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第5話 スラム

「ホントにこんな所にルーリエはいるのか?」


「おそらく、としか言えませんが、人攫いが潜むならスラムここより良い場所はないでしょうね」


 ベルグの街は東に行けば行くほど、その様相を変える。

 舗装された石畳は徐々に土が剥き出しになっていき、建物は石造りやら木造りやら統一感のない雑然としたものに変わっていく。

 東端までやって来るとその変化は一目だ。

 木々すら切り倒されずに残った、山と街が融合したような奇妙な景色は、もはや継人が知るベルグの街ではない。


「……にしても結局二人だけか」


 見慣れぬ景色の中、一歩土の地面を踏みしめた継人はボヤいた。

 彼の隣に歩くのは執事然としたレーゼハイマ商会の老商人フリードただ一人だ。


「戦えない者をスラムに連れてきても仕方ありません」


 レーゼハイマ商会の人員は多いとはいえ、その大部分が商人だ。もちろん戦闘能力などない。そんな者を危険地帯に連れてきても足を引っ張られるのがオチだということで、他の人員は別の場所にて情報収集に当たっている。それでも誘拐犯の捜索という特性上まったく危険がないというわけにはいかないので、数少ない戦闘員も彼らの警護に当たり、結果一番危険なスラムには継人とフリードの二人のみが来ることとなった。


「そう言うってことは、あんたは戦えるんだよな?」


「多少は」


「……多少ねえ」


 継人は訝しげにフリードを眺める。

 確かに、背筋のしゃんと伸びた歩き姿は継人よりも十センチ以上高く、体つきも老人とは思えないくらいガッシリとしてしなやかだ。

 だが、この世界において体格云々は必ずしも強さに直結するわけではない。


「あんたのレベルは?」


「…………答えると思いますか?」


「だろうな」


 やはりと言うべきか、レベルというものは気安く他人に教えて良いものではないようだ。当然だろう。レベルは強さの指標としてあまりに絶対的だ。この数字一つで勝敗の行方をかなり正確に占えてしまうぐらい重要な情報なのだ。

 むしろ、ほいほい答えなかったフリードに、継人は安心した。


「で、どう捜すんだ?」


「とりあえず待ちですね」


「……待ち?」


 継人を先導していたフリードは、他よりは少し見通しの良い、寂れた空き地のような場所で足を止めた。

 どうやらここで何かを待つ、ということのようだった。


「やり方を任せてる身で言えた義理じゃないけど……もっと他にないのか? のんびりしてる時間なんてないはずだろ」


「……それは、もしかして『継承』のことを言っているのですか?」


 継承――称号の持ち主を殺すことで、相手の称号を引き継げる現象のことだ。

 これのせいでルーリエの命が危ないのだ。


「ああ」


「それなら、おそらく大丈夫でしょう。単純な継承狙いならルーリエはその場で殺されたはずです。それをわざわざ攫っていったのですから、すぐに殺される可能性は低いでしょう」


 継人の眉間にシワが寄った。

 確かにフリードが言うことも分かるが、それでも楽観論にすぎないように思える。

 例えば、継人が傍にいたので一旦分断してから殺すつもりだったとか、あるいは、攫っていった連中はただの下っ端で、背後に継承狙いの親玉がいるとか、可能性だけならいろいろとある。

 納得できない様子の継人に、フリードはさらに続けた。


「根拠はまだあります。ルーリエ、そして貴方もそうですが――お二人の称号は継承を狙うには些か難易度が高い」


「……難易度?」


「継承を狙うには、ただ相手を殺せばよいというわけではないのですよ。狙う側にも条件があり、称号に関係するスキルを少なくとも一つは取得している必要があると言われています。例えば、継人様の【魔眼王】なら、魔眼系統のスキルを一つは持っていないと、貴方を殺しても称号は継承できないということです」


 なるほど、と継人は納得すると同時に、脳裏に魔眼を操る黒いサイクロプスの姿が浮かんだ。


(もしかしてアイツが元々【魔眼王】で、それが俺に継承されたのか……?)


 フリードはさらに続ける。


「そしてルーリエですが――確か【スコッパー】といいましたか。この【スコッパー】に関係するスキルとはなんなのかが問題です。継人様は分かりますか?」


 と言われても、【スコッパー】なのだからスコップに関するスキルではないのだろうか。

 継人はそう考えたところで、ふと思う。


(そもそも【スコッパー】ってどういう意味だ?)


 スコップ使いやそれに準じた意味合いだと、継人は勝手に思っていたが、断言できるのかと問われれば言葉に詰まる。

 例えば、継人の【魔眼王】なら『魔眼』の『王』ということで、強力な魔眼使いを表す言葉なのだろうと簡単に予想がつくのだが――。


(いや、でも、スコップ使いとしか考えられなくないか? それとも、ルーリエがスコップを使うことを知ってる俺だから先入観でそう思うだけで、実はスコップとか関係ないのか? ――いやいや待て。そもそも「スコッパー」という異言語を俺はちゃんと理解できている。はっきりとした意味までは分からないけど、それがスコップに近い言葉だと脳に翻訳されて伝わっている。だったら【スコッパー】はスコップに関する称号であることは確実だ)


 だとしたらやはり、スコップに関係するスキルということだろうか。

 それならそれはどんなスキルなのか。

 ルーリエのスキルを思い出しながら黙って考え込む継人に、


「――つまり、そういうことですよ」


 フリードの声で、継人の意識が思考の海から引き戻された。


「おそらく彼女を攫った者たちも今の貴方と同じような思考を辿るでしょう。そして、その答えは簡単には出ない。もし間違っていたら全てが無意味になりますからね」


 故に答えが出るまでは継承は狙えない。

 つまり、それまではルーリエは殺されることはないという話だ。


「彼女の装備やステータスを調べるところから始めなければならないでしょう。少なくみても一日程度は猶予があるはずです」


 継人が納得したところで、ちょうど彼らの前に二つの人影が歩み寄ってきた。


「うひょーマジかよ。Bランク商人だぜ」


「こりゃツイてるな。しかも護衛が一人かよ」


 現れたのは見るからに人相の悪い二人組――と思ったら、どこに隠れていたのか、さらにぞろぞろと継人たちの周囲を囲むように八人。合計十人の男たちが現れた。


「よお、ジイさん。俺らちょっと金に困っててよ。少し貸してくんない?」


「Bランク商人ってんだから、たんまり持ってんだろ? 痛い目みたくないなら頼むわ」


「つーか、こんなとこ護衛一人で歩くとか馬鹿すぎじゃね。しかもそれがFランク冒険者とか」


「ははっ、高い授業料になったなジジイ。次があったら気をつけろよ」


 口々に勝手なことを喋り出した男たち。

 その様子を眺めながら継人は、


「もしかして待ってたのって、こいつらか?」


「ええ。スラムに迷い込んだ獲物をいち早く見つけ出す目聡さを持ちながら、老人とFランク冒険者相手にも徒党を組まねば襲いかかれない弱者。話を聞くには手頃な相手でしょう?」


 フリードはなんでもないように言い放つ。


「ああっ? なにごちゃごちゃ言ってんだよ。さっさと有り金――」


 ここで、声を上げた男は不思議な体験をする。

 今の今まで、目の前には老人がいたはずなのに、一瞬視界が揺れたかと思うと、次の瞬間には老人が目の前から消え、代わりに見慣れた仲間の顔が並んでいたのだ。


(は――? なにが起きた?)


 それが男の最後の思考だった。

 唖然とする仲間たちの前で、首が後ろに百八十度回転した男は、自分に何が起こったのかも分からないまま倒れ、二度と起き上がることはなかった。

 そして、このとき唖然としていたのは継人も同じだった。

 フリードが一瞬にして絡んできた男の首を捻じり折ったのだが、まさかいきなり殺すとは思わなかったのだ。


「――おい。話を聞くんじゃなかったのかッ?」


 思わず声を張った継人に、


「……おっと、これは失礼致しました。つい癖が出てしまいました」


 そんな風にのたまった老人に、継人は戦慄を禁じ得ない。レーゼハイマにしても思ったが、タグの職業欄に示された商人の肩書きなど、全く信用ならないと思い知った。


「こ、こいつらっ!」


「や、殺りやがったぞ。ふざけやがってッ!」


 仲間を殺された男たちは次々に剣やナイフを抜いていく。

 その段になると継人も動き出した。

 先ほどのフリードの一撃。一瞬でタグから魔力を抜きとり攻撃に移った動作は見事だったが、それでも自分なら問題なく躱せただろうと継人は見ていた。

 その攻撃に対して、反応すらできなかった男たちの実力は、必然知れたものになる。

 故に――

 継人は近くにいた男の懐に、僅か一歩で踏み込むと、男の脛を鉄板入りのブーツで蹴り砕いた。


「――ぃであああっ‼︎」


 生かしたまま逃げ足を奪い、戦闘力も奪う。単純だが、これが最も効果的な方法だろう。

 仲間の叫びを聞いて、男たちが武器を振り上げ襲いかかってくる。

 が――遅い。

 継人は振り下ろされた剣を紙一重で躱すと、すれ違いざまにやはり脛を蹴り砕く。そこにナイフが突き出されるが、フリードが横合いからその腕を掴みとり捻じり上げる。手首、肘、と極めた勢いのまま投げ飛ばし、とどめにその腕をへし折った。

 あっという間に残り六人。しかし、継人が数を認識した瞬間には、フリードはすでに次の獲物に襲いかかっていた。残り五人。数えることの無意味さに気づいた継人は黙って続く。


 そこから二分とかからなかった。

 継人が小さく息をつき、フリードが袖についた埃を払い落としたとき、その場には一人残らず手足を折られた男たちが転がっていた。

 そこら中から呻き声やすすり泣く声が聞こえてくる。


「――さて、それでは少しお話でもしましょうか」


 フリードの声が響くと男たちが震え上がる。

 フリードは戦いの終盤で敵わぬと悟り武器を捨てて許しを請う男たちにも、全く聞く耳を貸さず無慈悲に手足を破壊し続けた。

 そんな恐るべき老人に、男たちはすっかり怯えていた。


「実は我々は人捜しをしていましてね。羊人族の女の子を知りませんか? その子を誘拐した者がこの辺りに逃げ込んだはずなんですよ」


「ゆ、誘拐っ⁉︎ いや、知らねえ。俺たちじゃねえよ!」


「ほう。自分たちは関係ない、と?」


 フリードは一人の男の腕を取るとギリギリと捻じり上げた。

 メキッと関節から嫌な音がするたびに、男の顔が青ざめていく。


「ほ、本当なんだ……。本当にそんな子供知らねえよ。俺たちじゃねえんだ、信じてくれ……」


 涙目の男に嘘をついている気配はない。


「ふむ。では質問を変えましょう。誘拐犯は男の四人組です。何か心当たりはありませんか? それらしき人物を見たとか、そういうことをやりそうな人物を知っているとか」


 男たちは互いに顔を合わせながら、


「……ザッケたちなら誘拐ぐらいやるんじゃねーか?」


「いや、それよりマムルークの連中が女を攫ってるって話なら聞いたことが――」


「でも今回のは子供の話だろ? あいつらがロリコンだなんて聞いたことないぞ。それよりロマンの変態野郎のほうが怪しい――」


 助かりたくて必死なのか、男たちは次々に名前を上げていく。

 そこで、彼らの一人が恐る恐るフリードに声をかけた。


「……あの、関係あるか分かんないっつーか、多分関係ないとは思うんすけど、男四人と子供一人の組み合わせなら見かけました」


「どういうことです?」


「いや、全然誘拐って感じじゃなくて、子供が男四人を引き連れて歩いてたんです。子供は羊人族で……関係ないとは思うんすけど、一応」


 フリードは考え込んだが、代わりに継人が反応する。


「いつだ?」


「……え? えーと、太陽がまだあの辺にあったと思います」


 男が無事なほうの腕で、空を指差す。

 継人はルーリエを見失ったあとに太陽の位置を確認したが、そのときの太陽の位置と、男が指差した場所はほぼ一致していた。


(……偶然か?)


 だが、それにしてはいろいろと一致しすぎている気がする。完全に無関係と切り捨てるのは早計だろう。

 しかし、それなら子供が男たちを引き連れて歩いていたとは、どういうことなのか。

 まさか、ルーリエが自分を攫った誘拐犯を引き連れて歩くはずはないし、よく分からない話ではある。


「――一応、現場を見たほうが良いでしょう」


「そうだな。おい、案内しろ」


 そこで男は自分の失敗に気づいた。


「……おい、お前に決まってんだろ。早く立て」


 脚が無事だったのは幸か不幸か。

 仲間たちに恨めしげな視線を残しながら、男は一人、継人たちに連行されていった。

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[気になる点] 相手が商人、Fランク冒険者と見抜いてきた時点で相手もタグ持ちであるのだと思うので、称号が見えているはずなのになぜ侮って出てきたかがわからない
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