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第4話 雷

「ぎゃはははは! 駄目だ、まだ笑いが止まらん」


「まさか自分から牢屋ん中に入っていくとはなー、ぶはっ」


「ささ、姐さんこちらです」


「うむ。てくてくてく。ガッシャーン。残念! 牢屋でしたー!」


「ぶははっ、お前らよく笑わなかったな。俺、鍵閉める前に笑っちまいそーでマジやばかったわ」


「そりゃ全員そうだっつーの。しかし強すぎて焦ったけど、アホなガキで助かったなー。ふはっ! 駄目だ。あの自信満々に牢屋の中に入っていく背中。思い出すだけで笑える」


 風化が目立つ古い石造りの建造物。

 その地下にあるとある一室で、ルーリエはふて腐れていた。

 部屋は全方位、石の壁に囲まれており、そこには窓の一つも付いてない。唯一、外から光と空気を取り込んでいるのは鋼鉄製の扉にある小さな覗き窓だけだった。


「……だしてほしい」


 バンバンと扉を叩きながら訴えてみるが、地上階にいる男たちにはルーリエの声は届かない。たとえ届いたとしても相手にされることはないだろう。

 バンッバンッと、さらに扉を壊す勢いで激しく叩いてみるが、手が痛んだだけで扉はびくともしない。

 いかにレベルアップを重ねたとはいえ、素手で鋼鉄の扉をどうこうできるものではなかった。


「むむむ……」


 ならばとルーリエは今度はスコップを取り出した。

 どこからか? もちろん【アイテムボックス】の中からだ。

 ルーリエの右手親指には、サイズが合わず革紐でぐるぐる巻きに固定されているせいで一見そうだとは分からないが、『宝物庫の金貨の指輪+2』というアーティファクトが装備されていた。【アイテムボックス】とはそのアーティファクトに宿ったスキルである。

 そこから取り出したスコップもまたアーティファクト――『力漲るアイアンスコップ+1』である。サイクロプスとの戦いを経て成長を遂げたこのスコップには【剛力Lv2】のスキルが宿っていた。


 愛剣ならぬ愛スコップに魔力を通すと、ルーリエの全身に力が漲る。

 ルーリエは扉に向かってスコップを構えた。

 左手はスコップの柄を下から支えるように持ち、右手はスコップの尻に付いた三角形のグリップを逆手で握る。それはスコップで穴を掘る際の基本のフォームだが、ここから繰り出される一撃はサイクロプスを仕留めた実績もある。つまりこれは彼女の必殺の構えなのだ。


 鋼鉄の扉に突進しながら、ルーリエは必殺の一撃を繰り出した。

 ガンッ! とか、ゴンッ! とか、とにかくそんな硬い反動を予想して身構えていたルーリエだったが、スコップの尖端に返ってきた予想外の感触に、彼女は勢いあまってつんのめった。


「――むぴっ」


 そのまま顔を扉で強打し、後方にコロコロと転がる。

 真っ赤になった鼻を押さえ「むぅ」と呻きながら起き上がったルーリエは、目の前にあった不思議な光景に、痛みも忘れ涙目の半眼を瞬かせた。


 ルーリエの眼前、鋼鉄製の扉にはスコップがさっくりと刺さっていた。


 これはおかしいのでは――と、さすがのルーリエでも思う。

 鋼鉄の扉にこんなにキレイにスコップが刺さるなんて、そんなことが有り得るのだろうか。

 しかし、そうはいっても現にスコップは扉に突き刺さっている。

 試しにスコップを引っ張ってみると、スポッと驚くほど簡単に抜けた。

 ルーリエはスコップと扉の穴を見比べながらしばらく考えたのち、もう一度スコップを振りかぶった。ただし、今度はそれほど力を込めない。勢いもつけない。

 それでもやはり、サクッと、先ほど感じたのと同様の柔らかい手ごたえを残し、スコップはいとも容易く鋼鉄の扉に突き立った。


 むふー、とルーリエの鼻息が漏れた。


 なんか凄い。彼女に分かったのはその程度である。

 だが、それだけ分かれば騙されて落ち込んだ彼女のテンションを上げるには充分だった。

 サクッ、サクッ、と調子に乗ったルーリエは扉をどんどん穴だらけにしていく。いや、扉だけではない。石造りの壁も、まるで砂でも掘るかのように簡単に穴を開けていった。


 およそ二分後、原形のなくなった牢屋を脱出し、ルーリエは廊下に立っていた。

 自分で牢屋まで歩いてきたこともあり、出口がどちらなのかは分かっている。ルーリエは廊下の端にある階段目指して歩き出した。

 しかし、そこで彼女の【聴覚探知】が気配を捉えた。

 足を止めたそこにはもう一つの部屋。鋼鉄の扉に閉ざされたこの部屋もまた牢屋なのかもしれない。扉を隔てた向こう側から無数の気配を感じた。

 ルーリエが扉を見上げると、彼女の頭より高い位置にあった覗き窓から、ぱちくりこちらを窺う視線と目が合った。


「――おい、なにか見えたか?」


「……」


「ねーねー、にーちゃんおれもー」


「うるさい引っ張るな。この体勢結構つらいんだぞっ」


 なにやら扉の向こうから声が聞こえる。

 その声の主なのだろうか。こちらをぱちくりと窺う視線を、ルーリエは半眼をぴこぴこ瞬かせて見つめ返した。


「なにも見えないのか?」


「……」


「返事ぐらいしろよっ」


「ねーねー、にーちゃんはやくおれもー」


「うるさいな。順番だって言ってるだろっ」


 なにやら賑やかであるが、視線は相変わらずルーリエを見つめている。

 そこでルーリエは右手のスコップをスッと掲げた。

 狙い通り、ぱちくり大きな瞳がスコップへと引き寄せられる。

 そこでルーリエはスコップを【アイテムボックス】に仕舞った。

 突然消えたスコップに驚き、覗き窓の向こうで影がグラグラと揺れた。


「うわっ⁉︎ 危ない、暴れるなっ」


 大きな反応にルーリエは得意げに胸を張った。そんなルーリエを覗き窓の向こうの影は瞳をキラキラと輝かせて見つめた。

 その視線に気を良くしたのか、ルーリエは再び右手を上げると、今度はポンッとスコップを虚空から取り出した。また影が驚いたようにグラグラと揺れた。パッとしまう。グラグラ。ポンッと出す。グラグラ。またパッとしまう。グラグラ。

 ポンッ、パッ、ポンッ、パッと出し入れするたびに影は激しく揺れ、扉の向こうからは「暴れるな」だの「危ない」だのと言う声が響いた。


 すっかり面白くなり遊んでいたルーリエは、周囲への警戒が散漫になっていた。

 故に【聴覚探知】によってルーリエの耳がピクリと動くのと、廊下の向こうから声が響くのはほぼ同時だった。


「げえ――⁉︎ あのガキ外に出てやがるぞッ!」


 階段から降りてきた誘拐犯の一人がルーリエを、そして無残に破壊された牢屋を確認するなり顔を青くして叫んだ。

 仲間の叫びを聞きつけ、複数の足音が階上からバタバタと響く。

 ルーリエに慌てる様子は見られない。

 戦いになっても勝てると思っているし、実際に一度は勝っているからだ。

 だが、そこに仲間の叫びを意にも介さない淀みない足音を響かせ、一人の男が階段から降りてきたことで事情が変わった。


「……む?」


 見覚えのない男だった。

 薄い色の茶髪を短く刈り上げ、体格はガッシリとしている。その体を包むのは一目見て高級だと分かるブラウンのローブ。目は異様に細く、その奥で光る眼光はまるで切れ味をもっているように鋭い。


「……信じられんな。称号持ちの子供と聞いていたが、本当にまだ小さな子供じゃないか」


 新手の男は、眼光の鋭さに反して落ち着いた声の持ち主だった。


「いやいやっ、ただのガキじゃないんですって、ランザさん! あれ見てくださいよっ。ほら、あれ!」


 誘拐犯の男がそう言って指差したのは脆くも崩れた石壁の残骸。そして、芋をスプーンでほじくり返したような奇妙な破壊のされ方をした鋼鉄製の扉だった。


「なるほど。魔力量から考えるとレベル20前後といったところのはずだが……攻撃力が全くつり合っていないな」


 そう言うと、ランザと呼ばれた男は細い目をさらに細めてルーリエを見据えた。


「つまり、これが『称号の力』というわけか」


 言葉と同時に、ざわっ、と正体不明の違和感がルーリエを襲う。

 違和感の正体を理解するよりも早く、ルーリエは反射的に脚に力を込め、そして――


「《天雷糸》」


 ランザの奇妙な言語形態の言葉が響くのと同時に、バリィッ、と空間上に紫電が走った。

 天井から地面へ。ルーリエ目掛けて細い雷が降り注ぐ。

 だが、間一髪。

 ルーリエは雷が発生するよりも早く、すでに後ろに跳んでいた。

 故に、雷はルーリエの足先僅かの位置を通りすぎると、地面に落ちて派手な火花をたてるに留まった。 


「随分と勘がいいな」


 空振りに特になんの感慨もないようで、ランザは余裕の笑みを浮かべる。

 一方、ルーリエは未だ空中に跳んだまま、何が起こったのかもよく分かっていなかった。しかしそれでも、これまで培った戦いの経験値が彼女の中のスイッチをほぼ自動でオンにした。

 ルーリエは空中で体勢を整えると右手を伸ばす。先ほど扉の向こうの視線を驚かすために仕舞ったスコップを再び取り出すためだ。

 ルーリエは着地と同時に【アイテムボックス】から――


「《泥沼》」


 瞬間、ルーリエの足元の地面が消えた。

 いや、石の地面がいきなり泥に変わったのだ。


「むむっ」


 右足が泥に沈み転びそうになる。それを踏ん張って耐えようとすると、ますます足が沈み泥に動きを奪われた。


「これで避けられないだろう?」


 ランザは右手をルーリエの頭上に、左手をルーリエの足元に向ける。

 すると、足を取られたルーリエをまた、ざわっ、と奇妙な違和感が襲った。

 そして――


「《天雷槍》」


 先ほどを遥かに凌ぐ雷光とともに、稲妻がまるで槍のようにルーリエを頭上から貫いた。


「………………ッ⁉︎」


 全身を駆け巡る雷撃に激しい痙攣を起こしたルーリエは、やがて糸が切れた人形のようにパタリと倒れると、ピクリとも動かなくなった。

 一瞬の静寂ののち、ランザはフンと息を吐くと腕をゆっくりと下ろした。


「うおおおお。さすがランザさん!」


「いいから、早くそいつを縛り上げろ。もたもたしてると目を覚ますぞ」


「いやいや……」


 倒れたルーリエの全身からは焼け焦げたような匂いと白い煙が立ち昇っていた。


「目を覚ますどころか、死んでるんじゃ……?」


「そこそこのレベルはあるんだ。この程度じゃ死なんさ。それよりさっさとしろ。いいか、タグを取ったら、指一本動かせないようにロープでぐるぐる巻きにするんだ。それが終わったら馬車に積め」


「え、馬車ってことはもう帰るんですか?」


「ああ」


「でも、こいつらはどうするんで?」


 男が指差した先はもう一つの牢屋。覗き窓の向こうから倒されたルーリエを茫然と見ていた影が、突然指差されたことに驚き後ろに仰け反った。牢屋の中から何かが倒れた音が響く。


「ああ、それは売れなかったから連れて帰る。一緒に馬車に乗せておけ」


「ええっ、結局売れなかったんですか⁉︎」


「……まけろの一点張りでな。話にならんから品は引いた。闇奴隷だからと足元を見たつもりだったんだろうが、別にこっちは客に困ってないからな」


「勝手に決めていいんですか? また旦那に嫌味言われますよ」


「あいつがグチグチうるさいのはいつものことだから気にするだけ無駄だ。それに今回はいい土産もある」


 ランザが細い目を向けた先。

 ロープでぐるぐる巻きにされたルーリエが男たちによって運ばれていった。


 *


 同時刻、魔鉱都市ベルグの東端。

 山脈の麓と街に挟まれた、俗にスラムと言われるその場所に、継人は足を踏み入れていた。

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