表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
スコップ・スコッパー・スコッペスト with魔眼王  作者: 丁々発止
1章 スコッパーと魔眼王
18/65

第17話 ビッグラット

 時折地図を見ながら、ダンジョンを十分ほど進んだ先。


「――む」


 ルーリエの耳がぴくりと動く。


「いた」


 その端的な言葉が響くと同時に継人つぐとはツルハシを構えた。

 何がいたのかなど聞き返すまでもない。


「何匹だ?」


「一匹。あっち」


 二人は短いやり取りで確認を済ませる。

 今回はしっかりと心の準備ができていた。

 相手が一匹、尚且つビッグポイズンスパイダー以外であれば戦う。その他の場合は迷わず撤退。事前にそう取り決めていた。

 ビッグポイズンスパイダーだけは、その名の通り毒を持っているので、一匹であろうと戦う気はない。


 待ち構える二人の視線の先。蛇行した通路が切れる岩壁の向こうから影が差した。

 継人は最初、それが猪に見えた。茶色い体毛が生えそろい、四足歩行の生物。

 あちらも継人達に気づき、威嚇するように鳴き声をあげる。

 そこで継人は答えに辿り着く。鼠だ。それは鼠だった。猪ほどのサイズを誇る巨大な鼠。『魔鉱窟』に現れる鼠のモンスターは一種のみ、ビッグラットである。


「ビッグラットだ! やるぞ!」


 継人がモンスターから視線を外さないまま、ルーリエに向けて声を張る。その瞬間、まるで声が合図であったかのように、ビッグラットが二人に向かって突っ込んできた。

 それはゴブリンと同じくモンスター故なのか、ビッグラットは逃げるそぶりすら見せずに向かってくる。

 そしてそのスピード。速い。ゴブリンに匹敵する速度だった。ゴブリンの突進を経験していなければ、また慌ててしまったかもしれない。しかし、一度経験している。今度は冷静だった。


 継人は一歩踏み出す。

 そしてそのまま、突っ込んできたビッグラットの脳天に――ドンピシャリのタイミング、ツルハシを振り下ろした。


「――――ちっ」


 鈍い音を立ててツルハシの突端が地面を穿つ。外した――いや、躱されたのだ。

 直角に身をひるがえしてツルハシを掻い潜ったビッグラットが、その勢いを殺さないまま、継人を避けるように迂回する。そして向かった先は――ルーリエだ。


「む」


 ルーリエは怯まずに迎え撃った。ゴブリンにそうしたようにスコップを力任せに振り回す。そして、横一閃に振り抜いた一撃が見事に鼠の顔面を殴りつけた。

 ――だが軽い。ゴブリン相手にもそうであったように、彼女の一撃では大したダメージは与えられなかった。精々相手が少し怯んだくらいだ。


 しかし、少し怯めば十分だった。


 ――ズゴチュッ! と生物が出してはならない、取り返しのつかない音がビッグラットの腹から鳴った。

 腹には継人の黒いブーツの爪先が深々とめり込んでいた。


 腹を貫く衝撃と痛みでよたよたと後退するビッグラット。しかし継人は許さない。もう一撃。今度はその顔面目掛けて、まるでサッカーボールでも蹴るように右脚を振り抜く。

 避けようにもダメージで上手く動けない鼠は為す術がない。肉と骨が潰れる音が響き、その感触が生々しく継人の脚を伝った。


 そして――ビッグラットは動かなくなった。


 警戒を解かないままビッグラットに歩み寄り、体を足で突いて確認し、ビッグラットが再び動き出さないのを確信したところで、継人はようやく、ふう、と息を吐いた。


 前回の反省が活きた結果か。あるいは単純にビッグラットがゴブリンよりも弱かったからか。それともその両方か。なんにしたところで変わらない。

 二度目のモンスター戦は完勝だった。


「――やったな」


 ルーリエに振り返りながらそう言った継人だったが――そこに彼女がいない。

 あれ? と思い視線を巡らせると――いた。小さすぎて見えなかったが、ルーリエは継人の足元にしゃがみ込み、彼の黒いブーツをぺたぺたと触っていた。

 ルーリエは、そのまま継人の顔を仰ぎ見ると、疑問の言葉を漏らす。


「ツグト、きのうとちがうクツ」


 そのあまり抑揚のない声で響いた疑問に、


「……気づいてしまったようだな」


 継人は得意げにニヤリと笑った。

 そして、そんな継人の言葉に、


「そう。わたしは気づいてしまったよう」


 自分はとんでもない発見をした、とばかりにルーリエは神妙に頷いた。

 彼女のその態度に気を良くしたのか、継人は笑みを濃くする。そして、不意に片足をひょいと上げると、その爪先で――靴に踵が入らない時そうするように――トントンと地面を軽く叩いた。

 すると、ゴツッゴツッ、と爪先どころか鈍器で岩を叩いたような音がそこから響いた。

 おおぉ! とルーリエが大袈裟に驚き、その様子に継人がますます得意げになる。


 継人はビッグラットを僅か二発で蹴り殺した。レベルアップして多少筋力値が上がったとはいっても、昨日までの彼ならとてもそんな真似はできなかっただろう。それを可能にしたのが彼が今履いている、この黒いブーツだった。


 このブーツは前日、せめてナイフの一本でも買えないものかと立ち寄った、冒険者ギルド近くの武具店で手に入れた品である。


 完全に冒険者向けに作られたこのブーツは、希少なモンスターの革を贅沢に使った耐久性に優れた一品であるが、最大の売りはそこではない。一見しただけでは分からないが、このブーツの爪先には鉄板が埋め込まれているのだ。鉄板自体は耐久性向上のためのもので「オークに足を踏まれても大丈夫」とは武具店の店主の言であるが、継人にとってそれはどうでもいいことだった。


 彼にとってこのブーツは防具ではない。武器なのだ。鉄板が仕込まれた爪先部分は、使い方を変えれば立派な凶器になる。腕の三倍と言われる脚の筋力をもって、鉄の鈍器を相手に叩きつける。その威力は凶悪の一言で、モンスターといえど無事では済まないことは既に証明している。


 そして、さらに特筆すべきがブーツの値段。二万八千五百ラークである。当たり前だが継人が手を出せる値段ではない。では、どうやって手に入れたのか。その答えは――トレードである。


 熱心に安い装備品を探す継人が履いた――この世界には存在しない珍しい靴――スニーカーに興味を引かれた店主との交渉の末、見事、一足五千円に満たないスニーカーと、金貨三枚近い値段の黒いブーツの交換が成立したのだ。


 しかも、それだけでは飽き足らず、腰から下げた三本の投げナイフもおまけに付けさせた継人の交渉力は、なかなかのものであるといえる。


 とはいっても投げナイフは消耗品扱いであるのか、値段はブーツに比べればタダのようなものだ。むしろナイフを収める鞘が一体となった革のベルト。こちらのほうがよっぽどな値段だった。もちろん、それもタダで付けて貰った品なので、値段云々はあまり関係のない話ではある。


「……すごい。つよそう」


「そうだな。実際使ってみた感じ、かなり使えそうだ。【体術】スキルの兼ね合いも考えたら、ツルハシよりも強いかもな」


 会話しながらも、ビッグラットの討伐証明部位である尾を切り取り、用意してあった大きめの袋にそれを詰める。その作業が終わると、ここにはもう用はない。二人はさらにダンジョンの奥へと歩を進めた。


 それほどの間を置かず、ルーリエが新たなモンスターを捕捉した。

 またビッグラットである。一匹だったので同じように迎え撃つ。

 先ほどの焼き回しのように突進してきたモンスターに、ツルハシ――ではなく、今度は蹴りを放つ。

 それが良かったのか、避けられることもなくビッグラットの顔面にカウンターで蹴りが入り、一撃で呆気なく決着がついた。


「楽勝だったな」


「……らくしょう」


 余韻に浸るほどの何かはなかったので、さっさと尾を回収し、さらに進んでいく。

 分かれ道の度にしっかりと地図を確認して、念のために出口方面の通路にはツルハシで印を刻む。


 そうやって進んでいると、ルーリエが次々とモンスターを捕捉する。方針通り一匹なら戦い、複数なら来た道をそっと引き返し、別の道を進む。そうしているうちに、さらに三匹のビッグラットを仕留めた。これで合計五匹。代わり映えもせずに継人の蹴り一撃で沈んでいく。


 順調だった。ここまでは本当に何の問題もない。唯一心配なことと言えば、ビッグラット五匹を仕留めてもレベルアップしない、ということぐらいだろうか。

 もしかしたら、ビッグラットでは弱すぎて、レベルアップのために必要な経験値的なものがあまり手に入らないのかもしれない。


 そんな心配事をよそに、


『経験値が一定量に達しました』

『【体術Lv2】が【体術Lv3】に上昇しました』


 六匹目のビッグラットを仕留めた瞬間、継人の頭の中に【システムログ】の声が響いた。

 初めてのスキルレベルの上昇である。おそらく蹴りを多用した結果だろう。この【体術】スキルを鍛えるという狙いもあり、“攻撃に使えるブーツ”という分かりにくい武器を継人は選んだのだ。その甲斐があったというものだった。


 次に現れたモンスター、またビッグラットだ。

 継人はビッグラット相手に【体術Lv3】の効果を試す。

 とはいっても、今までとやることは変わらない。突進に合わせてカウンターで蹴りを放つだけである。


「――……凄いな。こんなに違うのか」


 動かなくなったビッグラットを見下ろしながら、思わずこぼしてしまうほどに【体術Lv2】と【体術Lv3】の間には明確な違いがあった。

 体が蹴りの動きに最適化されたように自然に動き、蹴りのキレが恐ろしく鋭くなっている。

 コツを掴む、という言葉だけでは片付けられない。その感覚をさらに先鋭化し、明瞭にしたような奇妙な感覚。スキルレベルの上昇は、継人が思っていたよりも、はるかに劇的ものだった。


 順調だったものが盤石になり、その勢いのまま合計九匹目のビッグラットを蹴り屠ったとき――


『経験値が一定量に達しました』

『Lv9からLv10に上昇しました』


 継人のレベルが二桁に乗った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] ビッグラット、猪ほどの大きさの鼠…カピバラかな?
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ