第7話 三大兇紅
ステータスタグを装備した者は、同じくタグを装備した他者を死に至らしめるとネームウィンドウに記された自身の名前が赤く染まる。
その赤き名前はレッドネームと呼ばれ、罪人の証にして、討伐対象者の証となる。
討ち取れば報酬まで支払われるというレッドネームの扱いは、もはや人間ではなく、モンスターに対するそれに近い。
だからこそ本来はレッドネームに堕ちた者はその事実を隠す。人里離れて隠れ住むなり、タグを二度と装備しないなり、やり方はそれぞれだが、その真っ赤に染まった名前を隠し、保身を図るのだ。
だが、それをしない者が稀にいる。
その筆頭が『三大兇紅』と呼ばれる三人のレッドネームである。
彼らはレッドネームを隠さない。まるで当たり前のように、その赤い名前を晒したまま人里に現れ、好きに振る舞う。堂々と食事し、堂々と遊び、堂々と眠るのだ。
正気ではない。常に命を狙われる立場であることを考えれば、本来そんなことはできない。
だが、彼らはそうする。彼らならばそれができるのだ。
なぜか?
それは――
「ぐぼぁッ……‼︎」
髪に白いものが混ざる壮年の男。冒険者集団のリーダーであるコーレヴが、その巨躯を折り曲げながら派手に呻いた。
だが呻く程度で済んだことを賞賛しなければならない。なぜなら今、彼の鍛え上げられた腹筋には女の細腕がその半ばまで深々と突き刺さっているからだ。
「馬鹿な……。《剛体》の上から《身体強化》と《頑強向上》を五重に重ねがけしているんだぞ……!」
コーレヴの血反吐混じりの言葉は苦渋よりも困惑の色のほうが濃い。
Bランク冒険者に至るまで何十年と積み上げてきた彼の経験をもってしても、現在起こっていることが理解できなかった。
周りは既に死体の山だ。死体はいずれも凄腕の冒険者であった者たちである。
「こんなことが……」
総勢三十名の冒険者。ドラゴンですら相手取れると自負していたチームだった。数十年来の仲間もいた。それが訳も分からぬ内に骸の山へと姿を変えてしまった。
「……――ふざけるなッ‼︎」
絶叫とともに、コーレヴは自身の腹に突き立つ女の左腕を掴み取った。続いて、女の右腕にも手を伸ばし、両腕を拘束する。
腹からやってくる激痛は歯を食いしばって呑み込み――
「《重石剛化》――!」
それは動けなくなることと引き換えに全身を石のように硬く重くする魔法。本来は防御用の魔法であるそれを、女の動きを捕え、封じるために使う。
「今だッ! やれッ‼︎」
コーレヴの叫びを合図として骸の山から一つの影が走った。
冒険者集団の中で僅か二人しかいなかったBランク冒険者の片割れ。まだ少年の面影を色濃く残した男――ベグラントが死体の山の中に潜んでいたのだ。
ベグラントの顏には戦前までの余裕の笑みはもはや無い。それどころか既に右腕を失い、全身血に塗れた彼は死相を浮かべてすらいた。
死体の山に潜んでいたのではない。彼はもう半ば以上死体の山の住人なのだ。残存HPは僅か一桁。それでも消えかける意識の中で彼は刃を研ぎ澄ませて待っていた。来るかどうかも分からなかったチャンスを――。
つまり、この一瞬を――。
瞬足一閃。まるで閃光のような速度で女に駆け寄ったベグラントは、その勢いのまま残った左腕で剣を振るう。
自慢の愛剣『剣術士のダマスカスブレード+3』。付随するスキルは【剣術Lv4】。そこにさらに自身が持つ【剣術Lv6】に加え、武技魔法《斬鉄剣》を発動する。
弱冠二十歳の若さでBランク冒険者にのし上がった天才が放つ最高の一撃。
コーレヴに拘束された女がその只ならぬ気配を察知し、顏だけそちらに向けるがもう遅い。
空気を裂く必殺の剣刃はそのまま吸い込まれるように女の顔面に直撃した。
ガギィィィィィ、と。
人の肉を斬ったとは思えない硬質の音が辺りに響いた。
Bランク冒険者の二人は驚愕に目を見開く。
女は必殺の剣を受け止めていた。しかし、両腕を拘束されているので手を使って防いだわけではない。
歯だ。
女はまるで白刃どりの如く、剣に噛みついてその一撃を防いだのだ。
呆然とする二人をよそに、女はそのままダマスカス製の剣を容易く噛み砕いた。そして、剣が折れた反動でバランスを崩したベグラントの頭部に向かって首を伸ばし、大口を開け――
ずごちゅ。
鼻の上から前頭部にかけて、ベグラントの頭部の三分の一ほどがこの世から消滅した。もちゃもちゃと、女は大好物を口いっぱいに頬張る子供のように頬を膨らませて肉を咀嚼する。
「ああ……」
女が肉を飲み込むのと同時に、コーレヴは己の運命を悟り力なく呻いた。
そんな彼の腹から、女は《重石剛化》により拘束された腕を力ずくで引き抜く。
引き抜かれた血塗れの手には生々しく血の通った内臓が握られていた。
それを見たコーレヴは耐え難い苦痛と恐怖で絶叫する。
「うるさい」
女が平手でゴーレウの頰をはたいた。
なんでもないフォームから放たれた、子供の喧嘩のような一撃だった。
だが、それを受けた巨漢はありえない速度で吹き飛んだ。
吹き飛んだ巨漢はそのまま立ち並ぶ岩壁の一つに頭から衝突すると、二度と声を上げることのない有機物のオブジェへと姿を変えた。
風が吹き抜ける。
静寂と骸だけが後に残った。
女は特に感慨に耽るでもなく歩き出した。まるで変わったことなど何もなかったと言わんばかりの静かな足どりだった。
ただ……
ペロリと手に滴る雫に舌を伸ばした。
ケーキを食べていた少女が誤って手に付いた生クリームを舐めとるような気軽な仕草で、禍々しき真紅の甘露を満足げに何度も舐めとる。
「ふふ」
『三大兇紅』はレッドネームを隠さない。逃げもしないし、隠れもしない。なぜか?
その必要がないからだ。
常軌を逸した怪物を咎められるものなど、どこにもいないのである。




