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第14話 トップ会談

 レーゼハイマ邸一階迎賓の間。

 純白の大理石を基調に築かれた美しい広間は、そこに訪れた者誰しもが魅了されると評判の場所だった。


 視線を巡らせれば、神代の竜と人との戦いを描いた数々の壁面絵画が目に入る。視線を上げれば、そこには優美なシャンデリア。そのさらに上を見れば、天井画が荘厳な印象を湛え部屋全体を見下ろしていた。柱の大理石はまた特別で滑らかな白い石肌に金の斑紋が走っている。そんな柱に削り出された美しき女性は各属性の精霊の似姿だ。床に敷かれた絨毯は、五十種を超える魔物や植物から生成された糸を複合的に使用し、天上を散歩するかの如き歩き心地と、微妙な色の変化を利用した美を両立させていた。


 まさに豪奢の極み。ゲストをもてなすにはこれ以上ない部屋だろう。

 しかし残念なことに、現在この迎賓の間は本来の目的から外れた形で使用されていた。


 広間の中央には円卓が置かれている。

 円卓には四方を囲むように四つの席が設けられていた。

 席を埋めているのは三人の男たち。

 壮年、中年、青年、と見事に世代がバラバラの男たちだった。

 ここが迎賓の間ということを考えれば、本来あり得ないことだが、男たちの前には酒どころか水の一杯も置かれていない。だが、男たちも現在はそれを当然と受け入れていた。


「――あの女はまだか! いったいこの私をいつまで待たせるつもりだ!」


 苛立たしげに声を張り上げたのは背の高い壮年の男。白いものが混じったウェーブの赤毛に、真っ白い法衣を纏った彼は、このベルグの聖教会のトップに立つ『司教セーヤメタニカ』である。


「誰に聞いてるんだそりゃ? 俺らが知るわけないだろう」


 冷笑まじりに答えた男は若い。下手をすれば十代、高く見積もっても二十代中盤には届かないように見える。顔は女のように美しく、冷笑を浮かべる口元はまるで娼婦のような異様な色気を放っていた。しかし、着物に似た服の隙間から覗く胸元に膨らみはなく、引き締まった筋肉しか確認できないことから男であることは間違いない。

 彼こそベルグ冒険者ギルドのマスター『【千剣】のリヴ』その人だった。


「……誰も貴様には聞いておらんわ!」


「は、そうかい」


 リヴは細身のレザーパンツに包まれた脚を円卓の上に投げ出し、腰に提げられた六本の短剣の内の一本を手の中でペン回しのように回して遊ぶ。その気怠げで不遜な態度はギルドマスターという責任ある立場の人間にはとても見えず、山賊も斯くやといったものだった。

 尊大に椅子に腰掛けたセーヤメタニカは、こめかみに青筋を立ててリヴを睨む。リヴはそんな視線をさらりと受け流しながら、変わらず冷笑を浮かべていた。

 二人が放つ不穏な空気に、残ったもう一人の男が堪らず口を挟んだ。


「ちょっとちょっと! 待たされて苛つくのも分かりますが落ち着きましょう? ね? ね?」


 冷や汗を流しながら、双方に愛想笑いを浮かべるこの中年の男はベルグ商業ギルドのマスター『モリアーノ』である。


「もうそろそろいらっしゃると思いますから。ええ、ええ」


 贅肉が多めについた顔をハンカチで拭うモリアーノに、セーヤメタニカは不快げな視線を向ける。


「そもそも何故あんな女を待たねばならん。たかが一商会のトップなどこの場には不要だ」


「そうはおっしゃいましても彼女はオーヴェル家の名代でもありますし……、我々はこの場を使わせてもらっている立場ですから」


 モリアーノの汗を拭いながらの説得に、フンッとセーヤメタニカが鼻を鳴らしたところで、迎賓の間の扉が開いた。


「――あら、お揃いね。待たせてしまったかしら」


 部屋に入るなり、少しも悪びれることなく甘い声でそう言ったのは、十代前半とおぼしき少女。

 この館の主人レーゼハイマである。

 普段ならメイドの一人でも従えている彼女だったが、今は一人きりだった。

 なぜなら、現在この迎賓の間はごく限られた者しか立ち入ることが許されていないからだ。

 レーゼハイマが席に着くと円卓の四方が埋まった。


 円卓の北には聖教会司教セーヤメタニカ。

 南には冒険者ギルドマスター【千剣】リヴ。

 西には商業ギルドマスターモリアーノ。

 そして東にはレーゼハイマ商会会長にしてオーヴェル家名代レーゼハイマ。


 ここに集ったのは魔鉱都市ベルグを治める支配者たちである。

 この場は言うなればベルグの『トップ会談』の席だった。


「お忙しい中よく集まって下さいました。まずは商業ギルドマスターとして――」


「前置きはいい。そんな場合でもないはずだ」


 モリアーノが挨拶から入ったところを、リヴが切って捨てる。


「……ですね。では、既に耳に入っているとは思いますが、この街に『三大兇紅』セフィーナが向かって来ています」


「目的は?」


 とセーヤメタニカ。声にはやや緊張が滲んでいる。


「現時点では不明です……が、南下しているということは『グレートブリッジ』に入るつもりかもしれません」


「“前線”に向かうということか?」


「ええ、セフィーナには確か従軍経験があったはずです。可能性は高いかと」


「つまりベルグは通りすぎるだけということだな?」


 確認したセーヤメタニカに、モリアーノが「おそらくですが」と続けた。そんな二人を見て、何が可笑しいのかレーゼハイマはクスクスと笑っていた。

 そこにリヴが口を挟む。


「違うな」


 端的な否定にモリアーノが言葉に詰まる。なぜか否定された本人よりもセーヤメタニカが不機嫌さを隠さない目つきでリヴを睨んでいた。


「……どういうことですか?」


「ここに来る前にロゾリークのギルドから連絡があった。『三大兇紅』の狙いはミリアルドとかいう商人だ」


 リヴのこの言葉で場の空気が僅かだけ緩んだ。

 モリアーノの肩に過剰に入った力は抜け、セーヤメタニカの視線の厳しさが柔らかいだ。レーゼハイマだけは相変わらず愉しげな笑みを浮かべている。


「ミリアルド? 知らんな。誰だ?」


「ベルグの人間ではないわ。ロゾリークを中心に活動している奴隷商よ」


「なるほど彼ですか……」


 モリアーノがやや苦い顔をする。本来奴隷の商いは商業ギルドの管轄だが、ミリアルド商会が市場を独占している影響で、ベルグ周辺は奴隷の回転が悪く、価格も高騰している。


「しかし、なぜ奴隷商を『三大兇紅』が狙うので?」


 モリアーノの疑問にリヴが答えた。


「やりすぎたのさ」


「やりすぎ?」


「ロゾリーク周辺で闇奴隷が問題になっていたらしい。で、その解決依頼がギルドに出てたんだとよ。それがたまたま『三大兇紅』の目に留まった。まあ自業自得と言っちまえばそれまでだが、運の無え野郎だ」


 言いながらリヴは冷笑を浮かべる。


「なるほど。『三大兇紅』の中でもセフィーナは冒険者として活動する奇妙なレッドネームだと聞いたことがありましたが……そういうことですか」


 納得したように頷くモリアーノとは対照的に、セーヤメタニカは眉を吊り上げる。


「レッドネームが冒険者として活動……⁉︎ なぜそんな馬鹿げたことがまかり通る! 冒険者ギルドは何をしているんだッ!」


「世の中ままならないことはあるもんさ。一つ賢くなれて良かったな」


 リヴの挑発で、ますます憤ったセーヤメタニカが怒鳴り返す前に、モリアーノが二人の間に素早く割って入った。


「司教殿、その件は今回の話の本筋ではありませんので、また後日といたしましょう。リヴ殿、現在、相手の動きは捕捉できているのですか? ミリアルドも含めて」


「いや。ロゾリークの人員は斥候も含めてほとんど殺られたらしくて詳しい動きは分からない。こっちも今はタイミングが悪くてな。腕が良いのはほとんど出払っちまってるから、情報もろくに探れない。中途半端な奴を出しても死ぬだけだしな」


「ふん。普段力を誇示しておきながら使えぬ奴らよ」


「そう思うなら、そっちで聖騎士でも出したらどうだ?」


「馬鹿め。なぜレッドネームごときに聖騎士を出さねばならん。我らにはもっと貴き任務がある」

「はっ、こんな時まで聖務とは、有り難すぎて涙が出るな」


 それは明らかな皮肉だったが、むしろ当然だとセーヤメタニカは胸を張った。リヴは処置なしと肩を竦める。


「とにかく、相手の動きが掴めていない以上、既に街に侵入されている可能性も考えないといけません。そうなると全面対決もあり得ます」


 モリアーノがそう言うと、しばしの沈黙が流れる。

 そして、三人の男が同時にレーゼハイマに視線を向けた。

 話の推移を見守っていたレーゼハイマに対して、代表してセーヤメタニカが口を開く。


「“竜滅陣”は使えるのか?」


 竜滅陣。セーヤメタニカの言葉には確かな期待が浮かんでいた。


「変なことを言うのね。いつどこに『竜』が出たというのかしら?」


「【天竜の愛し子】も広義の意味では竜だろう」


「そんな詭弁が通るのは聖教会の中だけよ」


「……貴様」


 聖教会への揶揄に、リヴにすら見せなかった本当の怒りをセーヤメタニカが覗かせた。

 モリアーノが割って入り、


「本当に無理でしょうか?」


 と無理矢理話を続けた。

 仲裁ではない。揉めている場合ではないのだ。


「無理ではないわ。やらないと言っているのよ」


 レーゼハイマが冷たく言い切ると、三人の男の顔には、度合いの違いはあれど、確かに失望の色が浮かんだ。


「……ベルグの危機です。なんとか曲げていただけませんか?」


 真摯に頼むモリアーノに、レーゼハイマはニタリと白皙の美貌には似つかわしくない不気味な笑みを浮かべた。

 真正面からその笑みをまともに見たモリアーノは背筋に冷たいものが流れた。

 同じ商人同士、彼女とは長い付き合いになるが、出会った当初から彼女の思考は全く読めない。今も、もしかして彼女はベルグを滅ぼすつもりなのでは、などとあり得ない考えが頭に浮かんだ。

 そんなモリアーノの内心を知ってか知らずか、レーゼハイマはクスクスと笑った。


「何がおかしい……!」


 不快だと言わんばかりにセーヤメタニカが吐き捨てる。


 それに対してレーゼハイマは、


「馬鹿ねえ、貴方たち」


 と、心底人を食ったような、されど美しい声を紡いだ。


「竜滅陣なんて仰々しいものは必要ないわ。もっと簡単な方法があるじゃない」


「なんだと?」


「【天竜の愛し子】は目的があって動いているのでしょう? だったらその目的を叶えてあげればいいのよ」


 その言葉で場の空気が一旦止まる。やがて、リヴがつまらなそうに鼻を鳴らした。セーヤメタニカは納得したのか、それ以上は何も言わなかった。

 モリアーノだけが冷や汗を垂らしながら、


「それは我がギルドとしては賛同しかねます」


 と異を唱えたが、


「ベルグの危機なのでしょう? 曲げるべきではないかしら」


 自分の言葉がそのまま返って来たことで、モリアーノはそれ以上何も言えなくなった。

 レーゼハイマは愉快そうに口角を吊り上げた。


 こうして魔鉱都市ベルグのセフィーナに対する対応は決まった。

『幼女とスコップと魔眼王 1巻』本日、発売です。

書店で見かけた方は、是非手にとってみてください。

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