第15話 ギルドクエスト
魔鉱都市ベルグ。冒険者ギルド館内。
時刻は昼下がり。人の姿はまばらな割に、ギルド内はどこか落ち着かない印象だった。
職員たちは時間に追われるように忙しく動き回り、冒険者たちはこれから戦いでも始めるかのように完全武装している。
ランザがエントランスを進みながら周囲に視線を巡らせると、殺気混じりに睨み返してくる冒険者までいる。殺伐とした空気がギルド全体に漂っていた。
(……この様子だと『三大兇紅』の話は既に伝わっているか。それにしては冒険者の数が少ない気もするが――)
館内を突っ切り、ランザはまっすぐカウンターへと向かった。
「ギルドマスターに用がある。緊急だ」
カウンター内で書類を整理していた若い受付嬢に、前置きを省いて手短に用件を伝える。
話しかけられた受付嬢セレアは、
「お約束はございますか?」
とランザのネームウィンドウを確認しながら尋ねた。
そして次の瞬間、サーッと顔色を変える。
ランザは彼女の変化に気づかないまま言葉を続けた。
「いや、約束はしていないが……『三大兇紅』についてと言えば分かるか? ミリアルド商会の名でセフィーナ討伐依頼を出したい。既にギルドクエストが出ている状態なら、資金援助する用意があるとギルドマスターに伝えてくれ」
ランザが言い終わると周囲から音が消えた。
忙しく動き回っていた職員は足を止め、殺伐としていた冒険者たちも驚いたように呆けている。
「あ、えと……、ギルドクエストは……その、既に出ているのですが……」
受付嬢セレアがしどろもどろになっていた。
「そうか。なら悪いが急いでくれないか。緊急だと言ったはず――」
そこまで口にしたところでランザの言葉が止まった。
そしてそのまま目の前のセレアを睨みつける。
「どういうつもりだ……?」
敵意と困惑が絶妙にブレンドされた声が、ランザの喉から絞り出された。
無理もない。
カウンターの前に立つランザの周囲を、冒険者たちが取り囲んでいた。
ギルド内であるにもかかわらず各々が武器を抜いている。
まるで今にもランザに飛びかからんばかりの様子である。
カウンターの向こう。セレアは一度深呼吸すると、今度は落ち着いた声で話し始めた。
「ミリアルド商会捕縛の依頼が、ギルドクエストとして、ベルグ、ロゾリーク連名で発令されています。ミリアルド商会員ランザですね。貴方を拘束します」
信じられない言葉に、ランザの細い目が見開く。
「俺たちに対してギルドクエストが出ているのか……⁉︎ 馬鹿な……まるで意味が分からんぞッ」
ギルドクエストとは、冒険者ギルド自体がオーダーするクエストであり、魔物の大発生などに代表される所謂有事の際に発令される特殊なクエストである。
そんな大層なもののターゲットにされる覚えがまるでないランザは、ただただ混乱する。
今、ギルドクエストの対象になるべきなのは『三大兇紅』であって、自分たちではない。
「身に覚えがない。何かの間違いではないのか?」
「……ミリアルド商会の闇奴隷売買が確認されています」
「ふざけるな! そんなちっぽけな理由でギルドクエストが出てたまるか! そもそも、うちの奴隷は全て正規のものだ。冒険者ギルドにとやかく言われる筋合いはない!」
嘘ではない。その経緯はどうあれ、金を貸し付け、返済されなかったのは事実。だからこそ奴隷たちのタグは借金奴隷へと更新されているのである。たとえそれが、こちらが金を握らせた職員によって為された「臭いものを無視した」懇意な手続きであっても、それが正規の手続きであることに変わりはない。
問題になるとすれば誘拐のほうだが、実行しているのは完全な別組織である。知らぬ存ぜぬで通る範囲だ。
ミリアルド商会の人員が行った誘拐など、それこそ今日突発的に攫った【スコッパー】の少女含め極僅かである。彼女に関してもまだ売り買いどころか、その前段階の動きすらしていないのだからバレたところでどうとでも言い訳は立つだろう。
つまり、ミリアルド商会は責められる謂れなどないのである。
「どんな裏がある?」
口に出したところで、ランザの脳裏にある記憶が浮かんだ。
ミリアルド商会ほどの大商会になると、必然敵も多い。そんな敵の中でも特に面倒なのが冒険者ギルドを利用してくる敵である。そのやり口は陰湿で、こちらを妨害するような依頼を出して迂遠に攻撃してくるのだ。そのほとんどは嫌がらせ目的で、依頼者自身が暗い満足感を得るための、くだらないものでしかない。叩き潰す価値もない者が大半であるため基本は放置するのが常だが、どんな嫌がらせがくるかは事前にギルドの依頼文を見てチェックする。最近、その中にこんなものがあったのだ。
――『闇奴隷商の討伐および奴隷の救出。Aランク冒険者指定依頼』。
ランザは依頼文を見た瞬間に鼻で笑った。子供でももっとマシな依頼を出せるだろう、と。
確かにミリアルド商会が闇奴隷を扱っているのは公然の秘密だ。しかし、それでも問題なくやってこれたのは証拠がないからだ。それを討伐などと言って剣を向ければ、咎を免れないのは剣を向けたほうだ。そんな依頼を受ける馬鹿はいない。さらに言えば、ロゾリークには依頼を受けられるAランク冒険者自体が存在しない。
まったく馬鹿な奴がいるもんだと、ミリアルド商会内でも笑い話になっていた。
ギルド側も全てを承知の上で掲載料目的で貼り出していた依頼にすぎないはずだ。
だが、ランザは思い出す。
セフィーナという全く常識が通用しない特異な冒険者の存在を。
そして、彼女の冒険者ランクを――。
「――ハ。ハハハハハッ。なるほど、そういうことか! なんてことだ……!」
全てを悟り、笑うランザに、セレアは表情を殺して勧告する。
「大人しく投降してください」
「投降? 捕まったら悪魔の前に差し出されるのにか?」
その言葉に、周囲の人間に緊張が走る。
「生贄を差し出して見逃してもらおうとは、随分と情けないことを考えるじゃないかベルグの冒険者ども。ロゾリークの冒険者は命を賭して戦ったぞ?」
ランザの嘲笑に冒険者たちがいきり立つ。
「まったく、先にポーションを仕入れておいて正解だったな」
小さな呟きとともにランザの体から魔力が迸った。
包囲していた冒険者たちが、それを感知して即座に動き出す。
受付を向いて背を晒すランザに、十名あまりの冒険者が一斉に襲いかかった。
しかし――
「《天雷幕壁》」
天井から床へ、突如発生した派手な紫電の幕が、ランザと冒険者たちを分かつ壁となる。
思わず足を止めた冒険者たち。反対にランザはその間隙を縫って動いた。
ランザは跳躍一番、正面カウンターに跳び乗ると、そのままの勢いで、さらに高く跳んだ。同時に彼が創り出した雷壁が、跳躍の軌道を邪魔しない絶妙なタイミングで消える。
稲光が晴れるとカウンターの前から姿を消していたランザ。混乱する冒険者たちの頭上で、当のランザは優雅に後方宙返りを決めると、そのままスタリと包囲の外に降り立った。
目の前から消えたランザと、背後に響いた着地音。
その相関関係に冒険者たちが気づくよりも早く、ランザは彼らに背を向けて走り出す。
「《身体強化》」
発せられた魔法言語とともに走る速度が上がる。
エントランスを疾風のように駆け抜けたランザは、その勢いをもって出口を蹴り破ると一気に外に飛び出した。
冒険者たちが振り向き追いかけるが、時すでに遅し。
彼らが出口をくぐったときには、ランザは既に大通りを抜け、脇道へと姿を消していた。




