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スコップ・スコッパー・スコッペスト with魔眼王  作者: 丁々発止
1章 スコッパーと魔眼王
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第7話 ダナルート

 継人つぐとがツルハシで壁を崩し、崩れた壁の残骸を少女がスコップでかき集め、売りものになる魔力鉱石を選別する。選別の結果、値が付くと判断された石は、継人のバケツ、少女のバケツ、と交互に放り込まれていく――。

 そこには二人の完全な分担作業が成立していた。


「――壁が直るのか?」


 継人は壁にツルハシを振るいながら、少女に問い掛けた。

 一時は魔力鉱石が採れないあまり途方に暮れていた継人だったが、バケツにどんどん溜まっていく魔力鉱石の数に、作業をしながら雑談を交わす余裕まで取り戻していた。


「そう。ダンジョンのかべは、こわしてもかってになおる」


 答えた少女は、むむむ、と石と睨めっこし、お眼鏡に適わなかったのか、手に持っていた石をポイと投げ捨てた。


「――で、壁は復活しても魔力鉱石は復活しない、と」


「ふっかつはする。でも、かべがなおるよりもおそい」


 少女に、なぜ魔力鉱石が埋まっている壁を言い当てることができたのかを継人が尋ねると、それはダンジョンの性質が深く関わっているとのことだった。

 少女曰く、ダンジョンは破壊しても再生するらしい。

 いくら壁を掘り返したところで一晩もあれば綺麗に元通りになるというのだ。

 前日に採掘が行われた壁に、継人が見たときには何の痕跡もなかったのは、そのダンジョンの性質が原因らしかった。

 さらに、岩の壁と魔力鉱石では再生の間隔が異なり、壁はすぐに元通りになるが、そこで再び魔力鉱石が採掘できるようになるまでには、数日の間隔が必要だとのことだ。

 採掘人はどこの壁が何日放置されているなどの情報を、個人差はあれどある程度は把握している者が多く、その情報を頼りに採掘する場所に当たりをつけるらしい。少女が示した場所を掘ると魔力鉱石がボロボロ出てきたのも、つまりはそういうことだった。


「――そろそろ、いっぱいだな」


「……たいりょう」


 二人のバケツには溢れんばかりの魔力鉱石が詰まっていた。


「これで幾らぐらいになるんだ?」


「むぅ。……たぶん銀貨五枚、ぐらい?」


 少女はこてん、と首を傾げながら答えた。

 銀貨五枚ならば、ギリギリ宿に一泊できるだけの儲けでしかない。しかし、継人が少女と共に採掘を始めてから、彼の体感ではあるがまだほんの三時間ほど。

 今日のように昼から来るのではなく、朝から採掘を始めれば、バケツ二杯分程度の魔力鉱石なら十分に確保できると思われた。


 継人は、ふぅ、と息は吐く。

 これでなんとか生きていく目処が立った。


「ありがとな。お前のおかげで助かった」


 そう言って継人は少女の頭をポンポンと撫でた。

 その手に返ってきた人の髪の毛とは明らかに違うふわふわとした感触に、継人はこの少女が普通の人間ではなかったことを思い出す。

 そうこの感触は――


「羊毛? お前って羊なのか?」


 その継人の言葉を聞いた瞬間、無表情のまま黙って頭を撫でられていた少女が、むっと眉根を寄せて眠たそうな半眼で継人を睨んだ。


「し、しつれい。……羊じゃない。わたしは羊人族」


 少女が怒っていた。羊人族ではあっても羊と呼ぶのはNGらしい。もしかしたら人間を猿と呼ぶようなものなのかもしれない。

 継人は即座に失言を取り消した。


「悪かった。羊じゃなくて羊人族だな。もう間違えないから許してくれ」


 継人が謝罪すると、少女の目からは抗議の色が消える。そして、コクリと一つ頷くと、


「ゆるした」


 無事許されたところで、継人と少女は帰り支度を始めた。

 とはいっても荷物を整理したりするわけではない。採掘人達の言う帰り支度とは、付近の採掘状況の把握――記憶しておいたり、メモを取る者もいるらしい――を済ませることだ。これからの生活が懸かっているので、継人は広間の様子を真剣に記憶していく。


 粗方記憶できたかな、というところで継人は少女に視線を戻すが、少女の様子が少しおかしい。

 両耳をピクピクと動かしながら、スコップを力一杯握り締めて、広間の入口をジッと見詰めている。


「どうした?」


 尋ねる継人に、目線は入口に固定したまま少女は答えた。


「……ダナルートがきた」


 ダナルート? と継人は首を傾げる。

 継人はこの世界に来てから、知らない言語であっても翻訳されたように意味を理解することができていた。なのにダナルートという言葉の意味は分からなかった。

 どういうことだ? 何が来る? と継人も入口の様子を注視し――


 そこに現れたのは人間。

 複数人の男達だった。


「は? あれがダナルートか?」


「……そう。まんなかのやつ」


 ダナルートとは人名だったらしい。なるほど、人名は翻訳しようがないな、と継人は納得した。


「で、あいつがなんなんだ?」


「……わるもの」


 少女のそのセリフに、継人はギョッとして改めて男に視線を戻す。


 その男、いや男達は三人組だった。バケツを持っているので一見採掘人に見えるが、ツルハシもスコップも持っておらず、その代わりに三人ともが腰に剣を差している。継人はその剣を見て、はじめは彼らが冒険者なのかと思ったのだが、昼間に見かけた冒険者達と比べると明らかに雰囲気が違う。


 昼間に見た冒険者は、剣にレザーアーマーとシンプルな出で立ちではあるが、戦うために洗練された無駄のない印象があった。だが、この三人組は真逆だ。だらしなく着崩された上下の服に、ただ剣を差しているだけ。これから戦いに行くわけでも、戦って帰ってきたわけでもないのは、明らかだった。


 そんな三人組は、広間に入ってくるなり辺りをザッと見回すと、ニヤつきながら近くの採掘人に歩み寄っていった。


(……なんだ?)


 継人が様子を窺っていると――なんてことはない。それは要するにカツアゲの現場だった。ダナルートら三人組が採掘人の集めた石を巻き上げているのだ。


「なるほど、悪者か」


「……そう」


 三人組はどうやら一人から根こそぎ石を奪うわけではなく、採掘人一人につき数個の石を奪い取ると、近くにいる次の獲物に歩み寄り、またその人物から石を巻き上げていた。それを繰り返しながら、自分達のバケツに石を積み上げていた。


 継人は一連の様子を訝しみながら見ていた。

 石を奪われた採掘人達にはありありと不満が見て取れるのに、逆らう者や逃げ出す者は一人もおらず、皆大人しく自分の石を差し出しているのだ。


 なんでこいつらは抵抗しないんだよ――――そう、心の中で採掘人達を責めるような思考がよぎったところで、継人は気づいた。

 気づいて、笑ってしまった。


 それを俺が言うのか、と。


 彼らが抵抗しない理由は明らかだ。継人自身がよく知っていた。

 それが一番安全だからだ。無難だからだ。被害が少なく済むはずだからだ。知っている。よく知っていた。そうやって金髪の男に屈した結果、継人は一度死んだのだから――。


 そう、死んだのだ。今はこうして生きているから、あえて考えないようにしていたが、確かにあのとき死んだという実感が継人にはあった。

 何の因果か、今は訳の分からぬ世界で呑気に明日の生活の心配などしていられるが、本来ならばありえない。継人はあそこで終わったはずなのだ。

 理不尽に対して、媚びて、へつらった結果、無様に、間抜けに、みっともなく、馬鹿にされたまま、見世物にされて――失意と後悔のうちに終わったはずなのだ。


 そんな自分がどの口で彼らを責めるのだ。

 自分のどの部分なら彼らを馬鹿にできると言うのだ。


 継人は可笑しくてたまらなかった。

 今にも大笑いしそうだった。

 けれども継人の顔はほんの少しも笑っていないことに、彼自身、気がついていなかった。


 そんな継人を少女は見上げた。

 先ほどまでは、鋭くても悪意や害意のない眼をしていた少年が、今は暗く、濁った眼をしている気がした。

 その眼の奥に、ドロドロとした、幼い少女には推し量れない何かが渦巻いているような気がして、不安になった。


 ダナルートと継人を見比べながら、少女は不安を打ち消すように、ギュッとスコップを握り締めた。

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