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ぬくもり

作者: 高遠 真也

 今年もこの季節が来た。それは、体だけでなく心も凍らすような寒い季節であった。家に帰ったとしても誰もいない。なぜなら自分以外の家族は5年前に起こった交通事故により他界してしまったからだ。それ故、自分にとっては家とは孤独の象徴なのである。



 雑貨品が入った買い物袋をもって商店街を歩いていると、こんなに寒いのに家族連れが雲霞の如く押し寄せていた。その光景を見て自分とそれの温度差を痛感することとなった。子供は笑顔をはじけさせ、親はそれを見て微笑む。その何とも言えない朗らかな雰囲気に自分はただただ圧倒されることしかできなかった。その陽だまりのような場所に自分は近づくことさえできない。それはすぐ近くで、目に見えているのに。自分だけが遠く離れた異国にいるような気がした。



 商店街からすぐに逃げ出したかった。だけど足は地面に根を張ったかのように動くことを拒絶していた。ならば目を閉じて外界からの視覚的情報を遮断する。しかし、それをあざ笑うかの如く耳から嬉しそうな音が入ってきた。今度はそれを耳に入れないように両手を使ってふさいだ。すると音は徐々に消えていき、遂には耳に入らなくなってしまった。それに安堵して目を開けると不思議な光景がそこにはあった。自分の幼少時代の時の家族がそこにいたのである。それに感涙を流したのか両頬が霜のように少しばかり冷たかった。その家族は先ほど自分が見た家族と同じ雰囲気に包まれているのが目に見えて分かった。今度は、手に持った買い物袋を下に落としてそれに近づいてみる。だが、それは蜃気楼であるかのように触れるどころか遠ざかる一方であった。それでも風を切るように懸命に走ったが、とうとうその家族は白い地平線の向こう側に隠れてしまった。このことに落胆し俯く。そして顔をもいちど上げると先ほどの商店街のど真ん中にいたのだ。現状を確認するために辺りを見回した。そうか、一炊の夢、デイドリームとかなのか。露骨に肩を落としたが、足は動くようになったので、荷物を持ち帰路に着く。



 帰り道でしんしんと雪が降り始めた。今年もこの町は白銀に染まるのに自分の心がそのように染まらないのには一種の劣等感を覚えざるを得なかった。小走りで帰ろうとしたが、不意に視界に入ったのか公園によることにした。外気に晒されて冷たくなったベンチに座る。荷物を降ろして木の葉のように舞い降りる雪の結晶に触れてみる。それはゆっくりとだが体に浸透するように溶けていった。夕暮れが雪に反射し始めてきたので立ち去ろうとするが動物の鳴き声がしたので辺りを見回す。すると、足元に猫がいた。痩せ細った様子は見られないが、何となく自分と同じニオイがした。この猫も家族がいないのだろうか。そんな境遇を抱えているなら見過ごすわけにはいかない。自分の価値観の押しつけかもしれないが餌を与える。猫は喜んだのか猛禽類が餌を喰らうかの如くむさぼり始めた。体には出していなくてもやはりおなかはすいていたのであろう。猫はそんなことも知らずにお天道様を見上げる向日葵のように無邪気な笑顔を見せてきた。そのような笑顔に釣られてほんの少しだけ自分の表情が緩んだ。そしたらその場がぼんやりとだが温かくなった気がした。そして、右手で猫の額を撫でる衝動に不意に駆られた。それは、行動に移されることとなった。すると、自分もこの猫のように親に撫でられていた時期があると思うと瞳孔から雫が新雪に落ちた。それを察したのか今度は猫が自分の頭を、肉球を使って撫でた。この真っ白な世界で互いに温める行為は、自分の涙腺という堤防を完全に破壊するのに時間はそう必要としなかった。



 例え人同士の交流がなくても交流はどのような動物であろうとできるのだと思った。そして暖かさは人と動物であっても共有できると感じたのである。

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