第6話 どや顔
相変わらず謎の光に満たされたダンジョン内を進みながら、継人は首を傾げていた。
(どこを掘ればいいんだ?)
この辺りの壁を適当に掘れば魔力鉱石が出てくるのか。あるいは決まった場所を掘らなければ出てこないのか。
継人は目を凝らして壁を観察するが、そこに青く透き通った粒は見当たらない。
継人以外にもツルハシを持って、奥へと進んでいる者が多い。
入口付近で採掘を行っている者は一人もいなかった。
ということは、多少は奥に行かないと、魔力鉱石は採れないのかもしれない。
(まあ初日だし、他の人間を参考に行動すればいいか)
継人は奥へと歩を進める採掘人達に従って、自らもダンジョン内を進んでいった。
そのまま数分も進まない間に、左右の分かれ道に差し掛かった。
そういえば自分は右の道から出てきたのだったな、と継人がそちらに目をやっていると、採掘人達は迷うそぶりも見せずに、継人が見ていた道とは反対側の左の道へと進んでいく。
継人はその様子を訝しんだ。
右の道を進んだ先でも石は採れる。事実、継人が昨日売った魔力鉱石とエーテル結晶はそこで採掘した物だ。だというのに右に進む者は一人もいなかった。
(どういうことだ?)
継人は首を傾げる。
考えられるとすれば、左に進んだほうが石が多く採れる場所がある。あるいは左に進んだほうが安全に採掘できる。それくらいしか思い浮かばない。
一瞬考え込んだ継人だったが、続々と左の道に進む者達を見て――
初日だから他の人間を参考に行動するのだった、と思い出し、自分も左の道へと歩を進めた。
このダンジョンは、高さ幅ともに四、五メートルほどもある道が延びた広い洞窟だが、左の道を進んで辿り着いた場所はさらに広かった。
天井の高さこそほとんど変わらないが、幅、奥行きともに五十メートルを超え、およそ洞窟内部とは思えないほどの、とんでもない広さを誇る空間だった。
そこでは、継人が確認できるだけでも百人以上の人間が採掘に勤しんでいた。
その光景は正に採掘場といった風情であった。
壁にツルハシを振るう人々を眺めながら、継人も自分が採掘できるポイントを探す。とはいっても、良いポイントを見分けられるわけではないので、適当に空いている場所を探すだけだ。
キョロキョロと物色しながら歩いていると、明らかに周りの採掘人とは毛色の違う集団とすれ違った。
男三人と女一人の四人組だった。
全員ツルハシもバケツも持っておらず、その代わりとでもいうように、腰に剣を差し、体には革製の鎧を身に着けていた。
継人は宿屋の店主の言葉を思い出す。
「ダンジョンのモンスターは冒険者が間引いている」
確かそう言っていたはずだ。
(あれが冒険者か?)
継人が四人組をまじまじ観察していると、彼らはまっすぐに広間の出口に向かい、そのまま去っていった。
剣にレザーアーマー。ああやって装備を整えてモンスターと戦うのだろうか。もしかして魔法などもあったりするのかもしれない。
継人は内心興奮していた。
戦っているところを見てみたいな、と彼らの後を追いかけたい衝動に駆られたが、自身の残金を思い出して、グッと我慢した。
好奇心よりもまずは生活費である。
継人は誘惑を振り切るように一度ツルハシを担ぎ直すと、空いている壁に向かって歩き出した。
SSS
広間には百人を超える採掘人の姿があった。
汗を垂らしながら壁にツルハシを振るう者。崩れた壁から魔力鉱石をより分けている者。いっぱいになったバケツを満足げに撫でている者。
広がる景色は、ここがダンジョンであることを忘れさせるものだ。
そんな鉱山の一幕にも似た景色の中、一人佇む男がいた――。
「なんで……」
継人である。
彼は現在途方に暮れていた。
継人が壁を掘り始めて既に一時間が過ぎようとしていたが、彼が見つめるバケツの中には魔力鉱石が僅かに二個。
露店商が言うには、魔力鉱石一個の相場は大銅貨一枚、十ラークである。
そして竜の巣穴亭の一泊の値段が五百ラークなのだ。
このままのペースだと、継人は一日の宿泊費を稼ぐのに二十四時間採掘を続けてもまだ足りない計算になる。しかも食費は別でだ。
継人は横目に他の者達のバケツを覗いてみるが、そこにはそれなりの量の魔力鉱石が収まっていた。
つまりは継人だけが収穫が少ない状況にあった。
(場所が悪いのか? だとしたらどこなら……)
いくら見比べても壁に違いなど見当たらない。
これはもう手当たり次第掘り返すしかないのか。
継人が悲壮な覚悟を決めかけたとき――
「……ここ」
すぐ近くから声が聞こえた。
その声に釣られて継人は視線を向ける。
そこにいたのは少女だった。
いや、幼女と言ってもいいかもしれない。
真っ白なくりんくりんの巻き毛。如何なる感情も読み取れない眠たげな半眼。表情は乏しかったがそれでも隠し切れないほど愛らしい顔。色褪せて所々ほつれたチュニックを身に着け、小さな体にはそぐわない大きなスコップを抱えている。
ここまでで既に特徴的な女の子だと言えるが、継人が印象的だったのはそれらの特徴ではない。
彼女の耳は尖っていた。
横に長く、およそ人間の耳とは思えない。
そして尖った耳の上、側頭部からは角が生えていた。
白い巻き毛に負けないくらいに、くりん、と巻かれて、もはや尖端がどこなのかよく分からない巻き角だった。
それは角といっても攻撃性は全く感じられず、むしろ彼女の可愛らしさを助長していた。
スコップを持って、足元にバケツも置いてあるので、おそらくはこの少女も採掘をしているのだろう。
少女がもう一度、
「ここがいい」
子供にしては落ち着いた声でそう言って、自らの正面にある岩壁を指差し、継人の顔を見上げた。
そこで初めて、彼女は自分に話し掛けているらしいと継人は気がついた。
「俺に言ってるのか?」
「ずばり」
無表情なのに、なぜかしたり顔に見える何とも言えない表情で少女は答えた。
「その壁が……なんだって?」
「ここをほるべき」
簡潔に尋ねた継人に、少女もまた簡潔に答えを返した。
どうやら少女は継人に掘る場所をアドバイスしてくれているらしい。しかし少女は、なぜそこを掘るべきだと断言できるのだろうか。継人の目からは自分が掘り進めた壁と何が違うのか分からない。
「こっちじゃ駄目なのか?」
継人は自分が掘り進めた壁を指し示し、そこが駄目だと分かっていながらあえて尋ねた。
少女の言葉がキチンとした理由なしの発言、所謂子供の戯れ言なら、この質問には答えられないだろう。
もし答えられないようだったら、この子供に真面目に取り合う必要はないということだ。
正直、このファンタジー種族らしき子供に興味を引かれないと言えば嘘になるが、だからといって、呑気に遊び相手になってやれる余裕は今の継人にはない。
なにせまだ魔力鉱石が二個しか採れていないのだ。
「そっちはきのうほられてた。だからしばらくはむり」
少女の多少拙い言葉に継人は一瞬納得しかけたが、すぐにおかしいと気づく。
自分が掘り始める前までは、壁に掘削された跡など無かったことを思い出したからだ。
継人もそれぐらいのことは確認した上で採掘を始めたのだ。
「こらこら、テキトーなことを言うんじゃない。そんな跡が無かったことぐらい確認してる」
相手は小さな子供。泣かれても困るので継人はできるだけ優しく少女を叱った。
「むぅ、テキトーじゃない」
しかし、叱られた少女のほうは不満げだった。
継人に向ける半眼は相変わらず眠たそうなそれだが、そこには不満の色がありありと浮かんでいる。
「はいはい、そうだなテキトーじゃないな」
「むむ、しんじてない」
「いやだって、掘られた跡なんてなかったし」
「きのうだったから、もうきえた」
「いやいや無理があるだろ。なんで掘り返された跡が一日で消えるんだよ。しょうもない言い訳してないで、人に間違ったこと言ったんだから、素直にごめんなさいしろ」
「むぅ。……ほればわかる。こっちはでる」
少女は諦めずに、再度壁を指差しここを掘れと言う。
継人はその諦めの悪い少女に溜息をつきながら、
「…………ちょっとだけだからな。それで石が出てこなかったら、諦めて余所で遊べよ」
そう言って、示された壁にやる気のなさ全開の表情でツルハシを振り下ろした。
その一振りで崩れた壁の残骸を少女がスコップで削り、余計な部分を剥ぎ取っていく。
すると――
そこには魔力鉱石があった。
継人が一時間もかけて二個しか採れなかったその石が、僅か一振りで姿を現したのだ。
少女は青い粒が多量に含まれた石を継人に差し出した。
その際の少女の顔は一見すると無表情なのに、その実、勝ち誇った色が溢れているのが継人には分かった。
今にもフフン、と鼻を鳴らしそうなそれは――紛うことなき、どや顔だった。
「お、おいおい……一個マグレで出たくらいで調子乗りすぎだからな、マジで」
そう言葉を絞り出しながらも、継人はまさか、と思っていた。
もう一度ツルハシを壁に向かって振り下ろした。
そして、そこからは二個目の魔力鉱石が出てきた。
僅か二振りで継人の一時間は否定された。
少女は手に持った石を自信満々に突き出しながら胸を張っていた。
継人は素直にごめんなさいした。