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スコップ・スコッパー・スコッペスト with魔眼王  作者: 丁々発止
1章 スコッパーと魔眼王
26/65

第25話 内緒

名前:継人つぐと

職業:Fランク冒険者


 継人が頭の中で秒数をカウントし始めてから、既に二分が経過したが、未だ彼のネームウィンドウに変化はなかった。つまり奈落の底に転落したライアットは、まだ生きているということだ。


 継人は己の中に燻っていた、万に一つの希望が急激に膨らんでいくのを感じた。

 これだけ大きな希望があるなら進まない理由はない。


 正直恐怖は感じる。仄暗い穴の底を見つめていると背筋に冷たいものが走る。だが、それは心から湧き上がるものではなく、もっと根源的な、原始的な、生物としての本能からやってくる恐怖にすぎない。人間の意思は本能を逸脱できるのだ。そして、継人の意思は既に決断している。だから彼は迷わなかった。一瞬すら迷わずに――


 継人はゴミ穴に飛び込んだ。


「――――ッ」


 直後に感じる強烈な浮遊感。心臓が縮み上がる。体中の細胞が、なんてことをしてくれたんだと継人を非難している。だがそんな声に耳は貸さない。継人はまっすぐに闇の底だけを見つめていた。


 暗闇の中、どんな変化も見逃さないと目を凝らし、身構えていた継人を嘲笑うかのようにそれは突然きた。

 光だ。

 本当に急だった。まるで真っ暗な部屋の照明のスイッチを入れたように、なんの前触れもなく周りの闇がかき消えた。

 そして、唐突に明るくなった周囲を確認する間もなく――


 継人の全身を衝撃が襲った。


 ビリビリと、痺れとも痛みともつかないものが体中を駆け巡る。

 それと同時に、体中が冷たさに包まれた。


「がぼっ……!」


 口から泡が溢れた。


 人間が高所から落下した際、どのような場所に落ちれば無事でいられるだろうか? そう問われたときに、ほとんどの者が同じ答えを思い浮かべるだろう。


 そう、継人が落ちたのは水の中だった。


 水はきれいに澄んでいた。

 継人が落下した衝撃で立ち上った泡が、今しがた口から漏れ出た泡とともに、水面へと昇っていく様子が良く見えるほどだった。

 昇っていく泡の行方を見つめながら、継人が水に打たれた全身の痺れが消えるのを待っていると、不意に彼の足裏に感触が返ってきた。つられて足元に目を向けると、白に近い色の岩肌に足が着いていた。どうやらここが水の底のようだ。水底からもう一度上に視線を戻す。水面は目測で五メートル以上先だろう。落下の勢いで随分と深いところまで沈んでしまったらしかった。


 もたついていると溺れかねない。そう思った継人は、体を深く沈み込ませ、水底にしゃがみ込むと、スクワットの要領で水面へと飛び上がった。

 と、そこでももに鋭い痛みが走る。

 なんだ、と目をやると、そこには一匹の魚がいた。

 体長五十センチに迫る大きな青い魚が、継人のももに噛みついていたのだ。

 青い魚が噛みついたところから、赤い煙のように血が水中に漏れ出ていた。


 継人は反射的に剣で斬りつけようとしたが、右手に握っていたはずの剣がない。

 どうやら水面に叩きつけられた衝撃で、どこかに落としてしまったらしかった。

 仕方がないので握った拳で脚に喰いつく魚を殴りつけた。その衝撃で魚は口を放す。しかしそれだけだった。水中で勢いの減衰した拳では大したダメージは与えられず、魚は再度継人に喰らいついた。


「……ッ!」


 痛みで貴重な空気が口から漏れる。

 拳が効かないならこれしかない。継人はベルトから投げナイフを一本抜くと、それを青い魚の横っ面に突き刺した。

 これにはたまらず、青い魚も噛みつくのを止めて、ナイフを抜こうとのたうちまわるが、横っ面を貫通したナイフはなかなか抜けず、魚は徐々に継人から遠ざかっていく。


 ナイフは惜しいが、これ以上は相手をしていられない。さすがに息が苦しい。

 継人は魚を無視して水面に向き直った。


「――ぶはぁ!!」


 水面から顔を出して、たっぷりと空気を味わいながら見渡した景色は、乳白色の岩壁と透き通る水以外に目につくものがない、だだっ広い空間だった。

 地下洞窟にある湖……というよりは、地下の空洞が浸水したように見える。

 上を見上げると、はるか二十メートル以上も先の天井に、ゴミ穴の出口らしき穴が確認できた。あんなところから落ちてきたのか、と継人は僅かに顔を青くした。

 他に何かないのか、と再び周囲を探り始めたところで、動く何かが視界に入った。


 波立ち、舞う水飛沫。目を凝らすと、その正体は水面でもがくライアットだった。随分と派手にもがく様子から、もしかして溺れているのだろうかと継人は思ったが――違った。

 ライアットには青い魚が群がっていた。肩に、顔に、振り払おうとしている腕に、一体何匹いるのか定かではないが、もうどうしようもない数なのは確かだ。

 継人は思わず見入ってしまいそうになるが、そんな場合ではないと思い直す。もたもたしていたら自分もライアットの二の舞である。


 継人は改めて周囲を見渡し、自分から一番近い岩壁に裂け目のようなものを発見した。その裂け目が奥へと続く道のようになっている。

 それ以上周りを窺っても他に目指すべき場所が見当たらなかったので、魚が来ないうちにその裂け目を目指して泳いだ。


 泳ぎ着いた場所は浅瀬になっていた。ブーツが十センチほど水に浸かっているが、しっかりと足がつく。

 五メートル以上の深さから、一気に十センチほどの浅瀬になっているので、上がるのに苦労したが、ここならあの大きな魚も上がってこれないだろう。


 ライアットはどうなったか、と継人が振り返ると、そこには彼の姿がなかった。

 代わりに、彼がもがいていた場所は広い範囲で血に染まっていた。人間の体からこれだけ大量の血が出るのかと、継人は変な感心をしてしまう。


「――あ」


 そういえば、と継人はネームウィンドウを表示するが、彼は未だレッドネームにはなっていなかった。

 出血量を考えたらライアットが生きているとは思えないが、それでも継人がレッドネームにならないということは、ライアットを殺したのは彼をこの場所に突き落とした継人ではなく、突き落とされた彼に喰らいついていた青い魚――ブルーキラーフィッシュだということなのだろう。


 ブルーキラーフィッシュは『魔鉱窟』に出現するモンスターの中で、特に危険なモンスター二種のうちの一種であり、鋭い牙と群れる性質をもっているため、一度襲われれば撃退するのは困難な魔鉱窟最強のモンスターである。

 ただし、ブルーキラーフィッシュの出現が確認されているのは、魔鉱窟の最下層である地下五階層のさらに最奥にある湖のみであり、普通は出会うこともなければ、戦うこともないモンスターなのだ。

 もちろん継人も情報は把握していたが、実際に出会うことはないと思っていたモンスターである。そのブルーキラーフィッシュがいるということは……


「ここは五階層なのか――? ……いや」


『魔鉱窟』は所詮Eランクダンジョンなのだ。

 ゴミ穴が、そんな最低難易度迷宮の五階層に落下する程度の罠だったのなら、生存率0%という結果にはならないのではないだろうか。

 確かに、ブルーキラーフィッシュのいる水の中に放り込まれる罠と考えれば凶悪かもしれないが、それにしたって、なんの備えもできていなかった継人でさえ――ライアットが囮のようになっていたとはいえ――こうして生きているのだ。もしここが五階層だというのなら、今までどんな冒険者も生きて戻らなかったというのは不自然だ。

 だったら、やはりここは五階層ではなく、別のさらに危険な場所だと考えたほうが自然だろう。


 ルーリエは無事なのだろうか。

 ゴミ穴に落とされたのは大人三人に痛めつけられた後であり、落ちた先にはブルーキラーフィッシュの群れがいて、それを逃れても、ここは生存率0%の未知の領域。

 彼女が生きているかもしれないという希望が生まれた今だからこそ、絶望の足音もまた隣にひたひたとついて離れない。


「…………ちっ」


 継人は舌打ち一つ、ライアットの血に染まる巨大な水たまりに背を向けた。

 あんな不気味なものをジッと見ているから不安になるのだ。そんな所にルーリエは居やしない。

 継人は言い聞かせるように、正面に続く道の奥に視線を固定した。


 目の前に延びる道は、一階層の通路とは何もかもが違った。

 まず高さだ。一階層の四、五メートルほどの天井も相当高いと感じたが、それよりもはるかに高く、倍以上はある。その代わりか横幅はむしろ狭い。ただし、狭いとは言っても道幅自体が狭いというよりは、大小様々な岩の塊――小さなものはサッカーボールぐらいから、大きなものでは継人の背丈をはるかに超えるものまで――がそこかしこに転がっており、それらが道を窮屈なものにしていた。

 岩のせいで見通しは悪いが、それでも道がもっと奥まで延びているのは確認できる。


 この道以外、他に足場になる場所も、進める道も見当たらなかった。つまりこの先に居るのだ。ルーリエはこの先に居る。

 逸る気持ちと等量の不安を抱えながら、継人はバシャッと水を蹴って、道の先へと一歩を踏み出した。


 SSS


 バシャバシャと水面を蹴り、踏みつける音を響かせながら継人は進んでいた。

 通路の先、岩の陰に、と視線をせわしなく動かしながら進んでいるが、未だルーリエの姿は発見できない。

 走り出したくなるような焦れる気持ちを抑えて、慎重に視線を巡らせる。岩の死角が多いので、見落としがないように気をつけなければならない。


 少し進むと、通路に巨大な岩が鎮座していた。

 岩はあまりに大きく、通路の大半を塞いでいたが、岩と通路の壁の間には僅かな隙間があった。

 その隙間から向こう側に通り抜けようと、継人は岩に手をつき、人ひとり通るのがやっとの隙間に体を潜り込ませた。

 そこで、それは視界に入った。


「……血?」


 継人が手をついていた場所から、ちょうど五十センチほど下に、赤い手形のようなものが残っていた。

 触ってみると既に乾いていたが、それほど古くない血痕のように見える。


「………………」


 口の中が渇くのを感じながら、継人は一際慎重に周囲を見回す。すると、少し進んだ先にある岩に同じような赤い跡を発見した。

 岩の低い位置に付いた赤い跡。子供のように小さな赤い手形。

 そこからは思考がうまく働かなかった。

 ただ、新たな赤い跡を探し、辿っていく。


 赤い跡を辿り、数分も進まないうちに継人の前に分かれ道が現れた。それは左右に分かれたY字路だった。

 左右ともに代わり映えのしない通路。そこに赤い標を求めて継人はキョロキョロと視線を動かした。

 そして――


 ドクンッと心臓が跳ねた。


「……あぁ」


 継人の口から思わず呻きが漏れ出た。


 それは彼から向かって左の通路の先だった。

 そこに転がる岩の陰に――――


 いた。


 それほど大きくもない岩の陰。

 そこからチュニックに包まれた小さな尻がちょこんとはみ出していた。


「…………ルーリエ?」


 継人がおそるおそる発した声に反応して、はみ出した尻がぷりりと揺れる。

 そして、


「……ツグト?」


 顔を上げた。

 身を隠すように岩陰にしゃがみ込んでいた少女が――ルーリエが、顔を覗かせた。


 岩陰から現れたルーリエの姿は痛々しいの一言だった。

 どれだけ殴られたのか。顔中に赤黒い痣ができ、特に左目に至っては瞼が腫れ上がり完全塞がってしまっている。

 さらに着ているチュニックは血だらけで、右肩付近は真っ赤に染まっている。そこに大きな怪我をしているのが容易に見て取れた。


 だが――生きている。

 夢でも幻でも妄想でもない。

 間違いなくルーリエは生きていた。


 継人はルーリエに歩み寄ると、彼をうるうると見上げる彼女の口に、HPポーションの容器を問答無用で押し込む。


「んむっ、……んぐ、んぐ、んぐ。…………しゅわしゅわ」


「……泣いてたのか?」


 震えそうになる声を噛み殺し、口角を無理矢理に上げて問う継人に、


「む……ないてない。わたしは強いから、なかない」


 今にも決壊しそうなほどに、限界まで涙を溜めた瞳でルーリエが答えた。


 彼女のその言葉に継人は頷く。

 別に継人は口止めしていたわけではないのだ。危険を感じたなら、自分の情報なんて売ってくれてもよかったのだ。それでもルーリエは話さなかった。継人のことを話すことなく守り通し、あげくこんな場所に落とされ、しかし、それでも生き残ったのだ。

 痛かったはずだ。苦しかったはずだ。怖かったはずだ。それでも泣かずに、今こうして継人を見つめ返しているのだ。


 ああ強い。

 お前はホントに凄いやつだ。

 継人は心から頷いた。


 頷いた反動で、必死に耐え忍んでいたものがついにこぼれ落ちた。

 ボロボロと、ボロボロと、一度決壊したら、次々に溢れ出して止まらない。

 それを見たルーリエが、


「…………だいじょうぶ。きっとないしょにする」


 そう言って、精一杯背伸びしながら継人の頭を撫でた。


 どうやら自分はまだまだ強くなかったらしい。


 だが相棒は内緒にしてくれると言うのだ。


 だから、今このときぐらいは自分は弱いのだと、そう認めようと継人は思った。

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