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1LDKの姫君  作者: れんキュン
11/11

お姫様と転機


 春奈を交えた飲み会が終わった後、彩女と姫美は彩女の自宅に帰りそれぞれ床につく準備を進める。

 

 彩女は反応の悪い姫美を放置し、シャワーを浴び少し酔いを醒まそうと水を飲む。

 この時も彩女は姫美に話しかけたが、先に寝ると断られた為一人ソファに沈みながらこれからどうやって姫美に立ち直ってもらい家に帰ってもらおうと思いふける。


 彩女と姫美の付き合いは半年程、確かに初めて姫美と出会った時は姫美のはにかんだ笑顔と茜を重ねてしまった。が、それ以降は重ねる事無く、後輩先輩として見て接する事が出来ていたと彩女は自負している。


 それが崩れたのが二日前。

 姫美にとっては苦い経験。彩女にとっては何処まで深入りすれば良いか悩む事態。


 彩女は過去自分の所為で、大学時代交際していた相手を傷つけてしまい、その子の心に翳を作ってしまった。それ以降、深く他者に踏み込むのを避ける節があった。

 相手の心に踏み込んで、その相手に淡い想いを抱かせ、自分の所為で傷つける。そう思うだけで罪悪感で胸が痛くなり足踏みしてしまう程に。


 もし姫美がそうなってしまったら。という想像が姫美個人に深入りしようとする欲求を抑え込む。

 彩女とて分かっている。

 多くの女性は友人と言う壁を越え同性に恋愛感情を抱く事は無いと。ただ過去の経験がそれを一蹴できない所為で二の足を踏んでしまう。

 

「はぁ。我ながら対人経験が薄すぎて笑える。人とどうかかわれば良いか分からないとか……」


 思わず吐いた愚痴は誰に届くわけでもなく空気に溶ける。

 社会人として人と接する事には問題ないが、神崎 彩女として誰かと接すると自分がこんなに憶病で無知なのかと自虐の笑みすら零れる。  


「どうしたら良いのかなぁ……茜」


 彩女はふと呟いてしまった言葉を自覚し慌てて被りを振る。


「ダメだ、酔ってるから変なこと考えるんだ。寝よ寝よ」


 彩女はそう呟きながら立ち上がり、寝室に足を踏み込む。

 そして自分のベットに先客がいるのを思い出し呆れの視線とため息を零す。


「……ソファで良いか」


 彩女は踵を返し寝室を後にする。

 静かな寝室に小さな寝息が響きながら小さく呟かれる。


「意気地なし」



◇◇◇◇



「―い、―んぱい!」


 微睡みの中で声が聞こえるが、それに反応する気力は彩女には無い。鬱陶し気に眉を顰め耳を塞ぐ。


「先輩!起きてください!遅刻しますよ!」

「あえっ!?」


 しかし遅刻と言う言葉が甲高い悲鳴に混じって聞こえた瞬間覚醒する。


「やっと起きた!ヤバいっすよ先輩。もう八時過ぎですよ!」

「は!え?はぁ!?」


 慌ただし気に支度を整える姫美の姿を目にし、腕時計に視線を落とすと時刻は8時を回っており、普段家を出るギリギリの時間を指していた。

 それを見た瞬間、彩女は危機感と共に跳ね上がりドタバタと慌ただしく駆け出す。


 洗面台で顔を洗い、水で髪を撫でつけ手櫛を通しながら脱衣所を飛び出す。


「はい着替え!」

「ありがと!」

「バック!」

「ありがと!」

「ゴミは!?」

「明日!」


 姫美のサポートのお陰で、遅刻せずに済んだ彩女は会社についてひと段落ついた後、複雑な心境で仕事を始めた。

 



◇◇◇◇



「神崎ちゃん、ちょっと良いかな」


 彩女が姫美と共に外回りから帰って来た後、恵比寿部長に呼び止められる。

 彩女は何かやってしまったのかと戦々恐々としながら、姫美と別れ恵比寿部長に誘われるまま、足を運ぶ。


「ごめんね、ちょっと人事の事で話があるからそっちでね」

「あっはい」


 彩女はその言葉でやらかした訳では無いと緊張はほぐれたが、今度は違う意味で背筋が伸びた。


(昇進?主任コース?いやでも、今は高城さんの教育係がまだ残ってるしちょっと早いか?だとしたら異動!?いやいやいや、自分で言うのもなんだけど私結構ここで実績作ってるわよ!?それにぶっちゃけここ結構ホワイトだし動きたくないな)


 彩女は緊張したまま、恵比寿部長は人事部長の個室にたどり着き、入室の許可を取り促されるまま中に入る。

 中では人事部長がデスクに座り鋭い眼光を飛ばし、彩女の記憶には朧気だが、営業部の部長職の男性が立っており彩女はもしや?と呼び出しの理由を予想した。


「わざわざ悪いね、来てもらって」

「いえ!滅相も無いです」


 人事部長が安心させようとその強面に笑顔を浮かべるが、強面故にそれが恐ろしく彩女は心の中で悲鳴を上げる。

 そんな彩女の内心が伝わったのか、そんな反応には慣れているのか特に何か思うところも無く表情を引き締める。


「緊張しなくてもいいよ、別に悪い話じゃないから」

「え?はい」


 恵比寿部長に言われて彩女の緊張は少し和らぐ。

 それを見て人事部長は悲しい気持ちになったが、仕方ないと思い要件を伝える為に佇まいを直す。


「まずは掛けてくれ」

「はい」


 言われた通りに手前の椅子に座る。

 彩女の前に三人の男性が立っており、恵比寿部長は笑顔を浮かべているが他の二人からの視線に彩女は冷や汗をかき、落ち着いた筈の緊張がぶり返し最早胃が痛い様な気すらしていた。


「あまり時間が無いから自己紹介等は省かせてもらう。単刀直入に言うが、君に営業一課への異動の打診が来ている」


 それを言われた瞬間、自分の予想が的中したのと花形と呼ばれている営業一課への異動に内心ガッツポーズするが、ちらりと姫美の顔が浮かびわずかに心に翳が出来る。


「君の様な優秀な人材を企画部で燻ぶらせるのは勿体ないと思い、優秀な君を是非うちに、と思って声掛けさせてもらったんだ。勿論恵比寿君にも話を通してある」


 営業部長の男性が笑顔を浮かべながら横目で恵比寿部長に視線を向け、恵比寿部長は少し苦めに笑顔を崩す。

 お世話になった人と愛着ある部署をバカにされた様な気がして、彩女は少し眉を顰めるがそれを営業部長が見る前に笑みを浮かべ直すが、見られていたのか営業部長の口元が緩く歪められる。


「勿論、今すぐ答える必要も無い。ひと月以内に決めてくれればいい、個人的には盆までに決めてくれると助かるがね」


 それじゃ、良い返事を期待しているよ。と残し営業部長は退室する。


「聞いた通りだ。君にはひと月以内に営業一課に移動するかこのまま商品企画部一課に残るか決めてもらいたい」


 そう言われて、何故が暗雲とした気持ちに覆われる。


「はい」

「因みに、現状返事は決まっているかね?」

「……いえ、少し整理する時間を頂ければと」

「そうだな。すまない、時間の無い中での話だったから急いてしまった。じっくり考えてくれ」


 人事部長がそういうと話は終わったとばかりに恵比寿部長に視線を向け、彩女に仕草で退室を促す。

 

「失礼しました」


 席を立ち彩女と恵比寿部長は退室し、歩き出す。


「急でごめんね、ほんとはもっとゆっくり話したかったんだけどなかなか時間が取れなくて」

「いえ、忙しいのは分かってるので大丈夫です。ただ……」

「ただ?」


 彩女はそこでなんと言っていいのか慎重に言葉を選んだ。


「嬉しい話なんですけど、なんと言うか……良く分からなくて」

「どこら辺が?」


 歩きながら彩女はゆっくりと頭の中を整理する。

 

「私の実績を褒めて貰えたのは嬉しかったです。でも、恵比寿部長とうちの部をバカにされた様な気がしてもやっとしましたし、それに……新人教育も残ってますから」


 ゆっくりと言葉にして整理する。

 たった三年だが彩女の所属する企画部で、先輩からの教えやノウハウを自分なりに落とし込み、良い企画を考え上司に伺い立てて先方と密な話し合いを行い現場と足並みをそろえる。

 彩女の努力もあるが、それ以上に上司や同期達の手助けもあってここまでやってこれた為、彩女にとって商品企画部は思い入れのある部署になっている。


 それをバカにされたと思う憤りや不満と姫美の事を考え、喜びと良く分からない胃に重く残る様な物がないまぜになり良く分からなくなっていた。

 それを聞いた恵比寿部長は、若く優秀だが、人と深く関わろうとしない部下が自分の部署に愛着を持ってくれた事、そして姫美の教育係についてから変わり始めている事を嬉しく思いながら悩める若人に上司として大人として道を示す。


「神崎ちゃんがうちに愛着持ってくれていて嬉しいよ」

「はぁ」

「これを機に一回皆とよく話してみたら良いんじゃないかな、特に高城さんと」

「……はい」


 そこで丁度オフィスに辿り着き話が終わる。

 彩女はどうやって姫美に話を切り出そうかと考えつつデスクに向かう。


「あ、先輩。なんの話でした?リストラ?」

「あ……そうかもね」


 にやにやと笑いながら冗談づく姫美の顔を見て、上手く笑顔を浮かべられない彩女は顔を背けつつ椅子に着く。

 そんな反応に姫美は訝しみ首を傾げるが、姫美を呼ぶ声を聞いたためその場を離れる。

 その背を横目に見た彩女は深いため息を吐く。


「色々重なりすぎだよ」


 彩女は考えなくてはいけない事の多さにパンクしそうになり頭を抱えた。

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