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スコップ・スコッパー・スコッペスト with魔眼王  作者: 丁々発止
1章 スコッパーと魔眼王
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第3話 露店商

 二つ並んだ高さ幅ともに一メートルほどのただの木箱が、水色の清潔な布を掛けられることによって見事な商品陳列台に化けていた。

 そんな陳列台の上には小さな樽や籠などが並べられ、特に目を引くのが数々の瓶。中身は色とりどりのドライフルーツだった。


 乾燥しても鮮やかさが損なわれていない色彩豊かな果物を眺めながら、なぜこんなところに露店が? と継人つぐとは疑問に思ったが、よくよく見てみると、周りにも似たような露店や屋台が数軒だけではあるが存在していた。

 既に石を換金したとおぼしきバケツを持っていない者達が、そこで思い思いに買い物をしている様子が確認できる。


「――お兄さん、まさか全部盗まれちゃったのかい……?」


 露店商が再度、継人に話しかけた。

 ドライフルーツを並べた露店の店主と思われるその男は、歳は三十前後の優男で、人のよさが滲み出たような柔和な笑顔を浮かべていた。

 そんな露店商の言葉を聞いて、


(盗まれたって、何のことだ?)


 と継人は眉をひそめる。が、よくよく今の自分の姿を思い起こしてみると納得した。

 石一つ握り締めて肩を落とし、溜息までつきながら佇んでいたものだから、採掘した石をバケツごと全て盗まれて途方に暮れている、と勘違いされたのではないだろうか。


「災難だった――というより、それは流石に不注意すぎないかい? 普通は肌身離さず持っておくべきものだよ」


(いや、バケツ肌身離さず持ってたら石なんて掘れねえだろ)


 継人は心の中でツッコミを入れたが、それを口に出すことはしなかった。

 自分は相手の謎言語をなぜか理解できるが、目の前の露店商が日本語を理解できるとは思えなかったからだ。


「いくらか持ち合わせはあるのかな? 流石にその魔力(・・)鉱石一つじゃどうにもならないよ」


 露天商は継人の手の中の石に視線を向けた。


「――魔力?」


 魔力という意味にしか理解できなかった言葉を、継人はつい日本語で聞き返してしまった。

 すぐに――しまった、と思ったが、


「うん? そう魔力だよ。魔力鉱石。まさか知らずに採掘してたのかい?」


 露店商は継人の日本語に対して当たり前のように返事をした。


「えっ? まさか日本語が分かるのか!?」


「ニホン語? ……ああ、君の使ってる言葉か。初めて聞く言葉だし、僕にはちょっと分からないかな」


 継人が露店商に向ける目には、この男は一体何を言っているのか、という疑問がありありと浮かんでいた。

 分からないと言いながらも、継人の日本語に対してキッチリと返事をしている。

 本当に日本語が分からないなら、今成立しているこの会話はなんだというのか。


「いや、明らかに――」


 だが、継人は露店商に言い募ろうとしたところで、はたと気づいた。

 自分も同じではないか、と。

 日本語を初めて聞くと言う露店商と同じく、継人も露店商が話す言語は今日初めて聞いたものだ。その言語の発音も文法も全く分からない。だというのに言葉を聞けば意味だけは理解できるのだ。


 継人は自分だけが何かおかしくなって、そのような状態になっていると思っていたが、この露店商も同じように――いや、それがさも当然のように振る舞う露店商の態度から考えるに、もしかしたらここにいる人々は全員がそのような状態なのかもしれなかった。


 継人は、情報が集まれば何が起きているのか少しは分かるはずだと考えていたが、情報が増えれば増えるほど余計に事態が分からなくなっていた。


 急に言葉を切って思案に耽りだした継人の様子を見て、


「…………お兄さん、落ち込むのも分かるけど、まあ元気出しなよ。嘆いてたって盗まれた物は戻ってこないんだからさ」


 露店商は盛大に勘違いした言葉をかけた。

 思考の海に潜りかけていた継人は、その声を聞いて露店商のほうに意識を戻す。

 考えるのは情報が出揃ってからだと思い直した。


「……ああ、そうだな。まあ、落ち込むっていうよりも珍しい状況に混乱してるって感じだけどな」


「珍しいって……もしかしてベルグに来たのは最近かい?」


 ベルグ……ここの名前か? と内心首を傾げる。


「最近っていうか、まあ今日だな」


「あー、そりゃあ本当にツイてなかったね。これは都会全般に言えることではあるんだけど、とにかく色んな人が集まってくるからさ。その中には盗みを働くような連中も多いんだよ。特にベルグは魔力鉱石の採掘でいつも人手不足だから、石を掘りさえしてくれるなら基本誰でも歓迎みたいなところがあってね――」


 そう言いながら露店商は広場に集まる者達を見渡し、僅かに声を潜め、


「――そうなってくると訳あり連中や盗賊まがいの連中まで、色々集まっちゃうのさ」


 つまり、この辺りでは盗みなど珍しくないということだ。

 継人は嫌な事実に少し苦い顔を見せながらも、露店商の言葉を聞き漏らさないように記憶していく。


「――それはどうするんだい?」


 露店商は継人の持つ石を指差しながら尋ねた。


「これ一つのために列に並ぶのもアホらしいだろ」


「ハハッ、だろうね。良ければ僕が買い取ろうか?」


「いいのか? いくらだ?」


「これくらいの石なら大銅貨一枚が相場かな。う~ん、見たところ純度もそれなりだし、おまけして銅貨一枚プラスの十一ラークでいかがかな?」


 それはつまりいくらなんだよ、と継人は言いたかったがグッと我慢する。

 通貨の価値や単位を理解していないと知られるのは流石にまずい気がした。

 それが知られたらぼったくられ放題であるし、なによりそんなことも知らない奴は単純に怪しい。


「……十一ラークか。それで何か買えるものはあるか?」


 継人は金の価値を把握しようと、変化球的な質問を投げながら露店に並んだ商品に目をやる。


「う~ん、流石に十一ラークだとドライフルーツぐらいしか無理だね。この匙一杯で一ラークだよ。あっ、袋は持ってるかい? 持ってないならこの袋が三十ラークだよ」


 露店商が手にしている木のスプーンは本当に小さなもので、コーヒーに砂糖を入れるのにちょうど良さそうなサイズだ。そのスプーン一杯で一ラーク。十一倍しても下手をすれば一口で完食できてしまいそうだと継人は思った。

 さらに露店商が差し出した小さな巾着袋は三十ラーク。そんな小さな巾着すら買えない。

 どうやら十一ラークというのは相当にはした金らしかった。

 日本円に直したら百円の価値もないかもしれない。


 どこかに宿泊できるほど、とまでは言わないが、せめて一食分くらいの額は欲しかったというのが継人の本音だった。

 そんなはした金を持ってこれからどうすればいいのか、と継人が傾き始めた太陽に目を向けたときに――そういえばと気がつく。

 継人はポケットを探り――透明な石を取り出すと露店商に差し出した。


「これは買い取れるか?」


 継人の掌に乗るその石を見て、露店商は目を見張る。


「おおっ、エーテル結晶だね」


 どうやら透明の石はエーテル結晶というようだ。


「今日初めて潜ってそれが採れたんなら運が良いね。ああ、でも荷物を盗まれたんなら、差し引きするとやっぱり運は悪いかな。あっはっは」


(つまり、荷物なんて盗まれてない俺は運が良いってことか。いや、でも運が良い奴がこんな訳の分からない所で迷子にはならないか……)


「――で? 買い取れるのか?」


「もちろんだよ。是非買い取らせて貰いたい。僕に売ってくれるなら相場より色をつけて――大銀貨二枚と銀貨五枚出そう」


 露店商は、右手の指二本と左手の指五本を継人に向けながら自信満々に言い放ったが、当の継人は――だからそれはいくらだよ、と心の中でぼやき、しらけた顔をしていた。


「あれっ? 不満かい? 向こうで売ったって大銀貨二枚がせいぜい、よくても銀貨が一、二枚つく程度だよ?」


 バケツを持って並ぶ人々の列を指し示しながら言う露店商の言葉が、真実なのかどうかの判断は継人にはつかなかったが、それを確かめるために今から列に並ぶ気にはならなかったので、露店商の言う値段で石を売ることにした。


「分かった。値段はそれでいいから、その袋をおまけしてくれ」


「――袋って、このドライフルーツ用の? 袋だけ?」


「財布だ」


「ああ、なるほど。それじゃあ、魔力鉱石一つにエーテル結晶一つ、締めて二千五百十一ラークと、おまけの袋だね。まいど」


 受け取った金を数え、袋に収めながら、継人は今まで露店商が口にした通貨の情報と合わせて計算する。

 大きな銀貨二枚。小さな銀貨五枚。大きな銅貨一枚。小さな銅貨一枚。そしてこれが二千五百十一ラークということは――

 大銀貨一枚が千ラーク。

 銀貨一枚が百ラーク。

 大銅貨一枚が十ラーク。

 銅貨一枚が一ラーク。

 ということになる。


 これで通貨やその単位に関しては大体のところは把握できた。あとはその価値をもう少しきちんと把握できれば、と露店の商品に目を向ける。


「その干し肉みたいなのはいくらだ?」


 継人は陳列された籠の中にある、缶ジュースほどの大きさの赤黒い塊を指差して、露店商に尋ねた。


「みたいじゃなくて、ちゃんと干し肉だよ。銀貨一枚ね。あ、肉用の袋は少し大きめだから大銅貨五枚だよ」


 干し肉は継人では一食で食べ切れないほどの大きさだ。それが銀貨一枚、百ラークなら、一日を干し肉一つで凌げれば、手持ちの二千五百十一ラークで一月近くは生きられる。継人は頭の中でそんな雑な計算を繰り広げた。


「分かった。もらう」


 継人は銀貨を二枚渡し、袋に入った干し肉とお釣りの大銅貨五枚を受け取った。

 食事を確保できたところで、継人は重要なことを露店商に尋ねた。


「この近くで泊まれる場所があるか知らないか?」


 これは喫緊の懸案事項だった。

 太陽の位置から考えると、もう日が暮れるまでそれほど時間もないだろう。とにかく何よりも先に泊まる場所を見つけなければ、こんな見知らぬ土地で、継人は野宿することになる。


「う~ん、宿かい? そうだね~。君でも大丈夫そうな所なら……ここからまっすぐ下りて行って――」


 露店商は広場の端の林が開けた場所を指差しながら言う。


「大通りに差し掛かる直前、左手側に『竜の巣穴亭』っていう宿屋があるから、そこがおすすめかな」


「『竜の巣穴亭』だな。分かった」


 泊まれる場所がなんとかなりそうなことに、継人は一つ息をついて安堵した。


「うん、まあ気を落とさないで頑張ってよ。真面目にやっていれば、金貨の一枚ぐらいはすぐに貯まるものだしさ」


「金貨? ああ、まあそうかもな」


 やっぱり金貨もあるのかと考えながら、適当な生返事を残して継人は露店をあとにする。

 立ち去っていく継人の背中に、露店商は最後に声をかけた。


「あと今さらになるけど――ようこそベルグへ! 君がこの街で幸いであるように祈っているよ!」


 人のよい笑顔を浮かべた露店商の言葉に、今日初めて継人は口元を綻ばせた。

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