、失敗の原因を言い当てた。

 それを言われて姫美は、どうして嫌われたくない事が原因だと分かったのか驚いたが、それ以上に自分の事を理解してくれている彩女に懐き始めた。

 今まで姫美が八方美人をする理由を単純に捉える人ばかりで、姫美が嫌われたくないという理由だと気づいてくれた人は居なかった。

 故にこの人なら自分の事を理解してくれる、そして自分の本当の姿を知って尚共にいてくれるのではないかと。


「それより、少し位肩の力を抜いたほうがいいわよ。相手の顔色を窺ってばかりいると疲れるでしょう」


 彩女のその一言を切っ掛けに、姫美は彩女にだけは過剰に演技をしようとはしなくなった。彩女にとっては消沈する部下を慰める何気ない一言程度の認識で、その言葉を覚えていないが、彩女のその一言で救われた様な気持ちになり、姫美は全幅の信頼を置くようになった。

 が、仲が良くなればなるほど、彩女が本当の意味で自分を見ていないような気がして、ちりちりと燻ぶる様な不満が募った。



◇◇◇◇



「良い上司だし、いい女すぎてヤバいんだよなー。仕事出来るのに家事出来ないとか、結構可愛いところあるとか女心擽られるの、先輩が男だったらよかったのになー」


 ベットサイドに置かれたぬいぐるみを一瞥し、丸くなりながら眠る彩女の頬を突く。

 むぅ~と身悶えする彩女は、とても氷や椿なんて表現は似合わない。

 振られたばかりで、心の寂しさを埋めてくれるであろう良き上司ともっと親密になりたいという思いが湧き上がって来ていた。


「っ...うぅん~」


 突然穏やかに眠っていた筈の彩女がうなされるように顔を顰め始めた。姫美は何か嫌な夢でも見ているのかと、もしかしたら仕事の夢かなと考えつつ、その頭を撫でようと手を伸ばした瞬間彩女の口から出た言葉に息を詰まらせその手が止まった。


「……茜ぇ……」


 まるで愛しい人を呼ぶかのように、それでいて悲し気に一筋の涙を流す彩女の姿に、その口から零れた女性の名前を聞いた時、チクリと胸に痛みが走ったが、気のせいかと無視し改めて手を伸ばした。

 彩女が同性愛者なのか、なんて疑念は特に気にする気持ちも起きず、仲間を見つけて様な安心感を抱き。


「先輩も失恋仲間だったんですね」


 優しく、梳くように少し指に引っ掛かる柔らかい髪の毛を撫でる。慈しむように、あやす様に撫でれば彩女は穏やかな表情に戻り口元を緩ませ穏やかな寝息を立て始めた。

 それでも姫美の手は止まらず撫で続けていた。


「良い夢を、先輩」


 姫美は自分が眠るまで撫で続けた。何故彩女の口から出た名前を聞いた時に胸が痛んだのか、そしてそれと同時にその名前が女性の名前だと分かって口元が綻んだのか分からないまま。

 

 燻ぶった残り火に薪がくべられた。



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