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第26話 戦いの後

 ダンジョン前の広場は普段とは違った喧騒に包まれていた。

 いつもはどこかダラけたような弛緩した空気が漂う広場だが、現在は採掘人、冒険者、そしてレーゼハイマ商会の商人たちが、忙しく動き回っている。

 ある者は怪我人を運び、ある者は死体を運ぶ。散らばった武器を集めたり、瓦礫を片づける者もいた。やっていることは様々である。

 そんな広場の片隅で、継人はぼんやりと座り込んでいた。右隣には同じく座ったルーリエが、まだ隠し持っていたらしいお菓子をもちゃもちゃと頬張っていた。継人が目を向けると、ルーリエはお菓子の袋をサッと庇うように抱きしめた。そして、しばらく思い悩むように「むむむ」と考え込むと、やがてそろそろとお菓子を一欠片差し出してきた。


「これから、どうすんだ?」


 継人がお菓子を頬張りながら声をかけた先は左隣。そこにはバユーが座っていた。彼の膝を枕にしてカイルとヴィータがスヤスヤと安らかな寝息を立てている。

 現在、カイルとヴィータのネームウィンドウには、


職業:借金奴隷『レーゼハイマ』所有


 と記されている。


「……しばらくこの街に残ろうかと思う」


「へえ、またなんでだ? 奴隷から解放できるだけの金はあるんだろ?」


「二人の故郷も分からないから送ってもいけないんだ。それなら下手に奴隷から解放するより、このままのほうが安全だよ。ここなら仕事もあるしね」


 ルーリエが、ふむふむと頷きながらお菓子を貪る。


「冒険者に二人の故郷を探すのを依頼して、その間はここで待っていることにするよ」


 なるほど、と継人は感心した。まだ子供なのによく考えている。しかし、と首を傾げた。


「冒険者に依頼しなくてもミリアルド商会の奴に聞けば分かるんじゃないか? まあ生き残ってる奴がいるのかは知らんけどな」


 視線を巡らせると、まだ片づけられていない死体もある。運ばれて並べられた死体には白い布がかけられており、この位置からでは誰が誰であるか確認はできない。

 継人の言葉を聞いて、バユーは「あ」と声を上げた。どうやら思い至っていなかったようだ。


「……教えてくれるかな?」


「今さら隠さないだろ。ミリアルド商会自体がもう無くなっちまったんだから」


 そんなことを話していた彼らの元に、一人の老人が歩いてきた。

 背筋のシャンと伸びた執事然とした佇まいの老人は、レーゼハイマ商会所属の老商人フリードである。


「屋敷に戻ります。ご一緒にどうぞ」


 フリードはそれだけ言うと返事も待たずにさっさと歩き出した。

 今朝はもう少し慇懃な態度だったような気がするのだが、機嫌でも悪いのだろうか。継人は首を傾げた。

 フリードが歩いていく先にはレーゼハイマ商会の馬車が二台停まっている。

 この馬車は広場の外れにある馬車用の通路を登って来たものだ。馬車でも斜面を登れるように長く迂回した道なので採掘人や冒険者が使用することはまずないが、魔力鉱石の運搬などを行うレーゼハイマ商会や荷物の多い露店商などはよく使用するようだ。

 この馬車のどちらか一台にはセフィーナの死体が載せられているはずだった。


 フリードがこの場所にやってきたのは戦いが終わって、まもなくのことだった。

 彼はやってくるなり、部下と一緒にセフィーナの死体を運び始めた。しかし、セフィーナのレッドネームとしての賞金。彼女が身につけた装備。死体の価値は莫大である。それを奪うつもりかと冒険者が文句をつけたのだが、フリードはセフィーナの死体は討伐依頼者のミリアルドに帰属するものと述べた。さらにミリアルドの死と同時に彼の資産は商業ギルドの管理下に移り、それをレーゼハイマ商会が買い取ったので、セフィーナの死体の所有権はこちらにあると説明した。確かにその話を裏付けるように、カイルとヴィータの所有者がレーゼハイマに変更されていた。

 フリードの背中を見ながら、継人は腰を上げた。


「ルーリエ」


 と呼ぶと、彼女もリスのようにお菓子を口いっぱいに頬張りながら、すくっと立ち上がる。

 本音を言えば、レーゼハイマに会いたくなどないのだが、協力を頼んでおいて無視するわけにもいかないだろう。

 そのとき、継人は「あっ」と大事なことを思い出した。


「ルーリエ、金は? ミリアルドからもらった金はどうした?」


「む? ももむもむ」


 と、答えたルーリエは【アイテムボックス】からジャラジャラと大金貨を取り出した。


「それで全部か? 貸せ。俺が預かっとく」


 継人がそう言うと、ルーリエは素直に「むもっむ」と頷き大金貨を差し出した。

 継人は忘れかけていたが、レーゼハイマとの協力関係を結ぶ際、ある約束を交わしていた。

 ルーリエを連れ戻したとき、彼女の持ち物は全て没収され、そこからアーティファクトだけは継人の手に返還されるという約束だ。

 無論それ以外の物はレーゼハイマの手に渡る。せっかく勝ち取った破格の条件なのに、危うく大金貨を献上して台無しにするところだった。

 継人はホッと息を吐きながら大金貨をポケットに突っ込んだ。


「それじゃあな」


 継人はバユーに別れを告げた。

 ルーリエもバユーを見て、カイルを見て、ヴィータを見て、ふりふりと手を振った。


「うん、また」


 バユーが頷くと、二人は馬車に向かって歩き出した。

 その背中に、


「あのさ!」


 とバユーは声を張り上げた。

 ん? と振り返った二人に、


「ぼく、一人じゃここには来れなかったと思う。いつまでも泣いてただけだったと思う。でも、もう大丈夫だから! 二人はぼくが守るから! だから、ありがとう!」


 日が傾き始めた広場に響いた声は、変声も迎えていない高い少年の声だ。

 されどその声は雄々しく力強い。

 継人は小さく笑うとまた歩き出した。

 ルーリエはすぴすぴ鼻息を荒くして頷いてみせると、継人の後を追って小走りで駆けていった。

 後悔は手遅れになってからするもの。本当にそのとおりだった。

 バユーは二人が馬車に乗り、さらに馬車が見えなくなるまで見送っていた。

 茜に照らされた少年の顔は、強く、晴れやかだった。


 *


「……生き残ったのか」


 目を覚ますと同時に口をついて出た言葉だった。

 安堵も喜びもそこにはない。声には、ただ失望の色だけが乗っていた。


「助けちゃ悪かったかい?」


 そう言ったのは老婆だった。見覚えがある人物だった。彼女は、ベルグに来て、ポーションを買いに寄った店の店主だった。

 ランザはベッドからゆっくり体を起こした。

 体に痛みはない。ただ全身に違和感があった。違和感の正体は明白。これは《雷化転身》を使った際に体に残る後遺症だ。体の一部を電気として消耗し、戻って来なかったときにこうなる。

 今のランザの体は、あちこちに穴が空いたような状態と言えば、実態に近い表現だろう。

 臓器や筋肉、骨に至るまで、全身の組織が一部が欠けて機能不全に陥っているのだ。

 そして、さらにそれだけでなく、


「…………」


 ランザの右腕が肩から丸ごと無くなっていた。


「……それはどうしようもないね。切れたのをくっつけるならまだしも、丸ごとないんじゃポーションじゃどうにもならないよ」


「ここは?」


 ランザは尋ねた。自分が寝ていたのは簡素なベッド。部屋は狭く、綺麗に片づいている――というよりは、物が少なく質素な部屋と言ったほうが適切だろう。見覚えがない部屋なのは間違いなかった。


「ここはレーゼハイマの奴隷宿舎だよ。今は怪我人の収容所みたいになってるけどね」


 言われて窓の外を眺めると、そこに見えるのは確かに『魔鉱窟』前の広場だった。

 人々が忙しく行き交っているのは戦闘の後始末なのだろう。


「『三大兇紅』はどうなった?」


「死んだよ」


「…………そうか、はは。本当に叶えたんだな、あいつは」


 無意識に、つー、と涙がこぼれた。

 これは何の涙なのかだろうか。嬉しいのだろうか。悲しいのだろうか。自分でもよく分からなかった。ただ「終わった」ということだけは強く感じた。

 ランザは人生において、己の夢に真剣に向き合ったことはなかった。

 だが、ミリアルドの夢には命を賭けることができた。

 セフィーナは死んだ。ミリアルドの夢は成った。

 これは勝利なのだろうか。それとも敗北なのだろうか。

 ミリアルドは何と言うだろうか。

 もう永遠に答えてくれることはない。

 ポタリポタリと雫がシーツに落ちた。


 俯くランザに、老婆は静かに背中を向ける。

 何もできることはない。

 その傷は、どれだけ優秀な薬師であっても治せはしないのだ。


 *


「ご苦労様。さすが私が見込んだ通りね【魔眼王】」


 レーゼハイマの屋敷の一室。今朝方、継人がやって来たあの部屋で、またレーゼハイマと顔を合わせていた。

 横にはルーリエが立っている。他にはレーゼハイマの傍にメイドが控えているのみだ。


「約束通り、アーティファクトはこっちがもらう」


「構わないわ。どうぞ持っていきなさい。それよりもう遅いわ。夕食でも一緒にどうかしら」


「結構だ」


「あら、つれないわね。折角この私が誘っているというのに」


 レーゼハイマは少し不機嫌な表情を覗かせたが、すぐに澄ました顔に戻った。


「【スコッパー】を奴隷から解放するのでしょう? 今から商業ギルドに向かうつもりかしら」


 答えづらい質問だった。そうだと言ったら邪魔されそうだし、違うと言ってもルーリエを連れていかれるだけに思える。

 ちなみに奴隷の解放を行えるのは、奴隷の所有者か商業ギルドに限られる。

 商業ギルドであれば借金を清算すれば、その場で解放となる。


「だったら、どうするつもりだ?」


 固い声で答える継人を見て、レーゼハイマは可笑しそうに笑った。


「ふふ。もし、そのつもりならここで精算してあげるわよ」


「は……⁉︎」


 継人は驚いた。てっきり称号持ちの奴隷が惜しくてケチをつけられると思っていたのに、自分からルーリエを手放すと言い出すとは思いもしなかったのだ。

 というより、だったらなぜルーリエ捜索に協力したのだろうかという疑問も湧く。ルーリエを手放すなら、レーゼハイマが得られるものはほとんどない。ルーリエの借金が戻ってくるがそれだけだ。


「どうするのかしら」


「…………分かった。頼む」


 不可解だったが拒む理由はない。早く解放されるなら、そのほうが良いに決まっている。


「アリエル」


 レーゼハイマが呼ぶと、控えていたメイドが継人の前に歩み出た。レーゼハイマの屋敷のメイドはなぜか皆タグを装備していないので、名前が分かったメイドは彼女が初めてだった。


名前:【スコッパー】ルーリエ

職業:借金奴隷『レーゼハイマ』所有

資産:-581137ラーク


 ルーリエの借金は五十八万千百三十七ラーク。

 継人はアリエルに大金貨六枚を渡す。「確かに」とアリエルは金を受け取ると、お釣りを差し出し、レーゼハイマの脇に戻った。


「【スコッパー】。こっちへいらっしゃい」


 レーゼハイマに呼ばれて、ルーリエは素直にすたすたと彼女に歩み寄る。

 悠然と座るレーゼハイマの前にルーリエが立つと、レーゼハイマはルーリエのタグを掴み、自身のタグにキンッと当てた。


名前:【スコッパー】ルーリエ

職業:借金奴――……


 ウィンドウの職業の項目がスーッと消えていった。

 レーゼハイマがルーリエの頭を撫でる。


「解放おめでとう」


 ルーリエは黙って頭を撫でられながら、こくりと頷き、


「やった」


 と喜んだ。

 顔は相変わらず無表情だったが、頰が少し紅潮していた。やはり嬉しいのだろう。

 継人も思わず口元が緩んだ。

 一瞬、和やかな空気が部屋の中に流れる。そのとき――


「それじゃあ出してくれるかしら」


 突然、レーゼハイマが言った。

 継人は言葉の意味が理解できなかった。

 出せ? 何を? と頭の中で疑問符が飛び交う。ルーリエも、


「む?」


 と首を傾げた。


「アーティファクトはあなたたちの物よ。でも、それ以外は没収だと言ったはずよ」


 どういう意味だ。全く分からない。ルーリエは何も持ってはいない。まさか素っ裸になって服を差し出せというわけではないだろう。


「あるでしょう? その【アイテムボックス】の中に」


 何を言っている。何もあるはずがない。

 継人はますます混乱したが、反対にルーリエは合点がいったとばかりに、こくりと頷いた。

 唖然とする継人をよそに、ルーリエは何かを抱え上げるように両手を前に出すと――

 ポンッと手の中に大きな白い球体が現れた。

 何だ? と思った直後に継人は気づいた。なにせ見たことがあるどころか、散々苦しめられてきたものだったからだ。


 それは『サイクロプスの眼球』だった。


 あの戦いの最後、ルーリエに掘り出され、継人の前に飛んできた巨大な眼球。

 なぜそんなものが【アイテムボックス】に入っているのか分からない。

 あのとき、ルーリエが回収していたのだろうか。

 だが、それならレーゼハイマが眼球の存在に気づいているのはおかしい。あの場には、継人とルーリエの二人しかいなかったのだ。

 しかし、思い出してみるとアガーテは継人たちが広場に転移してきたと言っていた。つまり、眼球も一緒に転移してきたのではないか。それをルーリエがその場で【アイテムボックス】にしまった。そこをレーゼハイマの関係者が見ていたと考えると合点がいく。


「素晴らしいわね」


 レーゼハイマは上機嫌に言うと、アリエルに視線を送った。

 アリエルが進み出てサイクロプスの眼球に触れると――ルーリエの手の中から眼球がスッと消えた。おそらく【アイテムボックス】に仕舞ったのだろう。


「…………」


 継人は何も言えない。なんと言っていいのかすら分からない。

 ただ一つ確かなことは、してやられたということだ。

 有利な条件を勝ち取ったと思っていた。

 だが違う。きっと自分は始めから手のひらで踊らされていたのだ。

 継人はサイクロプスの眼球の価値など知らない。しかし、それでもとんでもない失敗をしたと確信できてしまうのは、レーゼハイマという少女が持つ不気味さ故か。


「良い取引だったわ【魔眼王】」


 レーゼハイマは心底愉快だと言わんばかりに笑った。

 継人は確かな敗北感を抱きながらも、その敗北の意味も価値も分からないまま、ただ歯ぎしりするしかなかった。


「それではご機嫌よう。アリエル、送って差し上げて」


 もはや、言葉も出ない。唯々諾々と従い、立ち去るしかなかった。

 アリエルに促され、継人はルーリエとともに部屋の扉をくぐる。

 振り返ってみると、扉の隙間から見えるレーゼハイマは、もうこちらを見てもいなかった。


「…………ッ」


 そのとき生まれたのは小さな反骨心。やられっぱなしは嫌だという、そんな安い感情。

 だからそれは、安い感情に動かされた、安い行動だったのかもしれない。

 継人はレーゼハイマのネームウィンドウを開いた。

 そして、せめてそこから情報ぐらいは持って帰ってやろうと、【真理の魔眼】を発動した。


名前:レーゼハイマ

職業:Aランク商人

所属:レーゼハイマ商会

資産:10956821860ラーク

種族:f#5zelf

性別:u女

年齢:s2rn13

Lv:『2745・h

状態:#8u;9n崩壊・error

HP:e135n/7jg37

MP:872000n/We

筋力:q46


 寒気がした。

 見てはいけないものを見た。

 そう、感じた。

 思わず息が止まり、冷や汗が流れた。

 今日、初めてレーゼハイマを見たときに、説明できない気味の悪さを感じた。

 絶対に関わるべきではないと直感した。

 正しかったのだ。


 そこで、ドクン! と心臓が跳ね上がった。

 目が合ったのだ。レーゼハイマと。

 書類に目を落としていたはずの彼女は、いつの間にか継人をまっすぐに見ていた。

 レーゼハイマに見据えられ、継人は何もできなかった。

 睨み返すことも、目を逸らすことも、逃げ出すことも。

 ギィィと、扉が閉まっていく。

 最後に扉の隙間から見えたレーゼハイマの顔には、ニタリと不気味な笑みが貼り付いていた。


 *


 もう夜の帳が下りていた。

 空には無数の星が瞬き、周囲からは鈴虫に似た虫の声が微かに聞こえる。

 ルーリエと二人、送迎の馬車に乗り込んだ継人は無言だった。

 なんだったのだろうアレは――。

 普通のステータスではあり得ない。まるで表示がバグってしまったような……。


「ツグト、なんかへん」


 黙り込む継人を心配したのか、隣に座るルーリエが彼の服の裾を引っ張った。

 眠たげな半眼でジッと継人を見上げている。


「……なんでもねえよ」


 そう言って、柔らかな頰をムニムニと捏ね回す。なんとなく、それだけで肩肘に張った力が抜ける気がした。分からないことで思い悩んでいても仕方がない。

 とにかく今日を生き延びた。今はそれでいいはずだ。信じられない敵に勝利し、ルーリエは奴隷から解放された。充分だ。

 そう思うと大変だった一日を思い出し、ドッと疲れを感じた。そのまま席にもたれかかり、ダラリと力を抜く。そこで、ふと思い出した。


「そういえばお前、あれは何だよ」


「む?」


 ルーリエは、くりんと首を傾げる。


「あれだ。サイクロプスの眼玉。なんであんなもん持ってたんだ?」


「ひろった」


「お前な……、言えよ」


 継人がルーリエの頭を強めにウリウリと撫でる。


「むむ、……わすれてたかも」


 と、ルーリエはされるがままに、ぐいんぐいん頭を揺らしていた。

 そのときちょうど馬車が動き出した。

 そこで事故が起こった。

 継人に撫でられたルーリエの頭が、ぐいん、と動いた。そこに馬車が発進した際の加速度が加わったことで、彼女の体が大きく傾く。

 そして、そのまま側頭部を馬車の壁にゴチンとぶつけた。

 とはいえ大した勢いではない。少なくとも、レベル20を超えるルーリエがダメージを負うようなものではなかった。その証拠に、パキッと鳴った音は聞き逃さんばかりに小さかった。


 ボロリ、と落ちた。


 馬車備え付けの長椅子。継人とルーリエが座ったその間に、転がって、落ちた。


 それは、くるりと巻いた羊の巻き角。


 つまり、ルーリエの角だった。


「あっ」


 と声を上げたのは継人だ。

 そういえば、ルーリエの角にひびが入っていたことを思い出す。


 ルーリエはわなわなと震える手で角を拾い上げた。そして、そのまま恐る恐るといった手つきで、側頭部を触る。

 もちろん、そこには何もなかった。

 ルーリエの口があんぐりと開く。

 折れた角を見つめたまま、ルーリエは口を開けて固まってしまった。


 馬蹄を響かせ、満天の星の下を馬車が進む。


(……羊の角って、折れたら生えてくるんだっけ?)


 そんなことを思いながら、炭原継人の激動の一日は幕を閉じたのだった。

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