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第18話 襲来

 聖暦千年。

 世間が千年紀に浮かれるその年、彼女は初めて世界の人々に認知された。

 はっきりしていることは、彼女が初めて迷宮都市レゾリムサでその存在を確認されたときには、彼女は既にレッドネームであったこと、そして【天竜の愛し子】という称号を持っていたことである。

 当時、僅か十歳ばかりだった少女が最初に現れた場所は冒険者ギルドだった。

 一口に冒険者ギルドといっても、レゾリムサのギルドは迷宮都市の名に恥じぬハイレベルな冒険者が集うギルドである。

 そこにふらりとレッドネームが現れたのだから、ただで済むはずがなかった。

 結論から言えば、そこにいた者はほぼ全員が死ぬこととなった。生き残ったのは、目が不自由でありながら聴覚を頼りに戦う特殊な技能を持った冒険者と、事が終わるまで震えて縮こまっていた受付嬢の僅か二人だけだった。

 少女は受付嬢を引っ張り起こすと冒険者登録を強要し、ある一つの依頼を受けて去っていった。

 少女のこの行動の意味について、現在においても答えを知る者はいない。冒険者ごっこをして遊んでいると言う者もいるし、虐殺を楽しむ理由付けが欲しいだけだと言う者もいる。

 そして、このとき少女が受けた依頼が普通ではなかった。この依頼は生き残った受付嬢が薦めたものであることが分かっているが、受付嬢のこの行動については称賛する者もいれば、批難する者もいる。

 少女が冒険者として初めて受けた依頼は『【人形使い】の討伐』。【人形使い】は『三大兇紅』と呼ばれる世界最強のレッドネームの一角だった。

 当時、レゾリムサでは【人形使い】が数々の事件を起こしていた。迷宮都市は人、物、モンスター、アーティファクト、と【人形使い】が人形制作に求めるもの全てが揃っていたからだ。しかし、行動を起こすのは使役された人形ばかりで、【人形使い】当人を捕捉できる者はおらず戦いは長引いていた。

 この【人形使い】を少女はその日のうちに捕捉し、さらには打ち倒した。

 ただし、その戦いでレゾリムサの街はその半分が廃墟にかわり、それに比例した数の死傷者を生み出した。おそらくは、【人形使い】を放置していたほうが、被害はずっと少なかっただろう。受付嬢がその機転で【人形使い】を死に追いやったことを称賛されながらも、同時に批難されるのはこのためである。

 ともあれ、千年紀のこの年、人類種の頭痛の種『三大兇紅』はその一角を失った。

 それでも、その事実が喜ばれなかった理由はただ一つ。


 その後、少女が新たに人々の口から『三大兇紅』と呼ばれるようになったからである。


 *


 ミリアルドの馬車は橋を渡り本街を疾走していた。

 大通りには馬蹄が激しく鳴り響き、そこに幾重にも騒音が重なることで、その音はもはや地響きに近かった。

 それもそのはず、馬車を先導するように多数の冒険者が自らの脚で駆けていた。彼らは途中、途中で人数を増やしていき、今では五十人近くにまで膨れ上がっていた。D、Eランクばかりだが、馬車より速く走れる辺りは、さすが冒険者だと言える。

 馬車の内部には、ミリアルドを始め、ベラミス兄弟、バユー、カイル、ヴィータ、そしてルーリエという、ベルグにやってきた際と変わらぬ面子が乗っていた。

 ベルグまでの道中と違うところがあるとすれば、今は誰一人として口を開く者がいないところだろう。

 ベラミス兄弟の兄、玉のようなシルエットの男は、意識を集中するように目を閉じ、弟の痩せた男は後部の窓から追手を警戒している。

 ミリアルドは考えごとでもしているのか、天井を見上げながら顎を撫でていた。

 バユーは緊張した面持ちで拳を握りしめ、ルーリエ、カイル、ヴィータの三人は野菜スティックをぽりぽり食べていた。先ほど八百屋で買った物である。

 ちなみに支払いをしたのはバユーだ。未だ奴隷であるため野菜を売ってもらえなかったルーリエに、店の中まで引っ張っていかれたのである。

 しばらく走っていると、不意に馬車が衝撃で揺れた。その側面部に独特な音と揺れを残し、何かが取り付いた気配がする。

 ベラミス兄弟が素早く武器を抜いた。バユーも剣を抜こうとあたふたする。

 そこに馬車に乗り移って来た人物が窓から内部に顔を覗かせた。


「随分と賑やかだな」


 それはランザだった。


「む」


「よう。遅かったな」


 ミリアルドが軽い調子で答え、ベラミス兄弟は武器を納めた。

 ランザは馬車の扉を器用に開き、スルスルと内部に入ってきた。


「俺のほうがこっちには早く着いたと思うが、まあ色々あってな。それよりどういう状況だ?」


「どういうって、見たら分かるだろ?」


「さっぱり分からんな。例えば――」


 ん、とランザはルーリエを指差す。それに対してルーリエはサッと戦う構えをとった。手に持っているのは野菜スティックである。


「【スコッパー】殿は雇った。貴重な戦力だ」


「そう、わたしはスコッパーどの。だからつぎはかつ」


 しゅ、しゅ、と野菜を振り回すルーリエから視線を外し、今度はバユーを見る。


「百万ラークで雇った。金額分は戦ってくれるそうだ」


「百万ラーク……ッ⁉︎」


 ランザは思わず声がひっくり返る。ミリアルドはイタズラが成功した子供のように嬉しそうに笑った。ランザがどういうことだとベラミス兄に視線を向けるが、彼は肩を竦めて首を振った。弟のほうは我関せずと後方の警戒に戻っている。


「……なら前を走ってる冒険者どもはなんだ?」


「味方だ。今はあいつら共々、東へ逃走中」


「東? 冒険者ギルドに向かうつもりなら無駄だぞ」


「無駄? どっちの意味でだ?」


「どっちの意味が俺には分からんが、俺たちに対する捕縛クエストが出ている。それもギルドクエストだ」


「ああ、そっちか。まあそれは問題ない。どうとでもなる。それと別にギルドに向かってるわけじゃない。今は高ランク冒険者は軒並み出払ってるらしいから行っても意味ないしな」


 ミリアルドは肩を竦め、やれやれと首を振る。


「だったら、どこに向かってるんだ?」


「もっと東だ」


「……劍の山脈にでも逃げ込むのか?」


「違う違う、その手前。『魔鉱窟』だよ」


 ランザは今度こそ理解できないといった表情を浮かべた。逃げるにしても袋小路だし、戦うにしても狭くて数の理を活かせない場所を選ぶメリットがない。


「まあ、詳しい説明は省くが、今ベルグの高ランク冒険者はダンジョンにいる。あつらえたように一箇所に集まってるんだ。好都合だろ? 前を走ってる冒険者にダンジョン内まで呼びに行かせて――全員雇うのさ」


 そう言ったミリアルドの顔は妙に楽しそうだった。


「全員って……雇えるのか?」


「Dランク以下は百万ラーク。Cランク五百万ラーク。Bランク一千万ラーク。Aランク一億ラーク。こんだけ出せばいけるだろ」


「一億……⁉︎ お前商会を潰す気か?」


 さすがのランザも信じられないといった様子だった。まさかヤケになってしまったのでは、と心配が顔に出ていた。

 そんな彼を見て、ミリアルドは笑った。

 その顔はやはり楽しそうで悲壮感など欠片もなかった。


「なあ、ランザ。『三大兇紅』は世界最強なんだろ?」


 尋ねるミリアルドに、ランザは幼きころの彼を幻視した。

 そして、幻視した少年そのままの顔でミリアルドは言い放った。


「もし勝てたらさ、俺が最強だな」


 ギラギラと力強く、その目は輝いていた。


 *


 ベラミス弟の視界にそれが映ったのは偶然だった。

 街一番の高さを誇る建物。聖教会の鐘楼の横に女が一人立っていた。

 ボサボサに伸びた金髪とコートの裾を風にたなびかせた女は、手元を覗き込んでいた。

 距離は遥か遠い。ネームウィンドウを開ける距離ではない。

 だが、ベラミス弟の歴戦の勘といえるものが、彼をその女の正体まで導いた。

 と同時に、戦闘の予兆を感じ、彼の目に闘志がチラつく。

 その瞬間――


 目が合った。


 手元を見ていた女の瞳が、ギョロリとベラミス弟を見据えた。


 そして――


「伏せろッ‼︎」


 普段は寡黙な男の声が馬車の内部に響くと同時に、叫んだベラミス弟の右腕が弾け飛んだ。

 そして、その一瞬後には馬車の屋根が轟音を立てて、穴を空けた。

 何が起こったのか分かった者は三名。

 ランザ、ベラミス兄、そしてルーリエである。


 三名は後方の窓に目を向ける。そこから何かが飛んできたのだ。それをベラミス弟が右腕をもって防ぎ、しかし防ぎ切れずに腕が弾け飛び、軌道の逸れた何かが馬車の屋根を破壊した。

 三人は窓の向こう、遥か遠くの女の姿をほぼ同時に視界に捉えたが、その正体に気づいたのは面識のあったランザのみである。


 視界の先、聖教会の鐘楼の横にセフィーナが立っていた。

 セフィーナは石造りの鐘楼の柱の一部をまるで砂糖菓子かなにかのように容易く毟り取ると、毟り取った人の頭部ほどの石を振りかぶり――投げた。


「伏せろッ‼︎」


 今度はランザが叫ぶ番だった。

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