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第17話 逃走と逃走の二択

「カイルとヴィータも奴隷から解放してよ。ちゃんとお金は払うから」


「戦いが終わったら精算してあげるよ。君が不甲斐ない姿を見せたら話は別だけどね」


 バユーは不満げな顔を見せたが、別に不当なことを言われているわけではないので、何も言い返せなかった。大勢の大人に囲まれて、不安そうにしているカイルとヴィータの頭をよしよしと撫でることで気持ちを落ち着ける。


「――で、旦那。どうすんで? この戦力で『三大兇紅』と殺り合うつもりか?」


 尋ねたのは、丸々と太った玉のようなシルエットの男。ミリアルドの護衛の一人である。その後ろにはもう一人の護衛で背の高い痩せすぎの男も立っていた。


「いや、さすがに無理なことは分かるさ。大体これじゃあ元より弱体化してるしな」


 護衛の二人はベラミス兄弟というCランク冒険者だ。しかし、ここで雇った冒険者たちは全てD、Eランク。残念ながら決定的な戦力にはならない。

 この戦力でセフィーナと戦うなら、いっそ商会に残って交戦したほうがマシだっただろう。

 あちらなら多数の部下とランザもいた。


「迎え撃つにしても戦力不足だな。取りあえず冒険者ギルドに向かおう」


「ちょっと待ってくれ」


 話しかけてきたのは冒険者の中でリーダー格だった槍使いの男だ。


「どうした?」


「ギルドに行くのは止めといたほうがいい」


「どうしてだ? ギルドクエストのことなら気にしなくていいぞ。全員こちらに寝返らせてやるから」


「い、いや、そりゃあ凄い話だが、そうじゃない。戦力を雇いたいんだろ? でも、今はギルドには誰もいないんだ。……いや、誰もいないは言いすぎだが、少なくとも高ランクの連中は本当に一人もいない。なんて言うか……本当に間が悪い話なんだが……」


 そこで槍使いの男は言いにくそうに言葉に詰まる。


「どういうことだ。はっきり言え」


「……いや、実はな、昨日ダンジョンが攻略されたんだ」


 そう言って槍使いの男はチラリとルーリエを見た。

 ルーリエは店じまいした八百屋が気になるのか、その軒先をジッと見つめていた。


「ああ、『魔鉱窟』だろ? らしいな」


 言いながらミリアルドもルーリエを見た。

 ルーリエは手の中の大金貨を確認すると、意を決したように店をノックしだす。


 そもそもランザがルーリエの誘拐を決めたのはこんな噂を耳に挟んだからだった。

 称号持ちの子供が『魔鉱窟』を攻略した。

 その子供はレーゼハイマの奴隷らしい、と。

 レーゼハイマとの取引が破談し、ロゾリークへ帰ろうとしていたランザは、その噂を聞いてベルグでの滞在を一日延ばした。そして噂の真偽、ルーリエの居所を調査すると、次の日、再度レーゼハイマと奴隷の値段交渉をするふりをしながら、裏で誘拐を実行したのだ。

 一連の話をランザから聞いていたミリアルドは、当然ダンジョンのことも知っていた。

 だが、ダンジョンが攻略されたことと高ランク冒険者の不在に何の関係があるというのか。

 まさか攻略されたダンジョンを総出で見物しに行ったわけでもないだろう。


「――で? ダンジョンが攻略されたらなんだって言うんだ?」


「攻略されたのはいいんだが、問題はその後だ。……“変異”が起きたんだ」


 槍使いの男の言葉にミリアルドは驚きで目を見開いた。


「変異……って、ダンジョンの変異か? そんなこと本当にあるのか?」


 ダンジョンの変異とは、ある日突然ダンジョンがその様相を変えることをいう。

 何かきっかけがあって起こる場合もあれば、きっかけすらなく突然起こる場合もあり、その変化の度合いも「出現するモンスターの種類が変わる」「内部の道筋が変わる」といった比較的小さな変化から「階層が増える」などの大きな変化まで様々である。

 ただ一様に言えることは変異が起こるのは極めて稀だということだ。

 ミリアルドが驚くのも無理はない。


「初めて見たが間違いなく変異だ。今までは『ゴミ穴』っていうデカイ落とし穴があった場所に未知の階層に繋がる階段が出来てた。あんたも商人なら聞いたことぐらいあるだろう? 新しいダンジョンや階層ってのは宝の山だ。手付かずの宝箱やアーティファクトなんかもザクザク出る。全てが未知だからその分危険も大きいがな。……まあ、そんなわけだから、腕に自信がある連中は今は軒並みダンジョンに潜ってて不在ってわけさ」


 ミリアルドは「そういうことか」と深刻な顔で頷いた。

 まずいことになった。

 これでは戦力が補充できない。


「…………オーヴェル家は動かないか?」


「逆に聞くが、動くと思うか?」


「だよなー。だったら聖教会なんてもっと動かないだろうし……」


 ミリアルドが本気で頭を抱えていると――


 不意に空気が動いた。


 静かだった街中に微かな喧騒が疾る。

 だが、遠い。だから音ではなく、空気が僅かに震えたようにしか感じられなかったのだ。

 かろうじて分かったのは方向だけ。

 しかし、微かな予感に従い、その場にいた誰もが視線を動かした。

 ミリアルド、ベラミス兄弟、冒険者たち。

 まるで何かに惹かれるように意識をそちらに吸い寄せられる。

 そして彼らは見た。

 先ほど通りすぎ、今は遠くなった大通りの向こう。

 立ち並ぶ三階建ての建築物の陰から、何かが空に打ち上がった。

 距離からして、その正体が見えた者はいない。

 しかし、遠く打ち上がった米粒大の物体は、真上に飛んだわけではないらしく、徐々にそのシルエットを大きくしていく。

 最初に認識できたのは色。赤い色が見えた。

 次に形状。四つの突起のようなものが見て取れた。

 そして、もう三秒も過ぎるころには誰しもがその正体に気づいた。

 それは人だった。

 いや、上半身がほとんど千切れかかっているそれは、もはや人と呼べる形をしていない。

 奇妙な肉塊と言ったほうがよほど実態に近い。


 楕円軌道を描き飛んできた肉塊は、彼らの前方二十メートルほどの場所に墜落すると、地面に叩きつけられたトマトの如く、ぐしゃりと潰れ、跡形もなくバラバラに弾け飛んだ。

 慣性によって石畳にすりおろされながら転がっているのは、腕か、脚か。

 一部始終を見ていた彼らでなければ、この赤い物体が人間だったものとは到底信じられないだろう。

 飛び散る赤い血肉に紛れて、硬質の物体が石畳を転がった。

 カラカラと音を立てて、ミリアルドの足元まで転がり、止まった。

 それは血に濡れた銀色に輝く金属のプレート――ステータスタグだった。

 ミリアルドは微かに震えてる手でタグを拾い上げると、


「カッツェ……」


 記された名を読み上げる。

 すると呼吸を忘れたように固まっていた冒険者たちがざわめいた。


「か、貸してくれ……!」


 槍使いの男がミリアルドの手からタグを奪い取る。


「…………本当にカッツェだ」


 愕然と呟いた彼に、ミリアルドは尋ねる。


「誰だ?」


「……Cランク冒険者だ。今ギルドクエストを受けてアンタを捜してる冒険者の中じゃ、おそらく一番の実力者だ」


 つまり、今現在ベルグで活動している中で最強の冒険者が、あの大通りの向こうの建物の陰で何者かに空に打ち上げられ、その勢いのまま数百メートル舞い、ここに落ちて憐れな肉片となったということだ。

 いや……「何者か」などと言う必要はない。

 こんな馬鹿げたことができそうな人物は、彼らの脳裏には一人しか思い浮かばなかった。


「おい! どうする旦那ッ!」


 今までどこか泰然と構えていた護衛のベラミス兄弟も焦ったように声を出す。

 彼らはミリアルド商会ではセフィーナと接触していない。

 故に、このときになって初めて敵の強大さを理解し危機感を覚えていた。

 周りの冒険者たちも同様だ。

 ミリアルドから金を受け取り、どこか夢見心地だった彼らは、冷や水を浴びせられたどころの騒ぎではない。彼らはこの段になって、やっとギルドクエストの意味を理解した。

 逃げ腰だとか、みっともないとか、そんなことを言っている場合ではなかったのだ。やらなければならないからギルドクエストは出されたのだ。


 現実に迫る悪夢に一同は蒼白になっていた。

 今からでも遅くない。ミリアルドを捕えるべきだ。冒険者たちの脳裏に裏切りがよぎった。

 ミリアルド自身もそれを肌で感じていた。

 だというのに――

 ミリアルドは一人いつもと変わらない様子で彼方を見ていた。

 敵がいるであろう方角を見つめる瞳はギラギラと輝き、むしろいつもより活き活きとしてさえいた。

 そして、


「――よし! 決めた。絶対に倒すぞ」


 ミリアルドは口角を上げて言い放った。


「正直言えば、最悪ドサクサに紛れて逃げられればいいかなって思ってたんだけどな。もう倒しちまおう」


 活き活きと表情を輝かせるミリアルドに、冒険者たちは真逆の表情を浮かべながら正気を疑うような視線を向ける。


「……お言葉だけどよ。とても無理だぜ。こんなこと言うのはみっともない話なんだが、……降りさせてくれ。もちろん金は返す」


「おいおい、落ち着けって」


「落ち着いてられるか……ッ! クソッ、甘かった……! ギルドクエストを疑うなんてどうかしてた……。あんたには本当にすまないと思う。せめてギルドクエストは放棄すると約束する。これほどの化け物とは戦えない。俺たちは逃げる」


 槍使いの男の言葉は頑なだった。ミリアルドを見逃すのがせめてもの誠意。他の冒険者たちも頷き賛同している。しかし、ミリアルドは、


「仕事の放棄は認めない。けど勘違いするな。お前たちは戦わなくていい。俺の護衛をする必要もない」


 放たれた言葉の意味が分からず、槍使いの男が眉根を寄せる。


「……どういう意味だ?」


 ミリアルドはニヤリと笑った。


「逃げると言ったな。いいとも逃げろ。逃げろと命令してやる。ただし逃げる方角を指定させてもらうがな」


 冒険者たちは「まさか」といった表情を浮かべた。彼らはそのままセフィーナがいるであろう、方向に一斉に目を向ける。


「あー違う違う。お前らが逃げるのはあっちだ」


 だが、冒険者たちの予想に反して、ミリアルドが指差したのは東。

 橋を渡った向こう――本街の方角だった。

 それはセフィーナがいるであろう場所とは真反対の方角である。

 言われるまでもなく、そちらに逃げようと考えていた冒険者たちは呆気にとられる。


「さて諸君に問おう。金を返して卑怯者として逃げるか。百万ラーク持って冒険者として依頼通りに逃げるか。好きなほうを選んでいい。どうする?」


 ミリアルドが自身満々に笑った。

 ちょうどそのとき、背後の八百屋の扉が開いた。

 トマトに似た赤い野菜をかじりながら八百屋から出てきた子供四人は、石畳に付いた赤いシミを見て、なんだろう? と小首を傾げていた。

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