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第23話 救出

 継人たちがダンジョン前の広場に辿り着いたとき、そこは一言、戦場としか呼び様のない光景が広がっていた。

 地面は所々派手に捲れ上がり、露店などは跡形もない。広場に数棟あった建物も、そのほとんどが廃屋同然といった有り様だった。

 死体が数え切れないほど転がり、その中を冒険者たちは声を張り上げながら、どこかを指差し、忙しく走り回っている。

 継人がその指の先を視線で追う。そこにあったのはルーリエが寝泊まりしていた奴隷宿舎。壁が剥がれ、焼け焦げ、屋根に穴が空いていた。

 予感に従い【真理の魔眼】を発動すると、奴隷宿舎の屋根の穴から、巨大な黒い魔力が立ち昇っているのが確認できた。

 奴隷宿舎の中から鈍い轟音が立て続けに響く。そして、音が収まると同時に、屋根の穴から女が飛び出してきた。女は屋根の上に立つと悠々歩く。全身血塗れの女はもちろんセフィーナ。右手には人型の物体を無造作に引きずっているが、真っ赤に染まったモノの正体は、遠目からではハッキリとは確認できない。

 セフィーナは屋根の上から真っ赤なモノを投げ捨てると、そのまま広場を見下ろした。

 ゆっくりと首を巡らせ、やがて一点に目を留める。

 そして、腰を落とし、膝を曲げ、そのバネに確かな力をためると――飛んだ。

 屋根の上から目標地点に向けて、ふわりと重力に任せて楕円を描き飛び降りるのではなく、矢のような、砲弾のような、まっすぐな軌跡を描いてセフィーナは飛び――そして着弾した。

 轟音とともに派手な土煙が上がった場所はダンジョンの入口付近。

 広場にやって来たばかりの継人たちからすれば一番遠い場所だ。距離と土煙と冒険者たちが壁となって、セフィーナがどうなったのかは確認できない。


 そのとき、立ち止まり事態の推移を見守ろうとした継人の横を、小さな影が駆け抜けていった。

 影はバユーだった。

 バユーには聞こえたのだ。

 土煙が上がるその場所から、カイルとヴィータの悲鳴が――。

 今度は幻聴ではなかった。

 バユーはずっと怯えて動けなかった。二人に危機が迫るのを黙って見過ごした。

 しかし、いざその声が本当に聞こえた瞬間、自然と足が動いていた。

 後ろから「待てっ!」と静止の声がかかっても耳には入らなかった。

 冒険者たちの間を、バユーは縫うように走る。

 土の匂い。鉄の匂い。汗の匂い。血の匂い。まさに戦場の匂いが満たす中を、走って、走って、走って、走って、そして――


 バユーが見たものは、宙を舞ったカイルとヴィータ。


 ミリアルドの前に、彼を守るように立ち塞がっていたベラミス兄弟が、セフィーナに向けて、カイルとヴィータを投げつけたのだ。

 ちょうどランザがバユーにしたのと同じ。あのときバユーは運良くルーリエに助けられたが、それが無ければ一体どうなっていたのか。あの馬鹿げた力で薙ぎ払われて、無事で済むはずがないことだけは確かだった。

 セフィーナは自分に向かってくる小さな子供を見つめ、腕を振り上げた。


「やめろおおおおおおおッ‼︎」


 叫んだ。だが、もうそんな声さえ間に合わない。

 セフィーナは振り上げた腕を振り下ろし――


「え――?」


 と一瞬バユーの思考が白く染まった。

 周囲の冒険者たちも同様だった。

 セフィーナは左手にカイル、右手にヴィータを掴み取っていた。

 まるで猫を捕まえるように、首根っこを掴んで、二人の顔をジッと見つめている。

 てっきり幼子が薙ぎ払われる凄惨な光景を想像していたバユーや周囲は、いったい何が起こったのか理解できない。

 理解していたのは、子供を投げつけた当人――ミリアルドたちだけである。

 そう、ミリアルドは賭けたのだ。セフィーナの理解不能な習性に――。


 セフィーナはレッドネームでありながら、なぜか冒険者として働く。その依頼達成の確度は不明だが、Aランクという肩書きは嘘偽りのないものであり、それならばクエストを遵守する可能性も高いと踏んだ。そして、彼女が受けた依頼文の中には、奴隷の救出が謳われていたはずだ。

 だから子供を連れてきたのだ。ルーリエと別れた時点で捨て置いても良かったものを、わざわざ連れてきたのは、その時点、いやもっと前から、こういう使い方を考えていたからだ。

 いざとなったとき、邪魔をしそうなバユーは真っ先に排除した。彼をわざわざ奴隷から解放したのも、奴隷というカードはここ一番で一度だけ使ったほうが効果的だと考えたからだ。

 そして、考えていたとおりに事が成ったということは、既に勝敗は決している。


 両手に子供を抱え、無防備になったセフィーナの腹に凶器が二本突き立っていた。

 一本はベラミス弟の隻腕から振るわれた魔鋼鉄製のクロー。

 一本はベラミス兄の手の中に隠されていた暗器寸鉄。

 レベル差を考えれば内臓にまで達しているかは定かではない。しかし、少なくとも血が出ていることから皮膚を破ったことは確かだ。

 そして、皮膚を破れれば充分だった。


 セフィーナは傷口から痛み以上の熱を感じた。

 熱の正体は毒。それもただの毒ではない。

 巨人族すら少量で死に至らしめるワイバーンの猛毒である。

 そしてさらにもう一つ、セフィーナの全身に痺れが走った。

 痺れの正体は麻痺毒。こちらもただの麻痺毒ではない。

 麻痺でありながら、肺や心臓まで麻痺させてしまう百年蛮花の凶悪な痺れ花粉だった。

 どちらもミリアルドの【アイテムボックス】に秘蔵されていた、とっておきの代物。


 状態異常がセフィーナに如何ほど通じるかは未知数ではあったが、この瞬間、セフィーナの動きは確かに止まった。

 そして、そんな隙を見逃すほど、この場にいる冒険者たちは無能ではない。


 横合いから飛び出してきたのはケイ。彼の双剣がこれまで以上の速度をもって閃いた。

 さらに禿頭の冒険者が大槍を構えて続き、青髪の巨漢が大剣を振り上げ疾走する。

 四方八方、三百六十度、この隙を見逃さなかった優秀な冒険者が次々とセフィーナに殺到する。

 セフィーナが取れた行動はたった一つ。

 彼女は震える両手で子供二人をグッと掲げた。

 冒険者の攻撃の軌跡から子供を守ったのである。


 当然、そんなことをすれば彼女の防御はガラ空きになる。

 無防備なセフィーナの体に、四方八方から冒険者たちの武器が突き立った。


「はははははははははっ! 見たか! 見たか『三大兇紅』ッ! これだッ! これこそが俺の力だッ‼︎」


 獰猛に、邪悪に、しかし、確かに嬉しそうな少年のように、ミリアルドは笑った。


 だが――


 ドンッと音とともに、セフィーナの周囲の人間が弾き飛ばされた。

 ベラミス兄は腹が破れて血を吐き、ベラミス弟は首が捻じ折れていた。

 各々自慢の武器を突き立てていた冒険者たちも、その武器ごと吹き飛ばされる。


 何か特別なことが起こったわけではない。

 例えば、ダンプカーを生身で止めようとしたところで、ひとたびアクセルを踏まれたらそれまでというだけの話だ。


 僅か数秒で凶悪な状態異常から立ち直ったセフィーナは、アクセルひと踏みで冒険者たちを蹴散らし、そのまま豪速をもって疾走する。

 その先に居たのはミリアルドである。


 セフィーナは未だ両手にカイルとヴィータを掴んだまま。

 故に、彼女が見せたのは手を使わない攻撃――噛みつきだった。

 突進からミリアルドの首筋に喰らいついたセフィーナは、そのままの勢いで彼を後方のダンジョン入口横の壁面に叩きつけた。

 衝撃音とともに、ミリアルドを中心に壁面にひびが走る。


「がふっ――」


 とミリアルドは血を吐いた。

 しかし、それでもミリアルドは口角を持ち上げる。

 首を喰い千切らんばかりに噛みつくセフィーナに、血を噴き、血を吐きながら、それでもミリアルドは笑った。獰猛に、気高く、笑ってみせた。

 その顔は、間違いなく戦士の顔だった。

 そして――


 バツンッ! と丈夫なゴムが切れたような音とともに、ミリアルドの首が宙に舞った。


 残された体が、血を噴き上げながらズルズルと倒れる。セフィーナは浴びた血をまるで甘露のように舐め取り微笑んだ。彼女の両手に抱えられた幼子二人は、もはや泣くことも忘れたのか茫然としている。


 この瞬間、セフィーナ討伐クエストは失敗した。

 厳密にはクエストはまだ続いていると言えるが、依頼主が死んで失効したとも言える。元々ギルドを通していない依頼。冒険者たちには何の責任もなく、つまり戦いを続けるか否かは、彼らの判断に委ねられることとなった。


 逆にセフィーナはクエストを達成した。彼女には既に戦う理由はなかった。

 セフィーナが周囲を見渡すと、戸惑う冒険者たちの姿が目に入った。

 彼らから受ける視線は闘志が萎み、畏怖が膨れつつあった。


 クエストの達成。悪くない視線。セフィーナは満足だった。

 気の緩みと口の中の甘露が食欲を刺激したのか、セフィーナの腹が、くぅ、と鳴った。


「お腹空いた」


 一つ呟くと、彼女はヴィータを見た。


名前:ヴィータ

職業:借金奴隷『商業ギルド』所有


 ミリアルドが死んだことで、所有者の欄から彼の名前が消えていた。

 それを見たとき、セフィーナは、ふと思った。

 依頼にあったのはミリアルドの奴隷の救出。もうミリアルドの奴隷ではないのだから……


 ……食べてもいいかもしれない。


 そう考えてヴィータの顔を眺めると、口の中に唾液が溜まるのを自覚した。


 ゴクリと唾を飲んだセフィーナは、そのまま口を開け――……

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