第22話 戦士
ミリアルドという男の本質を語れば、それはそのものずばり一言で表現できる。
――「戦士」である。
彼を知る者が聞けば、ほとんどの者が首を傾げる言葉だろう。彼は見た目の通り、戦闘においてはズブの素人であるし、そのレベルはギリギリ二桁に届く程度に過ぎない。だが、それはあくまでもミリアルドという人間の表層部分に過ぎず、彼の本質を表すものではない。
ミリアルドが、なぜ商人の道を歩むことになったのかと言えば、それもやはり彼の本質を良く表した至極単純な理由がある。
それは『商人』という職業が“強い”と思ったからだ。
例えば、冒険者になろうと考えたとき、最初に使う武器を悩むことは多い。剣を使って『剣士』になるか、弓を使って『狩人』になるか、魔法を学んで『魔術師』という道もあるだろう。
さながらゲームのジョブを選択するように、その先に繋がる最強というゴールを夢見て、誰もが己が思う最善の道を選択する。
ミリアルドの場合は、その道が『商人』だったというわけだ。
彼は、剣士でも狩人でも魔術師でもなく、商人こそが強い。
剣よりも金の力が勝る。そう考えたのだ。
*
天にそびえる劍の山脈の麓というには、まだまだ勾配緩やかな場所に『魔鉱窟』の入口はある。
その入口の横に、どこから持ってきたのか、木製の作りの良い椅子に腰掛けたミリアルドは、目の前で繰り広げられる光景を怜悧とも言える目つきで見守っていた。
ダンジョン前、周囲の緑を切り開き、学校のグラウンド程度の広さが確保された広場では、今まさに戦いが続いていた。
普段は広場を賑わす採掘人や露店商たちの姿はない。よく確認すれば、建物の陰や周囲の木々に紛れ、事態の推移を見守る好奇心の強い者もいるが、それは彼ら全体から見ればほんの僅かだと言える。
広場には死体が二つ。武装したまま力尽きているのは冒険者だ。
もちろん死体を作り出したのは広場の真ん中で立ち回るセフィーナである。だが、彼女が『三大兇紅』と呼ばれる最強のレッドネームの一角であることを知る者であれば、その死体の数があまりに少ないことに気づくだろう。
「三方囲む間隔を間違えるな! Cランク以下は支援に徹しろ! 色気は出すなよ!」
指示を飛ばしたのは双剣を構えた赤毛の男。彼の名はケイ。Bランク冒険者である。さらにケイと共にセフィーナを取り囲んだ男女二人も彼のパーティーメンバーで同じくBランクだ。
まだ死体の数が少ないのは偶然ではない。
それはひとえに彼らが優秀だからに他ならなかった。
その証拠に、三方囲まれたセフィーナは側頭部から血を流し、脚にもザックリと切り傷を負っていた。
「傷が治ってないか……?」
「ポーションや回復魔法を使った気配はないぞ」
「……まさか【再生】スキル?」
口々に声を漏らしたのは、セフィーナやケイたちのさらに大外を取り囲んだ冒険者たち。彼らは大半がD、Eランクで、僅かなCランクがそこに混ざっている。ミリアルドが雇い、ここまで走ってきた冒険者もこの中に幾人かいた。彼らは超常の戦闘に加わる実力は持っていないが、ある者は弓を構え、ある者は支援魔法を飛ばし、各々ができることをしていた。
「本当に人間かお前? 亜竜狩りでも、ここまでしんどくないぜ」
ケイが軽い口調で飛ばしたが、その内心では血が滲まんばかりに唇を噛み締めていた。
なぜなら、倒れ伏す死体の一つは彼のパーティーメンバーにして実の弟だからだ。
「……だんまりか? まあいいけどな」
ケイは手の中の剣をくるりと回した。回った剣刃が陽光をキラリと反射する。その光がセフィーナの目にかかり、彼女は僅かに目を細めた。
瞬間――ケイはセフィーナの目の前にいた。
スキル【縮地】による高速移動。そこからセフィーナの顔面へと剣刃を突き出す。スピードは申し分ない。威力も速度が乗っている分鋭く、そこにさらに後方の冒険者たちの支援魔法が上乗せされている。
だが、セフィーナは突き出された剣刃を容易く掴み取った。素手で掴んだことで血が滴るがそれだけだ。掴まれた剣は押しても引いてもビクともしない。
そこにもう一人。ケイの仲間の女冒険者が、タイミングを合わせて振りかぶったハンマーを叩きつけた。しかし、その一撃も空いた右手で容易く受け止められてしまう。
そこで、ドゴッ――と鈍い音が広場に響いた。
セフィーナの三方を包囲していた最後の一人――重厚な全身鎧に身を包んだ男が、その全体重を乗せてシールドバッシュを繰り出したのだ。セフィーナの両手が塞がり、足が止まった瞬間を狙いすました一撃だった。
背中を襲った巨大な鉄の砲弾のような衝撃には、さすがのセフィーナもこたえたのか、両手に掴んでいた剣とハンマーを離した。
しかし、そこまで。
セフィーナはグッと足を踏んばり衝撃を耐え切った。
そして、怒りの表情を浮かべる。
ドゴンッ――と、先ほどを超える轟音が広場に響いた。
セフィーナが振り向きざま、全身鎧の男を盾の上から殴りつけたのだ。
盾はへこみ、歪み、衝撃に弾き飛ばされそうになった男は、それでもなんとか盾を構えたまま足を踏ん張った。衝撃に耐えきれず、筋肉が切れ、関節が潰れ、鎧の隙間から血が噴き出したが、男は歯を食いしばって堪える。
結果、男は数メートル後退するに留まった。
即座に周囲の冒険者たちから回復魔法と蓋の空いたポーションが飛び交い、男の傷は見る見る塞がっていく。
ケイらも一旦距離をとり仕切り直した。深追いはしない。深追いした結果が弟の姿だからだ。
再び三角に包囲する。セフィーナは、手のひらから血を流している。シールドバッシュでのダメージも確実にあるはずだ。だが、こめかみに流れていたはずの血は消え、脚につけたはずの切り傷は綺麗サッパリ無くなっていた。
強大な敵を倒すには、徐々に削り、弱らせるのが常道である。だが、目の前の化け物は、そんな常識的な戦術を許してはくれない。
一見、今の攻防だけでは、互いに傷を負い、治癒され、と互角のやりとりだったように思えるがそうではない。全身鎧の男の傷は確かに癒えたが、冒険者たちのMPには限界があり、ポーションの数には限りがある。男の盾も潰れた。新たな盾を既に【アイテムボックス】から取り出してはいるが、それも無限ではない。ケイたちのリソースは確実に限られているのだ。
それに対してセフィーナはどうだ。素手で戦っている彼女は何かを消費することがない。今流れている血もすぐに止まり、なかったことになるだろう。
さすがにこのままではまずい。もう充分にそのことは理解していた。
「……アトラはまだかよ」
ケイは『魔鉱窟』の入口に目を向けたくなるのをグッと堪え、セフィーナを見据えたまま双剣を構えた。
*
ケイたちがセフィーナの存在を聞かされたのは、『魔鉱窟』の変異により現れた新階層を軽く探索し終え、本格的に奥に潜るために一旦準備を整えようと、ダンジョンの外に出てきたときのことだった。
採掘人たちで賑わう広場に大挙して現れた冒険者に囲まれたケイらは、ミリアルドなる商人から事情を聞き、その場でセフィーナ討伐隊として雇われる形となった。
『三大兇紅』ということで、パーティー内の意見は割れたのだが、結局は巨額の報酬と、リーダーであるケイの賛成が決め手となった。
もちろん勝算があってのことだ。ミリアルドが全ての冒険者を雇い入れると豪語したことが一番大きかった。現在『魔鉱窟』には多数の高ランク冒険者が潜っている。その全てが力を合わせることができれば、如何な『三大兇紅』と言えど、勝てない道理はない。
「……あれか?」
ダンジョンの入口。岩で形作られた階段を上ってきたのは、見るからに只者ではない佇まいの冒険者だった。それも一人や二人ではない。
「おお、凄い魔力だぜ」
「なるほど、世界最強もふかしではないということか」
ダンジョン内部の冒険者を呼びに、Dランクが徒党を組んで向かい、それにケイの仲間も二人同行した。その結果が彼らというわけだ。
現れた冒険者は、入口横にいたミリアルドの前に歩み寄る。
護衛のベラミス兄弟も冒険者たちのただならぬ圧力に僅かに怯んでいた。
「改めて聞くが幾らだ?」
禿頭にたっぷりと髭を蓄えた巨漢が、彼らを代表して尋ねた。
「Bランクは一千万ラークだ」
「一人頭でいいんだよな?」
「もちろん」
ミリアルドはタグを差し出しながら悠然と答えた。
冒険者は皆一癖も二癖もありそうな者たちばかりだったが、ミリアルドの態度は堂々としたものだった。
「結構だ」
禿頭の男は獰猛に笑うとタグを合わせた。入金を確認すると、冒険者たちは臆することもなく、むしろ笑いながらセフィーナの元に向かっていく。
その様子を見送るミリアルドも、彼らに劣らず獰猛に笑っていた。
当然だ。ミリアルドもまた戦っているのだから。
自分が最強だと信じる戦法で、最強の敵を相手取っているのだから、雄々しく、戦士のように笑うのは当たり前のことなのだ。




