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第20話 防御無視

 力任せ。大雑把。セフィーナの動きは雑そのもので、戦士の動きと呼べるものではない。

 しかし、彼女にはそれを補ってあまりあるステータスがあった。

 圧倒的な筋力値と敏捷値がもたらす暴威は何物にも勝る。

 このときの動きもそう。ただ近づく。たったそれだけの動きが、巨大な圧力と速度をもって行われた。


「――《雷化透身》!」


 ランザの詠唱と同時――

 彼の胸元に大きな穴が穿たれた。

 接近した勢いのまま繰り出したセフィーナの拳が、ランザの胸を貫き、吹き飛ばしたのだ。


 胸筋、肋骨、心臓、肺、背骨を丸ごと失い、体が半ば以上千切れかけたランザは崩れ落ちる――かと思われたが、ゆらり、と彼の体のシルエットが揺らめいた。

 ランザの体を閃光が包み込み紫電が生まれる。いや、ランザの体そのものが電気に変わっていた。電気と化したランザの体は、穿たれた大穴などなんでもないとばかりに塞がっていく。

 僅かに目を見張るセフィーナ。

 そこに――一閃。

 ランザではない。セフィーナでもない。

 その後ろ。

 セフィーナの背後に回り込んだルーリエが、スコップをフルスイング一閃、彼女の背中目掛けて振り抜いたのだ。

 戦闘の間隙を縫った背後からの攻撃。躱せるものではない。

 しかし、セフィーナはまるで背中に目がついているかの如く、その一撃を前に屈んで躱した。

 そして、屈んだ姿勢のまま、背後で宙を泳いだルーリエへと手を伸ばし――


 セフィーナの体が真横にズレた。

 彼女の脇腹には、雷から実体に戻ったランザの蹴りがヒットしていた。


 セフィーナは見た目十代半ばの少女。いかに強大なステータスを持っていようと、その体重は五十キログラムに満たない。必然、ランザの蹴りを受ければ体が浮き、ひとたび体が浮けば、慣性に逆らう術はなかった。


 セフィーナは大通りに立ち並ぶ商店の一角に突っ込んだ。

 小麦粉の袋でも積んでいたのか、白い煙がブワッと舞い上がる。


 一旦、敵との距離が開いたことで、ランザはフーと微かに息を吐いた。

 そこに、ルーリエのスコップが横一文字に疾る。狙いはランザ。鈍色の鉄の鈍器が、しかし鋭く振り抜かれる。


「…………ッ!」


 間一髪、後ろにステップして躱したランザ。

 しかし、ルーリエはさらに追いすがり、スコップを振り上げた。今度は縦一文字。

 だが、その一撃が振り下ろされるより早く、ランザがスコップの柄を掴み取り抑え込む。


「待てッ!」


 ランザが一喝するが、ルーリエはジタバタと暴れて言うことを聞かない。


「待てと言っている! くそ、子供みたいな真似を――いや、子供だったな。……分かった。俺が悪かった。このとおり謝罪するから落ち着け!」


「むううう。バユーにあやまるべきっ」


「分かった。分かったから待て! すまないバユー! 許してくれ!」


 ランザはルーリエを抑え込みながら、へたり込むバユーに向けて声を張った。

 とうのバユーは何のことか分からないのか呆然としている。しかし、バユーに謝罪が届く必要はない。届いてほしい相手はルーリエである。

 ランザの願い違わず、ルーリエはぴたりと動きを止めた。


「むむ、もうしちゃだめ」


 ルーリエは半眼でランザを見上げた。

「約束しよう」とランザが答えると、ルーリエは満足げに、こくり、と頷いた。


 ランザはホッと息をつく。本当にホッとしていた。ランザは使い捨てにしたバユーとは違い、本当にルーリエを戦力として数え、しかもそれ以上の期待を寄せてすらいた。彼女の怒りを買ったことで、危うくそれが台無しになるところだったが、なんとか収まった。


 ちょうどそのとき、白い煙が晴れてセフィーナが姿を現した。彼女は何食わぬ顔で、服についた汚れを払っていた。

 その立ち姿は全くの無傷。雷化したランザに手を触れても、彼の全力の蹴りを喰らっても、ダメージを負った気配は微塵もない。

 ミリアルド商会での交戦時から分かっていたことだが、自分がセフィーナに決定的なダメージを与えることは不可能だと、ランザは改めて思い知る。


 だが――と、ランザは小さく笑った。

 そのとき彼の脳裏に浮かんでいたのは、とある光景だ。


 薄暗い地下室。

 無残に破壊された牢の石壁。

 ズタズタに引き裂かれた鋼鉄の扉。


 確かに自分の攻撃は通じない。


 だが、この少女の一撃ならばどうだ?


「お前が地下室から逃げたときの力。【スコッパー】の力だろう? 今も使えるか?」


 ランザの問いに、ルーリエはピコピコとまばたきすると、くりん、と首を傾げた。


「……地下室の扉をボロボロに壊しただろう。アレのことだ」


 そこまで言われて、ルーリエは初めてあの力が称号の力であることに思い至った。

 ルーリエは石畳の地面にスコップを突き立てる。

 スコップはやはり何の抵抗もなく石に突き刺さった。


「なるほど。さながら『防御無視』といったところか。まったく恐ろしい力だが、今は頼もしいと言わせてもらおうか」


 ランザの言葉に、ルーリエの耳がぴくりと動いた。


「お前にはとどめを任せたい。前には俺が出よう」


 そう言うとランザは一歩進み出た。


 先ほどまでのルーリエなら、ランザの言葉は無視していただろう。

 しかし、怒っていたことなどどこへやら、今のルーリエは耳がぴくぴく忙しなく動き、鼻息もすぴすぴと荒い。

「恐ろしい力」「頼もしい」「とどめを任せる」――ランザの数々の言葉が、ルーリエの琴線にこれでもかと触れたのだ。


「まかせてほしい」


 ルーリエはスコップをピッと掲げると力強く言い切った。

 彼女の返事に「よし」と頷くと、ランザは走り出した。


「《身体強化》《筋力強化》《敏捷強化》――!」


 一気に唱えたランザは、歩きながら戻ってくるセフィーナに、今度は自分から突っ込んでいく。

 敵にまっすぐ突っ込んだセフィーナとは違い、ランザは左に逸れて、反時計回りに回り込みながら彼女に接近していく。そうすることで相手の視線を自分に引っ張り、ルーリエが自然とセフィーナの死角に入るのだ。細かい技術だが、パーティー経験も豊富なランザならではの技術だ。孤高のセフィーナが持っていないものだった。


 ランザは俊足を飛ばし、セフィーナの目前まで走り寄ると、彼女の顔目掛けて手の中からポイッと何かを放り投げた。

 ふわりと宙を舞ったのは金属製の筒。それは、《雷化転身》の際に中身が変異したポーションだった。蓋は空いている。ゼリー状の液体を撒き散らしながら金属の筒はくるくると宙を舞った。


 戦闘において、もっとも恐ろしい攻撃の一つが正体不明の攻撃である。なにせ素直に防御して良いのかすら定かではないからだ。この液体が毒だったなら。その可能性があるだけで、たとえそれが無害な水だったとしても、生身で触れるわけにはいかなくなる。


 セフィーナはもちろんその液体の正体など知らない。だが――


 バシッと、セフィーナは左手の甲で無造作に変異ポーションを横にはたいた。それがどうしたと言わんばかりの態度。僅かに手を濡らした液体のことなど気にも留めてない。


 軽い牽制だったが、こうなってしまっては全くの無意味だったように思える。だが、これで良かった。はたこうが、躱そうが、受け止めようが、構わない。大事なのは先手を取ったという事実だった。

 相手は遥か格上。後手を踏んでは耐えきれない。こちらが先に仕掛け、相手の行動の選択肢を狭める。限られた選択肢の中なら、どう動こうがそれは全てランザの想定できる範囲だ。

 その証拠に、セフィーナが左手を動かして出来た隙を、まるで事前に知っていたかのように、ランザは拳を振りかぶって狙いすましていた。


 セフィーナの目がランザの拳を捉える。それを躱そうと首を動かし――


 セフィーナの顎が跳ね上がった。


 拳が当たったのではない。そのもっと下。拳の対角線上の死角から蹴りが飛んだのだ。

 それは走り寄る勢いを残したまま、拳をフェイントにしての、飛び蹴りに近い回し蹴り。

 曲芸じみたこの蹴りは、どこを切り取っても常人離れした凄まじい一撃だった。

 だが、対するセフィーナは常人離れどころか人間の枠から大きく逸脱した存在である。


 セフィーナは跳ね上がった顎を戻した。そこには傷一つない。当然だ。そもそも蹴りは当たっていなかったのだ。顎が上がったのは、単に顎を逸らして蹴りを躱したにすぎなかった。

 しかし、それもまた想定どおりと言わんばかりに、ランザは顔色一つ変えていない。

 ランザは空振りした蹴りの慣性を活かして、そのまま空中でクルリと回転すると、もうひと蹴り顔面目掛けて振り抜いた。それも身を屈めて躱されると、今度は着地しながら流れるような動きで下段の足払いへと繋げる。


 途切れることのない連続攻撃が始まった。

 それは、まるで舞踊。時折混ぜられるフェイントでさえ、舞の一部のような滑らかさをもっていた。信じられないレベルの体術。地面にへたり込み、戦いを見守るだけのバユーですら思わず見惚れるほどだ。


 しかし、そのレベルの体術をもってしても、セフィーナには一撃すらかすりもしない。

 ランザの攻撃が舞踊なら、躱すセフィーナもまた舞っているようだった。


 そろそろ息が上がり始めたランザの下段蹴りを、セフィーナはひょいと片脚を上げて軽く躱してみせた。

 その瞬間、ランザの細い目の奥が光った。


「《雷纏蹴撃》――‼︎」


 それは筋肉を電気刺激することによって威力、速度が強化された蹴りに、雷による追加ダメージと麻痺の確率付与まで上乗せする優秀な武技魔法。

 今まで一定の間隔で刻まれていた連撃のリズムを狂わす高速の一撃だった。


 一定のリズムに慣れてしまった分、普通に《雷纏蹴撃》を迎え撃つよりも格段に躱しにくくなる。ましてやセフィーナは未だ片足を上げた不安定な体勢。


 紫電を帯びた高速の蹴撃が、セフィーナの頭部を襲う。


 だが――

 スウェイバック。


 セフィーナは片脚を上げたままの不安定な体勢でありながら、後ろに体を反らした。

 ほとんどリンボーダンスのような格好になったセフィーナの顎先を、紫電を帯びた蹴りが虚しく通過していく。


 不発。


 だがこのとき、渾身の蹴りを外したはずのランザが小さく笑った。


 なぜか? その答えはセフィーナの目の前にあった。


 体を反らせて蹴りを躱したことで、天を向いたセフィーナ。その彼女の視線に映ったのは空ではなく、スコップを振りかぶったルーリエの姿だった。


 セフィーナが地面に着いているのは片足のみ。

 限界まで体を反らせてバランスもギリギリの状態。

 これはもう躱せるタイミングではない。


 しかし、セフィーナの顔には微塵も焦りの色はなかった。

 そもそもセフィーナは背後から接近するルーリエに気づいていたし、彼女にとっては片足が地面に着いているなら、地面ひと蹴りでこの場から脱することなど容易いことなのだ。


 セフィーナはスコップを突き出すルーリエを見つめながら、地面を踏みしめる片足にグッと力を込めた。

 そして、その場から飛び――


「《泥沼》」


 セフィーナの片足がズブリと沼に沈んだ。


 ここ一番、この瞬間のために、見せずにとっておいたランザの魔法が完璧に決まる。


 それはまるで詰め将棋を思わせる見事な手順。

 事ここに至っては、どれだけ回避力が優れていようと、どれだけレベルが高かろうと、躱すことなどできはしない。


 ルーリエの全体重をかけた『防御無視』の一撃が、セフィーナを捉えた。

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