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04. 採取家のナギ - 4

 


     [4]



「やっと森を抜けた……!」


 無限に続くかとも思われた樹木と林冠ばかりの世界が唐突に終わりを迎え、ようやくナギの目の前に綺麗な青空と草原が開けた。

 エコーから指示されて歩いてきた方向の正面側、草原の1kmほど先には、魔物対策と思われる背の高い木製の柵に囲まれて、幾つもの建物が並んでいる集落が見える。

 あれが『ランデン』の村なのだろう。


 最初に森の中で林冠越しに見上げた時には中天に近い位置にあった太陽が、今は結構な角度にまで傾いてしまっている。

 体内時計に自信を持つナギには何となく判るのだが、森林の中を歩いていた時間は、正味で6時間といった所だろう。

 エコーから村落まで残り『14km』と教わった後に歩いたのが、その内の5時間分だと考えるなら。およそ時速3km弱のペースで歩いてきたことになるだろうか。

 森の中という悪路であったことと、採取をしながら移動したことを考慮しても、想定した以上に移動に時間が掛かってしまっている。


《ナギ様の平均移動速度は、およそ『時速2.91km』でした》


 推測を裏付けるかのように、即座にエコーがそう教えてくれた。

 どうやら身体が少年のものへと変化し、背丈が縮んだ分だけ歩幅も短くなったことの影響が、歩行速度の低下という形で顕著に現れているようだ。


(ああ、違うか……。僕は少年じゃなくて、少女(・・)になったんだっけ……)


 真面目に向き合えば向き合うほど心にダメージを負う気がするので、この辺のことはあまり深く考えない方が精神衛生上良さそうな気もする。

 幸いと言うべきか、胸部にしても臀部にしてもナギの身体はどこか中性的で、あまり女性らしい形状をしていない。

 服を脱ぎでもしない限り、自分が女の身体になっていることは、あまり意識せずに済みそうだ。


(にしても、6時間近くも歩いていた割に、身体が全然疲れていないな)


 休憩も取らずに歩きつめていたというのに、ナギの呼吸は全く乱れてはおらず、やろうと思えば更にもう数時間は平気で歩けそうに思える。

 どうやらこの世界で得たナギの身体は、随分と丈夫であるらしい。


(村に住んでる人達と、言葉が通じないということは無いのですよね?)


 ナギが話せるのは日本語だけで、後はせいぜい片言の英語ぐらいだ。

 日本語にせよ英語にせよ、おそらく異世界(ここ)では何の役にも立ちはしない。


《はい。ナギ様が話す言葉は相手が得意とする言語に翻訳され、相手が話す言葉は『日本語』に翻訳されます。その為の補助を私が適宜行いますので大丈夫です》


(助かります。よろしくお願いしますね、エコー)


 草原を真っ直ぐに突っ切って、集落のほうへと向かう。

 一見した印象だと、ランデンはあまり規模が大きい集落では無いようだ。

 柵で囲っている面積自体は、小さめの大学ぐらいの広さがありそうに見えるけれど。どうやらランデンは農業を主体としている集落であるらしく、囲っている敷地の大半を農耕地として利用しているようで、建物はまばらにしか存在していない。

 家屋数は集落全体で50軒未満といった所だろうか。

 1世帯あたりの人数を4人程度で見積もるとするなら、この村落の人口は200人にも満たない計算になる。


 集落に向かって歩いている途中で、猪に似た姿の動物と擦れ違ったけれど、もちろんナギが襲われるようなことは無い。

 魔物だけでなく、動物からも『絶対に攻撃されない』というのは本当に有難い。


(なんだか、やけに見られているな……)


 特に門番として立っている人も居なかったので、誰に咎められることもなく正面入口から堂々と柵の内側に侵入したナギだったが。集落内を歩いていると、自分が村の住人らしき人達から妙に視線を集めてしまっていることにナギは気付かされる。

 人口が200人にも満たないだろう小さな村落では、やはり余所者(よそもの)の存在がそれだけで目立ってしまうということだろうか。


《……ナギ様の格好が目立っているだけだと思いますが》


 そんなことを考えていると、少し呆れたような声でエコーがそう教えてくれた。


 ナギの格好は日本から転移してきたそのままの『学生服姿』だ。

 男物の制服(メンズブレザー)なのだが、何故か服の大きさは今の身体に合うように調整(リサイズ)されているらしく、着心地は悪くない。

 特に悪目立ちする程の装いでも無いように、ナギには思えるが……。

 ファンタジー色の強いこの世界では、この格好でも奇異に映ってしまうのだろうか。なるべく早めに代わりの服を購入する方が良さそうだ。


「―――すみませーん! ちょっとお訊ねしてもよろしいですか?」


 どうせ悪目立ちしているのなら、むしろこちら側から積極的に関わってみよう。

 そう考えたナギは、井戸で水を汲んでいた壮年の女性に自分から話しかけてみる。

 女性はナギの姿格好を見て少しだけ驚いた表情をしてみせたものの、話しかけられること自体は不快ではないらしく、ナギとの会話にすぐに応じてくれた。

 会話の中で名前を訊ねてみたところ、この女性の名前はロウネというらしい。

 彼女の水汲み作業を手伝いながら、ナギは村内の情報を色々と教えて貰った。


 ロウネの話によると、このランデンの村に店と呼べるものは『宿屋』と『雑貨屋』の二つだけしか無いらしい。

 また、宿屋は食堂と酒場を兼ねた施設になっており、同時に『掃討者ギルド』という施設の支部も兼ねる形で運営されているそうだ。


「生憎と手持ちのお金が無くて……。森の中で薬草などを採取してきたのですが、雑貨屋に持ち込めば買い取って貰えるでしょうか?」

「買取は大丈夫だと思うよ。食材や薬草は宿屋に素材収集依頼がいつも貼り出されている筈だから、雑貨屋でなくそっちに持ち込んでもいいかもしれないね」


 ナギの問いかけに、ロウネは親切にそう教えてくれた。


「なるほど……。色々と教えて下さってありがとうございます、これは話に付き合って頂いたお礼ということで」

「あらまあ。水汲みを手伝って貰っただけでも嬉しいのに、ありがとうねえ」


 道中で採ったものなので、喜んで貰えるかはあまり自信が無かったのだが。ナギがお礼代わりにトモロベリーを2個手渡すと、意外なほどロウネは喜んでくれた。 


 森の中には魔物が多く棲息しているため、村に住む人達は滅多に森へ出掛けたりしないらしい。村内の畑から採れるもの以外の食料は、ここでは貴重なのだそうだ。

 なのでトモロベリーのように、森に入れば簡単に採れる果物ひとつでも、ランデンの住人に対しては充分に嬉しい贈り物になるらしい。

 確かにナギも、森の中を歩いている最中にはゴブリンの小集団と遭遇する機会が何度となくあった。それを考えると森の中とは本来、かなり危険な場所なのだろう。

 とはいえスキルのお陰で、ナギは一度として魔物に襲われてなどいないのだが。


「何も無い村だけれど、ゆっくりしていってね」


 親切なロウネに手を振って別れたあと、とりあえずナギは現在位置から近い雑貨屋のほうへ向かう。

 少し歩くと、すぐにロウネから教わった青い屋根の建物が見えてきた。

 ぱっと見た印象だと、雑貨屋の外観は店舗と言うより、普通の民家のようにしか見えない。事前にロウネから屋根が青い建物が雑貨屋なのだと教わっていなければ、たぶん見過ごしていたことだろう。


「ごめんくださーい」


 店の入口を開けると、ドアベルがカランカランと小気味の良い音を奏でた。


「はいよ、いらっしゃい旅の人。何かな?」


 店の奥から応対に出て来たのは、小さめの丸眼鏡を掛けた六十代ぐらいの男性。

 笑顔でも穏やかでもなく、かといって怒気を湛えているわけでもない。なんとも表情の読めない、無愛想で細目で、そして顎髭(あごひげ)が立派な老爺(ろうや)だった。


「買取をお願いしたいのですが。これ、幾らで買って頂けますか?」


 ナギがひとつの素材を〈収納ボックス〉から取り出して見せると、老爺は全く表情を変化させないまま、淡々とそれに応えた。


「ほう、カムンハーブじゃな。1つ20gitaでなら引き取ってやろう」

「……えっ?」


 カムンハーブは、ナギがこのランデンまで歩いてきた道中で、トモロベリーと同様に見かける度に採取してきた薬草だ。

 薬研(やげん)や乳鉢で擂り潰すだけで手軽に生薬として利用できる薬草で、擦過傷や軽い火傷のような、小さな怪我によく効くらしい。

 生薬として利用可能な薬草は村落で需要が高いとエコーが助言してくれていたこともあり、買取価格にもそれなりに期待していたのだが―――。


「1つ20gita……ですか?」

「ああ、そうだ。幾つ持ってきたのかね?」

「………」


 やはり買取単価が『20gita』というのは、聞き間違いではないらしい。




+--------------------------------------------------------------------------------+

 □カムンハーブ/品質[72]


   【カテゴリ】:薬草

   【流通相場】:65 gita

   【品質劣化】:-0.6/日


   裂傷や出血、かぶれや火傷によく効く薬草で、()り潰して患部に用いる。

   常温でもそれなりに日持ちするので家庭の常備薬として好まれる。

   森の多くの場所に生えており、魔物対策さえできるなら採取は容易。


+--------------------------------------------------------------------------------+




 〈鑑定〉スキルの情報によれば、カムンハーブの相場は『65gita』。

 にも拘わらず、雑貨屋の主人が提示した金額は『20gita』。


「失礼、売るのは辞めにします。本当は服も欲しかったのですが、今は手持ちの路銀がありませんので……これで失礼しますね」

「ま、待て! ならば色を付けて22gita出そう!」

「お邪魔しましたー」


 引き留めようとする老爺の声を無視して、ナギは雑貨屋の扉を閉め、ロウネから教わった宿屋のほうへと向かう。

 せめて50gitaぐらいを提示してくれれば、そこから価格を交渉しつつ譲歩しようという気にもなるのだが。幾ら何でも65gitaの価値がある素材に対して、20gitaを提示してくるというのは酷すぎる。

 薬草を買い取って貰えなかったのは残念だが、他の食材類を宿屋で買って貰えれば、一晩の宿を取れるぐらいの額にはなるだろうか。


(あれって不当な買い叩きだよね? それとも他に何か事情があったのかな?)


 ナギが思念でそう問いかけると、エコーは溜息をひとつ吐いてみせた。


《……あれは完全に足下を見られておりましたね。ナギ様が買取を拒否されたのは正解でしょう》


(あ、やっぱりそうでしたか?)


《カムンハーブは森の中ならどこででも採れますし、外見も特徴的で判りやすいので、森で魔物を狩る掃討者達がついでに採ることがよくあります。

 ですが、そういった人達は薬草について大して詳しいわけでもありませんから、ああいう風に店主から『20gita』だとはっきり言われれば、それが今の買取相場だと信じて売ってしまうこともあると思われます》


(な、なるほど……)


 言われてみれば確かに、ナギも〈鑑定〉スキルで相場を知ることができなければ、店主から言われた額を鵜呑みにして売っていたことだろう。

 服を買うために、後でもう一度雑貨屋を訪れるつもりでいたけれど……。無知につけこもうと試みてくる店とは、あまり関わり合いにならないほうが良さそうだ。


 幸いカムンハーブは食材と違って結構日持ちするので、別に今すぐ売る必要も無い。

 今後どこか別の集落を訪れた際にでも、薬草類は纏めて売り払うとしよう。





 

お読み下さりありがとうございました。


[memo]------------------------------------------------------

 ナギ - Lv.2


  〈採取生活〉1、〈素材感知/植物〉1、〈収納ボックス〉1、

  〈鑑定〉1、〈非戦〉1、〈繁茂〉1

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