第6話 もぬけの殻
スラムのものとしては多少大掛かりな建物は、それでもスラムの建築物の例に漏れず、粗い仕事で仕上げられていた。
ガタガタの床は歩きにくく、風化が酷い壁のどこからかは隙間風が吹き込んでいた。
管理もろくにされていないのは明白で、地下にあった一室などは、壁や扉が無茶苦茶に壊れたまま放置されていた。
「――もぬけの殻か」
そんな建物内の捜索を終え、外に出てきた継人は呟いた。
「いや、でも、確かにこの中に入っていきましたよっ? 嘘じゃないす! なんとなく気になって、あとつけただけなんで、入ったとこまでしか確認してないすけど、ここに入っていったのは絶対です!」
一人、道案内のために連行されてきたゴロツキの男は必死に訴えた。
何をそんなに必死になっているのかの答えは、男の隣に立つ老人にあった。
「すでに移動してしまったということでしょうね」
フリードの冷静な言葉に、男はコクコクと大袈裟に頷く。だから自分は嘘をついていないというアピールである。嘘をついた判断されれば、その瞬間にフリードに首をへし折られるかもしれないのだから、男が必死になるのも当然だった。
建物の外観は廃墟同然でありながら、内部には埃もそれほど溜まっておらず、人の出入りがあったことは間違いない。それでも誰もいないということは、一歩遅かった、そういうことだろう。
「この建物の持ち主とか分からないのか?」
継人が尋ねるが、
「なにぶんスラムのことですから、ギルドの管理も離れているでしょうし……」
フリードは答えながら横合いの男に視線を移す。
「お、俺も知りませんっ。基本ここらの住人は気にいった建物を勝手に使ってるだけですし、それも奪ったり奪われたりで入れ替わりも激しいんで……」
チッ、と継人は舌打ちした。
手掛かりを掴んだかと思えば見事な空振り。振り出しに戻されたかたちだ。
「あ、あの……お、俺もういいすよね……? ホントにもう何も知らないし」
ゴロツキの男はフリードの顔色を窺いながら、恐る恐る尋ねた。
そんな男をフリードが鋭い視線で見据えると、男は「ひっ」と悲鳴を漏らす。
「で、でもホントにもう何も知らなくて……」
男の目は落ち着きなく泳いでいるが、それはフリードに対する恐怖からであり、別に嘘をついているわけではないだろう。
フリードはポケットから何かを取り出すと、キンッと指で弾いた。
キラリと宙に舞った何かを、男は折れていないほうの手で反射的に受け取る。
手を開くと、それは金貨だった。
「今日は帰ってかまいませんが、三日後に私を訪ねて来なさい」
その言葉に、男の顔にはようやく解放される喜びと、まだ解放されない苦悩が、同時に浮かぶ。
複雑な表情を浮かべたまま、それでもフリードの傍から一刻も早く離れたいのか、男はそそくさと去っていった。
「……三日後に呼びつけてどうするんだ?」
「ちょうど使い捨ての手駒が欲しかったので」
しれっと言い放ったフリード。要するにスカウトということだ。
そんなことをしている場合か、とも思うが、文句を垂れる時間も惜しいので、継人は無言のまま建物の周囲を探り始めた。
そして、すぐに建物の前の地面に目を留めた。
「これは……」
「轍ですね。まだ真新しい。馬車で移動したのかもしれません」
しゃがみ込んで地面の土を触りながら確認するフリードの横で、継人がさらに周囲に視線を走らせると、近くに自生していた木の根元に人影を見留めた。
ボサボサの髪と髭を蓄え、ぼろ切れのような布を纏った浮浪者だった。
浮浪者自体はスラムのそこかしこで見かけたのでめずらしくもないが、男が座り込んでいる位置が絶妙だ。そこからなら、この建物の出入りがまる見えなのだ。
継人は浮浪者に歩み寄る。
「なあ、あんた。この建物に出入りしてる奴らを見かけなかったか?」
「…………」
浮浪者は継人の声に反応し視線だけは寄越したが、それ以上は反応がなく、何も答えない。
そこにフリードがやって来て、浮浪者の前に銀貨を投げた。
「…………男が五人。ガキが四人。全員タグ無しだ。少し前までいたぜ」
銀貨を拾い上げると浮浪者は答えた。
しかし、彼が言った人数は、男四人と子供一人という数からは相当乖離している。仮に男の人数を誤差と考えたとしても、「ガキが四人」はいくらなんでも外れすぎだ。
浮浪者とゴロツキ、両方の言葉に嘘がないとすれば、この建物内で男一人と子供三人が新たに合流したことになる。
「子供の中に羊人族はいなかったか?」
継人が尋ねると浮浪者はまた黙り込み、フリードを見つめた。
フリードが再度銀貨を投げると、浮浪者はそれを拾い上げニヤリと笑った。
「いたぜ、一人な。髪が長かったし多分女だ」
その言葉に、継人とフリードが顔を見合わせ頷いた。
「そいつらがどこに行ったか分かるか?」
「どこに行ったのかは知らねぇけど、随分立派な馬車にガキどもを詰め込んで出て行ったぜ。ガキはありゃあ多分、闇奴隷だな」
闇奴隷。
その単語が聞こえた瞬間、フリードの目が僅かに見開いた。
一方、聞き慣れない言葉に継人は眉をひそめる。
「……闇奴隷?」
「なんだ知らねぇのか? 闇奴隷ってのは正規の手続きを踏んでない奴隷のことさ。まあ、大体は攫われてきて無理矢理奴隷にされた奴だな。あのガキどもも多分そうだろ」
「……間違いないのですか?」
「だから、多分だっつってんだろ。でも、こんな所にデカイ馬車でぞろぞろ連れ回してるタグ無しのガキどもなんて、闇奴隷以外考えられるか?」
フリードはしばし黙考すると、突然きびすを返し、もうここには用はないとばかりに歩き出した。
驚いた継人が慌てて後を追う。
「おい――」
文句を言おうとした継人に、フリードは逆に言い放った。
「ルーリエの居場所が分かりました」
「――――は?」
予想だにしない言葉に、継人は思わず足を止めてしまう。
そんな継人に取り合わず、フリードは足取りにやや不機嫌で攻撃的な色を滲ませながら、先に先にと歩いていく。
「まったく。あの方は何をお考えなのやら」
先を歩くフリードが口の中だけで呟いた言葉は、風に溶けてしまい、継人の耳に届くことはなかった。
*
魔鉱都市ベルグから聖道沿いに北上した先にある街を、さらに北に抜けた荒野。
小さな村と街を繋ぐ街道となっている岩石地帯に、物々しい集団が集っていた。
剣や槍、斧や弓まで、思い思いに武装を固めた男女混合の集団だ。
総勢三十人。
バラバラの装備に身を包みながらも、彼らが一種洗練された集団に見えるのは、一人一人が一流の冒険者の集まりだからだろう。
実に五組もの冒険者パーティーが徒党を組んで、このちっぽけな街道を封鎖していた。
「――おいでなすったぜ」
集団のリーダーである白髪混じりの男の横で、まだ若さの抜け切らない顔立ちの男が街道の先を見つめながら言った。
リーダーの男の名はコーレヴ。まだ若い男の名はベグラント。共にBランク冒険者である。二人の年齢は離れているが、両者の表情に同じように漲る自信は年の差を感じさせない空気があった。
「あれが……」
街道の先から一つの人影が歩いてきた。
女だった。
冒険者の集団は各々が武器に手をかけ臨戦態勢をとる。
そんな集団を前にすれば、普通の人間なら竦み上がり、腰を抜かしてもおかしくはないのだが、歩いてきた女は平然と彼らの前で足を止めた。
「お前が『三大兇紅』の一人――【天竜の愛し子】だな?」
リーダーの男が問いかける。聞いた理由は確認ではなく、戦闘の間合いや呼吸を計るためだ。
わざわざ聞くまでもなく、冒険者たちには女のネームウィンドウ――そこに記された『真っ赤な名前』が見えている。
女は答えない。
だが、答えてもらう必要などない。
冒険者たちは自らの使命を果たすために一斉に女に襲いかかった。
女は殺到する冒険者たちの視線を受けて、初めて表情を変えた。
眉根が寄り、目がつり上がる。
それは紛れもなく怒りの表情だった。




