第21話 スコップの用途
ランザの息もつかせぬ連撃。仕掛けられた罠。結果、足を取られ尻もちをついたセフィーナ。そこに繰り出されたルーリエのとどめの一撃。
男の性か、あるいは犬人族の本能か。一連の流れは、怯えてへたり込んでいたはずのバユーの心さえ熱くした。
しかし、だからと言うべきか、冷や水を浴びせられ、冷え込むのもまた一瞬の出来事だ。
レベル20の筋力、そこに全体重が加えられ、さらには『防御無視』の特性までもが集約されたスコップの尖端。
その必殺のはずの一撃は、セフィーナが顔の前にかざした手のひらに遮られ止まっていた。
ルーリエのスコップは柔らかい手のひらの皮膚すら破ることは叶わなかった。
バユーはルーリエたちが話していた『防御無視』云々の話が聞こえていたわけではないが、ミリアルド商会にて、ルーリエが壁に容易く穴を空ける様子をその目で見ていたことから、彼女の一撃がただならぬものであることは理解していた。
それが全く通じなかった。
スコップを防いだセフィーナは、重力を無視するかの如く挙動をもって、その場で跳ね起きた。
そして、起き上がったときには、如何なる速度によってそれがなされたのか、ルーリエの白い髪を掴み取っていた。
セフィーナは掴んだ髪を支点に、ルーリエを一度ハンマー投げのようにぐるりと振り回すと、そのままの勢いをもって頭から石畳の地面に叩きつけた。
硬質な破砕音が大通りに響く。
ブチブチと白い髪が千切れた。
人外の膂力で石に叩きつけられたルーリエの小さな体は、大きくバウンドすると、ドシャリと落ちて動かなくなった。
ダラリと弛緩した体はピクリともしない。白い髪が溢れる血で真っ赤に染まっていく。
その段になると、即座に逃げの一手を打とうとしたランザだったが、セフィーナの速度が遥かに勝った。
まるで大砲のような威力と速度でもって飛んだ拳撃が、ランザの鳩尾を貫いた。
「…………ッ‼︎」
バリッと紫電が走る。ギリギリのところで《雷化透身》が間に合った。だが今度は、セフィーナはそんなことなど関係ないとばかりに攻撃を続ける。
「《雷化透身》《雷化透身》《雷化透身》――ッ‼︎」
セフィーナの攻撃の対して、必死の魔法連打。雷の体に無意味な穴が次々穿たれる。
「《雷化透――」
脇腹が抉り取られた。その傷も容易く塞がるかと思われたが、傷口には僅かな紫電の筋が走っただけで終わった。
「ゴボッ!」
派手に血を吐いたランザはフラフラと後退し膝をついた。そして、もはや熱しか感じられない横腹に手を伸ばし、そこに何もないことに気づくと、力無い笑みを浮かべ――倒れた。
冷たい石畳に広がる赤い泉の中に、ランザは沈んだ。
全てを見届けたバユーは、相変わらずへたり込んだまま固まっていた。
そこにギョロリとセフィーナの目が向く。
「ひっ――!」
悲鳴がもれた。セフィーナはそのままバユーのほうに歩いてくる。
殺される。それが分かっていながら、バユーは立ち上がって逃げることもできずに、ズリズリと後ずさりするだけだった。
そして――
セフィーナは怯えるバユーの横を通り過ぎていった。
「…………」
スタスタと足音は背後に遠ざかっていく。
自分は敵ですらなく路傍の石。相手にする必要すらない。バユーは正しく悟った。
振り返ると、セフィーナはミリアルドたちが逃げていった脇道へと歩いていく。
その先にはカイルとヴィータもいる。
ドクンッと心臓が跳ねた。早鐘を打つ胸は、暗く、重く、苦しい。
二人は自分より幼い。同じように見逃されるのでは? そう思いながらも、不安は渦巻き積み重なっていく。
二人の泣き声が聞こえた気がした。おそらくは幻聴。去り際の泣き声が、まだ耳に残っていただけにすぎない。
それとも、この山の上で二人が泣いているのだろうか?
バユーの手に力が入った。ギュッと拳が握られる。
そして、セフィーナの背中を見送っていたバユーの瞳に、僅かな、しかし確かな炎が揺れた。
瞬間――セフィーナがバユーへと振り返った。
まるで爬虫類を思わせる無機質な目に見据えられ、バユーの中に燻った僅かな炎は跡形もなく消し飛び、その瞳はまた恐怖に支配されるのみとなった。
セフィーナはそんなバユーから視線を外すと、またミリアルドを追って歩き出した。
バユーの目から涙がこぼれる。
手足はまるで嫌がるように言うことを聞いてくれなかった。いや、嫌がるようにではない。嫌がっているのだ。バユーの心は弟たちを助けに行くことを拒否していた。
ポタリ、ポタリと涙が落ちる。
バユーはセフィーナの背中を泣きながら見送ることしかできなかった。
*
ベルグに着いた継人が馬車に乗っていたのは、『外街』で巨大な血溜まりを発見するまでのことだった。
広がる血溜まりと飛び散る肉片を見て、もはや一刻の猶予もないと感じた彼が頼ったのは己の脚だ。
なにせ今の彼の全力疾走は馬車よりも速い。
走って、走って、走って、人を見つけては話を聞き、また走る。
そうして継人が辿り着いたとき、そこにあったのは、捲れ上がった石畳と車輪が破壊された馬車、そして血の海に沈んだランザと――
「ルーリエッ‼︎」
継人は倒れ伏すルーリエに駆け寄った。
小さな体を抱き起こそうとしたが、派手に出血しているのを見て取ると一旦手を止める。
主な出血箇所は頭。白い髪が真っ赤に染まるほど血を噴き、左の角などはその根元から大きな亀裂が走っていた。
脳にダメージを負っている可能性があるので下手に動かすのは危険。そう判断した継人は、ルーリエの頰にそっと触れた。するとその肌からは確かな体温が感じられた。首筋に手を当てると、トクン、トクンと脈も確認できた。
ここで初めて小さく息をついた継人は、しかし、視界が烈火に染まるのを自覚した。瞳はグラグラと揺れ、視覚は狭く窄まる。胸の中に渦巻くのは度し難い怒りと殺意だ。だが、継人は一旦その全てを歯を食いしばり呑み込んだ。そんなことよりも、今はやるべきことがある。
継人はルーリエの首にかかったタグを手に取ると、そこに魔力を込めた。
HP:31/682
この数字がどの程度深刻なものか確かなところは分からないが、それでも一刻も早く治療が必要なことは一目だ。
治療となれば、もはや医者や病院より先に「ポーション」という単語が浮かぶくらいにまで異世界に馴染んできた継人だが、言うまでもなく手持ちのポーションはない。しかし、幸運なことに、今居る場所からアガーテの店はそれほど離れていなかった。
問題は、動かすわけにはいかないルーリエを一時ここに置いて行かなければならないことだ。
もしその間に彼女をこんな目に遭わせた敵が戻ってくるようなことがあれば……。
継人の脳裏にセフィーナの顔が浮かぶ。
「いや……」
目を移した先には血に伏す一人の男。
ネームウィンドウを確認すると、ミリアルド商会で遭遇したランザで間違いない。
(こいつと相打ちになったのか……?)
事態の全貌が見えていない継人がそう考えたのはむしろ自然だった。
生きているのか、死んでいるのか、ランザは動かない。
だが、ネームウィンドウが開くということは、まだタグには魔力が残っているということだ。生きている可能性は充分にある。
ドロリ、と胸の奥で不快な波動が蠢いた。また視界が窄まり、瞳がグラグラと揺れ出す。
もし自分がいない間に、ランザが動き出したらルーリエに危険が及ぶ。だったらここで後顧の憂いを断っておくべきだ。それよりなにより、ルーリエをこんな目に合わせた奴を生かしておいてなるものか。
継人は目を据わらせたまま、腰のナイフを抜き放ち、立ち上がった。そして、ナイフ片手にランザへと一歩踏み出したそのとき、
「はあっ! はあっ! はあっ!」
一人の少年が大通りの向こうから息を切らして走ってきた。
少年はバユーだったが、無論、継人は彼の顔を知らない。
息を切らしたバユーはルーリエの傍らに屈むと、大量に抱えた細長い金属の容器、その赤い蓋を開け、ルーリエの頭に――ガシッと継人がその手を掴んだ。
「離せよッ!」
そう牙を剥いたバユーはボロボロと涙をこぼしていた。
継人は、バユーの手にあるものがポーションであると気づくと、掴んだ手を離した。
如何なる理由か、ズビズビと鼻をすすり、涙を流したバユーは、ポーションをルーリエに振りかけていく。一本、二本、と使い切り、その本数が三本目に入ったとき、ルーリエの瞼がゆっくりと開いた。
「む……」
という声とともに、ルーリエがむくりと上半身を起こす。
継人はルーリエの傍にしゃがみ込むと、有無も言わさず彼女の顔をガシッと掴み取り、頰をムニムニと捏ね回して傷の度合いを確認する。
「むにゅにゅにゅ」
「平気か?」
されるがままだったルーリエは、
「むにゅ、へいき」
と頷いた。
「ツグトが、たすけてくれた?」
確認するルーリエに、継人は首を横に振った。
「俺は倒れてたお前を見つけただけだ。お前の怪我を治したのは――」
継人が視線を移した。つられてルーリエもそちらを見る。そこには俯いたバユーがいた。
「む、バユーだった。ありがと」
そう礼を言われたバユーは、しかし、下を向いたままボロボロと涙をこぼしている。
「違うんだ……ッ! お礼を言われる資格なんて、ぼくにはないんだ! ……ホントは、あいつの後を追いかけなくちゃいけなかったのに……。カイルとヴィータが危ないって分かってたのに……! 怖くて、そっちに行きたくなくて、だから、別のっ、できることを考えてっ……」
ヒックヒックと、バユーはしゃくりあげる。
その様子を、しばらく黙って見ていたルーリエは、やがて立ち上がると、きょろきょろと辺りを見回し、自身のスコップを拾い上げた。
そして、バユーの前に立つとスコップをピッと掲げる。
「一人より二人のほうがつよい。いまはツグトがいるから、もっとつよい」
だから大丈夫。バユーのしたことは間違っていない。これから皆で二人を助けに行こう。
そう言いたかったのだ。
拙い言葉が、俯くバユーに果たして届いたのか否か。
そこに事情を全く理解していない継人が、ガシッとルーリエの頭を掴んだ。
「おい。俺を数に含めるのはいいけど、事情が全然分からん。説明ぐらいしろ」
「む、カイルとヴィータをたすけにいく」
簡潔すぎてまったく説明になっていなかった。だが、カイルとヴィータ、そしてバユーと言えば、ルーリエとともに逃走したと思われていた奴隷たちの名だ。その内の二人が何か危機的な状況に陥っているということだけは理解できた。
「誰から助ける? ミリアルドか?」
継人が尋ねると、
「……セフィーナさ」
答えたのはルーリエではなく、血溜まりの中、倒れていたはずのランザだった。
ランザは青白い顔を上げ、震える手でポーションを握っていた。
「……よく生きてるな、お前」
継人が呆れるように言ったのも無理はない。パッと見ただけでもランザの横腹が大きく抉れているのが確認できる。ポーションを使用したのだろうが、回復しているようには見えない。
「そっちこそ、よくあの女の前に取り残されて無事だったものだ」
死にそうな顔で、それでも不敵に言い放ったランザに、
「おかげさまでな」
と継人は取りあえず皮肉で返した。
「で? セフィーナが敵だとして、何が言いたいんだ? お前も俺たちの敵であることには変わりないだろ。引導を渡してほしいんなら考えるけど?」
継人の言葉にランザは強気に紫色の広角を持ち上げるが、すぐに咳き込み血を吐いた。
そこに、バユーからポーションを受け取ったルーリエが近づいていく。
ルーリエはポーションの赤い蓋を開けるとランザの傷口に振りかけ始めた。
「おい、さすがにちょっと待てルーリエ。そいつは敵だろ」
継人が声を尖らせたが、ルーリエはくりん、と小首を傾げる。
「お金もらったから、みかた……っぽい?」
「は? いや、どういうことだよ。つーか金?」
疑問いっぱいの継人に、ルーリエは大金貨を見せびらかしつつ、ミリアルドに雇われた旨を説明する。
「百万ラーク?」
「ずばり」
「それでミリアルドに雇われたって?」
「ずばり」
「セフィーナを倒すために?」
「すごいわるもの」
「お前、ミリアルドも悪者の人攫い野郎だって分かってるか?」
「……む、でも、お菓子くれたから、いいひとかも」
ルーリエは寝言をほざきながらお菓子の袋を自慢げに見せてくる。
額に青筋を浮かべた継人は、お菓子の袋を奪い取ると一息で全て己の口内に放り込んだ。頰を膨らませながらもりもりと咀嚼する。ルーリエは愕然としていた。
ゴクン、と飲み込んだ継人は、どうすべきか思案する。
相棒はカイルとヴィータを助けると息巻いている。
だが、冷静に判断すれば逃げの一択だろう。
実際に肌で感じたセフィーナの力はそれほど常軌を逸したものだった。ルーリエが戻った今、わざわざそんな化け物を相手にする必要性を継人は感じない。
カイルとヴィータ、二人の奴隷にしても、ミリアルドの所有奴隷であることを考えれば、手出しされる可能性は低いように思える。
だが、そんな話をしたところで、ルーリエは到底納得すまい。
確かに可能性は低い。しかし、そもそものセフィーナの行動原理すら不明なことを考えれば、その可能性とやらも、どれだけ信用できるかは甚だ疑問だ。セフィーナの気が少し変われば、それだけで終わるものでしかない。
それを大丈夫だから逃げろなど、詭弁もいいところだ。ただ逃げ出したいがための体のいい言い訳にすぎない。
そんなことは口には出せない。出したくもない。そんなことを言ってしまったら、それはもう死ぬ前の自分と何ら変わりない。
強くなろうと決めた。強く生きようと誓った。
だったら――
セフィーナに殴り飛ばされたことを思い出す。
血塗れで倒れていたルーリエを思い出す。
二人揃って殺されかけて、黙って引き下がるなどあり得ない。
今も胸中にドロリと不快極まりない衝動が渦巻いている。これを叩きつけてやるまで納得などできるはずがない。
継人は一度目を閉じると、パンッと頰を張り気合いを入れた。
そして、次に瞼が開いたときには、黒い瞳はまっすぐに前だけを向いていた。
「いくか」
覚悟を決めて口にしたのはたった一言。
ルーリエは継人の顔を見上げると、スコップをギュッと握りしめて頷いた。
そこに、全快とは言い難いが、少しは回復したらしいランザが、酷い顔色のままフラフラと立ち上がる。
「……ついて来る気か?」
「勘違いしないでほしいものだ。ついて来るのはお前たちのほうさ。『三大兇紅』はあくまでもミリアルドの獲物。そっちは雇われということを忘れないでもらおう」
「俺は金なんてもらってないけどな」
継人が肩を竦めた。
三人が並び立ち、未だ地面に座っているのはバユーだけとなった。
「……ぼく、ついて行っていいのかな? あのとき戦うべきだったのに、それができなかったぼくが、二人を見捨てたぼくが、今さら……」
涙混じりに後悔を口にするバユー。だが、本物の後悔を知る継人からすれば、それはズレた思考と言わざるを得ない。そんなものは全く後悔ですらないのだ。
継人はバユーの首根っこを掴むと、彼を無理矢理立たせた。
「一つ教えてやる。後悔は手遅れになってからするもんだ」
継人の言葉はシンプルだった。しかし、だからこそ少年の耳にも深く届いた。
「それとも、もう手遅れだと思ってんのか?」
しばし継人の顔を見上げ黙り込んでいたバユーは、やがて静かに首を横に振った。
まだ何一つ遅くはなかった。
*
継人、ルーリエ、ランザ、そしてバユーの四人は『魔鉱窟』へと続く山道を走っていた。
木漏れ日が美しく射し込む山道は、それだけ見れば悪魔の待つ戦場に続いているようには到底見えない。しかし、それが間違いではないと証明するように、道の先から逃げて来る人々とたびたびすれ違う。「逃げろ!」「上は駄目だ」と親切に忠告してくれる人間でさえ、その顔は必死そのものである。
先頭を走っていたルーリエが、突然足を止めて振り返った。続いて継人、バユーも振り返る。
三人の視線の先には一番最後に遅れてくるランザの姿があった。
ポーションを使っても損傷した臓器を完全に修復するには至らず、彼の顔色は相変わらず悪い。
「……そのざまで戦えるのか?」
継人が声をかけると、
「これでもお前たちよりはやれるつもりだ」
と、ランザは強がってみせた。しかし、彼のペースは一向に上がらない。
はあ、はあ、と息を乱しながら、ついには膝に手を当て足を止めてしまった。
「……一つ言わせてもらうが、辿り着いたところでお前たちにアレを相手取る策があるのか? 頼りの『防御無視』も空振りだったんだぞ」
息を整えながら言ったランザの言葉に、継人は首を傾げる。
「『防御無視』?」
そこに、ルーリエが継人のシャツの裾をくいくいと引っ張った。
継人が視線を向けると、ルーリエは石の階段にスコップを突き立て、ドヤ顔で胸を張った。
「……石にスコップが刺さった? どうなってんだ?」
「ずばり【スコッパー】のちから」
それは奇妙な光景だった。ルーリエが突き立てたスコップには、まるで力が加わっていなかったように見えた。それなのに容易く石を貫いた。スコップが強力な力を発揮したというよりは、むしろ石のほうが柔らかくなったのような印象さえ受ける。そう考えると『防御無視』とは言い得て妙だった。
これが称号の力だというなら、殺してでも奪おうとする者がいるのも分からない話ではない。
「……この力が通じなかったのか?」
「ああ。攻撃は確かに命中したが、肌を裂くことすらできなかった」
ルーリエが、むむ、とスコップの尖端を見つめる。
「ふしぎ」
と首を傾げた。
「……もしかしたら、人間相手には『防御無視』の効果がないのかもしれないな」
ランザが思いついたように言った。
「どういうことだ?」
「考えてもみろ。スコップは本来武器ではなく土木作業用の道具。力を発揮するのは人間を相手にしたときではないということだ」
なるほど、と一同は唸った。納得できなかったのは、ただ一人。
「むぅ。スコップはさいきょう」
ルーリエはスコップをぎゅっと握りしめて反論した。
ランザは苦笑を浮かべたが、反対に継人は真剣な顔で、
「……ふむ」
と、考え込んだ。そして、
「ルーリエ、ちょっとこの木を攻撃してみろ」
継人が指差したのは山道に生えた何の変哲もない一本の木だ。
継人の意図が理解できなかったルーリエだったが、元来の素直さ発揮して、指示どおり木にスコップを振るった。
ガッと硬い音を鳴らし、幹が僅かに削れただけで、木はスコップを弾く。
「……生物全般には効果がない、というわけだな」
ランザが納得いったと頷いた。
ルーリエは悔しげに「むうううう」と何度もスコップを振るうが結果は変わらない。
継人はムキになったルーリエを止め、傷だらけになった幹をジッと見つめた。幹に触れ、その傷口を撫でる。
「スコップはさいきょー……」
小さく呟きながら肩を落としたルーリエに、振り返った継人がポンと肩を叩く。
「もう一度やってみろ」
継人はそう言った。
ランザとバユーは首を傾げる。何度やっても同じだとしか思えなかったからだ。
ただ一人、継人の言葉にコクリと強く頷いたルーリエはスコップを振りかぶる。
呆れたように見守るランザ。真剣に見ていたのは継人のみだ。
そして――
継人がニヤリと笑った。
「馬鹿な……」
と驚いたのはランザだ。
木はまるで巨大なスプーンでくり抜かれたように、幹が抉れていた。
もちろんそれはルーリエのスコップによって抉られた跡だ。
なぜ今度は【スコッパー】の力が発動したのか自分でも理解していないルーリエは、それでもすぴすぴと鼻を鳴らし、頰を紅潮させて、得意満面といった様子だった。
唯一、正解を導き出した継人も、
「ルーリエ、確かにお前のスコップは最強かもな」
そう言って得意げに笑った。
その顔は、勝つ手立てを見つけたとでも言いたげなものだった。




