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スコップ・スコッパー・スコッペスト with魔眼王  作者: 丁々発止
1章 スコッパーと魔眼王
28/65

第27話 宝箱

「――ゴホッ! ゴホッ! ……ぺっ……ぺっ、ぺっ。……ちっ、砂食った」


「……むぅ…………けぷ」


 波が引くころには、二人は広間から遠く離れた場所まで流されていた。

 頭までずぶ濡れになった継人つぐとは、顔の水気を拭いながら、遠くなった広間の方角を恨めしげに睨みつける。


「なんだったんだ最後のアレ……。スキル? それともアレが魔法ってやつか?」


「……モンスターは魔法はつかえない。だからたぶんスキル…………けぷ」


 流された際に相当水を飲んだのか、ルーリエのお腹はパンパンに膨れていた。

 あまりにも見事に膨れたお腹を見て、好奇心に負けた継人が指でぽみゅんとつついてみると、ルーリエは口からピューと水を噴いた。


「モンスターって魔法は使えないのか……」


「ずばり。呪文をとなえないとダメだから、しゃべれないとむり…………けぷ」


 継人に講釈できるのが嬉しいのか、ルーリエはポッコリお腹のまま半眼を輝かせてどや顔になっていた。

 継人が再度お腹を押すと、ルーリエはどや顔のままピューと水を噴いた。


「まあ、なんにしたってあれは相当やばい。あの部屋には出口らしきものは見当たらなかったし、もう近づかないほうがいいだろうな」


「けぷ。そうするべき」


 二人は広間から離れるように、来た道を引き返し始めた。

 程なく、前方に先ほど通った分岐が見えてきたが、その景色を見て、継人は激しい既視感を感じていた。

 広間に向かっているときは気づかなかったが、通路を引き返してきた現在、逆側から見た分かれ道は綺麗なY字路になっていた。それはゴミ穴の終着点だった最初の広間を抜けて、ルーリエと再会したあのY字路と酷似していた。


「………………」


 継人はY字路を眺めながら一瞬だけ何かを考え込んだが、浮かんだ考えを口にすることはなかった。


「左の道は調べたのか?」


「そっちはまだ」


 もと来た道はY字路の右の道からである。未探索の場所を残したままそちらに引き返しても仕方がないので、二人はこのまま左の道に進むことにした。


 左の道は代わり映えのない一本道だった。モンスターが出るわけでもなく、至って平和な道のりが続く。

 しばらく一本道を進んでいると、また新たな分かれ道が見えてきた。

 左斜め前方に延びる道と、右斜め後方に延びる道である。


 継人はしばし分岐の前で立ち止まり、二つの道を睨むように観察した。

 そして、今度は無言のまま左の道に足を踏み入れると、数歩ばかり歩を進め、唐突に分かれ道へと振り返った。


「………………」


 継人の視界には見覚えのある造りのY字路が映っていた。


「――?」


 前を歩く継人が突然後ろを振り返ったので、ルーリエが、くりん、と首を傾げるが、


「……いや、なんでもない」


 と、継人は左の通路をそのまま進んだ。


 何事もなく、道の先の広間に辿り着いた。

 そこは、これまでと同じような水没した広間だったが、今度はサイクロプスのような化け物がいるわけでもなく、代わりに広間の中央に島――というよりは、舞台のような岩の足場が水面から覗いているのが確認できた。


「――む!」


 ルーリエがいきなり興奮したように声を上げると、広間の水面に飛び込んだ。

 彼女のいきなりの行動に焦った継人だったが、水は浅いようで飛び込んだルーリエは足がついている。水深は彼女のももの辺りまでしかなく、せいぜい五十センチあるかないかといったところだろう。

 ルーリエはパシャパシャと水を掻き分けながら、広間の中央に向かって進んでいく。


「あ、おい。ブルーキラーフィッシュがいるかもしれないから気をつけろよ!」


「わかった」


 そう答えながらも、水面を一瞥すらしないで進んでいくルーリエの姿に、「絶対分かってないだろお前」と漏らしながら、継人も後を追いかけていく。


 どうやら継人の心配は杞憂だったようだ。水の中には魚影の一つも見当たらない。

 特に危険もなく広間中央の足場まで辿り着いたルーリエは、その上によじよじと登る。


「やった。すごい。すごくて――…………すごい!」


 岩の舞台の上でルーリエが語彙も少なく喜んでいた。めずらしく無表情な頬が紅潮して、興奮した様子だった。

 そんな彼女が熱く見つめていたのは――


「宝箱――!」


 それは縦は五十センチ、横は百センチ、高さ五十センチほどの石製の箱だった。

 現在いる階層を形作っている白い岩を綺麗に削り出し、優美な装飾を彫り込んで仕上げたと思われる石造りの箱。それが三つ並んでいる。


「…………これが宝箱?」


 冒険者ギルドで読んだ『ダンジョン学入門』という本には、ダンジョンには宝箱と呼ばれるものが沸いて出てくると記されていた。継人がそれを読んだときは、「ゲームじゃあるまいしそんな馬鹿な」とも思ったが、しかしそれはゲームの知識がある継人だから、記された文字が『宝箱』と認識できただけで、実際には文字通りの『宝箱』とは違う、別の何かがあるのだろうと考えていた。

 しかし、実際目の前にある宝箱は正しく文字通りの『宝箱』だった。明らかに人の手で作られたであろう優美な石の箱が、生存率0%の落とし穴の底に綺麗に並べられていたのだ。


(おかしいだろ、これは……)


 まず大前提として『ダンジョン学入門』には、ダンジョンとは自然に発生するものであり、存在そのものが自然現象の一種である。と記されていた。


(だったらこれは何なんだよ)


 ダンジョンは明かりが無くてもなぜか明るい。

 ダンジョンの壁は掘り返しても勝手に元通りになる。

 これらの現象は明らかに異常だが、それでも異世界の洞窟なのだから、未知の物理法則が働いて、そんな不思議な現象が起こることもあるのかもしれない――継人はそんな風に納得しかけていた。だが、この宝箱については到底納得できない。

 こんな物が沸いて出ると言われて、それが自然現象の一部だと言われて、一体誰が納得できるというのか。


(そもそも、この宝箱をデザインした『誰か』がいるはずだろ。それをあの本の作者は、何を考えてダンジョンが自然現象だなんて言ってやがるんだ?)


 継人が黙って考え込んでいると、横合いから「むううううう」と可愛いらしい唸り声が聞こえた。

 声につられて視線を向けると、ルーリエが宝箱の蓋を押し開けているところだった。

 ガコンッと重厚な音を立てて、宝箱が開く。


「――て、お前なに勝手に開けてんだ!? 罠とかあったらどうすんだよ!」


「……ワナ? む、もうてん」


「む、盲点……じゃねえだろ」


「でも、へいきだったから、へいき」


 継人の小言を聞くのもそこそこに、ルーリエは瞳をキラキラと輝かせて宝箱を覗き込む。

 その様子に溜息をついた継人だったが、それでも宝箱の中身には興味があるのか、ルーリエの横合いから、ちらりと中を覗き込んだ。

 そこにあったのは……


「……ナイフ?」


 大きな箱の中にポツンとナイフが一本だけ入っていた。

 ナイフの良し悪しはともかく、絵面としてはかなり寂しい。


「これだけか……」


「……まだ宝箱はふたつある。しょうぶはこれから」


 罠を警戒しながら残りの宝箱も開けていく。

 二つ目の宝箱に入っていたのは指輪だった。うずくまれば継人だって入り込めるほど大きな箱の中に、小さな指輪が一つだけポツンと入っていたのだ。ナイフを上回る寂しい絵面である。

 そして最後に残る、三つ目の宝箱には――


「これはうんめい」


 宝箱の前で、眠たげな半眼をキラキラと輝かせながら、スコップを掲げるルーリエの姿があった。

 そう、理解不能なことに最後の宝箱の中身はスコップだったのだ。


 ナイフと指輪とスコップ。

 これだけ大きくて派手な宝箱から出てきたと考えると、正直ガッカリなラインナップである。

 本当にこれだけなのか、と継人は未練がましく宝箱をペタペタと触る。

 スコップを掲げたままトリップしているルーリエを放置して、継人はしばらくのあいだ空の宝箱を調べ続けたが、特に何も見つかることはなかった。

 やがて継人は諦めて溜息をついた。――そこで突然、


『達人の鋼鉄のナイフ+1を装備しました』


「――――は?」


 タグに内蔵されたスキル【システムログLv1】の通知が頭の中に響いた。



 SSS



 アーティファクトと呼ばれる装備品がある。


 それは普通の剣や鎧などとは違い、魔力を溜め込める領域――この世界の人間が『魂』と呼ぶもの――を持っている特殊な装備品のことである。

 ステータスタグがそうであるように、アーティファクトの『魂』には個々にスキルが刻まれており、アーティファクトを装備した者は、その『魂』に刻まれたスキルを自分のスキルの一つとして使用できる。

 戦闘の重要な要素でありながら、習得や鍛練に多大な労力を要するスキルが、いとも容易く使用可能になることから、冒険者であれば誰もが求める貴重な装備品――それがアーティファクトなのだ。


 達人の鋼鉄のナイフ+1【見切りLv2】


 宝物庫の金貨の指輪+2【アイテムボックスLv3】


 力漲るアイアンスコップ【剛力Lv1】


 継人の視線の先に、そんな貴重品が三つも並んでいた。

 宝箱から出てきたアイテムは、どうやら三つともアーティファクトだったようで、魔力を流し込んでみると【システムログ】による装備完了のアナウンスとともに、ステータスの装備欄に装備名とスキルが表示された。


「……むぅ、『エクスコリパー』はわたしの。かえしてほしい」


 地面に並べられたスコップの前で、なぜか正座していたルーリエがピッと挙手して意見を言った。


「……まあ、どうせ二人で分けるんだから返すのは別にいいけど、お前マジでそのスコップが欲しいのか?」


 継人は――エクスコリパーなる謎の名前のことは聞き流して――ルーリエに尋ねた。

 それぞれのアーティファクトに付いたスキルの効果がはっきりとは分からないため、それらの良し悪しについてはなんとも言えないところだが、それでもスコップに付いたスキルはレベル1なのだ。三つの中で一番スキルレベルの低い『力漲るアイアンスコップ』は、素直に受け止めれば一番のハズレ装備だと言える。いや、そもそもスコップが装備品なのか、というところからして議論の余地がある。


「むぅ、ツグトもエクスコリパーがほしいのはわかる。でも、わたしがさきにみつけた。わたしにゆずるべき」


 うん、いらん。と継人は思った。

 だが、半眼を輝かせてスコップを見つめるルーリエに、水を差すようなことを言うのも野暮である。

 故に――


「そうか……そこまで言うなら仕方ない。正直俺もかなり欲しいが…………マジで欲しいけど……今回は、今回だけはっ…………譲ろう」


「…………ツグト、ありがと。きっと、きっとだいじにする」


 無駄な演技力を発揮する継人に、ルーリエは感極まったように瞳を潤ませた。

 彼女はとても素直だった。


「そのかわり、あとのふたつはツグトのもの」


「――え?」


 ――――ルーリエに押し切られるかたちで『達人の鋼鉄のナイフ+1』『宝物庫の金貨の指輪+2』の二つのアーティファクトが継人の手の中に残った。付いているスキルのレベルを見た限りでは、この二つのアーティファクトのほうが、スコップよりも上等な物であることはほぼ間違いない。


(おかしい。なんだこの罪悪感は)


 キラキラとした目で再びスコップを掲げたルーリエを、継人は微妙な表情で見据えていた。

変更

エクスコップ→エクスコリパー

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