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02. 採取家のナギ - 2

 


     [2]



(エコー。この方向へ進んだ先に村があるのですね?)


《はい、およそ14キロメートル先に『ランデン』という集落があります》


 森の中を歩きながら、凪はエコーと対話することで知識を得る。

 もう1時間程はこうして歩いているだろうか。思念による会話にも少しずつ慣れ始めて、凪は頭の中で別のことを考えながらも、同時にエコーとの対話を楽しめるようになっていた。


(14キロかあ……。遠いという程の距離でもないけれど、徒歩の移動だと結構時間が掛かってしまいそうだ)


 エコーの言葉を受けて、凪は静かに溜息をひとつ吐く。

 単純計算でも、時速4kmで歩いて3時間半は掛かることになる。

 しかも地中から隆起している木の根が多くて、油断すると足を引っかけて転びそうになる森の中は、なかなか歩きにくい。実際には時速4kmのペースを維持して歩くことも簡単では無いだろうし、体力的にも辛い道中となりそうだ。

 それに―――足場が悪いこととは別に、なんだか奇妙な歩きづらさのようなものを、凪は意識せずにはいられなかった。

 普段の歩行の感覚と、いま実際に身体を動かしている歩行の感覚との間に、小さくないズレ(、、)があるような……。そんな気がしてならないのだ。


《ナギ様の身体は『アースガルド』へ転移した際に、全く別個の身体へと入れ替わっております。日本で暮らしていた頃と同じ感覚で身体を動かされますと、体感面で齟齬が生じるのも無理ないかもしれません》


(……えっ。そうなのですか?)


 自分の身体が別物に入れ替わっている―――だなんて。

 容易には信じ難い事実である筈なのに。けれども、言われてみれば……ある種の納得感もまた、凪の心には湧いてくる。

 というのも、どうにも凪には自分の視線の高さが、以前よりも少しだけ低くなっているように思えてならなかったからだ。


《神界の保管庫に長らく放置―――もとい、安置されていた肉体が、こちらの世界でナギ様がお使いになる依代(よりしろ)として宛がわれました。『古代吸血種(アンシェ・カルミラ)』という種族の『1662歳』に相当する『女性』の身体になります》


(………………え?)


 エコーの言葉に、凪は思わず言葉を失う。


《現在のナギ様の身長は『141.8cm』まで下がっておりますので、視線の高さが低くなったように感じるのも当然かと思われます》


(―――ちょっと低くなったどころじゃない!?)


 凪はあまり身長が高い方ではなかったが、それでもギリギリ160cmぐらいはあった。なので今は20cm近くも減っていることになる。

 それだけ一気に身長が減れば、視線の高さが変わるのは勿論のこと、歩幅もまた随分と短くなっていることだろう。歩行に違和感を覚えるのも無理ない話だった。


(ええっと……。先程言っていた内容を、ひとつずつ確認させて欲しいのですが。エコー、その『古代吸血種(アンシェ・カルミラ)』というのは何ですか?)


《『古代吸血種(アンシェ・カルミラ)』とは、人族(アースリング)の一種である『吸血種(カルミラ)』の中でも、古代種(アンシェント)に該当する種のことを指します。不死の吸血鬼イモータル・バンパイアのようなものと考えて頂けますと、ナギ様にも判りやすいかと思われます》


 なるほど、さっぱり判らない。

 とりあえずは漫画や小説などによく登場する、『吸血鬼』の一種とでも思っていればいいのだろうか。


(えっと、じゃあ『1662歳』というのは一体……?)


《ナギ様の身体が神界で作られたのが1662年前ということです。作成されただけで長らく放置―――もとい、ずっと神界に安置されていただけの肉体ではありますが。年数を重ねている分だけ肉体も成長していると思われます。

 とはいえ『古代吸血種(アンシェ・カルミラ)』は成年を迎える200歳前後で身体の成長が完全に止まってしまう種族ですので、それ以降の1462年ぶんの加齢については、あまり考慮する意味がありませんが》


(な、なるほど……。ですが、既に成年を迎えているにしては、この身体は随分と小柄ではないですか?)


《『古代吸血種(アンシェ・カルミラ)』は不死種族(イモータル)の一種ですので、食事などを行わなくとも生きること自体は可能ですが、やはり『吸血種(カルミラ)』でもありますから、充分な成長を行うためには他者の血液を自らの身体の内に沢山取り込まなければなりません。

 しかしながらナギ様のその身体は作成されて以降、ずっと仮死(スリープ)状態のまま保管庫内にて安置されておりました。そのせいで成年までの間に一度として吸血行為を行っておりませんので、年齢の割に成長が乏しいのはそのせいだと思われます》


 エコーの言葉を受けて、凪は(なるほど)と得心する。

 『吸血鬼』なのに、生まれてから『吸血』行為を全く行わなかったのであれば、身体の成長が劣っているのも致し方無いことだろう。


(では最後に、もうひとつお訊ねしますが。その……この身体が『女性』の身体というのは、一体どういうことでしょう?)


《………? 言葉通りの意味ですが……?》


 さも当然のことのように、エコーはそう口にしてみせる。

 嫌な予感がして、慌てて凪は自分の胸元に手を宛がう。

 そこに女性らしい胸の膨らみが―――存在しないことを確かめて。ほっと凪は安堵の息を吐いた。


(よ、よかった。さすがに僕の身体が女性になってるだなんてことは―――)


 そう思いながらも、念のために自分の股間のほうにも手をやって。

 在るべきもの(・・・・・・)が無いことに気づき、思わず凪は凍り付いた。


《……男性にしか無い器官は、もちろんナギ様にはありませんよ?》


(あ、はい。よく判りました……)


 その場で地面に崩れ落ちながら、慰めかどうかも判らないエコーの言葉に力なく凪は応える。

 『orz』の姿勢になると、視界が垂れた自分の髪の毛で埋め尽くされた。

 色は以前と同じ黒髪だが、どうやら今の身体の髪は随分と長いらしい。

 それこそ、余裕で腰ぐらいまではありそうな長さの髪だった。……なぜこれに今まで気付かなかったのだろう。


《性別が変わるというのは、そんなにショックなことでしょうか?》


(そんなにショックなことですよ……)


 声色の通りエコーは女性であるのか、男心が判らないらしい。

 別に無いからといって、生活に支障を来す器官でも無いけれど。……とはいえ、あって当然のものが無くなっているというのは、結構精神的に来るものがあった。


 凪が落ち込んでいると。エコーは随分と慌てながらも《だ、大丈夫ですよ!》と強く訴えかけて、凪を元気づけようとしてくれた。


《この世界には性別を反転させる霊薬なども存在していますから、後から男性に生まれ変わることも可能だと思います。かなり希少な霊薬ですので、入手は決して簡単ではありませんが……不死種族(イモータル)であるナギ様の身体には寿命がありませんので、諦めなければいつか手に入れることも、きっと不可能ではありません!》


(……一刻も早く、見つけられるのを願うことにします)


 あまり長い期間この身体で暮らしていたら、トイレや風呂の度に受けるであろう精神ダメージだけで、遠からず立ち直れなくなりそうな気がする。

 とりあえずこの世界で生きていく上での第一の目標が、早くも定まった気がした。


《―――ナギ様》


 考え事に耽っていた凪は、唐突に緊迫感を孕んだ声色でエコーから名前を呼ばれて、

ハッと我に返って慌てて周囲を確認する。

 いつの間にか凪の右斜め前方、森の奥側から3体のゴブリンが姿を見せていた。


 それぞれのゴブリンが手に携えている武器は、片手剣、手斧、そして両手槍。

 表面に赤い錆がびっしりこびりついている様子から察するに、どの武器も碌に手入れがされていないようだが。錆で切れ味が鈍っていても、金属製というだけで人を(あや)めるのに充分であることは疑いようもない。


《武器を手に持たない限り、〈非戦〉のスキルを持つナギ様が魔物から攻撃されることは、絶対に(・・・)有り得ませんので大丈夫です》


 ナギを安心させるためなのか、一部を強調してエコーがそう口にする。

 現在のナギにとってエコーは唯一縋れる存在でもある。そのエコーが太鼓判を捺してくれるのだから、実際大丈夫なのだろう。


(もし襲われたら、勝ち目は無いんだろうな……)


 こちらを一瞥するだけで興味を失い、背を向けて離れていく3体のゴブリン達を見送りながら、凪はそんなことを思う。

 襲われないと判っているお陰で、意外なほどに恐怖は感じなかったが。武器を携えながら闊歩するゴブリン達の姿を冷静に観察できるお陰で、彼らと戦って勝利することがいかに無理ゲーであるかという事実もまた、否応なしに理解できる気がした。


 ちなみに〈非戦〉のスキルは魔物だけに限らず、あらゆる存在に対して有効らしい。

 例えば『動物』や『虫』などにもスキルの効果は適用されるらしく、もし森の中を歩いている最中に熊や猪のような危険な動物と遭遇したとしても、襲われる心配は全くないのだとエコーは説明してくれた。


《ちなみに何を『攻撃』として見なすかは、ナギ様の認識次第となります》


「僕の認識、ですか?」


《はい。例えば、そうですね……もし森の中を歩いている最中に『蛇』が脚に巻き付いてきたら、ナギ様はどのように思われますか?》


「う……。蛇はあまり好きではないので、それはちょっと嫌かもしれません」


《ナギ様が不快に思われるのでしたら、それは『攻撃』です。森の中に多数棲息している蛇達は、ナギ様の身体に触れること自体が絶対に不可能(・・・・・・)となるでしょう》


 さも当然のことのようにエコーがそう口にするものだから。

 この時点では―――特に何の疑問を抱くこともなく、ただ(そうなのかあ)とナギは納得してしまった。


「つまり、僕が一度でも『嫌だ』と思えばそれだけで、今後は蚊に刺される心配なども無くなるわけでしょうか?」


《はい。蚊に血を吸われることが『攻撃』として見なされますから、当然それは絶対に不可能な行為となります。―――もちろんその為には『左右の手に武器を持たない』という条件をナギ様が満たしていなければなりませんが》


「なるほど……」


 それは凄く便利で、嬉しいことのように思えた。

 ナギがいま居るこの異世界が、どの程度の文明レベルなのかはまだ知らないけれど。おそらくこの世界では虫除けのスプレーや蚊取り線香、痒み止めの塗り薬なども簡単には手に入らないだろう。

 駅近くのマツキヨで、欲しい薬が何でも簡単に手に入る現代日本とは違うのだ。

 スキルに恵まれている幸運に、ナギは心の中で誰にともなく感謝した。


(そういえば……僕は〈非戦〉以外にも何かスキルを持っていたりしますか?)


《はい。ナギ様は現在5つのスキルを修得されています》


 質問を頭の中で意識すると、すぐにエコーから回答が返され、同時に凪の視界に5つのウィンドウが浮かび上がってきた。




+--------------------------------------------------------------------------------+

 〈採取生活〉Rank.1 - 採取家スキル


   素材アイテムを1個採取すると経験値を1点獲得できる。

   スキルランクが上がるとより多くの経験値を獲得できる。


-

 〈素材感知/植物〉Rank.1 - 採取家スキル


   周囲5メートル以内にある植物系の素材アイテムを感知できる。

   スキルランクが上がると感知範囲が拡大される。


-

 〈収納ボックス〉Rank.1 - 採取家スキル


   異空間にアイテムを10種類まで収納することができる。

   スキルランクが上がると収納枠が拡大される。


-

 〈鑑定〉Rank.1 - 採取家スキル


   万物の詳細な情報を()ることができる。

   スキルランクに応じて看破できる情報量が増えることがある。


-

 〈非戦〉Rank.1 - 採取家スキル


   左右の手に武器を持っていない場合、絶対に攻撃されない。


+--------------------------------------------------------------------------------+




 もしかしたら何か、魔物と戦う為のスキルも持っていたりするのでは―――と。実は内心でそんな期待を抱きながら、凪はエコーに自分の持つスキルを訊ねたのだが。

 どうやら戦闘の為に役に経ちそうなスキルを、凪は全く持っていないようだ。


(……ま、無いものは仕方ないよね)


 無ければ無いで諦めもつく。

 積極的に魔物と戦いたいと思うほど、凪は好戦的な性格をしていない。

 なので別に、どれもが明らかに戦闘に不向きそうなスキルばかりである事実も、これはこれで却って良いことかもしれない―――そんな風にさえ凪には思えた。


(この『Rank(ランク)』とは、いわゆる『スキルレベル』みたいなものですか?)


《はい、同様のものと考えて頂いて大丈夫です。スキルはどれも活用すればするほど、スキルランクが自然に成長していきます。自分が持るスキルを正しく把握し、積極的に活用して成長させていくことが肝要です》


(ふむふむ……。では僕は、感知スキルに引っかかる『植物系の素材』とやらを片っ端から拾って〈鑑定〉し、〈収納ボックス〉の中に放り込んでいくのが良さそうですね。

 ところで、僕は採取で『経験値』を獲得できるそうですが、もしかして経験値を貯めことで『レベルアップ』なんかもできたりするのでしょうか?)


《はい。それもナギ様の良く知る『ゲーム』と同様に考えて頂いて大丈夫です。

 一定量の経験値を蓄積するとレベルが上がり、ナギ様の能力値(ステータス)が成長します。また、スキルランクはナギ様の現在の『レベル』が上限となりますので、レベルを上げなければスキルの成長も頭打ちになってしまいます》


(な、なるほど……)


 本当にこの世界はゲームライクなんだな、と凪は改めて思う。

 スキルはどうやって使うのだろう? と凪が頭の中で疑問を浮かべると、すぐにエコーがそれにも回答してくれた。


《大抵のスキルは頭の中で『使おう』と意識することで利用可能です》


(意識する、ですか……。うん、やってみます)


 試しに凪は、自分の左手を見つめながら〈鑑定〉のスキルを意識してみる。




+--------------------------------------------------------------------------------+

 ナギ/古代吸血種(アンシェ・カルミラ)


   〈採取家(ピッカー)〉- Lv.1 (EXP: 0 / 200)


   生命力: 405 / 405

    魔力: 900 / 900


   [筋力] 105  [強靱] 150  [敏捷] 135

   [知恵] 480  [魅力] 420  [加護] 0


-

 修得スキル - 5種


  〈採取生活〉1、〈素材感知/植物〉1、〈収納ボックス〉1、

  〈鑑定〉1、〈非戦〉1


+--------------------------------------------------------------------------------+




 すると、すぐに凪の視界内に鑑定結果がウィンドウ表示された。

 現れたのはゲームで見慣れたステータス画面そのもので。ざっと眺めただけで凪には書かれている内容を容易に把握することができる。


 凪の現在のレベルは『1』。なので現在修得している5種類のスキルは、レベルを上げない限り『Rank.1』から成長することは期待できないようだ。

 EXPが『0/200』となっているのは、次のレベルに成長する為に『200点』の経験値が必要だけれど、現在貯まっている経験値はまだ『0点』だという意味だろう。

 表示されている6種類の能力値は、[知恵]と[魅力]が際立って高いようだ。それと、何故か[加護]の数値だけが『0』なのが非常に気になった。


(他の人も見てみないと、自分の能力値が高いのか低いのかよく判らないな)


 まだレベルが『1』なのに[加護]を除く全ての能力値が三桁というのは、なんとなく高そうな印象も受けるが。この世界の平均ラインがどの程度か知らない以上、自惚れるにはまだ早いだろう。


 そして、凪の職業(クラス)欄らしき場所には〈採取家(ピッカー)〉と記されている。

 そういえば先程視界に表示されていたスキルの一覧でも『採取家スキル』という文字列が記されていたように思う。

 名前から察するに、明らかに採取行為に特化された職業なのだろう。

 どうやら魔物と戦うスキルを一切持っていないのも、単に凪の職業自体が戦闘と無縁であるからのようだ。


(まあ、そういう生活も悪くないかな?)


 英雄願望を持たない凪は、別に魔物と戦って自分を鍛えたいとも思わない。

 子供の頃に憧れた祖父のように、山に入って山菜や茸などを集めるというのも、それはそれで異世界を楽しむには良い生き方ではないだろうか。





 

-

お読み下さりありがとうございました。


[memo]------------------------------------------------------

 ナギ - Lv.1


  〈採取生活〉1、〈素材感知/植物〉1、〈収納ボックス〉1、

  〈鑑定〉1、〈非戦〉1

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