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スコップ・スコッパー・スコッペスト with魔眼王  作者: 丁々発止
1章 スコッパーと魔眼王
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第20話 おしえない

 冒険者ギルド館内。

 夕暮れ時にもなれば、一日の仕事を終え、その報酬を受け取りにくる冒険者達でごった返すことになる館内だが、まだ日も高い時間帯であるからか、人の数もまばらで落ち着いた空気が流れていた。

 そんな中、レーゼハイマ商会がギルドに委託する常設クエスト「魔鉱窟のモンスター退治」の報酬を受け取るため、継人つぐとはモンスターの討伐証明部位を提出し、その査定結果を待っていた。


 ちなみに常設クエストとは、一度依頼を達成したら完了となり取り下げられる通常のクエストとは違い、永続的に需要の尽きない依頼を取り下げることなくギルドに張り出し続け、常に冒険者を募っているクエストのことである。


「――ビッグラットの尾が三十四本で三千四百ラーク。ビッグモスの触角が二本で百二十ラーク。ビッグポイズンスパイダーの牙が二本で千五百ラーク。さらに牙の素材買い取り料として二本で二千ラーク。合計で七千二十ラークになります。よろしければこちらにステータスタグをご提出ください」


 事前に各モンスターの討伐報酬を調べていた継人は、おそらく五千ラークほどになるだろうと予想していたのだが、提示された金額は予想よりも随分と多い。

 その理由が、


「牙の素材買い取り料ってのはなんだ?」


「ビッグポイズンスパイダーの牙は、討伐証明部位であると同時に素材としての価値がありますので、その買い取り料です」


「なるほど、牙自体に価値があるのか……。だったら他の店で売るのもありってことか」


「その場合、討伐報酬はお支払いできませんが……」


 その言葉を聞き、継人はふむ、と考え込む。

 蜘蛛の牙を二千ラーク以上で買い取ってもらえる店を探すのは可能かもしれない。だが、それに討伐報酬千五百を上乗せした三千五百ラーク以上で、となれば話は違うはずだ。でなければ、最初からギルドに蜘蛛の牙を持ってくる者はいなくなる。皆、高値で買い取ってくれる店などで売ってしまうはずだ。

 そう考えると、蜘蛛の牙はギルドで買い取ってもらうのが最善、とまでは言い切れなくても、妥当な範囲であることは間違いないだろう。


「わかった。そっちで買い取ってくれ」




 報酬を受け取った後、継人は冒険者ギルドの二階にある資料室へと足を運んだ。

 昨日は地図を買うついでに、受付嬢からモンスターの情報を仕入れたのだが、今度はもっと詳しい情報が知りたいと受付で告げると、この資料室を紹介されたのだ。


 本棚に囲まれ、長机が幾つか並んだ室内。そこに備えつけられたカウンターの中にいた青髪というファンタジーな髪色の美人職員に、継人は目当ての資料を要求する。

 青髪の職員は継人の希望を聞くと、しばらく本棚を物色し、彼に二冊の本を手渡した。


『ダンジョン学入門』

『魔鉱窟探索記録』


 継人は机に着き、その場で資料を読み耽る。資料室は冒険者であれば誰でも利用は可能だが、資料の持ち出しは厳禁らしいので、その場で読むしかない。


『魔鉱窟探索記録』には、ビッグポイズンスパイダーについての詳細も書かれていた。驚異的なスピードを持つことや、その推定敏捷値。高い隠密性を有しているため、スキルレベル3以下の感知系スキルでは捉えづらい等々。継人が前日に一階受付で仕入れた情報よりもかなり詳しい内容だった。


『ダンジョン学入門』もおもしろい。ダンジョンの基本概念から始まり、ダンジョン自体が備えている修復機能や空間の歪みといった特性の解説。それらの特性から派生して、ダンジョン内部にモンスターが住み着く学術的な理由。果ては、宝箱やボスモンスターなどといったゲームのような情報まで書いてある。


 継人は二時間ほどかけて二冊の本に目を通し、必要な情報があらかた頭に入ったところで、冒険者ギルドをあとにした。




「――高い」


「これが相場だよ。気に入らないならよそに行きな」


 冒険者ギルドの次に立ち寄った場所。

 用途不明の道具が所狭しと並んだ、およそ店内とは思えない空間――ハイネ魔道具店で、継人は商談を繰り広げていた。


「だから、解毒ポーション二つ。麻痺ポーション二つ。HPポーション二つ。これだけ買うんだから少しはまけろって言ってんだろ。耳が遠いのかよババア」


 偉そうに暴言を吐いた継人だが、解毒ポーションが一つ千ラーク。麻痺解除ポーションも同じく一つ千ラーク。そしてHPポーションは一つ二千ラーク。それらが二つずつで締めて八千ラークである。

 要するに手持ちの金では足りない。全て買おうと思ったら、値引いてもらうしかないのだ。


「それが人にものを頼む態度かいっ! 誰があんたみたいなクソ生意気な小僧に、値引きなんてしてやるものかっ!」


 一方、叫んだのは老婆。ネームウィンドウに記された名はアガーテ。彼女はこのハイネ魔道具店の店主である。


「分かった分かった。俺にはびた一文まけなくていい。ただ、このポーションはルーリエが使うんだよ。覚えてるよな? 一昨日の羊人族の女の子。あの子のためにポーションが必要なんだ。今日もあいつビッグポイズンスパイダーに噛まれかけてな。危なっかしいからほっとけないんだよ。ばーさんもそうだよな? あんな小さな女の子が危ない目に遭ってるのは、ほっとけないよな? だったらまけてくれるよな?」


「この……っ!」


 ――――継人は最後には店を追い出された。

 しかし、店の前にポツンと佇む彼の手の中には、カラフルに染色された蓋が特徴的な金属製の細長い試験管――つまりはポーションが、計六つ、しっかりと握られていた。

 ルーリエが使う分、各ポーション一つずつが半額にまで値引きしてもらえたのだ。やはり、お人好しの露店商ラエルに紹介された人物であるからか、彼女も根はお人好しであるようだった。


「――赤がHPで、緑が毒、黄色が麻痺、だな」


 ポーションを見分ける蓋の色を忘れないように確認する。

 負傷回復用のHPポーション。ビッグポイズンスパイダー対策の解毒ポーション。そして、麻痺解除用のポーション――このポーションに関してはビッグモス対策である。冒険者ギルドの資料で、ビッグモスの痒みをもたらす鱗粉が実は麻痺毒の一種であり、麻痺解除ポーションで治療できると分かったために用意したのだ。

 これで必要なものは買い揃えられた。明日からの狩りの安全性は飛躍的に向上するだろう。


 買い出しの成果に満足した継人は、今日の宿をとるために竜の巣穴亭に向かって歩き出した。――が、昨日、スニーカーと交換でブーツを手に入れた武具店の前を通りかかったので、用はないが、ふらりとひやかしに立ち寄ってみた。


「よお、昨日ぶり。スニーカーは量産できそうか?」


「げっ。二度と来ないでって言いましたよね!?」


 親しげに話しかけた継人だったが、店主からはまるで歓迎されていなかった。

 安物のスニーカー一足と引き換えに、金貨三枚相当の高級なブーツと投げナイフ三本、さらにはそのナイフを収める鞘付きベルトまで貰っていったのは、さすがにやりすぎだったのかもしれない。



 SSS



『魔鉱窟』一階層、採掘場広間。

 そこかしこで迷宮の壁を穿つ音が響く中、ルーリエの半眼は満足げな色をたたえながら、ある一点に向けられていた。

 それは、既に三分の一ほど鉱石が貯まった自らのバケツに――ではない。

 彼女は、自分自身で掘り返したダンジョンの壁を、満足げに眺めているのだ。


 岩壁には、小さな女の子が掘ったとは思えないほどの大きな穴が空いていた。現に二日前のルーリエであれば、これほどの穴を掘るのは無理だっただろう。しかし、たった二日の間に、それが可能になるほどルーリエは成長したのだ。

 継人と共に行った狩りで、彼女のレベルは既に3も上昇している。そのレベルアップがもたらした力の大きさを証明しているのが、この壁の掘削跡だった。

 目にはっきりと見える自身の成長の成果に、無表情で分かりにくいがルーリエは内心るんるんだった。その喜びを表すように、彼女はスコップを掲げて妙なポーズをとり、浮かれぽんちになっていた。


「随分とご機嫌だな。羊のガキ」


 微笑ましい光景に、不意に無粋な声が混ざった。

 ルーリエがその声に振り向くと、そこにいたのはダナルートら三人組だった。

 危険な三人組の登場に、ルーリエは身構えたが、ふと、今日は彼ら様子が少しおかしいことに気づく。

 ダナルートの仲間二人はいつもとなんら変わらず、軽薄そうにニヤついているだけだが、当のダナルート本人が奇妙なのだ。


 まずその格好。いつもは色褪せたシャツに皮のズボンといった装いが常である彼が、今は冒険者が愛用するような硬革の鎧を着込んでいた。

 そしてその目。寝不足なのか目の下に酷い隈ができ、その隈の上に光る双眸は恐ろしく血走っていた。

 ダナルートが発するいつもより危険な雰囲気に、ルーリエはますます身構えた。


「……そう警戒すんな。今日は石はいらねえ。いや、俺の頼みを聞いてくれるなら、これからはお前は石を払わなくていい」


 血走った目とは裏腹に、ダナルートが語りかける声は静かで真摯に響いた。

 訳が分からずルーリエは首を傾げるしかない。

 しかし、


「――お前と一緒にいた黒髪の男。あのタグ無しはどこにいる?」


 ダナルートの口から質問が飛んだ瞬間、ルーリエの背筋が粟立つ。

 継人のことを尋ねるダナルートの静かな声には、まだ人生経験乏しい彼女でさえ感じ取れるほどの、明確な殺意が込められていた。普段の脅すだけの迫力とは一線を画す圧力に、ルーリエの手が知らず震え出す。

 しかし同時に彼女は気づく。この殺意が向けられている先は自分ではなく、継人のほうである、と。


「あの野郎はどこだ?」


 再度飛んだ、何かに耐えるようなダナルートの静かな、そして危険な声。

 その声に対して、ルーリエは震えを握り潰すように、スコップをギュッと、ギュッと、強く握った。

 そして、一つ息を大きく吸うと、瞳に烈火を灯し、決意を込めて――答えた。



「おしえない!」





 竜の巣穴亭で部屋をとった継人が、食堂でやや早めの夕食を摂り、今日も【魔力感知】の訓練でもやるか、と呑気に部屋への階段を上がっていった、同時刻のことだった――




 魔鉱窟一階層に存在する底無しの落とし穴。

 生還率0%の凶悪なトラップ――通称ゴミ穴。

 そのゴミ穴に、ボロボロになったルーリエが打ち捨てられた。

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