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第19話 足止め

「《岩壁》!」


 ベラミス兄の声とともに、舗装された大通りの石畳がググッとせり上がった。


「《堅土壁》!」


 続いてランザの声が響くと、《岩壁》の影響で崩れた舗装路の隙間から覗く土が、せり上がった岩壁にへばりつき補強していく。

 二重の魔法によって馬車後方にあっという間に防壁が築かれた。


 刹那――


 ドンッ‼︎ 空気を突き破る破裂音と壁を穿つ轟音がデュオを奏でた。


 ビリビリと空気が振動し、二重の防壁が耐久限界を超えてバラバラに砕け散る。

 だが充分。セフィーナが投げつけた石もまた耐久限界を超えて粉々に砕け散っていた。

 なんとか防げた。ランザたちがそう思ったのも束の間、運悪く、砕けた防壁の一部が馬車の車輪に直撃してしまう。

 右の後輪を失った馬車は、激しく蛇行したが、御者の必死の制御もあり、なんとか転倒せずに停車することに成功した。

 疾走していた大通りの、ど真ん中に停まったボロボロの馬車からミリアルドらが飛び出す。


「こっちだ! 急げ!」


 先行していた冒険者たちがミリアルドに叫んだ。

 冒険者たちはミリアルドに助け寄るでもなく、むしろ馬車の惨状を見て、逃げる脚を速めている。

 冒険者たちは次々に大通りから逸れて、脇道に飛び込んでいく。そこは、ここにはいない継人がよく見慣れた道。竜の巣穴亭の前を抜け、『魔鉱窟』へと向かう道だった。


「ランザ、いけるか?」


 ミリアルドはランザの顔をまっすぐに見ると、真剣な面持ちで尋ねた。

 何がいけるのか聞き返すまでもない。「自分が逃げて戦力を確保するまで足止めできるか?」と聞いているのだ。


「まあ、なんとかやってみるさ」


 ランザは迷うそぶりもなく頷いた。

 もちろん恐怖がないわけではない。だが、それ以上にランザの胸の奥には熱が滾っていた。


 ――もし勝てたらさ、俺が最強だな。


 先ほどのミリアルドの言葉を思い出すと、その熱はさらに増し、火が点ったのかと思うほどだった。

 めずらしく獰猛に笑うランザに、ミリアルドもニヤリと唇を曲げた。


「さて、出番だ【スコッパー】殿」


 今度はルーリエを指名した。

 ルーリエは眠たげな半眼をぱちりと僅かに瞬かせると、こくり、と頷いた。

 恐怖を感じている様子はなかった。

 そして反対に、


「君も残ってくれバユー君」


 指名されたことで、バユーの顔がハッキリと青ざめる。無理もない。彼はただの少年にすぎないのだ。

 バユーは善良で、頭も悪くない。人生において色々なことを経験してきたし、今も波瀾万丈の真っ只中だ。惜しむらくは戦いの経験がまるでなかったことだろう。

 バユーは青い顔でベラミス弟を見た。ポーションで傷口は塞いだようだが、彼の右腕は肘から先が無かった。

 今起こっている、そしてこれから始まる戦いに、自分が貢献できることなどありはしない。そのことにようやく気づき始めた彼は、


「…………」


 しかし、口の中が乾くばかりで、拒否や否定の言葉は返せなかった。

 自分が言ったのだ。必ず戦うと。もう既に金を受け取り、奴隷からも解放されている。この段になって嫌だなどと言えるはずがなかった。

 かと言って肯定の言葉などもっと出てこない。

 バユーは青ざめたままカイルとヴィータを見つめた。どうしていいか分からなくなっていた。だが、憐れな少年が答えを出すのを事態は待ってくれるはずもない。


「そっちの二人は連れていく」


 ミリアルドがカイルとヴィータを見てそう言った。ベラミス兄が何か言いたげな視線をミリアルドに向ける。

 こんな子供は足手纏いだから置いていったほうが良いのでは? ということだ。

 だが、ミリアルドは提案に首を横に振った。するとベラミス兄は何も言わず、カイルを小脇に抱えた。ヴィータは御者の男が抱える。

 何が起こっているのか、これから何が起こるのか、まったく理解していないカイルとヴィータは、バユーに手を伸ばし泣き叫んだが、バユーは黙って見ていることしかできなかった。


「頼んだ」


 最後に一言残すと、ミリアルドは冒険者たちに続いて脇道へと走っていった。


 ランザ。ルーリエ。バユー。

 大通りに三人が残された。


 それほど間を置かず、建物の屋根の上を伝って来たセフィーナが、三人の前に降り立った。

 セフィーナは三人の顔を確認すると、手元に目を落とした。そこには懐中時計に似た機具が握られていた。機具の中で揺れる針が一点を指す。その針が指しているのはランザだった。


「……どうしてこんなに早く行き先がバレたのかと思ったが、なるほどな。追跡系の魔道具……いや、アーティファクトか? ミリアルドではなく、俺を追って来たあたり、使用には特殊な条件がありそうだな。……必要なのは対象の血か魔力といったところか?」


 ランザが時間稼ぎもかねて話しかけるが、セフィーナは何も答えない。

 ランザは、セフィーナの周りを回り込むように一定の距離を保ったまま、ゆっくりと歩き出す。それを追うように針は動き、セフィーナの視線も動いた。


「まったく失敗したな。俺だけは明後日の方向に逃げるべきだったか。でもそうすると俺だけが追いかけ回されてたわけか。さすがにそれは勘弁してもらいたいな。俺はこう見えても臆病でね。今日の今日まで命を賭けたことすらなかった。だが、それがどうしたことか、今またこうしてお前の前に立っている。なぜだろうな?」


 歩きながら適当に話しかけるが、セフィーナは取り合わない。

 そのとき、彼女の手の中の道具がフッと消えた。

 おそらく【アイテムボックス】に仕舞ったのだろう、としかランザには分からなかった。


 本来ランザほどの【魔力感知】があれば、敵の装備品の魔力を感知し、それがアーティファクトか否かを見破ることもできる。だが、セフィーナの場合は本人が纏っている魔力が大きすぎて、装備品に流れる細かい魔力などまるで感知できなかった。


「俺は昔、魔法戦士こそが最強だと思っていたことがあったんだが、お前は魔法は得意か? その馬鹿でかい魔力は飾りではないのだろう?」


 ランザは話しかけつつセフィーナの周りを歩く。彼女から目線を外さないまま、ゆっくりと歩を刻む。

 そこで、トン、とランザの脚に何かが当たった。当たったのは、セフィーナを見つめながら立ち竦んでいたバユーだった。


「どうした? ミリアルドがどこにいるか聞かないのか?」


「いい。もう分かってる」


 初めて言葉に反応したセフィーナが、ミリアルドが入っていった脇道に目を向けた。

 瞬間、ランザは脚元にいたバユーの首根っこを掴むと、セフィーナに向かって投げつけた。


「うわあああああ――ッ!」


 と、バユーが叫びながらセフィーナに向かっていく。

 そこにさらに――


「《天雷糸》」


 ランザの詠唱が響き、セフィーナの周りで紫電が弾ける。

 しかし、発生した細い雷は彼女に当たる直前で散り散りになって消えてしまった。


《天雷糸》はその名の通り雷の魔法である。雷の魔法は本来放てば必中に近い圧倒的な速度を持っている。しかし、その制御は非常に困難を極める。ただ雷を発生させただけでは、その雷がどこに向かうのか、軌道は術者本人でも読むことができない。故に魔力を使い予めその通り道を設定しなければならない。しかし、ここで一つ魔力の性質に根ざした問題が起こった。


 魔力は触れ合うと互いに打ち消し合う性質を持っている。


 このとき、ランザが魔力で創った雷の通り道は、セフィーナの垂れ流しになっている巨大な魔力に打ち消され、雷が彼女の体まで届かなかったのだ。


「――――ああああああッ‼︎」


 と投げ飛ばされたバユーがセフィーナに迫る。

 セフィーナは何でもないように脇道から視線を戻すと、迫ってきたバユーの小さな体を、左手を振りかぶり――払い飛ばした。


 まるで虫を払うような無造作な一撃。だがそれは巨漢のBランク冒険者ですら容易く弾き飛ばし、骸に変える強力無比な一撃だ。


 バユーは弾かれるまま軌道を変えた。


 そのとき既にバユーは物言わぬ肉塊へと姿を変えていた――かと思われたが、違う。


 バユーの体には白い毛玉が纏わりついていた。

 毛玉の正体は、セフィーナの一撃がバユーに当たる直前、横合いから彼に飛びついたルーリエだった。


 間一髪、セフィーナの一撃から逃れた二人は、宙を舞い、地面に落ち、コロコロと転がった。

 勢いが止まると、ルーリエはスクッと起き上がる。

 バユーは石畳に座り込んでいるが怪我はない。


 ルーリエはめずらしく、ムッとした表情を浮かべると、ここに来て初めて【アイテムボックス】からスコップを取り出した。

 バユーを殺されかけたことで、ようやくセフィーナを明確な敵と認識したのだ。


「わるもの」


 しかし、そう言って構えたスコップを向けた先は、セフィーナとランザの中間。まるで二人を相手取ると言わんばかりの位置だった。

 それもそのはず。バユーを殺しかけたのは、なにもセフィーナだけでなく、彼を投げつけたランザにも同じことが言える。


「……ふ、相手を間違えないでほしいものだ」


 ランザはルーリエを横目に苦笑を浮かべたが、彼は分かっていなかった。

 このときルーリエは本当に怒っていた。


 そこに、セフィーナが一歩踏み出す。


「邪魔するなら殺すけど?」


 その言葉を聞いてランザは、


「まるで邪魔しないなら生かしてくれるように聞こえるな」


 言ってみたが、そんなわけがないことは返事をもらわずとも分かっていた。

 しかし仮に、本当に見逃してもらえるのだとしても、ランザは一顧だにしなかっただろう。


 セフィーナは何も言わない。


 返事の代わりに、凄まじい速度でランザに突撃した。

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