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スコップ・スコッパー・スコッペスト with魔眼王  作者: 丁々発止
1章 スコッパーと魔眼王
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第2話 出口

 青い眼の男は洞窟の壁面に黙々とツルハシを振り下ろしていた。

 岩壁とは言ってもそれほどの硬さはないのか、あまり派手な音はならない。

 男は削り取った岩壁の残骸が一定以上の量になると、その欠片を拾い上げ、まじまじと観察する。

 大概の欠片はそのまま投げ捨てられるが、眼鏡に適った一部の欠片はバケツの中へと放り込まれていた。


 どれだけの時間が経ったのか。

 完全に思考停止に陥っていた継人つぐとが再起動し、青い眼の男は壁を掘って何かを集めているらしいと気づいたころには、男のバケツは既に選別された石でいっぱいになっていた。


 男は満杯になったバケツをニヤニヤとした顔で一撫ですると、一度継人のほうへ警戒したような視線を向けた。そして、警戒を解かないまますぐにツルハシを担ぎ直すと、バケツを大事そうに持って、現れたときと同じ場所――岩陰の向こう側へと去っていった。


 継人はボーッとその様子を眺めていたが、そんな場合ではないとなんとか意識を持ち直す。

 おそらく男が去ったほうへ向かえば外に出られるはずだ。

 今の状況を知るために少しでも情報がほしいし、そもそもからして、いつまでもこんな洞窟の中にいるわけにはいかない。

 継人は男を追いかけようと一歩踏み出した。しかし、そこでふと男が掘っていた壁が目についた。


(……何を集めてたんだ?)


 一見すると、それはただ掘り返されて砕かれた岩の残骸のようだったが、よく見ると茶色い欠片の中に青く透き通った粒が含まれているのが分かった。


(何だこれ…………宝石か?)


 あの男は宝石の採掘をしていたのだろうか。

 そういわれてみれば、何か必要以上に警戒されていたように継人には思えた。

 もしかしたら、男は採掘した宝石を横から盗まれることを心配していたのかもしれない。


「盗むくらいなら自分で掘るっつーの」


 継人は独りごちながら、男の掘った壁の亀裂に指をかけグッと力を込めると、思っていたよりも壁は柔らかいようで、一部がボロッと簡単に崩れ落ちた。

 落ちた石を拾って見てみると、男が捨てていった石よりも多くの青い粒が含まれているのが割れ目を中心に確認できた。


(この石、価値があるなら持っていったほうがいいのか?)


 そう考えながら継人は尻のポケットを探る。普段ならそこに財布が入っているのだが、やはりというべきか今は何も入っていなかった。

 どこかも知れない土地で先立つものがない。かなり不安なのは間違いないので、気休めかもしれないが、その石をポケットにしまっておくことにした。


(もう少し持っていったほうがいいか……?)


 継人は引き続き壁を力任せに削ってみるが、先ほどとは打って変わって青い粒が少ない石しか出てこない。男が捨てていったような石ばかりだ。

 どうやら、ぽんぽんと簡単に採掘できるものではないらしい。あるいは男が既に掘り尽くしてしまったあとだからなのか。


(採れないならもういいか。そもそも価値があるのかも不明だしな)


 そう思い、継人が引き上げようとしたとき――自ら崩した壁の一部がキラリと光るのが目の端に映った。

 よく目を凝らして見てみると、そこには青い石とは違う、無色透明の綺麗な石が埋もれていた。


 SSS


 継人は青い眼の男が去っていった岩陰の先に進んでいた。

 男の背中はとうに、というよりは端から見失っているが、そこは一本道だったので迷うこともなかった。


 先ほど掘り出した透明な石――握り込めば手の中に収まるサイズで、壁に埋もれていたというのに傷一つない綺麗な石――は、歩を進める継人の手の中でキラキラと光を反射していた。

 価値のある物なのだろうか。そんなことを考えながら石の透明度を確かめていた継人は、石が反射する光を見て、ふと、なぜ今の今まで気がつかなかったのかという事実に、遅まきながら気がついた。


 継人は足を止め、進んでいる道の先に目を向ける。

 出口に向かっているとは思うが今はまだそれらしきものは見えない。

 今度は壁、天井、と目を移していく。

 特に裂け目などがあってそこが外に通じているということはない。

 そして目に映る範囲に人工物の類いは一切無い。だというのに――


(この洞窟、なんでこんなに明るいんだ?)


 透明な石に細かい傷すらないことが目で見て確認できるほどに、洞窟内は明るかった。

 継人は改めて視線を巡らせるが――やはり光源らしきものはどこにもない。


「…………」


 まだ何一つ現状の疑問は解消されていないというのに、訳の分からない事実だけがまた一つ積み重なってしまった。

 継人はまた頭を抱えそうになるが、考えたところで分からないという結論が既に出ているので、その事実だけを心のメモ帳に記録した後は、もう何も考えないことにした。


 しばらく進むと継人は初めて分かれ道に差し掛かった。

 右と左に分かれたY字路だ。

 どちらに進めばいいのかという疑問が当然生じるが、それとほぼ同時に疑問は解消された。継人から向かって右側の道から出てきた人が、続々と左側の道へと進んでいるのが見えたからだ。

 左の道に消えていく人達は皆一様に重そうなバケツを運んでいる。おそらく、青い眼の男と同じように洞窟内で石の採掘を行い、それを外に運んでいる最中なのではないだろうか。


 継人は何食わぬ顔で人の流れに乗り、出口と思われるほうへと歩を進めた。

 そのまま五分ほど進むと、視線の先に階段が見えてきた。

 洞窟の道幅と同じくとても幅の広い階段で、継人なら十人は並んで上れそうなほどである。

 階段に足をかけ、段差の向かう先に視線を上げると、洞窟の中を満たす不自然な光とは違う馴染み深い自然の光――太陽光が目に飛び込んできた。


 外の光を見てホッと息を吐いた継人は、バケツを重そうに運ぶ人々を尻目に足早に階段を上っていった。


 SSS


 既に夕暮れに程近い日の光に照らされたそこは、ガヤガヤと騒がしかった。

 継人は固く乾燥した土の地面を踏み締めながら、騒々しいその場所を見渡した。


 階段を上りきり洞窟を抜けた先。

 どうやらそこは山を切り開いて造った広場であるらしかった。

 右を向いても左を向いても森――と言えるほど鬱蒼とはしていないが、林と呼ぶには支障がない程度の木々に囲まれていた。

 だからといってそこに狭さは感じられない。単純に切り開かれた範囲が広いからだ。下手をすれば学校のグラウンドほどの広さがあるかもしれない。

 そんな開かれた場所に、木造の大小様々だが一様に年季の入った建物が数棟と、少し離れた所に煉瓦造りらしき大きな建造物が一棟建っていた。


 継人は広場をぶらぶらと歩く。

 とにかく人が多いなという印象だった。

 ツルハシやスコップ、バケツなどを抱えた人々がひしめき合っている。性別は男がほとんどだが、年齢層はバラバラで子供もいれば老人もいた。そして、その数は百をゆうに超えているだろう。

 だというのに、今も洞窟の出口の階段からは人が続々と溢れ出て来ていた。


(やっぱり、本格的に日本じゃないな。これだけ人間がいて黒髪の奴がほとんどいない。それに、どいつもこいつも身なりがおかしい)


 広場に溢れる人々の服装には違和感があった。その違和感を言葉にすれば「古い」だろうか。服が着古されているという意味ではなく、服のデザイン――つまり、時代が古いのだ。


(なんか中世っぽいっつーか、なんつーか…………)


 継人が呆気にとられたように広場の人間を観察していると、洞窟から出てきたバケツを持った者は、皆一様に同じ方向に足を進めていることに気がついた。

 継人が視線だけでそのあとを追う。

 すると、そこにはより一層の人だかりがあった。


(――これは、並んでるのか?)


 そこにいる者達は全員が石の詰まった重そうなバケツを持って、何かを待っているようにその場に立っていた。

 かなり雑然としていて一見並んでいるようには見えないが、注意深く見てみるとその人だかりは確かに列になっていた。


(もしかして、ここで石を換金するのか?)


 継人は列の先頭が見える位置へと移動していく。

 そこにあったのはカウンターのようなもの、と言えばいいだろうか。

 幾つもの台座が横一列に並べられ、その前にはバケツを持った者が列をなしている。

 そして、台座の向こう側で列を受け持っているのは、広場に溢れる人々とは明らかに身なりからして違う者達だった。


 真っ白いワイシャツの上から黒いベストを身に着けた、清潔感のある整った印象を与える者達。

 そんな彼らが列に並んだ者からバケツを受け取り、そのバケツを台座の上に備えつけられた機具の上にのせて何かを確認すると、石の詰まったバケツと引き換えに硬貨らしき物を渡していた。


 一連の様子を見ていた継人は、自分も並んだほうが良いのだろうかと悩むが……。


(これだけじゃなぁ……)


 ポケットから青い粒が含まれた石を取り出し、しばらく眺めたあとに、それを手で弄びながら溜息をつく。

 バケツいっぱいの石を換金している者ですら、お世辞にも綺麗とは言えない身なりなのだ。

 ということは必然、石を売って得られる稼ぎはそれほど多くはないのだろう。

 そうであるならば石一個の値段など推して知るべしである。


(どこかも知れない国で無一文、か……)


 本当にこれからどうしたものかと継人が途方に暮れていると――、


「――お兄さん、大丈夫かい?」


 継人の後ろから声が聞こえた。


 継人にとって、やはりそれは謎の言語ではあったが、洞窟内で聞いた男の言葉と同じく意味は理解できたので、声が聞こえたほうへ振り返った。


 そこには木箱の上にカラフルな何かが詰まった瓶を所狭しと並べた――露店があった。


 露店の主が、継人に人のよさそうな笑みを向けていた。

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