第13話 悠長
「“まがん”は見るだけでこうげきできるすごいスキル。しかもユニークスキル。すごい。かっこいい」
ルーリエは、眠たげな半眼を尊敬の光でキラキラさせて、めずらしく興奮した様子で継人を見上げた。
継人も褒められて満更でもないのか、若干口角が上がっている。
現在、継人とルーリエの二人は、お互いのステータスを見せ合いながらダンジョンを進んでいた。
継人のステータスが見たいと言い出したのはルーリエだったが、継人も自身のステータスについて尋ねたいことがあったので、丁度良いとばかりにステータスを見せ合うこととなったのだ。
ルーリエが言ったユニークスキルとは、その個人固有のスキルのことである。この場合は継人の【呪殺の魔眼】がそれにあたる。まず、この魔眼についてが、継人が彼女に尋ねたいことの一つだった。
とはいっても、この魔眼がどこからやってきたのか、とか、なぜ自分に、とか、その手の話が聞きたいのではない。
この魔眼がなんなのかについては、継人はなんとなくではあるが理解できていた。
きっかけはダナルートの一件だ。
あのとき――ルーリエが蹴り飛ばされたとき、継人の中には殺意とともにダナルートを殺せるという自信が芽生えていた。それもただ殺すのではなく、睨み殺せる自信があった。
そして、その根拠のない自信を裏付けるように、継人は睨みつけたダナルートから、命を徐々に削り取っていく確かな感触を得ることができていた。
あのときは分からなかったが、あの自信はスキル【呪殺の魔眼】があったからこそ芽生えたもので、ダナルートの命を削る感触とは、つまり【呪殺の魔眼】が発動している感触だったのだろう。
前提として、スキルとは経験や訓練の結果が魂に刻み込まれたものらしい。であるならば、継人の【呪殺の魔眼】も、経験や訓練から生まれたものであると考えられる。そして、訓練はともかくとしても、経験に関してなら継人には覚えがあった。
忘れようはずもない。あのドロドロに腐ったものに体を浸すような不快窮まりない感触。
それは、バスの中で死ぬ間際に継人の内側で生まれ暴れまわっていたものと、全く同じ感触だった。その感触を抱きながら、金髪の男を最期まで、死ぬまで睨み続けていたことを、確かに覚えていた。
つまり、あの死に際の経験から【呪殺の魔眼】は生まれてきたのだろうと、継人はそう理解していた。
故に、この魔眼について継人が知りたいのは、それが何かではなく、どうやって使うのか、だ。
正直、継人はダナルート相手にどうやって魔眼を発動したのか、自分でもよく分かっていない。今ここで、もう一度使ってみろと言われても、無理だと答えるしかないだろう。
だからこそ、先日のように勢いに任せて半ば勝手に発動するのではなく、きちんとコントロールして、自在に使いこなせる方法が知りたい。
その旨の質問をルーリエにしてみたのだが、
「【魔力操作】のスキルがいるかも……?」
【魔力操作】というのはMPを操るスキルであり、MP消費が必要なスキルや魔法(存在するらしい)を使用するためには必須のスキルである。
「でも、【魔力操作】してもMP1だからむりかも……?」
返ってきたのは残念なお知らせであった。
継人は渋い顔をしながら、
「やっぱり問題はMPか……。俺のMPの表示って、それ普通じゃないよな?」
「へん」
尋ねた疑問にルーリエは即答した。
MP:1/1(-239)(+10)
これが継人のMPである。他のパラメーターと比べて明らかに異常だった。まず1という少なすぎるMP量。そして(-239)という謎の表示。
(+10)に関しては冒険者ギルドで説明を受けたので、これがステータスタグに注ぎ込まれた、継人自身のMPを表していることは分かっている。
「(-239)の意味が分かるか?」
ルーリエはプルプルと首を振った。
まあ、そうだろうな、と継人は頷く。プロであるはずの冒険者ギルドの受付嬢ですら、聞いたことがないと言っていたのだから、ルーリエが分からないのは無理もないことだ。
「じゃあ、“呪い”に関してはどうだ?」
ステータス画面上で、ことさら不気味に見える表示、状態:呪い。
ステータスの『状態』とは、状態異常を表示する項目だ。つまり、呪いとは言うまでもなく状態異常の一種なのだが――、
「――――効果が不明?」
「そう。のろいはいろいろある」
ルーリエによれば、呪いというのは他の状態異常と違い、ステータス上では同じ「呪い」と表示されるが、実際には、呪いごとに効果が全く異なるという。
「で、解く方法が――」
「のろいをかけてるやつをたおす。それか聖教会で“おきよめ”してもらう」
そう聞くと簡単に解除できそうな気がした継人だが、現実はそう甘くはなかった。
まず、聖教会でお清めというのは、聖なる力で呪い自体を攻撃する、というものらしいのだが、解呪が成功しても重大な後遺症が残ることがあり、失敗した場合には呪いが強くなったり、最悪の場合は反動で死んでしまうこともあるというのだ。
さすがに、そんなにリスクの高い方法に頼るのは御免だった。
であれば、残るは呪いをかけている相手を倒すしかないわけだが――、
「――これ、呪いの出所が自分かもしれないんだよな」
「む、じぶんでのろいかけてる?」
「もしかしたら、な」
継人には状態異常の“呪い”と【“呪”殺の魔眼】が無関係とは思えなかった。
もし、その考えが間違っていないとすれば、この呪いの出所は継人自身ということになる。
もちろん、自分を倒すわけにはいかない。
結局、ルーリエから色々と話を聞いてみても、分からないことだらけなのは変わらなかった。
継人はそんな現状に苦い顔を見せながら、自身の左手に握られたルーリエのタグを見て、ますます顔をしかめた。
なぜなら、
「……まだ?」
ルーリエの短い疑問の言葉に、継人はムッと眉根を寄せる。
「悪かったな。MP1で」
MPが少なすぎる継人は、未だルーリエのタグにMPを注ぎ終えていなかった。
装備品の器に注ぎ込まれるMPとは、装備者の体から溢れ出たMPなので、最大MP1の継人の体から溢れるMPの少なさたるや、推して知るべしである。
「だいじょうぶ。レベルアップすればMPも……ふえる、きっとふえる、はず」
「励ますならしっかり励ませ。余計にへこむ」
そんなことを話している間に、二人は昨日採掘を行った広間に辿り着いていた。
広間に入るなり、継人は肩に担いだツルハシを下ろし、周りを見回して、
「どこを掘るのがいいと思う?」
とルーリエに意見を求めた。
一方、求められたルーリエはポカンとした顔で継人を見返す。
「…………モンスターは……?」
「は?」
「……モンスターたおして、レベルアップは……?」
一瞬、ルーリエが何を言っているのか分からなかった継人だったが、レベルアップという言葉で、はたと気づく。
「……もしかして今日から始めるつもりだったのか?」
「そう。つもり」
「いや、無謀過ぎだろ。まずは装備を整えたり、ダンジョンとかモンスターの情報を仕入れたり、そういう準備をしてからだ。それまでは石を掘って稼ぐ」
「ゆ、ゆうちょう!」
「悠長じゃなくて堅実と言え。つーか、バケツ持ってダンジョン入った時点で、採掘するって分かるだろ」
「む、カブトのかわりに、かぶるとおもった」
「かぶってたまるかこんなもん。そもそも、今日の宿代すらないの分かってんのかお前」
「お金は、モンスターたおしてギルドでうればいい」
「……そんなんで稼げるのか。……なら狩りもありか……? ――いや、やっぱ駄目だ。なんも準備してないし危険すぎる。レベルアップはまた今度だ」
「ゆ、ゆうちょう!」
「だから堅実って言えっつってんだろーが」
「わるものは、まってくれない!」
無表情な顔をぷりぷりとさせ、継人のシャツの裾を掴んでぶんぶんと振り回しながら言ったルーリエのその言葉に、ハッとした。
確かにルーリエの言う通りだった。もし堅実に準備をしている間に、またダナルートが来たら、もしくは同じようなことがあったら、自分はどうするつもりなのか。
また偶然に魔眼が発動してくれればいいが、そうでなかったら継人に戦う力などほとんどない。
もちろん、その場を逃れるために頭を垂れるなど論外である。そんなことをしないで済むようになるために、強くなろうとしているのだから。
継人は口の中だけで「なるほど、悠長だな」と呟いた。
そして、
「――このダンジョンは、どのくらいの強さのモンスターが出るのか分かるか?」
「む、ここはEランクダンジョン。モンスターは強くない。ビッグラットとかゴブリンとか」
継人からの突然の質問だったが、ルーリエはすらすらと答える。
ルーリエはこのダンジョンで働く採掘人であり、レベルアップのチャンスを以前から窺っていたために、ダンジョン内のモンスターには詳しかった。
その彼女が言うには、ビッグラットやゴブリンなどは彼女一人で勝つのは難しいが、継人と二人ならば十分に勝ち目のある相手だという。
確かにゴブリンは継人もよく聞き覚えのある、ファンタジーでは定番の雑魚モンスターであるし、ビッグラットなんて、言葉通りならただのデカイ鼠だろう。
(……いけるか?)
思案に耽り出した継人の前に唐突にウィンドウが開いた。
ルーリエのタグにやっとMPを注ぎ終わったのだ。
名前:ルーリエ
種族:羊人族
年齢:9
Lv:6
状態:‐
HP:152/152
MP:200/200
筋力:6
敏捷:7
知力:6
精神:13
スキル
【羊毛Lv1】【聴覚探知Lv2】【無心Lv1】【解体Lv2】【掘削Lv1】【魔力感知Lv1】【魔力操作Lv1】【言語Lv2】【算術Lv1】【料理Lv1】
装備:‐
パラメーターは継人と比較して考えると、普通の子供並かそれより少し高いくらいだろうか。
豊潤なMP量に、継人の倍以上の数を誇るスキル。そして、なぜか継人よりも高い精神値。色々と言いたいこともあったが、今はいい、と継人は飲み込んだ。それよりも――
「【聴覚探知】ってのはどういうスキルだ?」
「……音で…………さがす」
そのままというか、語彙が足らないせいか全く説明になっていなかった。しかし、継人には分かった。昨日のことを思い出したからだ。
昨日、ルーリエはダナルート達が広間に姿を現わす前から、それを察知して言い当てていた。おそらくはこの【聴覚探知】を使ったのだろう。
「音で、モンスターを探せるか?」
その質問に、ルーリエは拳をギュッと握りながら力強く頷いた。
「モンスターの数なんかも分かるか?」
「すくないなら、かんたん」
好都合だ、と継人はニヤリと笑った。
多いところは多いとだけ分かれば避ければいい。必要なのは、確実に一匹で孤立しているモンスターを識別できる能力だ。そして彼女にはそれがある。
「――あとは、武器、か」
呟いた継人の言葉に、ルーリエはそれを掲げることで答えた。
輝くどや顔で、スコップを掲げる少女がそこにはいた。
もう断る理由はなかった。




