03. 採取家のナギ - 3
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「おお……!」
目の前に広がる美しい光景に、思わず凪は感嘆の息を漏らした。
意志を籠めて〈素材感知/植物〉のスキルを有効にすると、凪の周囲360度を取り囲む森の景色の様々な箇所がぼんやりと淡い光を纏い、なんとも幻想的な光景に早変わりしたからだ。
この場所が『素材の宝庫』であることが、視覚的に理解できる。
樹木も、草花も。森を構成する植物の殆どが、穏やかな光を放っていた。
それは即ち、淡い光を纏っているそれらの植物の全てが、何らかの価値を持った『植物素材』であることを意味している。
「さ、流石にこのままだと、ちょっと眩しい……」
森の中に無価値なものなど存在しないとでも言わんばかりに、視界に映るどれもこれもが光を帯びていては。却ってどれを採取すべきのか、凪にはよく判らない。
《現在は『アースガルド』に於ける流通相場が『10gita』よりも高額の素材が光を帯びております。感知対象の閾値はナギ様が自由に設定可能です》
どうやら『gita』というのが、この世界での主な通貨単位らしい。
「なるほど。では倍の『20gita』以上の素材だけを光らせてみましょう」
意志を定めて、凪は感知対象を『20gita以上の価値を持つ素材』に限定してみるが。なおも森の大部分は光に包まれたままで、あまり変化が見られなかった。
すぐに凪は閾値を更に上げて『50gita』に再設定してみるものの、それでも視界に溢れる光には、多少は弱まったかという程度の変化しか見られない。
更に倍の『100gita』にまで閾値を上げると流石に光は弱まったが、今度はどの樹木も幹だけは必ず光っているのが妙に目についた。
《樹木の幹は、即ち『木材』としての価値が判断材料になります》
(どの樹木も、木材の価値は100gitaより高いというわけですか)
《はい。木材は伐採するだけでも大変な作業ですし、重く嵩張る素材ですから運搬にも苦労します。どのような樹木でも、高木の木材であれば価値が『100gita』を下回るようなことはないでしょう》
(そういうことですか……。感知対象から『木材』を外すことはできますか?)
《もちろん可能です。感知対象をどのように選別するかは、ナギ様の意志により自由に設定することができます》
エコーの回答を受けて、ナギが意志を定めて『木材』を対象から除外すると。ようやく森の中は、所々に光を帯びた素材が点々とする程度の空間へと変わった。
眩しさに慣れて、すっかり視覚が明順応してしまったせいで、両眼の感覚が元に戻るまでに少し時間が掛かりそうだ。
(お金は欲しいし……。少し素材を採取しておくべきかな?)
凪が左手に持っている学生鞄には財布が入っており、そこには今月分の生活費が丸々残っている筈だが。とはいえ、この世界で日本のお金が役立つとも思えない。
いま向かっている『ランデン』という村落へ着くまでに素材を幾らか採取しておき、到着後に換金して、この世界で使えるお金を手に入れたいところだ。
(何か『ランデン』で換金するのに良さそうな素材はありますか?)
凪がそう問いかけると、エコーは《私の推測で宜しければ》と前置きした上で、ひとつの回答を述べてくれた。
《村落の多くは医者が滞在していませんので、薬の類は不足していることが多く、一定の需要があると思われます。製薬加工を必要とせず、そのままでも生薬として利用可能な薬草類は歓迎されることでしょう。
それと買取価格自体はあまり高くないと思いますが、果物や野草などの食料品にも、安定した需要が見込めると思われます》
(なるほど……。ありがとうございます、エコー)
早速〈素材感知/植物〉の感知対象を『生薬として利用可能な薬草』と『食料』のみに再設定する。
代わりに素材価値が『100gita』以上という閾値は解除した。
先程は何もかもが光っていたせいでよく判らなかったが、どうやら〈素材感知/植物〉のスキルに素材が反応する有効距離は、おおよそ凪の周囲半径5メートル程度であるらしい。
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〈素材感知/植物〉Rank.1 - 採取家スキル
周囲5メートル以内にある植物系の素材アイテムを感知できる。
スキルランクが上がると感知範囲が拡大される。
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そういえば先程見たスキルの説明文には、確かにそう書いてあった。
条件に適合する植物素材が凪から『半径5メートル』以内の範囲に入れば光を帯び、逆に範囲から外れれば即座に光は収まるようだ。
また『半径5メートル』の範囲内に有りさえすれば、たとえ目を瞑っていたとしても凪にはそこに素材があることが感覚的に察知できた。
例えば、今ちょうど凪の足元から更に1メートルほど下側。つまり地面の中に、何らかの『食料』が埋まっていることが、凪にははっきりと感知できている。
地中にある食べ物といえば……おそらく芋などの類だろうか。
是非とも確保したい所だけれど。とはいえ地面を掘る道具を全く持たない現状では、感知できたからといって正直どうしようもない。まさか手作業で地面を1メートル近く掘るわけにもいかないだろう。
とりあえず『地面の中』に埋まっている素材も、今は感知対象から外したほうが良さそうだ。
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-> ナギは『トモロベリー』を『1個』採取。
-> ナギの〈素材感知/植物〉スキルが『トモロベリー』を登録。
-> ナギは経験値『1』を獲得。
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試しに近くの樹木に巻き付く形で育っている、蔓性植物に生っていた果実を摘み取ってみると。即座に凪の視界内にウィンドウがポップアップした。
ゲームの行動記録を思わせる……というか、それを模しているとしか思えない表示形式なのが少し気になったが。おそらくはこれもナギが判りやすいように、エコーがゲームを模した形式で情報を投影してくれているからなのだろう。
どうやら、いま凪が摘み取った果実は『トモロベリー』という名前らしい。
一度でも採取したことのある素材は〈素材感知/植物〉スキルに登録されるらしく、それ以降はナギの感知範囲に入った時点で、見なくともそこに『トモロベリー』があることが判るようになった。
〈採取生活〉のスキルがあるお陰で、こうして果実を採取するだけでも少量の経験値を得ることができる。
凪が次のレベルに成長するために必要な経験値は『200点』だった筈なので、採取を行うだけで『1点』ずつ貯まるというのは、意外に馬鹿にできない。
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□トモロベリー/品質[70]
【カテゴリ】:食材
【流通相場】:35 gita
【品質劣化】:-10/日
薄い橙色をした漿果。
森のやや深い場所に育つ、つる性の植物が生らす果実。
微かに酸味も持つが非常に甘く、嗜好品として喜ばれる。
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摘み取ったばかりのトモロベリーを見つめながら〈鑑定〉スキルを使用してみると、即座に凪の視界に素材アイテムの詳細を記述したウィンドウが表示された。
現在の品質値は『70』。そしてトモロベリーの品質値は毎日『-10』ずつ劣化していくようなので、一週間後には『0』になることになる。
《品質が自然劣化により『0』以下になった食材は『腐った』ものとして扱われ、価値を失います。当然食用にも適さなくなりますので、口に入れたり、料理素材に用いる際には素材の品質値に充分ご注意下さい》
(品質値が『1』でも残っているうちは、食べても問題無いわけですか?)
《カテゴリが『食材』であれば、そのように考えて頂いて大丈夫です》
つまり品質値が『70』のこのトモロベリーは、六日後までは日持ちすることになる。
とはいえ、品質が落ちればそれだけ味は落ち、アイテムとしての価値も目減りしていくことだろう。
『ランデン』の村に着き次第、なるべく早めに換金してしまいたい所だ。
凪は意識して〈収納ボックス〉のスキルを行使し、果実を収納する。
ついでに左手にずっと提げていた学生鞄も〈収納ボックス〉の中へ放り込んだ。
それから30分ほど、村に向かって歩きながら凪は採取を継続した。
〈収納ボックス〉が一杯になり、それ以上アイテムが収納できなくなったら採取を止めようと思っていたのだけれど……不思議と〈収納ボックス〉は一向に満杯になる気配が無い。
《現在のスキルランクですと、収納ボックスには最大で『10』種類までのアイテムを収納することができます。その際、同種のアイテムは収納個数を問わず『1種類』としてカウントされます》
つまり〈収納ボックス〉がなかなか一杯にならないのは、凪が同じ植物ばかりを採っているのが原因らしい。
それからも暫く採取を続けながらのんびり歩いていると。突然、凪の身体が一瞬だけ眩く輝き、同時に視界内にひとつのウィンドウがポップアップした。
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◆レベルが『2』にアップしました!◆
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ナギ/古代吸血種
〈採取家〉- Lv.1 → 2 (EXP: 0 / 800)
生命力: 405→445
魔力: 900→990
[筋力] 105→115 [強靱] 150→165 [敏捷] 135→148
[知恵] 480→528 [魅力] 420→462 [加護] 0
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新規修得スキル:〈繁茂〉Rank.1 - 採取家スキル
生きている植物から直接素材アイテムを採取する際に
魔力を1点消費して植物に栄養と体力を与え、その成長を助ける。
スキルランクが上がると効果が向上するが、魔力消費量も大きくなる。
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相変わらずエコーの配慮なのか、ゲーム感が満載のレベルアップ通知が表示されて、思わず凪は苦笑してしまう。
〈採取生活〉のスキルがあるお陰で、凪は採取を行うだけでも経験値を1点ずつ堅実に得ることができる。どうやら早くも採取した回数が200回に達して、レベルがひとつ成長したようだ。
これがMMPO-RPGのようなゲームなら、魔物と戦って経験を積み、レベルアップを目指すのが普通なのだろうが。黙々と採取しているだけで成長できるというのは、なんとも楽で良いなと凪は思う。
(それに、僕の性格的にも合っていますしね)
何かに黙々と没頭するというのは、元々嫌いではない。
運動はあまり好きではないけれど、のんびり歩きながら植物素材を拾う程度の作業であれば、大して負担もなく凪にも打ち込むことができそうだ。
(この〈繁茂〉というスキルは、一体なんの役に立つのですか?)
レベルアップで新しく修得したスキルは、いまいち説明文を読んでみても要領を得なくて。凪が疑問を頭の中で伝えると、エコーは淀みなく回答してくれた。
《採取は植物の一部分をもぎ取る行為なので、少なからず植物自体にダメージを与えてしまいます。採取行為によって傷ついた植物が、その箇所から腐食したり病気になったりして枯死することも珍しくありません。
〈繁茂〉のスキルがあれば、ナギ様は採取時に微量の魔力を消費する代わりに、植物へ栄養と体力を与えることができます。これにより採取時に植物へ与えられるダメージは即座に癒され、枯死を防ぐことはもちろん、一時的に成長速度が大幅に高められますので、それほど日を置かずに同じ植物から再度の採取を行うことさえ可能となるでしょう》
(なるほど……)
詳細を聞いてみれば、それがいかに便利なスキルなのか理解できる。
ちなみに〈繁茂〉スキルは発動時に、凪の魔力を『1点』だけ消費するようだ。
戦闘をするつもりが全く無いこともあり、レベルアップにより能力値が成長しても、正直あまり凪はメリットを感じていなかったが。こうしてレベルアップにより新しいスキルを覚えられるのであれば、やはり積極的に採取を行い、経験値を稼いでおくべきなのだろう。
(そういえば、エコー。ステータス画面で僕の名前が本名の『玖島凪』ではなく、カタカナ表記の『ナギ』になっているのですが。これは何故なのでしょう?)
《この世界―――『アースガルド』では名前の『発音』にのみ意味があり、字面は意味を持ちません。また姓は貴族や富豪のように、社会的に一定の地位を有しており、自前の家門を設立した者だけが持つものです。
よってナギ様のお名前は、この世界では単に『ナギ』とだけ名乗られるほうが面倒が無くてよろしいと思います》
(ああ、なるほど……。そういうことですか)
名字も名前も、その漢字を含めて結構気に入っていたのだけれど。この世界では意味が無いというのであれば、仕方が無い。
親から継いだ名字は心の中で想うだけに留めて。今後この世界では『ナギ』として心機一転、生まれ変わったつもりで生きる方が良さそうだ。
お読み下さりありがとうございました。
[memo]------------------------------------------------------
ナギ - Lv.1→2
〈採取生活〉1、〈素材感知/植物〉1、〈収納ボックス〉1、
〈鑑定〉1、〈非戦〉1、〈繁茂〉0→1
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