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スコップ・スコッパー・スコッペスト with魔眼王  作者: 丁々発止
1章 スコッパーと魔眼王
20/65

第19話 ビッグポイズンスパイダー

「――上だッ!!」


 一も二もなく継人つぐとは叫んだ。

 彼の焦りが色濃く込められた声に、ルーリエは即座に反応し頭上を見上げる――が、遅い。

 既にビッグポイズンスパイダーは、隙だらけのルーリエ目掛けて躍りかかっていた。

 見上げたときには視界を埋め尽くしていた、赤黒い毛むくじゃらの蜘蛛の胴体。

 ルーリエは為す術なく固まった。

 が、

 彼女の視界の横から、ぬっとツルハシが伸び、彼女と蜘蛛の間に割り込んだ。

 継人だ。

 彼がルーリエを庇うために、急いでツルハシを割り込ませたのだ。

 しかし、そのツルハシには攻撃の意図も威力もない。ただ必死に、ルーリエと蜘蛛の間に障害となるように割り込ませただけ。

 故に、

 蜘蛛はその八本脚を器用に操り、ツルハシの先端に、ふわり、と着地した。

 体長一メートルを超える巨体とは思えない蜘蛛の所作に、唖然とする継人をよそに、今度は蜘蛛はツルハシの先端から軽やかに飛び退くと、継人達の背後にまるで退路を断つように着地し、立ち塞がった。


「スコップを前に構えろッ! 絶対に組みつかれるなッ!」


 継人は言い切ると返事も聞かずに駆け、ツルハシを蜘蛛の頭上から縦に一閃。――しかし、蜘蛛は後ろにピョンと跳ねただけで、いとも簡単にその一撃を躱す。

 この一撃、継人自身も当たるとは思っていない。むしろ避けさせるための一撃だった。ただ――後ろでは意味がない。横に避けて、塞いでいる退路を開けてほしかったのだ。

 そう、継人は方針通りに、牙に毒を持つこの危険なモンスターから逃げるつもりでいた。とはいえダンジョンの奥に逃げる手はない。そちらに逃げて、新たなモンスターと挟み撃ちになりでもしたら目も当てられない。

 だからこそ、なんとかして目の前から蜘蛛を退かさなければならなかったのだが、一撃目は失敗した。


「クソッ」


 継人は吐き捨てながらツルハシを構え直す。

 そのままツルハシを正眼に構え、蜘蛛を真正面に捉え、相対した。

 すると、蜘蛛が八本脚を器用に動かし、その場で斜めに向き直る。

 まるで自分と向かい合うのを拒否するような蜘蛛の動きに、継人が「なんだ?」と、内心で首を傾げたときにはもう遅かった。

 瞬きする暇すらなく、蜘蛛は継人の横をたやすく通り過ぎると、一瞬で彼の視界の外へと駆け抜けていった。


 それは、視線ですら追いきれないほどの驚異的な速度だった。いや、もはや速いなどという次元ではない。あれだけ速いと思っていたゴブリンと比べてなお、比較にならない圧倒的スピード。そのスピードから逃げ切ろうと考えていたのが馬鹿らしくなるほどだった。

 それでも継人は自分の横を通りすぎる影だけは僅かに捉えた。その影を追い、全力で視線を走らせる。蜘蛛が向かったのは自分の斜め後ろ。

 その場所には――


 振り向いた先、継人の目に飛び込んできたのは、巨大な蜘蛛がルーリエの小さな体に組みつき、押し倒す瞬間だった。


 ドクンッと心臓が鳴る。


 ルーリエッ! そう叫べたのは彼の意識だけだった。実際の唇の動きはまるで間に合っていない。

 すぐに! 早く! 急げ! と気ばかりが急くが、体が、脚が、全くと言っていいほど動いていない。

 まだ一歩? 嘘だろう? 継人は自分自身のあまりの遅さに愕然とするしかなかった。


 ルーリエに覆いかぶさる蜘蛛を見ながら、継人の意識だけが加速していた。その加速した感覚には覚えがあった。そう、バスの中だ。事故の瞬間、自らに迫ったガラス片の群れ。避けるのが決して間に合わないと悟ったときのあの感覚――。


 それは、俗に走馬灯と呼ばれる、神が人間に搭載した悪趣味な機能。

 もう間に合わない。力及ばない。そんな目を背けたくなるような瞬間を、永遠のようなスローモーションで、残酷に、たっぷりと、見せつける――つまり、


 つまりもう、継人はルーリエを助けるのが間に合わない。


 ――――――――だが、


「ギシィィィッッ!」


 蜘蛛の苦鳴が響いた。


 ルーリエに覆いかぶさり、彼女に毒の牙を突き立てようとした蜘蛛の口には――――しかし、スコップが刺さっていた。それは、「スコップを前に構えろ」と継人が出した指示を、ルーリエがしっかりと守っていたが故のことだった。

 蜘蛛の目にも止まらぬ高速移動。そこからの組みつき。そして噛みつき。ルーリエは移動にも組みつきにも反応できなかった。だが、最後の噛みつきにだけは、前に突き出していたスコップを動かすのが間に合ったのだ。


「むうううううううう」


 ルーリエは地面に組み敷かれながらも、唸り声とともにスコップをグリグリと動かし、蜘蛛の口の中をえぐる。これには蜘蛛も堪らず、ルーリエの上から飛び退こうとしたが――、


 瞬間、蜘蛛の胴体の半分と脚三本がまとめて吹き飛んだ。


「虫けらが……ビビらせやがって」


 蜘蛛の傍らには、蹴り上げた脚を下ろす継人。

 彼のブーツには、蜘蛛の体液がベッタリと付着していた。


 蜘蛛は己に何が起こったのかも分からず、残った脚を必死に動かし距離を取ろうとするが、その脚の動きに力はない。もはや、ただもがいているだけだ。


 鼠と同じく、とどめはルーリエだった。

 自身の上でもがく蜘蛛をスコップで突き返し、それでも足らないとばかりに、「むん!」と、その尖端を蜘蛛の口の奥深くまで突き入れたところで、ビッグポイズンスパイダーは完全に沈黙した。


 そして――


『経験値が一定量に達しました』

『Lv10からLv11に上昇しました』

『スキル【極限集中Lv1】を取得しました』



 SSS



「――おこってる?」


 時刻は昼下がり。

 狩りを終了し、ダンジョン前の広場に戻るなり、ルーリエが継人のシャツをくいくいと引っ張りながら尋ねた。


「怒る……って、俺がか?」


「そう。ずっとだまってる。わたしがクモを見つけられなかったせいで、おこってる」


 ビッグポイズンスパイダーを倒し終えるなり、今日は引き上げる旨を伝え、それ以来黙り込む継人の様子を見て、ルーリエは索敵に失敗した自分に対して彼が怒っていると思っていた。

 継人を見上げる少女の顔は相変わらずの無表情ではあるが、そこには僅かばかりの不安と、しょんぼりとした雰囲気が漂っている。

 そんな彼女の様子に継人はやや苦笑しながら、


「そんなことで怒るわけないだろ。ちょっと一人反省会してただけだ」


 と言って、その白いふわふわの巻き毛をポンポンと撫でた。

 すると、ルーリエからは不安げな様子が消え去り、代わりに、


「む、仲間はずれはよくない。ふたり反省会にするべき」


 今度は無表情の中に不機嫌さを内抱させて言い放った。

 継人はルーリエの表情豊かな無表情を読むのも慣れてきたな、などと思いながら、相棒の要望に応えることにした。


 本日の狩りは概ね順調に進んだが、最後のビッグポイズンスパイダー戦だけはかなりきわどかった。

 もし、ルーリエが違和感を感じ取れていなかったら、

 もし、継人が天井を見上げなかったら、

 奇襲をまともに喰らい、危なかっただろう。

 蜘蛛は天井に張り付いてジッと身を潜めていたのか、あるいは【聴覚探知】に引っかからないほどの忍び足で近寄ってきたのか、そのどちらなのかは分からないが、どちらの場合であっても【聴覚探知】は掻い潜れるということだ。

 そんなことにも考えが至らず、特に狩りの後半ではルーリエの【聴覚探知】に頼り切りになって、周りの警戒すら碌にしていなかったのが継人の大きな反省点だった。

 さらに言えば、蜘蛛の隠密性に圧倒的スピード。それらの特性を、モンスターの情報を調べた段階で見落としていたのもいただけない。

 蜘蛛を避けることも、蜘蛛から逃げ切ることも困難だと事前に分かっていれば、当然、用意しておくべきものがあったのだ。


「――やっぱ毒消しは必須だったか」


「ひっす。よういするべき」


「……昨日は金がなくてなー。あ、スニーカーのトレードに毒消しも付けろってごねれば良かったのか。思いつかんかった」


「だいじょうぶ。今日はお金がいっぱい」


 ルーリエが膨れた上がった袋をぽふぽふと誇らしげに叩いた。

 討伐証明部位が詰まった袋である。


「一番安い鼠のしっぽばっかりだけどな。まあ、それでも鼠一匹百ラークだから、それなりの値段にはなるはずだ。その金で最低、解毒ポーション二つは用意しないとな。HPポーションもできれば一つはほしいけど……それは残金と相談だな」


 こくり、とルーリエが同意する。


「じゃあ、ちょい早いけど今日はこれで解散な。換金と買い出しは任せとけ。残った金は明日の朝、半分渡すから――て、お前まだ宿代平気だよな?」


「へいき。まだ銀貨九枚ある」


「そうか。じゃあ、また――」


 荷物を確認し、別れの挨拶を口にしようとしたところで、継人が気づいたように言葉を切った。


「――……お前、まだ日が高いからって、間違っても一人でモンスター狩りに行ったりするなよ?」


 ビッグポイズンスパイダーを倒した際、継人だけでなくルーリエもレベルアップしていた。

 元々が荒くれ者にも立ち向かうような気の強い少女である。注意しておかないと、レベルアップで気が大きくなって、一人で狩りに出かけかねない。


「わかった。いかない」


「よし。んじゃまた明日な」


 ルーリエの返事に安心したように頷くと、継人はダンジョン前の広場を後にした。

 去っていく継人の背中に、手をふりふりと見送ったルーリエは、その背中が見えなくなると、しばらくの間ぼんやりとしていた。

 そして、ふと空を見上げ太陽の位置を確認すると、スコップをギュッと握り直し、ダンジョンの入口横に積まれたバケツを手に取って、採掘のためにダンジョンに潜っていった。


 ――もしこのとき、継人が「モンスター狩りに行くな」ではなく「ダンジョンに入るな」と言っていれば、二人の運命は少し変わっていたのかもしれない。

名前:継人

種族:人間族

年齢:17

Lv:11

状態:呪い


HP:336/336

MP:81/81(-239)(+10)

筋力:16

敏捷:15

知力:14

精神:15


スキル

【体術Lv3】【投擲術Lv1】【言語Lv4】【算術Lv3】【極限集中Lv1】


ユニークスキル

【呪殺の魔眼Lv1】


装備:ステータスタグ【アカウントLv1】【システムログLv1】



名前:ルーリエ

種族:羊人族

年齢:9

Lv:9

状態:‐


HP:272/272

MP:272/272(+10)

筋力:12

敏捷:13

知力:8

精神:17


スキル

【羊毛Lv1】【聴覚探知Lv3】【無心Lv1】【解体Lv2】【掘削Lv2】【魔力感知Lv1】【魔力操作Lv1】【言語Lv2】【算術Lv1】【料理Lv1】


装備:ステータスタグ【アカウントLv1】【システムログLv1】

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