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スコップ・スコッパー・スコッペスト with魔眼王  作者: 丁々発止
1章 スコッパーと魔眼王
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第8話 ドロドロとしたもの

 ダナルートら三人組は、採掘人達から次々と魔力鉱石を巻き上げていき、ついには継人つぐと達の前にまでやってきた。


「おら、一人石十個だ。さっさと出せ」


 そう言ったのは、三人組の中で一番背の小さな男だった。


「……ださない」


 答えたのは少女。

 本人は眉根を寄せて、精一杯に男達を睨みつけているつもりだったが、如何せんその可愛らしい顔には迫力が不足していた。


「……またお前かよ羊のガキ。いいかげんに分かれよ。これは正当な料金なんだ。俺達が苦労してモンスターを狩ってやってるから、お前らがのんびり石を掘れる。その代金だ。払うのは当然だろ?」


「うそ。きょうは冒険者がきてた。おまえらはなにもしてない」


 少女の返答に男は、チッ、と舌打ちする。

 そこに、


「いいから出せっつってんだよッ! ガタガタぬかすなクソガキがッ!」


 三人組の中で一番大柄な男――ダナルートが声を荒らげて割り込んだ。


「……う、うるさい。ださないっ」


 身長百九十センチに迫る大柄なダナルートに凄まれ、怯みながらも、少女は魔力鉱石を差し出すことを拒否する。

 そんな少女の態度に腹を立てたダナルートは、額に青筋を浮かべて、彼女の胸倉に腕を伸ばそうと、一歩近づこうとし、


 ――咄嗟に前に出しかけた足を止めた。


 刹那、ダナルートの顔の前を拳大の石が高速で横切っていった。

 それは足を止めたダナルートのすぐ目の前、鼻先数センチの場所だった。もし咄嗟に足を止めていなければ、彼の顔に石は直撃していただろう。

 その事実をダナルートが理解した瞬間、ガリッと、硬い何かが擦れる音がした。それはダナルートが奥歯を噛み締める音だった。彼の表情は完全に怒りに染まっていた。

 飛んできた石の軌跡を辿るように、鬼の形相を動かす。

 そして、その先にいたのは――


 継人だった。


「今のは、テメェか……?」


 ダナルートの怒りに震えた問いかけを聞きながら、継人も胸中で、自分自身に向けて全く同じ問いかけをしていた。


(……俺がやったのか? なんでだ?)


 分からない。気がついたら既に石を投げていた。

 別に少女を助けようと思ったわけではない。

 かといって他に何か明確な理由があったわけでもない。

 ただ、しいて言うなら――吐き気がしたのだ。


 相手は三人だ。しかも剣で武装している。どう考えても勝ち目は薄い。逆らえば、殺される可能性だってある。だったらさっさと石を差し出せばいい。たかが魔力鉱石十個。日本円に直したら千円そこそこの価値にすぎない。そんなはした金で危機を回避できるのだ。何を迷う必要がある――……


 そんな風に、次々と言い訳を並べ立ててビビっている自分自身に、継人は吐き気がしたのだ。

 だから拒否した。

 己の奥底に蠢く衝動に従い、そんな自分を許さなかった。


「俺に石を投げたのは、テメェかって聞いてんだよッ!」


「石が欲しかったんだろ? なんか文句でもあんのかよ」


 明らかな挑発。それ以外の受け取り方をするのが不可能な継人の返答に、ダナルートは怒りのままに襲いかかる――かと思われたがそうはならなかった。

 ダナルートは襲いかかるのを一瞬躊躇し、ギリギリのところで踏み止まっていた。

 荒事の中に身を置いて生きるダナルートら三人にとって、継人には見過ごせない、警戒すべき“ある特徴”があったからだ。


「ダナルートさんっ! そいつ――“タグ無し”だ……!」


 三人組の残る一人。長身ではあるが手足が細く、全体的にヒョロリとした印象の男が、ダナルートに警告するように声を飛ばした。

 継人のことを「タグ無し」と呼び、警戒するような視線を向けている。


「…………マジだ。ダナルート、もうほっとかねえか? レーゼハイマの奴隷だけでも手を出しにくいのに、そこにタグ無しなんて割に合わねえよ。たかが銀貨一、二枚の話でさぁ」


 はじめに声をかけてきた小男も同じく、継人を嫌なものでも見るように眺めながら、ダナルートに言葉を向けた。

 しかし――


「んなことしたら舐められるだけだろうがッ! テメェらは黙ってろッ!!」


 ダナルートは仲間の言葉にさらに怒り、怒鳴りつけた後に継人に視線を戻した。


「おいタグ無し。タグ無しが舐めた真似して、どうなるか分かってんだろうなッ……?」


 さっきからタグ無しとは何のことだ、と継人の冷静な部分は思ったが、すぐにどうでもいいと結論を下した。そんなことよりも今はこの状況を打開するほうが大事だからだ。

 しかし、それが難しかった。なにせ継人本人が一歩も引く気がないのだ。

 継人の冷静な部分が、「謝罪」「逃走」「助けを呼ぶ」……と、次々に案を出すが、継人の冷静ではない部分がゼロ秒でそれらを却下していく。

 案を考慮すらせず拒否する継人にも、彼の理性は諦めず声をかけ続けたが、その声が頭の中に響く度に、継人の奥底ではドロドロと何かが蠢き、その不快さが際立った。


「うるせえよ。黙れ」


 その言葉を向けた先はダナルートなのか、あるいは内なる理性なのか。継人自身にも分からなかったが、どちらにしたところで、その言葉は火に油をそそぐことにしかならない。

「殺されるぞ!」と叫ぶ冷静な継人を、「それがどうした?」と彼の奥底で蠢く何かが吐き捨てる。


 確かにこのままでは最悪殺されてしまうだろう。

 だが、“最悪”で殺されるだけなのだ。

 一度経験したあの死に方に比べれば、媚びて尻尾を振った挙げ句に死んだアレに比べれば、立ち向かって殺されるそれのどこが最悪だというのか――。


 継人は己の奥底で蠢く何かに後押しされるように、普通ではありえない決断を下した。

 決断した彼の口元には笑みが浮かんでいた。


 悪態をつき、あまつさえ笑みを浮かべる継人の様子に、ついにダナルートの中の線が一本キレた。


「そんなに死にてえならッ、殺してやるよッ!!」


 叫びながらダナルートは腰の剣に手を伸ばす。

 それを見た継人はさらに笑みを濃くした。

 そのまま斬りかかって来い。そう継人は思っていた。

 躱す気はなかった。防御する気もなかった。――彼はそのまま体で受け止めるつもりだった。

 剣に向かっていき、体で受け止め、そのまま無防備になったダナルートの――目玉をえぐる。


 そう、継人の下した決断は捨て身と呼ぶべきものだった。たかが魔力鉱石十個を渡す渡さないの話で、彼は命を投げ出す決断を下してしまった。

 そんな継人に彼の冷静な部分は、「馬鹿げてるだろうッ!」と悲鳴にも似た叫び声を上げているが、先ほどまでは不快で仕方のなかったその声が、今は心地よい。その心地よさに継人の口角はますます吊り上がった。


 暗い笑みをたたえる継人が眼球をえぐるために指に力を込める。

 同時にダナルートの指が剣にかかった。


 そこで――


「――ッ!」


 二人より早く、横合いから飛び出した少女が、スコップでダナルートに殴りかかっていた。

 少女が振り下ろしたスコップが、剣を抜こうとしていたダナルートの右腕を正確に捉える。


「――ンの、ガキがあッ!!」


 痛む腕を押さえたダナルートが、怒りの雄叫びとともに、少女の腹を思いっきり蹴り上げた。

 少女の小さな体は嘘のように吹き飛ぶ。宙を舞い、地面に叩きつけられ、手の中のスコップは飛んでいき、それでも止まらず地面を転がった少女は、最終的には十メートル以上も吹き飛んだ。

 一連の光景を継人は茫然と見送っていた。


「……ぅ、ぅぅ」


 腹を押さえて呻いた少女を見て、継人の思考が動き出す。

 なんで……?

 明らかだった。

 継人を助けたのだ。

 継人を助けようと割り込んできて、ああなったのだ。

 倒れ伏す少女を見て、それを理解した瞬間――


 ドロリ、と自身の奥底から何かが溢れてくるのが分かった。


 そのドロドロとしたものが何だったのか、継人はやっと思い出した。




 一方、少女を蹴り飛ばしたダナルートはまだ腹の虫が収まらなかった。

 怒りに任せて腰の剣を抜き放つ。その瞬間、スコップで殴られた彼の右腕にズキリと痛みが走り、その表情はさらに怒りの色を強くした。

 手に持った剣で、今すぐにでも少女の首を切り落としてやりたかったダナルートだが、さすがにこの場所ではまずいと理性が働いた。こんな衆人環視の中で少女を殺せば、後々言い逃れのしようがなくなる。

 だったらこの怒りをどこにぶつければいいのか。

 考えるまでもなく、答えは一つしかなかった。


(もう一人いるじゃねえか。それも、殺しちまっても全く問題の無い相手――タグ無しがよ)


 ダナルートは嗤った。これから流れる血の色を想像して嗤った。己の中に渦巻く怒りを愉悦に変換して嗤った。

 嗤ったまま剣を握り直し、己の視線を継人へと向けた――――そして、



 『眼』が合った。



 ダナルートが『そこ』に見たものは闇だった。

 殺意と、憤怒と、後悔を、煮詰めて煮詰めて煮詰めて煮詰めて煮詰めて煮詰め尽くして、真っ黒くドロドロになった――“呪い”の塊が『そこ』にはあった。


 それを目にした瞬間、ダナルートが直前まで抱いていた暗い愉悦も激しい怒りも、全てどこかに消え失せてしまった。

 目の前の闇に比べれば、自分に今向けられている呪いに比べれば、そんなものは子供の癇癪に等しいと彼は悟った。

 ダナルートの全身を怖気が撫でる。噴き出す冷や汗が止まらない。知らず彼は一歩後ずさっていた。


 そんなダナルートの様子を仲間の二人が訝しんだ。

 剣を抜いたというのに、ダナルートは継人と睨み合ったまま、一向に斬りかかる気配を見せない。

 彼が気の短い男であることを知っている二人からすれば、それは明らかに異常だった。

 もしかして、あのタグ無しに何かあるのか? と継人に目を向けても分からない。特に体が大きいわけでも強そうなわけでもないただの少年が、ダナルートを静かに睨んでいるだけにしか二人には見えなかった。


「……ダナルートさん?」


 仲間の一人、ヒョロリとした男がたまらずダナルートの後ろから声をかける。

 するとその声がきっかけになったのか、ダナルートが一歩、また一歩と後ずさり、そこまで下がって来ると仲間の二人にも彼の横顔が窺えた。


「――――ッ!?」


 ダナルートの顔は蒼白と言ってよかった。血の気が引いて、汗が噴き出し、瞳は焦点が定まらないのか、グラグラと揺れ動いていた。


「お、おいっ!? ダナルートどうした――」


 尋常ではない様子のダナルートに驚き、強い口調で呼びかけた仲間だったが、彼の次の行動に唖然としてしまい、言葉が途切れた。

 ダナルートは突然反転すると、脇目もふらずに広間の出口に向かって走り出したのだ。


「――は?」

「えっ!?」


 予想もしなかった出来事にポカンと呆ける仲間二人を置いて、ダナルートは全力で走った。

 とにかくここから――あの男の『眼』の前から離れないと大変なことになる。

 自身の本能が発する声に従い、ダナルートは走った――いや、逃げたのだ。


 訳も分からず置いていかれた彼の仲間達は、訳も分からずその後を追いかけることとなった。


 出口の向こうに消えていくダナルートの背中を、継人は最後まで睨んでいた。

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